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その恨み、はらします

作者: よぎそーと
掲載日:2017/11/07

「ここか」

 目の前にある家を見て、男は呟いた。

 あらかじめ聞いていた通り酷い有様だった。

 見えないものには違いが分からないだろうが、それなりの素質を持つものならば怖気を抱くだろう。

 いや、さして才能や能力の無いものであっても、近づけば違和感や異様さを感じるはずだ。

 それほどまでに目の前の家は淀んだ気配に包まれていた。

(むしろ、中から醸し出されてるな)

 一目でその出所を感知した男は、やるべき事をやっていく。

 草木も眠るという丑三つ時。

 そんな時間にわざわざ出向いてきた男は、家の門を開くとそのまま中に入っていく。

 不法侵入であるが、気にしていられない。

 幸いというか、周囲に人の目があるわけでもない。

 さすがにこんな時間に外を出歩く者はそうはいない。

 せいぜい新聞配達が時折通るかどうかという程度だ。

 そんな状況を利用し、男は作業を開始していく。



 家を取り囲むように盛り塩をし、傍目に分からないように札などを設置していく。

 庭なら土を掘り返して、仕掛けを入れた瓶を埋めていく。

 一見無造作に見えるように持ってきたものを配置し、一旦家の外に出る。

 多少周囲に気をつけながら道路に出て、それから再び家を見る。

 先ほどと気の流れが変わっていた。

 異様さは確かにあるにはあるのだが、それらが先ほどほど大きなものではなくなっている。

 設置したものの効果は確かに出ていた。

(こんなもんか)

 完全とは言い難いが、必要な状態には出来ている。

 もうちょっとしっかりと持ってきたものを配置すればもう少し効果があったが。

 だが、それをするとなると、目に付く所にも物を置いていかねばならない。

 男はある程度乱雑に設置する事にせざるえなかった。

 妥協と言えば妥協であるが、万全などそうそう出来るものでもないと開き直って。

(あとはそれほど問題もないし)

 自分に言い訳しながら踵を返す。

 この段階でやるべき事は終わっている。

 あとは本拠に戻っての作業となる。

 そこからもまた多少の手間と面倒があるのだが、こればかりはしょうがない。

 かけねばならない労力と時間は、仕事をこなすなら当然かかるものである。

 それでも少しばかり辟易しながら男は自分の本拠へと戻っていった。



「…………」

 その家の主婦は最近感じる気怠さに悩まされていた。

 気分や体調の浮き沈みであればさしたる問題ではないのだが、最近感じてるものはそんなものではない。

 普段なら数日もあれば元に戻ったりするものだが、一向にその気配が無い。

 むしろ日が経つに連れて陰鬱さが増していく。

 それは家族も同じようで、夫も子供も表情が優れない。

 毎朝気怠げに起きてきて、帰ってくると更に疲れた様子を見せてくる。

 いったい何があったのかと思うくらいにおかしな状態が続いていた。

(おかしい……)

 何かが異常に思えた。

 具体的に説明する事は出来ないが、明らかに何かがおかしい。

 日中であっても肌寒さを感じるし、窓を開けていても室内のじめっとした空気は変わらない。

 家の外に出てもそれは同じで、日差しを浴びていてもどこか肌寒さを感じる。

 かといって体調に問題があるというわけではない。

 念のために病院にいって確かめてみたが、異常は特に発見されなかった。

 強いていうならば、年齢による諸々の問題が多少見え始めてるというくらいである。

 それとて、年齢を考えればまだまだ健康な範囲でしかない。

 なので、健康面の問題があるわけではない。

 そもそも、彼女だけがおかしいわけではない。

 夫も子供も異常を訴えてるのだ。

(何かあるの?)

 当然の疑問が浮かんでくる。

 もっと別の何かが原因なのではないかと。



 その予想を裏付けるように、日を追う毎に異常が形になってあらわれてくる。

 誰もいないのに室内で音が鳴ったり、物が落ちたり。

 何もないはずなのに、何かが動く影が見えたり。

 のぞき込んだ鏡に何かが映る事もあった。

 明確に見たり触れたるするわけではないが、背中の方に誰かがいるような気配も感じてきている。

(まさか……)

 遭遇してる事態を振り返って、馬鹿げた考えが頭をもたげる。

(心霊現象?)

