アーサー
その後なにがあったか?
決まってるだろう。
まず、衛兵の詰め所に全身タイツ姿のまま連れて行かれた。
住所不定、無職、戸籍なし。
王都に入るために関所で見せるはずの通行証なし。
このあたりで衛兵の目が鋭くなってくる。
これ、あかんやつや。
冷や汗をだらだらと掻きながらアレクはタイツ姿のまま「自分は怪しい人間じゃないです」と言ってみたが「その姿で?」と言われて返す言葉も無かった。
みょんみょん首を上下している白鳥が煩わしい。
ともかく。
密入国の疑いで逮捕。
明日また取り調べるという事で地下牢に繋がれれる事と相成った。
流石にタイツ類は没収され、普通の囚人服に着替える事になったが。
「冒険の始まりが牢屋から。牢屋からって」
その日の夜、アレクは牢屋の隅で膝を抱えて自分の境遇を嘆いた。
嘆いたところでなにが変わるかって? 変わらないよ。変わらないけど嘆くしか無いじゃないか。
異世界にやってきたは良いけどLv1で特別なスキルがあるわけでもない。
見た目も無精髭を生やした小太りのおっさん。
インベトリを確認してみたが碌なアイテムは入ってない。
「銀行とかアカウントで紐づけされてたけど卸せるのかなぁ」
卸せたら少しは良い装備があるかもしれない。
アカウントで紐づけされた共通倉庫とキャラクター個人にのみ持てる個人倉庫と2種類の倉庫が存在する。
もっぱらアカウントで紐づけされた共通倉庫で預けられる量よりキャラクター個人で預けられる個人倉庫のほうが預けられる量は多い。
ゲームの頃のアイテムとかがあるならば、だが。
とはいえ先ほど『インベトリを確認』できたのでゲームシステムに沿っている可能性は高い、と今更ながらにアレクは気づいた。
「どうにかして銀行にいって倉庫を確認せねば」
よし、その為にはどうするべきか?
とりあえず地下牢でのお勤めを終えるのが先決だろう。
出された固いパンも味のしない水で薄めたミルクも我慢して食べる。
ともかく自分は怪しい人物では無く、気づいたらあそこにいたんだ。という説明を繰り返し衛兵にする。
牢屋に戻ってからアレクは色々試してみた事で、分かったことが幾つかあった。
まず、自分のステータスやインベトリといったゲームのシステムは使用が可能だということ。
もちろん課金アイテムを購入したりはできない。フレンドやチャットも使えない。
定番と言えば定番かもしれない。
できる事はある程度の量を空間に保存して引き出せる『インベトリ』と自分の状態を視覚化できる『ステータス』。レベルが上がることに得られるスキルポイントを使って振り分けられる『スキル』。これぐらいが今アレクが確認できることだった。アイテム類を預けられる銀行の『倉庫』というシステムはどうなってるかはわからないが、それは銀行のNPCに話しかける事で利用していたので実際に行かないとわからない。他に何かないか? と確認を続ける事数日。
現実に即した物なのかゲームシステムに即した物なのかは判断できないが、小太りだったお腹が少し引っ込み始めた頃。
アレクは『不法入国してきてスラムに住み着いた酔っ払い』という形で落ち着いたようだった。
そして、釈放の日。
不法入国してきたスパイとかにならなくてよかった、と安堵の息を吐いたアレクだったが次の衛兵の言葉に目を丸くした。
「ほれ、もう雪は上がったから早くねぐらに戻れ」
はい? とアレクが首を傾げて空を見上げると晴れやかな空だったが地面にわずかに雪が残っていることが確認できた。
「まったく。寒さと飢えを凌ぐために地下牢に入りたいって来る奴はいるが、あんなことしてわざわざ地下牢に入る奴いないぞ?」
ほれ、と衛兵に渡されたタイツを『インベトリ』にしまったアレクは事情を察して「ありがとうございました」とお辞儀した。
衛兵はひらひらと手を振っていたが、どうやら王都において寒気が近づくと凍死を免れたいスラムの住民が盗みや恐喝と言った軽犯罪を犯して地下牢を使用して寒さを逃れようとすることはよくある事らしい。
自分もそういった人間の1人だと思われたようだ。
まあ、お金も無いし間違っちゃいないけど。
「ありがとうございました」
ちゃんと衛兵にお礼を言った後、アレクは王都の中を歩き出した。
全身タイツの代わりに今は麻の服というスラム住民もびっくりな簡易な服を着ている。
まあ、冒険したての頃ってこうだったよなー、と思いながらアレクは銀行に向かう。
勝手知ったるなんとやらで王都の地理は頭に入っていた。
銀行についたアレクは銀行の前で人だかりができているのを確認して首を傾げた。
そんなに人だかりが銀行にできるだろうか? と。
まあ、ゲーム時代は引っ切り無しにプレイヤーが訪れては出て行くので往来は激しかった記憶はあるのだが。
「なにかあったんですか?」
どうやら銀行の前の野次馬らしき人物に声を掛けると、その男は苦笑いを浮かべて銀行の入り口のほうを指差した。
アレクがその指差されたほうを目で追うと、そこには金髪の少女が銀行員ともめているのがわかった。
「どうしてダメなんだ! 間違ってないだろう!?」
どうやら少女は銀行に預けた物が出せない事で憤っているらしい。
なんだか大変だなぁ、と思いながらアレクもまた銀行に入っていき、カウンターで口座の確認と倉庫の確認をしたいという旨を告げる。
ちょうど揉めている少女の隣に案内される。少女の応対をしている女性職員を気づかわし気に見ていた男性職員が応対してくれたが、アレクもまた金髪の少女と同じような叫び声をあげる事になった。
「え、引き出せないってなんで!?」
こいつもか! という顔をされた。
男性職員が言うには『身分証』が無いと引き出せないとのことだった。
ゲーム時代にはそんな物無かったぞ、と思ったが現実の銀行に行けばキャッシュカードや身分証明書が必要だと言われることは多々ある。
それは一般的な現実の常識だが、ゲームの世界と似ているし『インベトリ』が使える事から大丈夫だと思っていたがそうでは無いらしい。
「マジかー」
残念ですが、と愛想笑いを浮かべる男性職員だったが、その笑顔の裏で麻の服を着た人間に口座があるとは思っていないだろう。
此処でごねてまた衛兵のお世話になっても衛兵の人が困るだろう、とアレクが席を立ったのと同時に、隣で女性職員と揉めていた少女が「もういい!」と怒鳴って立ち上がったのは同時だった。
あまりに動きが同時だったので思わず少女の事を見たアレクだったが、少女のほうもそれは同じだったようでアレクの事を見た。
見てから――――少女の動きがぴたりと止まった。
アレクはと言えば、少女の容姿に若干見惚れていた。
長い金髪と見目麗しい整った容姿。服装はファンタジー世界に合ったワンピース姿だが、王都の季節が冬である事を思えば季節感が無いと言える。
その金髪金色の瞳はどこかで見た事がある、とアレクが思った所で少女が「あ――――ッ!!」とアレクを指差して大声を上げた。
「アレク!? アレクだよね!? おっさん化してるけど!」
「そう、だけど」
どこかで会ったっけか? と首を傾げるアレクだったが顔見知りは衛兵のお兄さんしかいないぞ。
「私! アーサー!」
…。
……。
………。
その金髪金目の少女――――こと、自称アーサーちゃんはまるで数日ぶりにはぐれた友人に会えて嬉しいというような顔で笑った。
まあ、実際その通りなんだろうけど。