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海賊と人魚の王様

 この世界はカミサマが作りました、と言う神話であるとか、宗教の原典になる話がある。

 三人と三体の神の供物。それがこの世界に在る最初のお話だ。

 神は世界を創った。人と動植物と魔物が混在する世界。それはそれは面白可笑しく賑やかで波乱万丈で上出来な世界だったんだろう。神は世界を創る事が楽しくなって、世界が終わる事を嘆いた。

 初めの世界が終わる時、神は原初の陸地、大空、大海から獣を創った。そしてその獣の肉体を元に、新たな世界を創った。

 ある時は原始的な世界を。ある時は高度な文明を持つ世界を。神は世界を創り続けた。原初に創り上げた素晴らしい世界をもう一度創りたいと願った。

 世界は幾多に分かれ、平行次元に存在し、今日も新たな世界が生まれ、古い世界が滅んでいく。

 世界の基盤となった獣は供物となり、世界の誕生と共に新たな供物の選定を責務とした。獣は世界の中から一人を選び、新たな供物として責を託す。神は世界の終わりに供物の獣の体で新たな世界を創り、責務を託された一人は新たな世界で供物の獣となって、また新たな供物を探す。

 そうやって世界はいくつも存在し、生と死、再生と滅びを繰り返している。もしかしたら、次の供物に選ばれるのは自分かも知れない。だから良い人でありなさい。そう親は子へと教えるのだ。


 これが、なんとも馬鹿らしい俺たちの住む世界の神話だ。

 神様なんて信じちゃいない。いつだって信じるべきは己自身と、俺を信じる仲間だけだ。ラースタチカ=フェルディナンド=ヴィカーリオはそうやって生きて来た。

 これからもずっとそうだろうと思っていたが、俺はある時を境に何らかの神の手に乗ってしまったのだろう。それを運命とか言いたい奴は言ってればいい。

 俺は俺が信じる風に導かれたと、そう思っている。

 海賊として海へ出た。鳴かず飛ばずの稼ぎの中、ある街で仲間にした男が船に乗ってから、俺たちは変わった。

 元殺人鬼、倫理観のタガが歪んでしまった技術者、メーヴォ=クラーガ。処刑場からメーヴォを攫って仲間にしてから、俺は数々の冒険を経て、神話に相当する太古の存在と出会った。

 神の手に乗り、世界すら変えてしまう程の力を手にした俺たちは、海の上でその名を轟かせた。

 俺は新たな海賊王に成る。その為ならどんな手でも使おうじゃねぇか。屍の上にしか王の道は拓けないのだから。




 人手が欲しい、と依頼を来たのが三月ほど前。人間の人手が欲しいなら専門家へ依頼した方が、量を扱うならなおさら良いだろうと臣下たちを丸め込んだ王様からの依頼だ。

 一海賊無勢に、王族からの依頼だ。滑稽な話に聞こえるだろうが、人魚の王国から次期海賊王へ依頼が来たと言えば、それは叙事詩的とも言えるんじゃないだろうか。

 色々重なった偶然で俺の船に乗せている、人魚の王子だと言う水夫に話を聞けば、事細やかに王の意向を解説してくれた。

「東の海では昨年度重なる嵐で海が荒れたと聞いていますから、恐らく海中の王国にも影響が出たのでしょう。人手がいる、となれば畑などで単純作業させる奴隷が流されたのだと思います」

 海水が並々と注がれた大樽を甲板に用意し呼び出した人魚の水夫アベルが語った言葉に、俺は感嘆の声を落とした。

「……へぇ、例の死人奴隷は畑で仕事が出来る程度には自立して動くのか」

「ええ、人間の奴隷は腐敗保護さえすれば頭も良く手先も器用なので重宝します」

 なるほどなぁ、と呟いた俺に、副船長が『またこの人は何か画策しているぞ』とジト目を向けてくる。

「他へくれてやる人手を確保するなら商船の生け捕りが良いな。奴隷船から助け出して恩を売れる相手を沈めちまうのは勿体ねぇ。エトワール、レヴに近隣の商船航路状況を調べさせろ。後は作戦会議だ、面子を集めてくれ」