 いわゆる幽霊などを思いうかべる。

 それらが何か悪さをしてるのではないかと。

 まさか、と一度は思った。

 だが、原因不明の出来事が続くにつれ、もしかしたらと思うようになった。

 それでも具体的に何かをしようとは思わなかった。

 お祓いやらご祈祷などをするなんて、そう思って特に目立つような事はしなかった。

 ただ、縁起や験を担ぐつもりで近くの神社にお守りを買いにはいった。

 気休めにでもなればという軽い気持ちであった。

 一応、家内安全のお守りにはしたが。

 それでも、特に何かが変わるとは思っていなかった。

 実際何も変わる事はなかった。

 相変わらず室内で音がしたり、影が走ったり、見えない何かの気配を感じたりし続けたのだから。

 体調も一向に良くなる気配がない。

 体はだんだんと重くなり、動く事が億劫になっていく。

 家族も同じで、学校や仕事を休む事が多くなってきていた。

 やはり何の効果も無いのだなと買ってきたお守りを見つめていた。

 だが、何気なく手にとった時に異変を感じた。

 手にした感触が買ってきた時と違う。

 壁にピンでとめていたそれは、誰かが手をつけたという事も無い。

 にもかかわらず、中に入っていた何かが無くなっている。

 というより、指に触れる感触が変わっている。

 買ってきた時は、平たい何かが入っていたはずだった。

 だが、今は細々とした何かが幾つも入ってる。

(なに?)

 おかしいと思ってお守りの口を開いてみた。

 中がどうなってるのかが少し気になった。

 そして、中を見て「え……?」と声が漏れた。

 中にあったのは、細々とした木片であった。

 何でこんなものが、と思って中身を取り出し、テーブルの上にぶちまけた。

 広げて分かったのだが、入っていたのは木片だけではない。

 更に細かな粒が幾つも入っている。

(砂……?)

 最初見た時はそう思った。

 なんでそんなものがと思ったが、それももう少し目に付きやすい木片に意識が向くとすぐに忘れた。

 ただ、それの正体はすぐに分かった。

 粉々というほど砕けてるわけではないので、パズルの要領で組み立てていく事が出来たからだ。

 そうやって組み合わせていくと、それが元は一枚の板である事が分かった。

 欠けてる部分もあるが『家内安全』と書かれたものであるのが分かる。

 そうして見ると、お守り袋に入っていた砂のような粒の正体も分かった。

 粉々に砕かれた木ぎれのなれの果てであると。

 そうと分かった瞬間、背筋が冷たくなった。



 誰も手を触れてない──少なくとも彼女が見てる範囲でお守りに触れたものはいなかった。

 それどころか、そんなものがあると気づくものはいなかった。

 家の中に居る夫も子供も、そちらには見向きもしなかった。

 それほど目立つ所に置いてなかったせいでもあるだろうが、誰もそれに気づいてはいなかったはずである。

 にも関わらず、目の前にあるお守りの中身は砕けている。

 誰が、いつやったのかと思った。

(泥棒?)

 その可能性も考えた。

 いつ入りこんだのかは分からないが、見知らぬ誰かがやったのかと。

 だとしても、なんでお守りの中身をこんな風に砕いたのかが分からない。

 たかだかお守りである。

 泥棒にしろ何にしろ、家の中に入り込んできた誰かがわざわざ手を出す必要は無いはずである。

 そう考えながらも彼女は、とある可能性から目を話そうとしていた。

 まさかと思うもう一つの可能性を。

(……まさかね)

 そう思って否定する。

 それこそ幽霊か何かの影響を。

(まさか……)

