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ぼくと執事と守りたい街  作者: たかと
18/33

問いかけ。

 

 向かった先は屋上だった。普段から封鎖はされていないけれど、人気はなかった。この時間帯はアキラなんかが占領しているから、怖くて生徒たちは誰も近づかないようにしているからだった。


 今日はそのアキラたちもいない。広々とした屋上にいるのはぼくと執事の二人だけだった。


「何しに来たの」


「こいつを届けに来た」


 執事がぼくに向かって差し出したのは包みに入れられた四角い物体だった。


「お弁当?」


「ああ、りょうのやつが持っていけと言うから持ってきた」


 ぼくは普段、というか龍館で暮らすようになってから昼食はパンと決めていた。執事にもらった充分すぎるお金で毎日買っている。それ以前は一之瀬のおばさんがお弁当をつくってくれていた。


「ありがとう」


 と複雑な気持ちで言いながらぼくはお弁当を受け取った。


「でも、どうして?」


「あいつにお前の昼食は何かと聞かれたからパンを買うと答えると、栄養の偏りがどうとか言い出してな、こうして弁当をつくりはじめたわけだ」


「りょうちゃんがつくったの?」


「おれがつくるとでも思ったのか」


「思わないけど」


「これから毎日つくると言っている。だから今日の弁当の感想も聞かせてほしいそうだ」


 執事はそこで咳き込んだ。軽い咳を二回ほどした。マスクをつけている以外では声なんかも普段と変わらないようだけど、本当に体調はよくないらしい。


「風邪を引いているなら、わざわざこなくてよかったのに」


「りょうのやつを寄こすわけにも行かないだろう。十代も前半に見える女が平日に町を歩いていればいやでも目に付く。その点、おれは顔も知られているから学校でも騒ぎにはならないと判断した」


 ぼくが言いたかったのはお弁当のためにそこまでしなくてもいいんじゃないかなということだったけれど、りょうちゃんがわざわざつくってくれたお弁当を見ると、そういうことを言うのも失礼かなと思った。


「それにしても貴様、いじめられているのか」


 執事は身もふたもない言い方をした。


「さっきの様子を見る限り、常習的に行われている印象だったな」


「そんなの、関係ないじゃない」


「大いに関係がある。お主人の精神状態は封印の強度と密接に繋がっていることを忘れたのか」


「……」


「なぜ抵抗しなかった。貴様の手足はなんのためについている」


「無理に決まってるよ」


 アキラは強い。高校入学当初、生意気だと言って呼びつけた複数の上級生をひとりでぼこぼこにしたという話はみんな知っている。


 しかもそれが大きな問題には発展せず、むしろ箔をつけたような結果になったことも。それはアキラの父親が議員活動をしていて、地域の有力者として知られているかららしい。だからいろいろな面で、アキラには逆らえない。