 そうしていつもの様に船長室へ主要なメンバーが集まって開かれた作戦会議で、商船襲撃の他、ある一大作戦についても意見を聞いて回った。みながそれを承認し、人魚の国への依頼報酬まで話がまとまったのが三ヶ月ほど前。二ヶ月後に行われた襲撃、そして商船水夫を生け捕りにして僚船を得て一月の航路。

 俺たちヴィカーリオ海賊団は海洋国家ゴーンブール南東の海へと至っていた。


 当初人魚の王国マグナフォスの国王の提案では、到着と同時に使いの者を寄越すと言う話だったが、此方に人魚の国の関係者がいると伝えて手間を省く事にした。ウチで預かっている御宅のお子さんによろしくやって頂きますんで、と。ともすれば物騒な文面になりかねない書面を送って、一切の手順を此方に委託してもらった。

 さて、人魚の王国と言えば海の中。しかも奴隷として死んでもらうと、襲撃して生け捕りにした商船水夫たちに告げた所で「はいそうですか」と死ぬ奴はいやしまい。

 ではどうするか。そこで今回の主役となる人魚の登場だ。人魚の体組織には昔から不死の霊薬の材料になるとか噂が一人歩きをしていたが、実際は人魚の命令を忠実に聞く死人奴隷を作る効果があるのだ。人魚の国へ商船の水夫を運ぶと言うのは大量の死人を作ると言う事で、その材料は既に人魚の水夫アベルにより提供されていた。

 人魚の鱗は人間で言う皮膚と同じように新陳代謝で剥がれ落ちる。それをこの作戦が決まって以降集めておき、商船水夫たちの最期の晩餐に鱗をすり潰したものを混ぜて出せば、翌朝には大量の死人奴隷の出来上がりだ。最期に美味い物を食べて眠りながら死ぬと言うのであれば、苦しみの内に死ぬよりは良いだろう。さあ死ねと得物を向けて抵抗されるより、せめてもの慈悲ってヤツで手間をかけずに殺した方が効率が良い。

 前置きが長くなったが、そうやって出来上がった死人奴隷約五十名。海面に浮かぶアベルの合図で次々と商船の船縁から飛び降りて行った。

「それじゃあ五人ずつ手を繋いで、僕について来て来るんだぞ」

 死人となった商船水夫たちに何らかの魔法を掛けて指示して回るアベルを横目に、俺は相棒の技術者メーヴォから、従者であり魔法生物の鉄鳥(てつどり)を借りて、ロープで海面近くまで降りていた。

「頼むぜ!」

「よし、フェロヴリード。示せ、セルペントフルギーノ!」

 甲板から主であるメーヴォが鉄鳥の真名を呼び命ずると、半分だけの仮面みたいな形をしていた鉄鳥が膨らんで、身体の一部が機械で継ぎ接ぎされた大きな海竜の姿へと変貌した。

 普段は主メーヴォの耳飾として小さく収まっている鉄鳥の真の姿が海竜で、しかも俺たちが集めている蝕の民の特別な武器の一つであったと知れたのは比較的最近。隠しておいて奥の手にしようぜ、何て言ったはずが、すぐさま噂は広がってあっと言う間に船内で周知の事実になっていた。誰だ内緒話の三日坊主なんて聞いた事無いぞ!

 風の魔法で身体の周りに空気の膜を作って、海竜の姿になった鉄鳥の背に俺は跨る。今回奴隷たちの輸送には、人魚の王様から騎士の証を貰った俺、船長ラース様と、海のスペシャリストでもある小型クラーケンのルナー親子が同行する。

 正直な話をすると、海底探索は確かに経験したが、国として統治されている場所に大勢で押しかけるのはどうか、と意見が上がった結果、まずは騎士として国王に認められている船長が行くべき、と多数決で決定したとか、そう言う人選である。とても酷い。

 小型クラーケンの親子は、普段から船底に巨大なクラゲを並走させて旅をしているちょっと特別な海賊水夫たちだ。海底探索だけでなく、商船襲撃の際にも活躍してくれる頼れる仲間だ。

 父親のルナーは身の丈二メートル半の大男で、身体の表面を鎧の様な形状に擬態させて水を溜めこみ、陸や船上での行動をしている。その子供のサチは、外見で言えば最年少、十五歳に満たない小柄な少年の姿をしている。これは自前の魔法で変身しているらしい。此方も変身する事で海水の無いところでも行動出来るようだ。