 何度も何度もそう思う。

 しかし、他に説明がつかない。

 いや、原因が分からないからそう思い込んでるだけなのかもしれない。

 他に納得のいく理由がないから、安直に呪いや祟りの類を考えてしまうのだろうと。

 そう考える事が出来るだけ理性は残ってると言えるだろう。

 だが、原因がはっきりしない事に変わりはない。

 家の中の事もお守りの事も、いまだ納得のいく理由は何一つついてないのだ。



 それでもとりあえずとお守りを買い直してきた。

 今度は家内安全を含めて幾つかを。

 それらをやはりピンでとめて飾っておいた。

 何かがあるとは思わなかった、思いたくもなかったが。

 だが、何かがあるとすれば、それらに再び変化があるとも考えていた。

 予想は見事に当たり、数日後にお守りの中身は全て砕かれていた。

 そうなる前日の夜までは変わりはなかったはずなのに。

 しかし、朝起きて一番に確かめた時には例外なく全部が砕かれていた。



「何かあると思うの」

 夫に相談したのは、その日の夜だった。

 砕け散ったお守りを示し、夜遅く帰って来た配偶者に思った事や考えた事を告げていく。

「ばかばかしいとは思うけど、こんなのおかしいし。

 何かあるんだと思うの」

「ふーん」

「ねえ、一度神社かお寺にお参りにいってみない?

