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ぼくと執事と守りたい街  作者: たかと
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新たな仲間

 

 龍館保存協会とは、龍館を管理する執事やメイドを管轄する組織だという。異能者を束ね、常に龍館を機能させることを目的とした組織。ぼくはそう説明を受けた。執事もそこに所属しているという。


 メイドさんの二人組みはぼくの予想通り姉妹だった。お姉さんのほうが瀬野葵さん、妹のほうが茜さんと名乗った。今回ここへやってきた目的は和食が食べたいというぼくの容貌を聞き、妹さんのほうが家事手伝いとして働くことになるからだった。


 この龍館で働くのは妹の茜さんだけだという。お姉さんのほうはすでにほかの龍館でメイドとして働いていて、今回は付き添いでやってきたらしい。わざわざ龍館での仕事を置いてきたわけだから、よほど妹が心配だったのだと思う。

 茜さんは小声で名乗っただけでほかは一切しゃべらず、ぼくのほうとも目を合わせない。ここへくるまでもずっと葵さんの影に隠れるようにして歩いていたし、ソファに座ってからもほとんどうつむいている。年齢はなんと十六でぼくと同い年、見た目はもっと幼い感じがする。ぼくはふいにはーちゃんのことを思い出した。


「妹の顔に何かついてます?」


 葵さんに指摘され、じっと茜さんの顔を見ていたことに気づいた。ここは応接間で、ぼくと瀬野姉妹は向かい合うようにしてソファに座っている。ぼくの正面にいるのは葵さんのほうで、だからこそ余計に視線の変化がはっきりとしていた。ぼくは慌てて正面に目を戻すと、葵さんの微笑みとぶつかった。


「こうみえても妹は料理が上手なんですよ。和洋中、材料さえあればなんでもつくれます。姉のわたしが言うのもなんですけれど性格も真面目ですし、かならずご主人にも気に入ってもらえると思いますよ」


「でも女の子、ですよね」


「はい。男の子に見えますか?」


「いえ、そうじゃなくて」


 和食のつくれる人、とぼくが要望したときにはまさか女の子がやってくるとは思わなかった。それなりに年のとった、料亭にでもいそうな人がやってくるものとばかり思い込んでいた。それがふたを開けてみれば同い年の女の子。しかもこの家で暮らすという。


「この家に茜さんも一緒に住むんですよね」


「もちろんです。通いでは中途半端で、家としての機能が成り立ちませんから」


「それはいろいろとまずいんじゃないかと……」


「年頃の男女が同じ屋根の下、生活をともにするということが、ですか」


「ええ、まあ」


「それはご主人の精神衛生上問題が生じるということですか。性的な欲求が抑えきれずに、あらぬ方向へと突っ走ってしまう危険性があると」


「い、いえ、そんなことは」


 ぼくはあわてて否定した。そこまで露骨に言われると、かなり恥ずかしい。


「ただ両親も納得しないんじゃないかと思うんです」


「両親は大賛成ですよ。龍館で働くためにわたしたちは存在するのですから。むしろ喜んでいますよ」


 それに、と葵さんはくすりと笑うと、茜さんの頭を撫でた。


「この子は結構強いんです。特別な力がない代わりに武芸の鍛錬を子供の頃から受けています。ですからご主人が力ずくでどうにかできるような相手でもありませんから、ご安心ください」


「特別な力がないということは、茜さんは普通の子ということですか?」


 ぼくは改めて茜さんを見た。小柄な子だと思う。髪は短くて、ショートボブなんていうやつかな。


「何もご存じないんですね」


 葵さんはちらりと執事のほうを見やった。葛西というらしい執事はソファの横に立ったまま、一切座ろうともしない。渋い顔でこちらを見下ろしている。八年前の事件::いや、そんなことを聞ける空気じゃない。ぼくは頭を振った。


「わたしたちの歴史を知るのもご主人の役目の一つのはずなのですけど」


 異能者というのは基本的に家系で受け継がれるものだという。血が濃ければ濃いほど力が強く、異能者同士が子供を生めばほぼ間違いなく執事、もしくはメイドの資格を持った子供が生まれるらしい。


 ただし、稀に能力を持たない子供が生まれるときもあるという。特に兄弟が多い場合は力が分散するか、ひとりに集中することがあり、異能者同士の子供であってもなんの力も持たずに生を受ける子もいるという。


 力を持って生まれた子供というのはその多くが将来を決められている。男児であれば執事、女児であればメイドとしてこの国の将来を支えていかなければならない。では力のない子供はどうかというと、選択肢は大きくわけて二つ。家とは縁を切って一般の社会で生きていくか、それともお手伝いさんとして龍館に勤務するかのどちらかを選ぶことになるという。


「お手伝いさん?」


「この子のことです」


 そう言って茜さんの頭をふたたび撫でる姉の葵さん。


「メイドや執事というのは決して万能ではありません。子供の頃から異能者としての訓練に明け暮れるため、普段の生活についてはおろそかにしている部分が少なくはないんです。それは料理をはじめとした家事に限らず、人としてのコミュニケーション能力全般にもいえます。ご主人というのは我々が選ぶものでは基本的にありませんから、本来メイドや執事というのはあらゆるタイプの人に対応しなければならないわけですけれど、先に述べたような理由からそれがうまくいかない場合も少なくありません。そこで登場するのがお手伝いさんなんです。一般常識をわきまえ、家事を完璧にこなし、メイドや執事とご主人の間を取り持つ存在、力を持たないからこそ意味のある第三者として、龍館の機能の一部を担うことができるんです」