 人魚のアベルも人間の姿に変身して陸で社会勉強していたところを誘拐された末、奴隷船に乗せられ売られる所を偶然俺たちの船が襲撃し、人員確保で海賊団に入団したと言う縁の持ち主だ。

 今回はこの四人と鉄鳥で人魚の国への訪問になる。先日海底探索をした時の面子とほぼ同じだ。

「それじゃ、行って来るぜ」

 相棒他、仲間水夫たちに見送られて、俺たちは海底にあると言う人魚の国への観光へと繰り出したのである。




 前回の海底探索が真冬だったのもあって今回の海水温は心地良く感じるくらいだが、それも程なく体温を奪う恐ろしい空間へと変わるのだ。空気の膜は呼吸補助と水圧補正を若干してくれるものであって保温機能は無い。深くへ潜るにつれ海水温下がっていき体温を奪う。

 それを物ともしない海のエキスパートと鉄鳥の能力があってこそ、俺はこの依頼を受けるに至り、そしてこの先に待つ大きな計画への期待を抱くに到ったのだ。鉄鳥の能力は環境適応。使用者が最も適する環境を自らの周辺に作り出す事の出来る能力だ。鉄鳥に触れていれば海中だろうと息も出来るし海水温の低下で体温を奪われる事も無い。此処まで全部メーヴォからの受け売りな!

 人々に恐怖を植え付け、海賊王への道は見え始めた。こうして海の奥底まで行く術を手にしたのだから、海面だけを統べた海賊王アランの真似事だけで次期海賊王は名乗れるはずも無い。海の底にまで俺の名を轟かせてやる。そうして初めて、この世界の海を統べる新たな王として名を馳せられると言うものだ。

 なんてのは、叩きに叩いた大口なんだけどな。大きな目標を掲げて気を大きく持ってないと、途端にビビッちまう小心者の俺だ。「ラースは虚勢で出来ている」と相棒メーヴォや副船長で従兄のエトワールには良く言われるものだ。

 そんな冷遇を思い出しながら吐き出した溜息が、ゴポゴポと目に見える形で自分の後方へと流れていく。

 前を向けば、先頭を泳ぐアベルの後ろに手を繋ぎ小さな塊になった死人奴隷の群れが見え、横には並走する巨大クラゲ、そして海竜鉄鳥に乗る俺が海の底の人魚の王国を目指して潜水していく。

 さぁて、人魚の王様との交渉だ。こんな大舞台に困った事に俺一人で立つんだ。泣き言は捨てて大口を叩いて虚勢を張りまくらなけりゃならないぜ。

 あまりの快適さに海の中と言う事を忘れそうな海中の旅は、唐突にその終わりを迎えた。

 何も見えなかった暗闇の海底に、突如として光が現れた。先頭を行くアベルが隊列を止め、巨大な光の壁に手を翳して何か口にした。それは人の言葉ではない呪文のように聞こえた。