 お出かけのつもりで」

「まあ、そうだな」

 夫は一応頷いた。

 しかし、気乗りしてないのは明らかだ。

「今度、休みの日にでもな」

 だが、本当に出向くかどうかは分からない。

 反論したら面倒になりそうだから適当に相づちを打った……夫の態度はそんなものだった。

「ねえ、本当に何かあるかもしれないし」

「分かった分かった」

 そう言って夫は風呂へと向かっていった。

 食事は外で済ませてきたが、それだけはまだ終わってなかった。

「それより、明日もあるから早く寝よう。

 そっちの話は、今度の休みにどうにかするしかないんだし」

 言ってる事はもっともだ。

 今はまだ火曜、週末までまだ数日ある。

 それまでは夫も子供も自由に行動出来ない。

 それぞれ会社と学校がある。

 彼女もそれは分かってる。

 だが、こんな状況ではあまりにも悠長な言い様にしか聞こえない。

「ねえ、あなた」

「今度にしろ!」

 なおも言いつのろうとする彼女の言葉を、夫はきつめの声音で制した。

 相当いらついてるのが彼女にも伝わってきた。

 何せ体調が優れない日々が続いてるのだ。

 気分もつられて悪くなろうというもの。

 そんな相手になおも言いつのれば、無駄な喧嘩をする羽目になる。

 仕方なく彼女は言いたかった言葉を飲み込んだ。

 悔しげな、腹立たしいのが分かる顔をして。



 そうしてるうちにも異変は加速していく。

 お守りが粉々に壊れただけにとどまらず、それからはおぞましい夢まで見始めた。

 どことも知れぬ場所に立ち、誰とも知れぬ者と隣合っていた。

 記憶に全く無い場所であり、一緒にいる者も知人にはいなかった。

 だが、何故か懐かしさも感じはした。

 かつてその場にいたような、いつかどこかで出会ったような。

 そんな気がしてならなかった。

 だが、決して気分が良くなる事は無かった。

 一緒にいると気が重くなる。

 何故かいたたまれない気分になる。

 すぐにその場から離れたい、一緒にいる誰かからんぎえだしたい。

 そう思えてならななかった。

 それが何故なのか分からないまま。

 それでいて、何かを忘れてるような気がして。

 怖気をおぼえながら見る夢は、寝ていても睡眠をとった気にさせなかった。

 おかげで目の下のクマがどんどんと濃く深くなっていく。

 起きても眠気がとれず、日中であってもうたた寝をし続けるほどだった。

 仕事をしてない専業主婦だからまだ余裕もあるが、それでも気力体力がもたなかった。

 ただ、夫も子供も彼女と似たような状態に陥っており、そんな彼等が職場や学校で大変な事になってる事にまで気が回ってなかった。

 分かっていたところで何が出来たわけではないが、そんな事にも気が付かないほど彼女の思考力も低下していた。



 つらい状態が続く中で、それでも週末が近づく。

 一日がとてつも長く苦痛な中で、彼女はそれを明日に迎えて少し気分が晴れていた。

 これで家族を連れて寺社に出向ける、出向いて何かしらの行動が出来ると。

 劇的に何かが変わるとまでは思ってなかったが、何らかのきっかけが得られるのではないかと期待していた。

 起きるのが辛い朝をどうにか切り抜け、まともに体が動かない昼を抜け、子供や夫がこれから帰ってくる夕方から先を迎える。

 あとは二人が帰ってきて、明日が来るのを待つだけだった。

 ただ、気力も体力もかなり落ち込んでいたので、まともに動くのもつらい。

 食事の準備も風呂の用意もろくに出来ない。

 食事は外で食べてもらうしかなかった。

 風呂はボタンを押すだけで良いからもう少し楽である。

 それすらも億劫に感じるほど今の精神状態と体調は酷いものだったが。

(それも明日まで……)

 何の根拠もなく彼女はそう思っていた。



『すまん、今日は帰れそうもない』

 短めのメールはそういう出だしだった。

 何でも会社で面倒な事が起こり、そのため残業になったようだ。

 珍しい事では無いが間が悪い。

 その後何度かメールのやりとりをしたが、翌日の参拝予定は無理そうであった。

 日曜日になればどうにかなるかもしれないらしいが、それも不透明であるという。

 早急に対応したいが、週末なので必要な人も物も揃えにくいらしく、対応が後手後手になってるようだった。

 やむない事だが、さすがに寺社に連れて行く事はできなさそうだった。

 また、子供からも、

『友達のところで遊んでくる』

というメールが届いた。

 どうも週末に向けて羽目を外しているようだった。

 体調は大丈夫なのかと尋ねたが、それは幾らか回復したようだった。

 そんな子供の様子を見て友達が景気づけに遊びに連れて行くようでもあった。

 出来れば明日に備えて帰ってきて欲しかったが、それも出来そうにないという。

 やむなく彼女は一人で家にいる事になった。

 明日の予定が大幅に狂ってしまったが、こうなってしまったらどうしようもない。

(私一人でもいってくるか)

 影響の出てる家族も一緒に連れていきたかったが、こればかりはどうしようもない。

 ため息を何度も吐きながら電話を取る。

 何をするにしても、何かを食べねばならない。

 ここ最近ほとんど毎日してる出前を頼み、今夜の食事としていく。



 その夜。

 いつものように夢を見た。

 見覚え無い懐かしい景色と、記憶にない親近感めいたものを感じる人。

 それらが出てきて、隣合って一緒に歩いてる。

 不思議とそこに違和感はなく、彼女自身もそれをすんなりと受け入れていた。

 しかし、夢が進むごとにそれらがおかしいと思えてくる。

 これは違う、こうではないと。

 何故そう思うのかも分からないまま、それでも尚歩いていく。

 このままではいけないと思いつつも。

(駄目……)