「ああいうやつは図に乗ると際限がない。一度けじめをつけておかないと、ますます激しく当たってくることになる」


 ぼくは執事の言い方が癇に障っていた。アキラには迷惑をかけられているけれど、じゃあ執事のほうがアキラを批判する資格があるのだろうかと思った。


 橘くんの言葉が真実であるなら、執事は間接的に人を、ぼくの両親を殺したことになる。ぼくにはとても納得ができない。


「お主人を目指すなら、健全な精神状態を保とうとする努力をしろ」


 執事はまた咳をした。


「なまじ身体が強いだけに気づくのが遅れたか。まあ貴様に風邪をうつすのは本望ではない。おれはこれで帰るとしよう」


 執事は出口に向かって歩きだした。


 ぼくはここしかないと思った。龍館内部で激しいやりとりはできない。封印に直接影響するし、りょうちゃんもいる。


 ほかには誰もいないこの屋上で、真相を確かめるんだ。


「……本当のことなの」


 つぶやくような声ではあったけれど、執事にはしっかり届いたようだった。扉の前で足をとめ、こちらに向き直った。


「なんのことだ」


「だから、その」


「いったい何度言わせれば気が済むんだ。もう二度と言わせるな。言いたいことははっきりと言え」


 ぼくは奥歯をかみ締めた。悔しさがこみ上げてきて、のどの奥に詰まっていた言葉をためらいなく言えた。


「八年前の事件のこと。ぼくの両親を殺した犯人がこの町の人間で、それを逃がした責任が、君にはあるって」


「聞いたのか」


「本当の、ことなの」


「ああ、そうだ」


 執事がぼくの前に戻ってきて言った。あまりにもあっさりと認めたので、ぼくは一瞬耳を疑った。同時に心のどこかで否定してほしいと願っていた自分にも気づいた。


「貴様の両親を殺した犯人は、この町でカゲクイに感染した男だった。そしてその原因をつくったのはおれだ。それに間違いはない」


 執事は淡々と語った。


「で、それがどうかしたのか」


「どうかしたって……」


 ぼくはその言葉に愕然とした。悪びれる様子なんてまったくなかった。


「なんなの、その言い方、誰のせいで、誰のせいでぼくの両親が殺されたと思ってるんだよ!」


 ぼくはこれまで両親の死に対して、感情を爆発させたことが一度もなかった。


 警官ともみ合いになった際に死んだ犯人への憎しみよりも喪失感のほうがはるかに大きかった。施設時代は塞ぎこみ、一之瀬家でお世話になるようになってからは両親のことを思い出すのはおじさんとおばさんに失礼なような気がして、なるべく考えないようにして毎日を送っていた。両親のことを思い出さなくても平気だということは自分の心の整理もついたのだと、今日のこの日まで信じきっていた。


 あやふやだった記憶が一気に鮮明になる。ぼくは忘れてはいなかった。二人の手に連れられていった花火大会。父さんにしてもらった肩車、ぐずるぼくの横で寝るまであやしてくれた母さん、八年以上も前のことが一気にあふれ出す。


「君がしっかりしていれば、ぼくの両親は殺されなくてすんだ。君が犯罪者を生み出さなければ、龍館をしっかりと管理をしてさえいれば、ぼくはひとりにならずにすんだんだ!

 こうしてお主人になんかならなくてもよかったし、普通に学校生活も送れて、普通に家に帰ることができて、両親と一緒に過ごすことができて、それをどうかしたって、なんなんだよその言い方、なんなんだよ! 全部君のせいじゃないか! 君がぼくの両親を殺したんじゃないか」


 溢れる涙を抑えることができなかった。両親の死を悲しんでいるのか、自分の境遇をあわれんでいるのか、執事に対する憎しみなのか、一気に噴出した感情は整理できず、ただ言葉を吐き出していた。


 執事は平然としていた。ぼくをじっと見つめたまま、マスクに隠れた表情はぴくりともしていないようだった。


「すまなかった」


「……え」


「お前の両親を殺したのはおれではない。だが、その原因をつくったのは間違いなくおれだ。おれがもっとしっかりしていればお前の両親が死ぬことはなかったし、お前がひとりになることもなかった。そもそも犯人に個人的な悪意がなかった以上、本来恨まれるべきはおれかもしれない。貴様にはおれを憎む権利がある。それは正当な権利だ」


「なんだよ、それ、なんなんだよ!」


 いっそのこと自分に責任はないと言ってくれたほうが楽だった。ぼくはこのどこにもぶつけようのない感情に困惑した。


「八年前」


 執事はマスクを取った。


「この町から逃げ延びた感染者が起こした事件、貴様がその被害者の家族である、という事実を知ったのは貴様が龍館にやってきた翌日のことだった。お主人としての適正を知るためには経歴は必要不可欠だ。その人物がお主人としてふさわしいかどうかを調べ審査し、協会の関係者、および執事やメイドが決定を下すのが流れとして確立している。協会から送られてきた資料にはすべてが載っていた。おれの不手際で貴様の両親が殺された事実も含めてな」


「……」


「その事実を知ったとき、おれはある一つの可能性を考えた。貴様が復讐しにきたのではないのか、ということだ。龍館のある町で殺された被害者の家族や関係者の中には、執事やメイドに対して恨みを持つものもいる。資料でもその点が危惧されていた。だがもちろん、危害を加える前提で龍館に足を踏み入れれば、たちまち封印が乱れ、カゲクイの餌食になることも事実だ。数日経ってもなんの変化もないということは、貴様がその事実を知らない証拠だった。何も知らないなら言う必要はない、当初おれはそう考えていた。あえて貴様の心を乱す必要はないし、正式な契約がまだである以上、近いうちに貴様が諦めて出て行くこともありえたからだ」


「……」


「だが、そうはならなかった。貴様は相変わらずお主人のままだし、出て行く気配はまったくない。おれは迷った。お主人を採用するかどうかの最終決定権は執事やメイドにあり、一定の時期がくればその可否を決めなければならない。採用か不採用か。どちらにせよ過去の事件について触れなければならないのは明白だ。採用する場合には後の憂いを絶つために、不採用の場合もその理由として貴様に説明する必要があった」