「少しお待ち下さい、今城へと連絡を入れたところです。結界の口を開けてもらいます」

 水の中だと言うのに鮮明にアベルの言葉が聞こえるのは、風の魔法の伝達術式の恩恵だ。

「人魚ってのは、自国の言葉以外にも、人間の言葉だったり蝕の民の言葉だったり、沢山覚えないといけなくて大変だなぁ」

「複数言語に精通させるのは王族の務めです。兄弟の中にはどうしても人間の言語が覚えられなくて、クラーケンの国に勉強に行くのも居ますよ」

 へえ、クラーケンと人魚ってのは友好関係にあるんだな。

「人魚の国、特にマグナフォスの人々は温厚で、海中国家の平和を訴えております。アベル殿のお父上は素晴らしい国王であらせられる」

 クラーケンの国の戦士だか騎士だと言うルナーからも合いの手を貰うと、アベルは照れくさそうにえへへ、と笑った。デキるお父上を持つと、まあ大変だよなあ。

 そんな会話の区切りに合わせて、光の壁の一部がその光量を落とした。俺たち一団が一斉に通れるほどに広がった穴に、逸早くアベルが躍り出た。

「みなさま、人魚の国マグナフォスへようこそ!」

 暗い穴の先には日光が差す人魚の国が広がっていた。


 人魚の国、と聞いて、巨大な貝殻の城があるとか、珊瑚の家があるとか、そう言うメルヘンで可愛らしい想像は子供じゃないが確かにしていた。

 しかし現実ってのは尽く想像を裏切り、遥か上を行くものだ。

 船だ。巨大な船の集合体。それが人魚の国の全貌だ。積み上げられ、積み重ねられ、補強され、珊瑚や貝が侵食しそれぞれを強固に繋ぎ合せている。逆さになった船は竜骨のアーチで道や屋根を作り、折れた船体の断面はタワー型の商店街だ。

 沈没船が幾重にも積み重なった塔。それが人魚の国の王城であり、人々が暮らす街だった。

「王子!王子のご帰還である!よくぞご無事にお戻りになられました」

 その折り重なった船の隙間から一班ほどの兵士と思われる人魚が隊列を組んでアベルの前に整列した。

「法違反の一時帰還をお許し下さった国王に感謝します。この度はマグナフォス王家第十三王子ではなく、ヴィカーリオ海賊団の一水夫として、船長と依頼された奴隷の先導に訪れた。滞在の許可、及び国王への謁見の許しを頂きたい」

 堂々としたアベルの喋りっ振りに、俺もうかうかしていられないぞ、と気合が入る。

「ヴィカーリオ海賊団、船長であり人族にあって人魚の騎士となった。ラースタチカ船長殿」

 周りの兵士より少し豪勢な槍を持った一人の兵士が鉄鳥の前に立つと、俺へと言葉を投げた。鼻下にくるんとカールした髭を持つ、何処か愛嬌のある顔をした兵士だった。

「おう、人魚の国の憲兵さん。ご依頼の奴隷、先に入荷した分をお届けに来たぜ。王様に報酬を出してもらいたいんでね、是非城へ行く許可を貰いたい」

「騎士殿をご案内する様に仰せつかっております。騎士の証を此方へ」

 そう促され、俺は首に下げていた海洋石のペンダントを憲兵へと手渡した。

「人魚の騎士へと加護を」

 言って憲兵がなにやら魔法を使うと、海洋石のペンダントが仄かに光を放ち出した。

「不思議な海竜にお乗りのようだ。それが人族でありながら深海へ到った術なのでしょう。騎士の証をお返し致します。騎士の加護を発動させました。その光が灯り続ける間、海中にあって陸と似たように活動出来るでしょう」

 おいおい、それスッゴイ便利な魔法具だったんだね?

「加護の発動についてはアベル様、国王から伝授されますよう。騎士殿のお力になれますでしょう。奴隷は我々が引き継ぎます。畑の労働力は早急に持ち場に着かせます」

「ありがとう隊長、土産話はまた今度します。次に会う時は酒場の二階で」

「おっと、アベル様。口が過ぎますぞ」

 しー、と口元に人差し指を立てて笑って見せた憲兵は、部下の兵士たちに奴隷の先導を命じて、また俺たちに向き直った。

「アベル様は良い師に恵まれ、良い仲間を得たと聞き及んでおります。船長殿、そしてクラーケンの戦士殿。アベル様をよろしくお願いします」

 にこりと笑った憲兵は一礼すると、奴隷たちを先導して沈没船の城とは反対の方へと泳いで行ってしまった。

「彼は街の警護をいる憲兵の第三分隊長です。その、城を抜け出して街で遊んでいるのを良く見逃してもらいました」

「良い身分じゃねぇか」

「分隊長に剣の基礎は習いました。良い師に恵まれたのは、きっと彼が最初です」

 王子は王子なりに、苦労もしているし恵まれてもいるって事だな。

「城を案内します。クラゲさんは塔の端の方で待たせて下さい」

「あの、なら僕はクラゲの見張りに残りますね」

 そう口にしたのはルナーの息子サチだった。

「その、王様との謁見は、あの、邪魔になると言うか、緊張して咳が出ちゃっても困るので……」

 遠慮がちに言うサチだが、要するに多少の恐怖があると言うところだろう。小さい子供に堅苦しい場所は辛かろう。

「であれば、わたくしも同じくこちらに残りましょう。この姿であれば話し相手も出来ます故」

 騎士の証が環境適応と同じ効果を発揮すると知った途端に、鉄鳥までもがサボリを希望しやがった。

「お前メーヴォになんか言われてんじゃねぇの?ラースが問題を起こしそうなら止めろ、とかさ」

「いやあ、存じ上げませんなぁ……」

 そっぽを向いた鉄鳥だが、その本心はどうやら人魚の国の商店街に興味が行っているようだ。飼い主とペットは似るって言うけど本当だな?