 何となく、これではいけないと思った。

 どうにかしなければと。

 少なくとも、このまま進むわけにはいかないと思った。

 どうしてかは分からないが、本能的な警戒心がわきおこってくる。

 このまま先に進んではいけない、行ったら何がどうなるか分からない。

 そこで良い事が起こるとはとても思えなかった。

 現状より悪い何かが待ってるような気がした。

 夢の中のこととて、思ったとしてそれがすぐに反映されるわけではない。

 そもそもとして思考そのものがまともに働いてない。

 ここ最近重い体よりも意識の世界の動きは鈍い。

 それでも、どうにかして足を止め、くるっと振り返って来た道を戻ろうとする。

 しかし、すぐにそれが出来なくなった。

 いつの間にか手首を一緒に歩いていた者に握られていた。

 離して、と思ったが願いがかなう事は無い。

 相手は彼女の意志を無視して、前へと進んでいく。

 何があるか分からない先へと。

 何とかそれを振り払おうと思うが、それもままならない。

 何とかして逃げだそうとするが、どうにもならない。

 やがて喉から何かがせり上がってきた。

 叫び声をあげる時のような感覚をおぼえる。

 それが口から放たれようとした瞬間、



「逃がさないよ」



 その声を聞いたと同時に絶叫を放った────と思った。

 だが、それは本当に短く、声がかすかに口から漏れるに留まった。

 その瞬間、彼女は別途の上で事切れていた。

 夜が終わり、朝がやってきたあたりの時刻だった。



「これで、終わりなんですね」

 幾分憔悴が消えた顔で男が尋ねた。

 前に座る者は「ええ、おそらく大丈夫でしょう」と応えた。

「相手の要求からして、これ以上はないかと。

 そこは安心して良いですよ」

「なら良いのですが」

 男はまだ不安そうにしている。

 しかし、事がとりあえず終わったという言葉を信じようとした。

「それで、家にあるというものはどうすればいいんでしょうか」

「そのままにしておいても特に害はないですよ、もうこうなったら。

 まあ、それじゃ気分が悪いから、そのうちこちらで取り除いておきます」

「出来るだけ早くお願いします」

 そういって男は座ったまま頭を下げた。

 隣に座る彼の子供も同様に頭を下げる。

「それじゃあ、これで。

 元々あなた方は巻き込まれただけなので。

 万が一何か異常があったら、こちらにどうぞ。

 どこまで出来るか分かりませんが、出来る範囲で協力したいと思いますんで」

 座っていた者は、そういって目の前に座る二人を外に促す。

 邪険にするつもりはないが、これ以上彼等が今回の件に関わる事もない。

 こういった事との縁をこれ以上作らないためにも、早めの退出をした方が良かった。

 そういった事も説明しながら外へと連れていく。

 最後に玄関で何度か頭を下げて挨拶をしてから、男と子供は帰っていった。

 その背中を少しだけ見送って、彼等に応対していた者は本拠である家の中に戻っていった。



「これで良かったのか?」

 親子を見送って応接室に戻ってきた男は、誰もいない空間に尋ねる。

「ええ、十分です」

 声ではない声がそれに応じた。

 部屋の中に誰かがいるというわけではない。

 電話などが繋がってるわけではない。

 にも関わらず、そこに誰かがいるように声がした。

「おかげでわだかまりが消えました」

「そりゃあ良かった」

 男はそういって安堵のため息を吐いた。

「しかし、なんだか拗れてるよな、あんたの気持ちも」

「お恥ずかしいですが、その通りですね」

 声は、面目無さそうな調子で答える。

「でも、元はといえば夫婦ですから。

 やっぱりどうしても気持ちは断ち切れませんね」

「あんたから逃げた馬鹿女房でもか?」

「ええ、そうですよ。

 自分でもばかばかしいと思うんですが。

 でも、何度も生まれ変わって夫婦として過ごしてきましたから。

 その繋がりをいきなり断ち切られても、はいそうですかと受け入れられませんよ」

「まあ、そらそうだろうけど……」

 なまじ関係が深かっただけに、分かれるとなっても簡単にはいかないのだろう。

 まして今回の話、女房の方が一方的に夫を裏切ってるのだ。

 捨てられた旦那としては、納得がいかないのも分かる。

 相手に愛想がつきていたならともかく。

「しかし、そこまで思い合って、何度も転生して一緒になって。

 それでも、少し良さそうな男が出てきたからってそっちに乗り換えるとはねえ」

「その程度のつながりしかなかったんでしょうね、あいつからすれば」

 残念そうな口調で声がぼやいた。

「その時のこちらも、まあ少し落ち目だったし、近づきたくなかったんでしょうけど」

「でも、苦楽を共にするのが夫婦ってもんだろうに。

 薄情なもんだ」

「もう少し助けあっていけるもんだと思ってたんですが……」

 それ以上は特に言葉もないようで、静寂が応接間に横たわる。

「ま、そんなのでも連れていくくらいに未練はある……と」

