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ぼくと執事と守りたい街  作者: たかと
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料理

 

 翌日の朝食にはさっそく和食が並んだ。お茶碗に盛られた白米があり、湯気を立てるお味噌汁があり、こんがり焼かれたお魚があった。ぼくは感激していた。どこの家庭の食卓にものぼりそうなメニューではあったけれど、ぼくの目にはそれが充分特別なものに映っていた。


「これ、全部りょうちゃんがつくったの?」


「はい、そうです。簡単なものばかりですけど」


 メイド姿のりょうちゃんが笑顔で答える。謙遜なんてする必要ない、とぼくは思った。


「早起きしてつくりました。温かいうちにお召し上がりください。もしお口に合わなかったら正直に言ってくれると、そのほうが嬉しいです」


「じゃあ、いただきます」


 ぼくは箸を持つと、まずご飯を口に含んだ。おいしい。いいお米を使っているのか、りょうちゃんの腕がいいのか、おそらくその両方だと思う。お味噌汁もちょうどいい味加減で、焼き魚は香ばしい。久しぶりのちゃんとしたご飯に食欲が刺激された。


 ふとその箸がとまった。重大なことにそのとき気づいた。ぼくはいま、おいしいと感じている。料理を食べてその味に満足し、もっと食べたいと願っている。この事実に、ぼくは愕然としていた。


 ぼくはこれまで食事というものにあまり興味がなかった。


 施設や一之瀬家で出された食事はただ機械的に口に運ぶだけで、本心からおいしいと感じたことは一度もなかった。それは料理の腕には関係がなく、たとえば一之瀬のおばさんなんかはすごく料理が上手だというのはわかったし、自分の食べているものが一般的に美味のほうに分類されるというのも理解はできた。


 でも、料理自体がおいしいのと、味がおいしいと感じるのとはずいぶん開きがある。結局のところ、ぼくは味覚が鈍くて何を食べてもおいしいと感じられない体質なのだろうとこれまで思い込んでいた。味があまりわからないというのはまずいものも平気で食べられるということでもあるし、プラスマイナスゼロかな、くらいに軽く考えてこれまで生きていた。生まれつきのものならしかたがないし、病院にいくほど重症でもない。


 ところがここ最近は普通に食欲がある。だからこそ和食が食べたいなんて言ってりょうちゃんにこうして来てもらったわけだけど、はたしてこれはいつからなんだろう。たぶん龍館に住むようになってからだと思う。じゃあ原因は?


「お口にあわないですか?」


「ううん、そんなことないよ。ちょっと考え事をしていただけ」


 心配そうに聞くりょうちゃんに首を振り、ぼくは食事を再開した。すべてを平らげてごちそうさまと言うと、溜め込んでいた息を吐き出すような音がした。ぼくはそれでりょうちゃんが実はすごく料理の味を気にしていたのだと気づいた。りょうちゃんは食器を重ね、台所のほうへと向かって行った。


「あの」


 りょうちゃんの背中にぼくは声をかけた。りょうちゃんは振り向き、なかなか言葉を続けようとしないぼくに対して首を傾げた。ぼくは思い切って言った。


「その、食事、おいしかったから」


「本当ですか」


 りょうちゃんは輝くような笑顔を浮かべた。ぼくはその笑顔を見た途端、急に一之瀬のおばさんに対しする感情が湧き上がった。一度も本心からの「おいしい」が言えなかったことを、ぼくは今日始めて申し訳なく思った。


 制服に着替えてから下に降りると、玄関ホールでりょうちゃんが待っていて、ぼくに声をかけてきた。


「ご主人様はこれからすぐに学校へ向かわれます?」


「うん、バスの時間も……って、ご主人様?」


「はい。何か?」


「えっと、その呼び方ってどういうこと」


「ご主人様はご主人様だからです」


 ぼくはその呼び方に違和感を覚えた。お主人やご主人ならまだしも、そこに様がつくと急激にむずがゆさを感じる。


「確か昨日、お姉さんは名前で呼び合ったほうがいいって言ってたよね」


「はい」


「じゃあぼくも名前でいいよ。同じ年で様をつけるのもなんだか変だし」


「では、どうお呼びしたら良いですか?」


 そうだった。基本的にここでは本名は使わないことになってるんだったっけ。


「うーん、なんでもいいけど」


「ジン様はどうでしょう」


「ジン?」


「はい。ご主人様のジンです!」


 ごしゅじんさまのじん。思いのほかよくてぼくはびっくりした。昨日のネームセンスだととんでもないものが出てくるかもと冷や冷やしていたけれど、これはかなりまともだった。ジンならこの国にいてもおかしくはない感じがするし、名前になら様がついていてもそれほど違和感がない。


「うん。それでいいよ」


「はいっ。これからはご主人様ではなくジン様とお呼びします」


「だったら同時に敬語もやめてもらえないかな」


「それはできません。お手伝いさんはあくまで一番下の立場であることを建物に強調しなければなりませんから」


「そうなんだ」


「はい」


「それにしてもどうして執事とメイドで呼び方が違うのかな。執事はぼくのことをお主人で、りょうちゃんやお姉さんはご主人って呼ぶよね」


 お、とごの違いは些細なものかもしれないけれど、昨日から妙に気になったので聞いてみた。


「わたしもあまり詳しいことは知らないんですけど、龍館が建てられた当初、メイドと執事の間で何か確執があって呼び方が分断されたそうですよ」


「確執?」


「龍館で働くことのできる異能者はひとりと決まっていますから、たぶんどちらが多く担当するかで揉めたんじゃないかと思います」


「へえ、そうなんだ。じゃあいまもそういう感じなの?」

 執事と葵さんの二人は仲がよさそうにはみえなかった。ああいう関係が執事とメイド全体に広がっているのだろうか。


「昔ほどはぎすぎすしていないそうです。いいライバル関係だってお姉ちゃんは言ってました」


「そういえば執事は見なかった?」


 ふと思い出して尋ねてみた。執事とは今朝から一度も会っていない。


「風邪気味だそうです」


「風邪?」


「はい。なのでごしゅ、ジン様が出られるまで部屋にこもっているそうです」


 いつ引いたんだろう。そんなに具合が悪そうにも見えなかったけれど。でもまあ、いまは直接顔を合わせないほうがいいのかもしれない、とぼくは思った。両親が殺された事件について聞く勇気は、まだない。

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