「まあいいや。じゃあサチと鉄鳥は此処で留守番。アベルと俺とルナーで、王様のところに行ってこようぜ」

 快諾の声がいくつか重なり、俺たちは人魚の国の商店街で二手に分かれた。


 街の中ですれ違う人魚たちに手を振られ、城の内部ですれ違う兵士に敬礼を送られ、アベルを先頭に王の間を目指した。

 見知った船の内部のような、まったく異質な空間に放り込まれたような不思議な空間だった。街と城の境目はなく、深部に向かっている事だけは把握出来た。城を攻めようにもどの道が正しく王座へと繋がっているのかもう分からない。今来た道を戻れと言われても迷子確定だ。

 此処です、と言ってアベルが止まった先にあったのは少しだけ豪華な飾り扉。そこでアベルは声を張って言葉を投げかけた。

「ヴィカーリオ海賊団水夫、アベル=サッフィールス。船長の護衛と先導を行い、王の間に到着致しました。謁見の許可を頂きたく存じ上げます」

「入るが良い」

 すぐさま返事が返って来た。王様と言えど、息子が久々に帰って来るとなればそれは期待していたと言うところか。

 重い扉を開けた先は良く絵本で見る広い王の間、ではなく、こじんまりとした執務室だった。層になった珊瑚の本棚、二枚貝のチェスト、大きな机と椅子は沈没船から拝借したものだろう、豪華な装飾や彫刻が施されている。

 いつだったか見た、たっぷりと髭を蓄えた老傑が、机の向かってなにやら書類の相手をしながら、ちらり、と此方を覗き見した。

「先方への返事は後でしたためよう。今は客人のもてなしが先じゃ」

 そう言って手にしていた書類(紙?のような、もしかしたらもっと別のもの)を机の上に居たイソギンチャクへと挿した。イソギンチャクはノソノソと机の上から降りて、部屋の隅で揺れ始めた。

「ラースタチカ船長殿、ご無沙汰じゃな」

「王様もお元気そうでなにより」

 気さくに掛けられた言葉に、つい軽く答えてしまった。ま、メーヴォもエトワールもいないし、俺流に行きますか。

「アベル、成人するまでその顔を見る事も無いと思っておったがの、運命は数奇じゃな。パメラ共々、ラースタチカ船長には世話になりっぱなしじゃ」

「法違反の一時帰還、お許し頂けてありがたく思っております、国王」

「立派になったものじゃな。経験は何よりの宝と言うもの。クラーケンの戦士殿、息子が世話になっていると聞き及んでおります。貴国との友好の証ともなりましょう。今後もよろしくお願いしますぞ」

「モーゼズ国王、謁見賜りました事、感謝の極みでございます。過去に師事しました経験を生かせる事、誇りに感じる次第。ご子息の成長を見届ける所存でございます」

 うんうん、と満足そうに頷いた国王モーゼズは、では、と口を改めた。

「ラースタチカ船長殿、此度の奴隷斡旋の報酬についてじゃが、話があると聞いておる」

「おお、それな。ちょいと今後、俺たちがやる事に手を貸して欲しいと言うか、許可を貰いたくてねぇ」

 聞こう、と机に手を置いた国王の合図に、部屋の隅に居た書類持ちのイソギンチャクとは別のヤツが、さささっと机の前に整列した。

「楽にしてくれたまえ」

 更に別のイソギンチャクが珊瑚のテーブルを用意し、その上に沈没船からの品だろうティーカップと皿を並べ、白乳色の茶と岩石みたいなスコーンが並んだ。海中に居るのにお茶が出て来たんだぜ?なにこれ凄い。