「お恥ずかしいですが、やっぱり自分にはあの女しかいないようで」

「だからって取り憑いて祟るかねえ」

 そういって男はため息を吐いた。



 今回の一件、そういった事情がまずはあった。

 もともと女には何度かの転生で連れ添った旦那がいた。

 その時は仲むつまじく、夫婦としての時を過ごしていたという。

 だが、数回前の転生において破局が生じてしまった。

 旦那の方が少しばかり左前になり、稼業が破綻しかかってしまったという。

 それが今までに比べれば少しばかり大変だったために、女房の方が逃げ出してしまったという。

 あろう事か別に男を作り、そちらに流れていったとか。

 それを気に病んだ旦那の方は、たいそう女房を恨んだという。

 それ以来、転生を何度か繰り返しても二人の関係が上手くいく事は無く、今生においては女房だけが生まれ、旦那とは別々となってしまったという。

 それで縁が切れれば良いのだが、旦那の方の想いは本人が思った以上に強かったようだ。

 生まれて来る事はなくても女房である女に取り憑き、ずっと傍にいたという。

 ただ、それだけだととりたてて問題になるような影響力をもたらせるわけではない。

 運気に多少の好不調を出す事はあっても、大事にはならないはずだった。



「あなたのおかげで助かりましたよ」

 そういって声──旦那の霊が感謝を口にする。

「もし因果を結んでくれなかったら、ここまで出来ませんでした」

「気にするなって。

 あんたみたいなのが出回ってたら色々と面倒だからだよ」

「それでも協力してくれるとは思いませんでした。

 普通なら、そういう事はしないで成仏しろとか言われますからね」

 実際、旦那の霊がやってる事は悪霊と呼ばれるものと大した差は無かった。

 どちらかといえば、旦那の霊の方が祓われてしかるべきであるやもしれない。

 だが、男はそうは思わなかった。

「原因を探れば、あんたの女房だった奴の方に問題がありそうだったしな。

 ちょっとした符牒で簡単に寄り添った相手を切るような奴なんざ、放置しておく方が害悪になるわな」

「そういうもんなんですか?」

「人を裏切るような奴なんて、どこかしら性根が歪んでるもんだ。

 そんな奴を野放しにしておいた方が、悪影響が出るもんなんだよ」

 物理的に何かが起こるわけではないにしても、運気や天の配剤といったものに関わってしまう。

 そうならないようにするには、出来るだけ悪い影響を消していかねばならない。

 また、良い効能を出来るだけ揃えていかねばならない。

 今回の一件で、男は女房を救うより旦那を助ける方が良い成果につながると思った。

 だから彼の恨み辛みをはらすことにした。

「これであんたも成仏出来るだろ」

「ええ、たぶん。

 少しはすっきりしましたから」

「幸い、悪霊の類にもなってないみたいだし。

 それは本当にありがたい」

「おかげさまで。

 でも、本当に不思議なもんです。

 こうやって恨みを抱いていたら、邪念に満ちるもんだと思ってたんですが」

「んな事ねえよ」

 男は即座に否定した。



「恨み辛みを抱くのが悪いわけがない。

 そうなるほどの事をされたんだからな。

 最悪なのは、そういう事をされたのに何もしない事だ。

 そうすると、為された悪さだけが残って、世の中に悪影響を及ぼす」

「はあ……そういうもんなんですか」

「そういうもんなんだよ。

 それにな、恨み辛みを抱いたままだと、それもまた悪い影響をもたらすから。

 だから、それは絶対にはらさないといけない。

 はらせば、原因になった悪事も消滅させる事が出来るから、全てが浄化される」

 その間に抱いた負の感情なども全てが昇華される。

 なので、悪影響が出る事はなくなる。

 少なくとも、何も解決しないでいるよりはずっと良い状態になっていく。

「だから俺はあんたに協力したんだよ。

 これ以上うろつかれたらどんどん淀みが大きくなる」

「淀み……ですか」

「そう、気の淀み。

 それがそこらに振りまかれる。

 そうさせないために、原因の方を解決するしかないんだよ」

 だからこそ、女に取り憑いていた男に協力していった。

 男の力が外に分散されないように、女の家に集中うさせた。

 忍び込んだ家に設置したものは、全て取り憑いた男の霊を家に固定させるためだった。

 そのままでは周囲に分散して消えて行く念を集中させるために。

 女の調子が悪くなったのはこれが原因だった。

 確かに男は家を霊的に封鎖した。

 それは他所からの影響を無くすためではなく、中に全てを閉じ込めるためだった。

 女は外に出てる時にはこの影響は受けなかっただろうが、それもそう長くは続かない。

 生活の基盤が家にあるのだから、そのうち必ず帰る事になる。

 どれだけ外出したとしても、一日のうちの何時間かは確実に家で過ごすのだ。

 累積する効果は絶大なものになる。

 おかげで旦那の霊は目的を想定より早く達成出来たという。



「でもホントにそれで良かったの?」

「女房の事ですか?

