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ぼくと執事と守りたい街  作者: たかと
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過去の事件


 ぼくは橘くんに連れられて報道部の部室に入った。中には部員らしき三人が椅子に座っていて、部長(橘くん)の後に続いて入ってきたぼくに視線を集中させた。女性が二人に男性がひとり、部員は四人だと聞いていたからこれで全員のよう。


「みんなに紹介しよう」


 橘くんがぼくの肩に手を置いて言った。


「彼がお主人の一之瀬悠太くんだ」


 おぉー、とどよめきにも似た声が上がり、ささやかな歓迎の拍手がそれに続く。その間も三人ともぼくを穴があくくらい見ている。校舎でいくらでも好きなだけ見られるのに、これはどういう反応だろう。


「彼は快く我々の取材を受諾してくれた。これは新聞部との違いを見せつけるまたとない機会だ。みんな質問は心して聞くように」


 それからぼくは指示された椅子に座り、報道部の取材を受けることとなった。お主人としての暮らしからぼく個人の趣味志向まで、ありとあらゆることを聞かれた。結構きわどい質問もあったけれど、悪い気はしなかった。


 ぼくがこうしてバスの時間を遅らせてまで取材を受けたのは明確な理由がある。こちらからも聞きたいことがあったからだ。執事からいろいろ説明を受けたとはいえ、まだ情報は足りない気がする。友達というものがいないぼくには、客観的な話をしてくれる人がいない。とくにさっきの話、執事がお主人を殺すために存在していること、という点についてはどうしても尋ねたかった。


「あの、ぼくから聞いてもいいですか」


 質問が一区切りついたところでおそるおそる手を挙げて発言すると、一斉に視線が集中した。


「先代のお主人について、もっと詳しく聞きたいんですけど」


 みんなが一斉に語りだした。しゃべっている内容が聞き取れない。あっちを見てこっちを見ていると、ひとり黙っていた部長の橘くんがまあまあと部員をおさめて、話をまとめて教えてくれた。


「性別は女性。身長はおよそ百七十五、体型は細身、年齢は二十歳前後、髪の長さは腰くらいまである、儚げな印象の美人だったという」


「会ったことはないんですか?」


「ぼくがかい?」


 橘くんはふっと薄く笑ってメガネを指で押し上げた。


「昔はこれでもプロを目指す野球少年だったんだ。報道の使命はもとより、龍館自体に興味がなかった。小学校も離れていたからね」


 ほかの部員の人たちに目で確認すると、みんな一斉に首を振った。


「後になって聞いたところによると、彼女の評判自体は悪くなかったらしいね。結構気さくで、よく町にも出ていたらしい。だからこそ、感染者となって命を落としたことを哀れむ人もいたそうだ」


「執事に対する反発なんて起こらなかったんですか」


「君、それが彼の仕事だよ。たとえお主人が人気者であろうと、感染者は感染者だ。それを放置すれば町中に死体がごろごろ転がるような非常事態を招いてしまうからね」


 ぼくはその状況を想像しようとして、それを慌てて打ち消した。


「先代のお主人はどのくらい龍館にいたんですか。その、殺されるまで、ということですけど。八年前というのはあくまで先代のお主人が殺された年なんですよね」


「一年と三ヶ月程度らしい」


「え、そんなに短いんですか?」


 先代のお主人はわずか一年と三ヶ月龍館に滞在しただけで殺された。ということはぼくの場合、二十歳をむかえる前に死んでしまう可能性が高いということだろうか? つまり、執事に殺されるということだけど。


「安心したまえ。先代の場合は極端に短すぎるのだ。確かに危険と隣り合わせのお主人は一般人と比べれば寿命はどうしても短くなるものだが、一年ちょっとというのは極端すぎる」