 余りの珍妙さに、思わず手が伸びた。白乳色の茶はほんのり甘いミルクのような口当たりで花の香りがした。岩石のようなスコーンは見た目と裏腹に手で簡単に割れてホロホロと崩れた。此方もほんのり塩の味がして、不思議な甘さが美味い逸品だった。

「パティシエのジェーンが腕を上げましたね」

「分かるかね、アベル」

「はい。ジョンさんの……ヴィカーリオ海賊団料理長のスコーンも絶品ですが、慣れ親しんだこの味は別格です」

 ふふ、と笑うアベルを見て、本当にこの王子はこの国を愛し、この国の人々を愛しているのだなぁとその殊勝さに尻が浮いた。

「さて、報酬の話、しましょうかね」

「あ、そうでした、船長どうぞ」

 アベルに促され、苦笑を一つ落として俺は人魚の王へと視線を向け直した。

「率直に言うと、俺たちも今後人手が欲しくてな。預からせてもらってるお宅のご子息の力を使い、人魚の奴隷を行使したい」

 ほう、とモーゼズ老は眉根を寄せ、しかし興味深げに姿勢を前傾にした。

「グラハナ海域については人魚の国でも把握してるだろう?あの毒の海だ。俺たちは今後あの海を開拓する」

「ほほう……そんな事が可能なのか、と問うた所で、その算段があるが故に、此処を訪れたと言う訳じゃな」

「ご名答。あの毒の海だ。生きた人間が作業するには難儀でね。ところが此処の奴隷ってのは要は死人だ。死人に毒は関係ねぇ。だから俺たちの労働力として死人奴隷を使いてぇ」

 グラハナ海域の海底に眠るお宝。千年前に沈んだ幻の国グラハナトゥエーカに流れ着いた蝕の民の移民船。それを先導した平行世界の神だと言う巨大な竜が海底に埋もれている。既に死んだその巨大な身体は腐敗し、莫大なエネルギーとして海底深く地中に埋もれているのだ。

 それを掘り起こす労働力が欲しいが、そのエネルギーが漏れ出し、海水に溶け込んでいるおかげで、グラハナ海域一帯は毒ガスが充満した毒の海と化している。生身の人間では中毒を起こし長居は出来ない。しかも周辺に小島や停泊出来るような港は無いため、作業は困難を極めるだろう。

「で、アベルが生活する上で不要になった鱗を、今回同様に拝借して労働力を作り、その指揮を取らせるって寸法さ」

「なるほど……つまりそれは、お主らが莫大なエネルギーを得ると同時に、グラハナ海域の浄化を行うと言う事じゃな……」

 浄化?あ、あぁ。確かにそうなるのか。毒の元を絶てば、海は自ずと流れ薄まり、勝手に浄化されるだろう。

「しかし、それで儂が許可を出さず、アベルを返して欲しいと金銭を積んだらどうするんじゃ?」

「なぁに、俺たちは海賊なんでね。脱退の罰則金を肩代わりするってんならアベルはお返ししましょう。ですが、既に確保させてもらってる鱗がどう使われるかまでは、俺は保障しないぜ?」

 まあなんて大見得!怖い怖い。王様が許可を出さなかったら勝手にやるとか、普通言えねぇよなあ。許可を出すであろう事情を聞いてるから出来る見栄っ張りだぜ。

「ほっほ……ふ、ふふ、わっはっはっは!良く言うものじゃ海賊船長。儂はお主のそう言う所を好んでおる。やるが良いぞ。アベルも今一度社会勉強ついでに海賊船に乗って来るが良い」

 ほっと内心で肩を下ろし、そおっと吐き出した息でティーカップに口をつけた。

「ラースタチカ船長よ。ならば儂からも追加の依頼じゃ」

「お、っと。内容次第じゃ追加の報酬が発生するぜ」

「まずは少々儂の話を聞いてからじゃ。海の中の国家間の問題について、少し話をしようではないか」

 うん?政治の話はゴメンだぜ?俺そう言うのチンプンカンプンなんだけど。

「現在海の中には三つの大きな国家が存在するのじゃ。一つは我ら人魚の国。これは集合体国家での。我がマグナフォスが一番王国としての形式を保っておる。他は集落に近い状態じゃ。そしてクラーケンの国。これは其方の戦士殿の国じゃな。女王制で一本柱となっている強固な国じゃ。そして三つ目が最大勢力とされるサハギンの国じゃ」