 執事の顔は苦々しく歪んでいる。それは実際のところわずかな変化ではあった。


「話をしようとは何度も思った。貴様の両親の死におれが関係していることを伝えようとした。だがしかし、それはできなかった。おれにとってもその事件は、決して振り返りたくない過去だったからだ。すべての事情を説明する勇気がおれにはなかった。その点についても謝罪する。このことは、おれの口から貴様に伝えるべきだった」


 執事はそこまで言うと、顔をそむけて息を吐いた。そしてぽつりと言った。


「これで覚悟はついただろう」


「え」


「間接的にせよ親を殺した相手と共に生活を送るなどできはしないだろう。貴様はあの家に戻るといい」


「出てけって言うの」


「その選択が貴様にとってもっともよい道だと言っている。お主人として契約した場合、後戻りはできない。お主人をやめるときは、その命を失ったときだ。貴様の決断が軽いものではないことを自覚しろ」


「……」


「何を躊躇する必要がある」


 長い沈黙からぼくの気持ちを察したのか、執事がそう言った。


「貴様には帰る家がある。あの両親なら突然帰っても温かく迎えてくれるだろう。血の繋がりなど気にするな」


「そんなの、できるわけがない」


 いまさら一之瀬家に戻る? そんなこと無理だ。あの家にぼくの居場所はない。家族と呼べる人たちなんかじゃないんだ。


 ぼくには帰る家なんてない。


「君には分らないよ。ぼくがあの家でどんな扱いを受けてきたかなんて」


「当人だからこそ、気づけないこともある。一度家を出て、貴様は新たな視点を手に入れた。それを有効に活用しろ」


「……」


「どちらにせよ、貴様には出て行ってもらうことになるだろう。おれに対する憎しみがあれば、いずれ殺人者へと身をおとすことになる。それは貴様の本望ではないだろう」


「そうしたらぼくのことも殺せばいいじゃない」


「なんだと」


「先代のお主人を殺したように、ぼくのことも殺せばいいよ。君の仕事はそれなんでしょ。カゲクイにとりつかれたお主人を殺すのが君の役割なんでしょ」


「くだらない」


 そう言い捨てるようにして執事は背を向けた。ドアに向かって歩き始める。


「龍館を出て行く貴様には関係のない話だ」


「関係あるよ!」


 声を張り上げると執事が足を止めた。


「君は両親の死に責任があると認めた。ならぼくにはすべてを知る権利がある。両親が死んだのが龍館の封印が弱まったためなら、その原因となった事件についても知らなければならない。橘くんは、ぼくに事件の説明をしてくれた人は、あの事件にはまだなぞが残されていると言ってた」


 あの後、ぼくは橘くんに詳しく話を聞いた。殺されたのが両親であるとは告げなかったけれど、橘くんは資料なんかも確認してぼくに詳しく教えてくれた。ぼくの必死さを、お主人に対する情熱だと理解してくれたからだと思う。


 あの事件には、不可解な謎が残されているという。


 第一に、お主人が暴走したのが町中であるということ。なぜならカゲクイに感染しても急激に精神汚染は進まず、本格的な段階に入る前に執事なりメイドが気づくからだという。お主人の異変を感じ取れば執事は間違いなく町に出る前に行動に移す、つまりは殺していたはずで、同じ建物で暮らしていれば気づかないなんてことは考えられない、という。また、その在任期間も極端に短く、適性検査をクリアしたお主人がたった一年ちょっとで暴走したのは何か特別な理由があったに違いないと推測していた。


 さらに、もっとも奇妙な点としてあげていたのは犯行に及ぶ寸前まで、先代のお主人が普通に買い物をしていたということだった。その日、つまり執事に殺されるまで先代のお主人は町で買い物を楽しんでいて、夕方くらいまでいろいろ店を回り、応対した店員なども違和感を感じなかったという。これは常識的には考えられないと橘くんは言っていた。カゲクイというのはゆっくりと精神を蝕んでいくものである以上、それまで普通だった人が一瞬で殺人者に変貌することなどありえないと。カゲクイに身体の芯まで支配されていれば店員と笑って話すことなどできないし、冷静に商品を選んだりすることもできないのだと。


 ぼくはそういったことを執事に聞いた。


 首だけを振り向かせた執事は、それは、と言いかけ口をつぐんだ。渋面をつくって目線をそらした。


「おれが若かったからだ。それ以外に言うことはない」


 執事はふたたび顔を前に戻し、


「おれの対応に不満があるなら、出て行くといい」


 最後にそう言って屋上を後にした。


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