 もちろんこれで良いですよ。

 思いつく限り最善最良ですね」

 その返事を聞いて、男は「ふーん」と頷いた。

 こういうのは本人が納得するかどうかが大事なのは分かってる。

 だが、それにしてもこういう解決で良いのだろうかとも思う。

「もう女房の霊魂は消滅してるけど、それでもか?」

「もちろんですよ。

 今まで苦しめてきた奴を叩きのめす事が出来たんですから。

 こんなに清々しい事はありません。

 おまけに、もう二度と悩んだり悔しい思いをしないで済みますし」

「そりゃあそうだろうけどよ。

 でも、執着するほど愛してたんだろ?

 そう言ってるのに消滅させるってのが分からないわな」

 男としてはそこが疑問だった。

 裏切られても追いかけるほど求めていたわけでもある。

 そんな相手を消滅させたのが理解しがいたところだった。

 自分に縛り付けておこうというならまだ分かるのだが。

 そんな疑問に、旦那の霊は答えていく。

「愛していましたし、今も愛してますよ。

 だから他の奴に走った事が許せないし、腹も立ちましたから。

 何とも思ってなければ、こんなに腹が立つ事もなかったでしょうね」

 確かに関心がなければ喜びも怒りもわかないだろう。

 それがあるといのは、相手に何らかの形で気にかけているという事ではある。

「だから、徹底的に叩きのめさないと気が済まないんです。

 殺してもあきたらない、拷問にかけても許せない。

 その行き着く先が、あいつを消滅させる事になりました」

「それで気が済んだと」

「ええ、とっても。

 ざまあみろ、って思いますよ」

「悲しくはないのか?

 もう二度と会えなくなるわけだし」

「悲しいですよ。

 でも、すっきりしてます。

 もう二度と煩わされる事がないわけですから」

「一緒にやりなおすとかは……」

「ないですね」

 旦那の霊はきっぱり言い放った。

「裏切ったやつとよりを戻すなんてありえませんよ。

 やられた分を徹底的にやりかえしてやらなくちゃ。

 俺を苦しめたんだから、同じかそれ以上に苦しんでもらわないと」

 それで留意を下げねばどうにもならないらしい。

 愛情の反対は憎悪であるという証明であろうか。

 決して無関心ではない。

「それで、ああしたわけか」

「はい」

 旦那の霊は嬉しそうに、弾んだ声で喋る。



「霊魂を食い散らかしてやりました」



 嬉々としたその声を、男は黙って聞いていく。

「今は完全にどうかしていますよ。

 エネルギーになってるんですかね。

 もう二度と出てこないし、転生もしませんし。

 そもそもとしてどこにももう存在してないわけですから。

 二度と惑わされる事もありません」

「あんたは本当に一人になったし、寄り添う相手もいなくなったわけでもあるんだが。

 それでも良いのか?