 モーゼズ老が話すには、この三つの国家は古くから領土問題を抱えていると言う。

 南東の海を領土とする人魚の国マグナフォスとその周囲の人魚の集落や小国。南西の海を支配するのはクラーケンの国家ルルティエ。女王制を執っている国で結構な国力があるが、領土問題においては守りに徹しているらしい。

 そして北の海を広く統治するのがサハギン族の国パーヴァウィック。生息種族や保有人口が抜群に多く、また好戦的な主が多いのもサハギン族の特徴だ。赤サハギンなんかは蒼林国の近海で人を襲って食べるとまで言われている。海底国家の領土問題でもやはり好戦的に国境付近に出てくる問題児らしい。

「もし船長殿の事業が成功し、グラハナ海域一帯の浄化が出来たなら、あの海底を儂らに譲って欲しい。もちろんタダでとは言わん。その後半永久的に海底国家からの支援を約束しよう」

 おっやー?話が大きくなってきたぞー?こんな大きな話になるんだったらメーヴォでもエトワールでも連れて来れば良かった。

 ……えー、海底の資源が回収出来れば俺たちはそれで良いんだ。資源回収が進んで、海底の毒素が弱まって住めるようになったとして。俺たちは海底に住むわけじゃねぇからな。精々その上を通るかも知れない。なんかの本で読んだ海上国家が出来たとしても、海底への影響はまあ、ない?日照問題とか出てくるならもうそれはその時に交渉して貰うとしてだな……。

「……いいんじゃねぇか?俺たちが海の領土問題も解決したとなれば、もう海賊王の名に恥じねぇだろ」

「海賊王アランの継ぎを往こうと言うのかね、ラースタチカ船長殿は」

「おう、俺は第二の海賊王になる。そう決めたんだ」

 それを聞いた途端、モーゼズ老はプスンと小さく噴き出して笑った。

「ほっほっほ、これは失敬。なんと、運命とは悪戯なものじゃ。素晴らしい。素晴らしい目標ではないか船長殿。海賊王、貴方ならばその道も往ける事でしょう」

 小馬鹿にされた、と言うよりは意外な話が出た、と言う風に笑った人魚の王様が太鼓判を押して来た。やっぱり最近の俺は波に乗ってるぞ。

「ラースタチカ殿。その壮大な計画に我が尽力をお貸ししよう」

「お、助かるぜ王様。近日中に残り五十人の奴隷も運ばせるからよ」

「では船長殿、早速ではあるが今一つ依頼……ではないな、助力しよう。クラーケンの国へと行きなされ。一晩我が城に滞在なされよ、儂が直々に紹介状をしたためよう」

 クラーケンの国!って事はつまり件の領土問題についてクラーケンの女王に報告しろって事か。まあ、それもルナーと言う関係者が居るからそれ行けとやれる話だろ王様よ。

「アベル、客間へと行きなさい。小間使いをやらせよう。生魚は捌きたてなら人も口に出来るじゃろう。今宵は馳走を用意させるでの。暫しの休息を取るが良いぞ」

「そいじゃあ話もついた事で、人魚の国の観光と洒落込みますか」

「案内しますね!」

 喜び勇んだアベルに手を引かれ、俺たちは王の間へ一礼を残して退出した。

 いっやぁあ……緊張した!ぱーっと一晩遊んで、良い報告を持って帰るとしましょうかね。この後も忙しくなるぞ。




 一同が退出した後、王の間でそれを見送ったモーゼズはふふっと溜息を吐いた。

「アラン船長、運命とは数奇ですのう。儂が船長に救われたのも、大勢の兄弟の中から王座を得たのも……パメラとアベルが海賊に救われたのも、全て供物の導き、神が戯れに定めた運命なのでしょうなぁ」

 大事な大事な思い出を噛み締めながら、かつて水夫であった老人は、今は王として、己に出来る王への道を敷く為、イソギンチャクが差し出した魔法の紙とペンを取って筆を走らせた。




四章一話 おわり


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