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ぼくと執事と守りたい街  作者: たかと
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決断

 おばさんの病室には一之瀬家の全員が揃っていた。ベッドにいるおばさん、仕事帰りのおじさん、はーちゃんの手を引く凛、全員が集まっている。ぼくが大事な話があると言って集まってもらったのだ。


 ぼくはそこで一之瀬家には帰らないことを伝えた。これからも龍館で過ごし、お主人として働くことを決めたと。


「どうして? 何の不満があるのよ」


 一之瀬家にはなんの不満もないとぼくは答えた。家族として迎えてくれることには感謝しているし、とても嬉しく思っている。家族というものに憧れていたぼくにとって、いまの一之瀬家はこれ以上ないくらいの環境であると。


 けれど、とぼくは続けた。ただ、ぼくは龍館にいるべき理由をはっきりと認識した。その理由を、みんなに知ってもらいたいと。


 ぼくののどがなった。


「両親が死んでから、ぼくは施設に預けられることになった。そこではふさぎ込むばかりで、いつも自分も死ねばよかったのにとか思ってばかりいた。生きる希望とか、将来の夢とか、そんなのとは無縁の絶望の世界にこもりながら毎日を送っていた。


 そんなある日、施設にひとりの男の人がやってきた。それはプロのサッカー選手で、当時のぼくは知らなかったけれど、結構有名な選手だった。彼は施設の出身者で、定期的に施設を訪れていることを後で知った。


 彼は施設に来るたび、子供たちに向かって話をした。サッカーのことはもちろん、私生活や施設で暮らしていたときの過去、とにかくありのままの自分をさらけ出すようにして彼はあらゆることを語った。ぼくは最初そういう話に興味がもてなかった。けれど段々と耳を傾けるようになっていった。それは不思議に思ったからだった。彼はよく親についても話していた。どうして親が自分を捨てることになったのか、そういうことを平気で話していた。ぼくはなんでだろうと思った。すごくつらい過去なのに、どうしてこの人は笑ったりできるんだろうと思った。だからぼくは一度聞いてみた。帰ろうとする彼をつかまえて、親のこととか思い出すのはつらくないのとか、そういう疑問を尋ねてみた。彼はつらいよ、と言った。なるべくなら思い出したくない、胸のうちに閉まっておきたいことだって。でも君たちの前では素直な自分でありたい。素直な自分でいるためには、自分が一番話したくないことを伝えるのがいいんじゃないか、そう思うから親のことも包み隠さず話してるんだって教えてくれた。


 それからのぼくは前向きに生きられるようになった。彼の言葉はそのままぼくの心に響いた。彼から伝わる優しさや子供たちへの想い、そういうものが決して嘘ではないことを知って勇気付けられた。いつしか闇の世界から抜け出し、絶望から少しずつ解放され、生きている自分を認められるようになった。そうして自分もいつか子供たちに憧れられるような存在になりたいと願うようになった。つらい経験もいつかは生きる力に帰られることを彼は教えてくれた。


 ぼくは段々と思うようになった。こういう人になりたい、子供たちに夢を与えられるような人になりたいって、彼に対する憧れを強くしていった。彼が自分を救ってくれたように、自分も子供を救えるような存在になりたい、彼がぼくに生きる希望を与えてくれたように、ぼくも子供たちに希望を与えられるような存在になりたい。そういう願望がぼくの中に生まれ始めた。


 ぼくはこの決断に迷っていたとき、家族にたいする憧れと町の人たちとの期待とのあいだで揺れているのだと思っていた。でもそうじゃなかった。確かに家族には憧れているし、町の人たちが期待してくれることも嬉しかった。でも、ぼくがここまで生きてこられたのは彼がいたからにほかならない。家族をつくりたいと思っていたからでも、誰かが将来の夢を教えてくれるの待っていたためでもない。ぼくはそのことに気づいた。自分がいったい何を求めて生きてきたのか、それを思い出した。


 ぼくはお主人となってこの町を守りたいと思う。この町を守って、ひとりでも多くの子供たちの命を守りたい。それがいまの自分にできる、彼への最高の恩返しにもなる。これが、ぼくがお主人になりたいと思った理由です」


「べつに、それがお主人である必要はないじゃない」


 凛が言った。


 ぼくはうなずいた。


「うん。でも、もう見つけてしまったんだ」


「なんで、なんでそうなるのよ、おかしいでしょ」


「ぼくは昨日、アキラからある話を聞いて、凛やアキラと自分を重ね合わせてみた。そうしたらさ、なんか急に自分のことが理解できたんだ。凛やアキラの視線で自分を見つめなおすことが簡単にできたんだ。こんな顔してこんな表情をしてこんな動きをして、そんなふうに考えていくと、手に取るように自分の気持すらもわかるようになった。ぼくはそのときに自分の気持ちに気づくことができた。凛、君のおかげだよ」


 ぼくは凛に向かって手を差し出した。凛はバカとつぶやいて、ぎゅっと手を握り返してきた。

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