「町に被害というものはなかったんですか? カゲクイに意識をのっとられれば、殺人衝動に突き動かされるんですよね」


「なかった」


 橘くんがそう言った直後、ひとりの部員がすばやく手を上げた。


「部長、人質となった女子高生と夫婦の存在をお忘れですか」


「もちろん覚えているとも。とは言い切れない、と付け加えようとしていたところだったのだ」


 すいませんでした、とやけに元気な声で部員の女子生徒が謝ると、橘くんはぼくに向き直って続けた。


「とりあえず君には事件の概要を説明しなければならないだろう。まずは感染者となったお主人が女子高生を人質にとったというところからはじめたほうがいいかもしれない」


「女子高生を人質に?」


「事件は町中で起こった。当時は雨が降っていて往来は少なかったらしいが、それでもその異様な雰囲気は注目を集めたのだろう」


 どういった事情でその場面が生まれたかははっきりしていない。ただ、カゲクイによって殺人衝動を植え付けられた先代のお主人が町中でひとりの女子高生を人質にとり、雨の中で執事と対峙する場面が何人かによって目撃されたという。恐怖で声も出せない女子高生。それを挟んで何かを言い合う二人。


「カゲクイによってお主人が心を蝕まれてしまった場合、町中には逃がさずに龍館内で処分するというのが執事の役目だ。だから当時は執事に対する批判も多少はあったらしい。だがまあ、女子高生の精神的苦痛を除けばこの町に直接の被害はなかったということで、最終的には責める声も低調だったと聞く」


 直接の被害、という表現になんだかぼくは引っかかった。


「何か、ほかに問題があったんですか」


「ふむ。君はカゲクイによって精神を侵された人物の行動を知っているかな?」


「人を殺すんですよね」


「ああ。確かにそうだ。だがそれはあくまで最終的な行為で、カゲクイに蝕まれた直後に人を殺すというのはむしろ稀だ。その間には人らしい感情の葛藤があり、行動には様々な分岐がある。前者は目突きがその代表格であり、後者は先代の事件が象徴的だろう」


「えっと、どういうことですか?」


「逃亡、だよ」


「逃亡?」


「カゲクイによって殺人衝動を植えられてしまったある人物がいる。彼はまず何を思うのだろう。ぼくはもちろん経験したことがないからこれはあくまでも想像だが、相反する感情に戸惑うのではないだろうか。人を殺したいという欲望と人のままでありたいという切望、これらがぶつかりあうと思われる。そのとき、彼は何を思うだろう。やがて殺人衝動が勝ってしまうのはわかりきっている。カゲクイに抵抗できるほどの人物なら、そもそもカゲクイが取り付いたりしない。刻一刻と狭まる選択肢の中、君ならどうするか、思いつくかな」


「人のいないところに逃げる、ですか」


「人がいなければ誰も死にはしない。もうまったくの正論だ。是非そうしてもらいたいところだが、残念ながら彼はその選択肢を選ばない。いや、その選択肢を途中で捨ててしまう。なぜなら遠からず意識はのっとられ、絶海の孤島にでも行かない限り、最終的には犯罪に手を染めることがわかりきっているからだ」


「ではどうするんです?」


「彼はとりあえず人気のないところへ行こうとする。しかしその後、また人の多いところに戻ってくるんだ。というか警察のある町だね。彼は誰かを殺す前に、自分を逮捕してもらおうと考える。しかし、警官には感染者かどうかを判断する力はないし、また、そこにたどり着く前に犯罪に手を染めるパターンも多い」


「自殺を試みたりはしないんですか?」


「実を言うとそういう例も少なくはない。誰かを傷つける前に自らの命を絶つ、それならば被害は拡大しないが、最後まで実行されたケースはほとんどない。なぜなら自分を傷つけるという行為は、わずかに残っていた正常な意識すらも断ち切ってしまうからだ。取り付かれた人物、言うところの感染者は最後の最後まで人でありたいと願うもの。悪意に蝕まれながらも、自分は正常であると心のどこかで信じ続けるんだ」


「それで、八年前の事件でも、そうやってこの町を逃げた感染者がいたということですか」


 ん? 八年前? あれ、その時期って、もしかして。


「そうだ。執事がお主人にかかりっきりになってしまったことで、一時、龍館の機能が弱まり、その結果、カゲクイが町に大量発生する事態になってしまった。多くの感染者は無事に逮捕されたが、その中には警察の手を逃れたものもいる。その一つが、ほら、どこだったかな」


 橘くんはある地域で夫婦が殺された事件を口にした。


 八年前の事件。


 それは、ぼくの両親が殺された事件のことに、違いなかった。

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