 わかったようなわからないような、どうしても八年前の事件のことが頭からはなれないぼくは、会話を前進させることで冷静さを保とうとした。


「あ、でも、本人の意思も重要ですよね」


「うちの茜はお気に召しませんか」


「そういうわけではなくて、ただ、乗り気ではない子に無理やり家事をやらせるというのは……」


 さっきからうつむいているばかりの茜さんはほとんどしゃべらないし、今回の件に乗り気には見えなかった。それも仕方がないとぼくは思う。突然見ず知らずの男と一緒に住めだなんていわれて納得できるはずもない。もっと年齢の高い人を寄こしてもらおうかな。


「あの――」


「あ、あのっ」


 ほかの子でもいいんですよ、ぼくがそう言おうとしたとき、それまで沈黙状態だった茜さんがいきなり立ち上がった。


「そ、そんなことありません。わ、わたし、ここで働くの全然いやじゃありません。料理も掃除も全部やります! だから、わ、わたしをここで働かせてください。お願いします!」


 顔を真っ赤にした茜さんが早口にそう言って頭を下げた。突然しゃべりだしたのでぼくは驚いた。


「本当にいいの?」


「はい。これからはわたしをテツとお呼びください!」


「て、テツ?」


「はい。お手伝いさんのテツです!」


 おてつだいの、てつ。そういうことらしい。


「え、でも、茜という名前があるよね」


「はい。でもそれは」


「外の名前なんです」


 茜さんがちょっと口籠もった直後、葵さんがすかさず引き継いだ。


「この龍館では基本的に自分の役柄を演じなければなりません。そのためには別の名前が必要、ということです。過去、様々な場面で用いられた本人の名前というのは同時に記憶でもあるわけですから、そこは一新しなければならないと考えられています。これは必ずしも強制ではないんですけれど、これまでの経験からある程度変えたほうがより成功しやすいという報告もあります。役割をヒントに名前をつけると順応できるという噂があるので、妹もそれに習っているんです。もっとも、執事やお主人などという立場そのものを呼称として使うことは通常ありませんが」


 葵さん皮肉っぽく言った。執事のほうはまったく動揺した様子がない。


「でも、テツっていうのは、どうも男性の感じがするんだけど」


「ならダイはどうでしょう。お手伝いさんのダイです!」


「むしろ離れたんじゃないかな」


「うーん、じゃあじゃあ」


 茜さんは真剣に悩んでいる。その様子を見ると、名前というのは思った以上に大事なのかもしれない。これまで執事、お主人で済ませていたぼくとしては、なんだか責任を感じてしまう。


「りょうちゃん、なんてどうかな」


 ぼくはぱっとひらめいた名前を提案した。


「りょうちゃんですか?」


「うん。料理人だからりょうちゃん。これならちゃんとかかってると思うんだけど」


「わあ、なんだか女の子みたいです」


「女の子だよね?」


「はい」


 茜さん、もといりょうちゃんは元気よく返事をした。


「わかりました。わたしは今日からりょうです。執事さんもよろしくお願いします」


 執事は「ああ」とだけ短く答えた。ぼくにはその反応が意外なものに思えた。執事がさっきから渋い顔で黙り込んでいたのはてっきりこの姉妹が嫌いだからで、だからりょうちゃんの料理人就任を素直に受けるとは思わなかった。


「本当にいいの?」


 ぼくは執事のほうを見て確認した。ここに来てからほとんど目を合わせないようにしていた執事と目が合った。


「これはおれが口を出せる問題ではない。協会本部がそうと決めた以上、それに従うまでだ」


 執事がそう言い終えても、ぼくの視線は離れなかった。端正なその顔を見ながら、橘くんが言っていたことを考えていた。


 八年前の事件、ぼくの両親が殺された事件。橘くんによれば、その犯人はこの町の人物だという。執事の失態によってカゲクイに感染した犯人が町を逃れ、その後、ぼくが住んでいた町へと流れ着いて偶然見かけた両親を殺害した、そのきっかけをつくったのが彼。


「何か言いたそうだな」


「……」


 ぼくはテーブルのほうに視線を戻した。ずっと執事を見ていると、衝動的に尋ねてしまいそうで怖かった。瀬野姉妹のいる前ではとても確認する気にはなれないし、それは彼女たちがいなくても同じことかもしれない。


「言いたいことがあるなら言え。この二人に遠慮する必要はない。ここは貴様の家でもあるからな」


「貴様?」


 葵さんが眉をひそめて執事を見た。


「ねえあなた、ご主人のことを貴様呼ばわりしているの?」


「何か問題があるのか」


 葵さんは手を眉間のあたりに持っていった。


「メイドや執事というのはあくまで仕える側の人間よ。あなたの呼び方は不適切と言わざるを得ないわ」


「龍館が機能していれば問題はないだろう」


「龍館で暮らすもの同士は強い絆で結ばれていなければならない。しっかりとしたつながりがあるからこそ、龍館の真の住人になれる。その点を忘れてはいないでしょうね」


「おれの勝手だ」


「葛西くん、あなたいつまで引きずっているつもり?」


 ため息をつき、葵さんがそう言った。


「もうあれから何年経っていると思っているの。いつまでも昔のことにこだわっていてもしょうがないのよ」


 ぼくには葵さんがなんの話をしているのかはわからなかった。ただそれが執事に関連するものであることは明らかだった。執事の表情に変化はなかったけれど、空気はいつのまにかぴんと張り詰めていた。



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