 転生しても、二度と会えなくなるんだが」

「あいつがこちらとの縁を切ろうとした時点で、段々と離れていきましたよ。

 今回の転生では同じ時代に一緒に生まれる事も出来なかったわけですから。

 それでもどうにかこうして取り憑いたのが限界だったみだいです」

「そのまま離れていくわけにはいかなかったのか」

「そうなったら、恨みながら永遠にさまよう事になってたんじゃないかと。

 完全に悪霊や怨霊になってたんじゃないですかね」

「それも物騒だな」

 目的を見失ってさまよわれたら目も当てられない。

「だから、これで良かったんですよ、たぶん。

 少なくとも、もうあいつに惑わされる事もないですし、いないのが確認も出来ましたから。

 すっきりしてこれからを生きていけます…………いや、霊魂なんですけどね」

「まあ、そこはあれだ、言葉の綾ってやつなんだろ。

 それは別にいいんだけど……、あんたがそれで納得出来たんならな」

「ええ、ようやくこれで前を向いて歩けますよ」

 声はほんとうに晴れやかなものだった。

「この先一人でいく事になるでしょうけど、それならそれで。

 正直鬱陶しいとしか思えませんし」

 そう思う程うんざりしてるのだろう。

 やがてもちなおすかもしれないが、時間がかかるかもしれない。

「そこはあんたの問題なんで、上手くやっていけるよう祈ってるよ」

「是非お願いします」

 見えないが、頭を下げてるような気がした。

「ではそれそろ失礼します……と言いたいんですが。

 本当に謝礼とかいいんですか?」

「そりゃあ払ってもらえるならそうしてもらいたいけどさ。

 あんた、金とか持ってないだろ」

「まあ、幽霊ですからね」

「そんな奴から金なんてぶんどれるかよ。

 幸い、あちらさんからそれなりに貰えたし、それで十分だ」

 旦那の霊の女房だった女。

 その今生における配偶者である男から謝礼はもらっていた。

 それとなく近づき、悪霊が取り憑いてるとかそれらしい事を言って。

 お祓いと称してそこそこの金額をふんだくっている。

 実際のところ、男は特に何かをしてるわけではない。

 旦那の霊が目的を達成すれば自動的に問題は解決される。

 なので、手に入れたお祓い料金は実質的に労働無しの報酬と言えた。

 家の中に様々な仕掛けを施したりはしたが。

「それがあるから、別に気にしないでいいよ」

「気前がいいですね」

「そうでもないさ」

 言いながら肩をすくめる。

「生活は結構ギリギリでね。

 出来れば儲かる話がほしいよ」

 偽らざる本音である。



「では、これで本当に失礼します」

「ああ、またな……ってのもおかしいな」

「そうですね。

 でも、いずれ縁ががあれば」

「良縁であることを願ってるよ」

 ついでに祈る事にもする。

 神仏がかなえてくれるかは分からないが。

「こちらもです。

 それでは、お元気で────そういえば、名前とか聞いてませんでしたね」

「言う必要もなかったからな」

 男が苦笑を浮かべる。

「今更ですが、何と及びすれば良いのですかね」

「そうさなあ…………色々言われてるから好きに呼んでくれ。

 破戒僧とか外道士とか邪神官とか」

「なんか……酷いもんですね」

「まあ、悪霊とか呼ばれる方の味方してるからな」

 それらを退散させたり消散させるのではなく、好んで協力していくから同業者のウケは悪い。

 だが、それでも男は恨み辛みを抱えた者達の味方をしていた。

 その方がまだしも良い結果をもたらせると考えて。

「だから、二度と俺を頼ったりしないようにな。

 そうならないように生きていきな」

「なるべくそうします」

 そう言うと旦那の霊の気配が消えていった。

 静かになった部屋の中で、男は大きく長い息を吐いた。

 ようやく肩の荷がおりて、ほっとした。

「ま、これで迷える霊が一人、浄化されたと……」

 そうなったと信じていたかった。

 少なくとも彼の悩みや問題は解決した。

 それで十分だった。

 外道の法であろうが、男も問題の解決を喜んではいた。

「今度来るのも、これくらい簡単に解決できればいいんだけど」

 なかなかそうはいかない現実を省みながら、男は幸運が舞い込んでくる事を願った。

 投稿時間が丑三つ時になったなと思いつつ。

 ただの偶然だろうとは思う。

 ところで、午前二時くらいが丑三つ時だと思ってるが、じっさいにはどうなんでしょう?



 そして、一応ホラーに分類したけど、ホラーらしい内容になってるだろうか。

 結構悩んでます。



 こちらもよろしく。

「捨て石同然で異世界に放り込まれたので生き残るために戦わざるえなくなった」

https://ncode.syosetu.com/n7019ee/

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