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ぼくと執事と守りたい街  作者: たかと
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おばさんとの会話

 ぼくは部屋に戻り、ベッドに倒れこんだ。身体は疲れているのに、眠れない。執事の話がぐるぐると頭を回っている。


 半ば諦めかけていたお主人の座がふいに転がり込んできた。もう無理だ、と自分に言い聞かせていたぶん、この突然の合格通知には動揺した。ぼくはお主人として認められた、これから町の人たちのために生きることを許された。


 ぼくはお主人になるのだろうか。あれほど知りたいと願っていた両親の死の真相も知ることができた。ためらうものは何もない。でもそう考えると、一度思い描いた一之瀬家の家族像が頭をよぎる。


 その中のおばさんは笑顔だ。


 そうだ、ぼくはまだおばさんに会っていない。


 会いに行こう。おばさんに。


 一之瀬で唯一会ってないおばさんと会って、結論を出そう。


 ぼくは次の日、大きな総合病院に向かった。おばさんが入院しているところだ。いまいるのは三階の廊下で、目の前の病室の札にはおばさんの名前が記されている。


 ぼくはそこにしばらく突っ立っていた。なかなか扉が開けられないでいた。そうしたままでいると、看護士の人に声をかけられた。なんとか誤魔化して扉をわずかに開けると、おばさん姿が見えた。起きている。上半身を起こし、本を読んでいた。ほっとした瞬間、


「悠太?」


 おばさんがぼくに気づいた。目を離した隙に、おばさんがこちらを向いていた。


 ぼくは部屋に入った。


 そしておばさんの横に立った。


 座ってと言われたので、スツールに腰を下ろした。


 近づいてといわれたので、そっちに身体を傾けた。ビンタでもされるかと思ったら、おばさんに抱きしめられた。その体温がぼくの手足にまで広がるような感じがした。おばさんはしばらくそうしていた。


「ごめんね」


 やがておばさんは涙声でそう言った。謝る理由はいくつかある、と続けた。説明もしなけれならないと。


 おばさんはおじさんと再婚して子供を生んだ。つまり前のお父さんの子供が凛で、はーちゃんはいまのおじさんの子供ということになる。ぼくもそれは知っていた。


 凛のお父さんは病気で亡くなった。凛はすごいお父さん子で、そのときのショックの受けようは、愛する夫を亡くしたおばさんに悲しむ暇を与えなかったほどだという。


 凛は再婚に反対はしなかった。そのほうがいい、と積極的に応援もしてくれたという。


 でも、それが本音ではなかったのだろうとおばさんは言った。


 凛はお父さんを一度亡くし、ふたたびお父さんを持つことになった。それがずっと不安だったのではないか、とおばさんは言った。またお父さんがいなくなってしまうという恐怖をずっと抱えていて、それがぼくに対する反発に繋がったと。


 ぼくが一之瀬家でお世話になると決めたのは、おじさんやおばさんを受け入れたというより、そのほうがよいという周囲の声に押されたところが大きかった。だから実際に一之瀬家に行っても、なかなか馴染もうとはしなかった。どうしても他人という遠慮があって、家族としてみることは難しかった。そういう態度に、凛は怒りを覚えたという。自分は新しい家族を必死に受け入れているのに、お父さんがまた亡くなることを知った上で受け入れているのに、ぼくはそうしない。おじさんとおばさんの庇護下にあるにもかかわらず、それを認めようとしない態度に、だんだんと腹を立てたのではないか、おばさんはそう説明した。


「わたしたちもそう。あの子の気持ちを知っていたから、どうしても踏み込むことができなかった。あなたをわたしたちの子供として認めることが、かえって事態を悪化させてしまうことを恐れていた。あの子を叱ることが、まるで自分の罪を否定しているような行為に見えてしまうことが怖かった。ちゃんとあの子の意思を確認して再婚話を進めていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。あの子が再婚に反対しなかったのはたぶん、前の夫が亡くなったときに、自分ばかりが悲しみを独占してしまったという負い目があったから」


 許してほしいとおばさんは言った。ぼくは怒っていないと答えた。実際そうだった。ぼくの生活費を払ってくれたことだけでも充分に感謝している。いや、いまはそれ以上の気持ちを持っている。


「もう一度やり直しましょう。もう一度家族として、みんなで暮らしましょう」


 おばさんはぼくの手をとった。結局、すべてはちょっとしたすれ違いで、だからこそ修復が可能であるとおばさんは言った。ぼくもそれには納得できた。


 けれど。


 ぼくは「はい」とは答えられなかった。


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