プロローグ
≪武器庫≫アレク。
それが俺の名前だ。
オンラインゲーム『Sword Of Chivalry』に存在していたクラン『Nine Worthies』に所属している。
普段は茶髪の美男子の姿をしている。
自分で言うのもなんだが物凄くカッコイイ。
俺が所属するクラン『Nine Worthies』は美男美女の集まりである。
ま、ゲームの世界で自分が操作するキャラクターを美男美女にするのは誰だって同じだが、このゲームに置いてこれはステータスの1つとして存在している。
このオンラインゲーム『Sword Of Chivalry』は体系の維持に凄く手間がかかるのだ。
食料にカロリーが設定されているのだ。
肉を食えば肉を食っただけ太り、野菜を食べて過ごせば痩せる。冒険に出ていれば筋肉質になるし、宿屋に引きこもればガリガリになる。
自然と初心者は安易に手が出しやすい豚肉や牛肉をメインの食事にして太っていることが多い。もしくは木の実や野草をメインにしてガリガリに痩せているかのどちらかだ。
冒険に向かう先の移動距離や荷物の重さを念頭に入れ、持っていく食事や材料を厳選していくだけの余裕があるのは一部の上級者だけだ。
腹を空かせてしまえばバットステータスがつくし、喉が渇いてもバットステータスがつく。ひどくなればそのまま『餓死』となる。
なんでもリアルなファンタジー世界を作りたかったという製作者側の意図があったらしいが、これがとんでもなくめんどくさい。
それでもまあ、その『リアル』さに心惹かれるコアなゲームプレイヤーも少なくは無く、俺もその1人なんだが。
「今日も『Nine Worthies』の1人勝ちだなー。見ろよ4人PTでストームドラゴンの巣を狩って来たらしいぞ」
「9人で挑んだブラックドラゴンの最速討伐時間はまだ抜かれてないんだっけ?」
「ふつう、あれ12人で挑むレイドクエストだろ?」
「見ろよ、≪武器庫≫アレクだぜ」
「その後ろには≪輝く≫ヘクト。それに≪赤き衣≫のカエだ」
王都への凱旋。
多くのプレイヤーが見守る中、ストームドラゴンと呼ばれる上位魔獣の素材を台車に詰め込んだ9人のプレイヤーが大通りを歩く。
その姿を遠巻きに眺めているプレイヤー達は『Nine Worthies』の面々の姿を見て歓声をあげたり女性プレイヤーから黄色い声が上がったりする。
「アーサーさーん!」
と、先頭を歩く≪赤竜≫アーサーがにこやかに笑って女性達に手を振った。
キャー、と黄色い歓声が上がる中、そんなアーサーの後ろに着いた茶髪の青年アレクはにやにやと笑ってアーサーに囁いた。
「女性にモテるな?」
「ゲ、ゲームの中だし? こんなものじゃない?」
その声音はボイスチャットをしてる9人全員だけにしか聞こえなかったが、クスクスという忍び笑いが洩れた。そう、ゲーム内ではイケメン男子である『Nine Worthies』のリーダー、アーサーは現実では女性なのだ。
「良かったな!」
「良くないわよバカアレク!」
揶揄ったアレクにアーサーの怒鳴り声が響く。
ボイスチャットの向こう側でゲラゲラと笑ったのは≪千里投擲≫ダヴィだろう。そんなダヴィに、
「ダヴィうるさい。呼吸しないで」という冷たい声で窘めた≪赤き衣≫カエ。
「俺死んじゃうよ!?」とダヴィは慌てて反論。
「若い奴らは元気だのう。わし疲れた」とのんびりとした口調で顎髭を撫でる≪黄金の硬貨≫シャルル。
「ケ、ケンカはダメですよー?」と気弱な声をあげる≪幻の酒≫マカ。
「マカさん、これは痴話喧嘩というものですよ」と涼しい声で言う≪墓守≫フロワに「「ちがーう!」」とカエとダヴィの絶叫が重なった。
そんな彼らの様子を見て黙って微笑んで見ている≪影に潜む≫シェアに何時もの無表情だが近しい物ならわかる柔らかい目をして仲間を見ている≪輝く≫ヘクト。
この9人が『Nine Worthies』のクランメンバーだ。
昔からの知り合いもいるし、このゲームを始めてから知り合ったメンバーもいるが、仲は良好だ。
皆、共通して神話や伝説が好きという趣味人の集まりだが、気づけば『Sword Of Chivalry』の中でもTOP10入りする強豪クランの1つになっていた。
ゲームでできる事でカウントダウンイベントという物がある。
所謂、お正月での年末年始のカウントダウンである。
ゲーム内で年末年始を過ごすのが寂しいという意見もあるが、現実だろうとネットだろうと一番仲が良いと言えるメンバー同士で過ごすんだからいいんじゃないか、と思う。
そんなわけでストームドラゴンの狩りを終えた後、全員で馴染みの酒場に集った時、それは起きた。
「よし、今日、これから一発芸な?」
と、お調子者のダヴィが言い出したのだ。
「はぁ?」と眉根を寄せたカエだったが、「ほら、年末年始のイベントといえばクラン内での一発芸じゃん?」という言葉に年長プレイヤー達が「ああ、忘年会でやらされる奴な」と納得した。
「んじゃ、先陣は俺が切ろうかな」
そう言って手を上げたのはアレクだ。
実はアレク、普段は真面目なのだがこういうイベントや趣味が絡むと調子を外してしまう悪癖がある。
それを良く知っているダヴィはわざわざ数週間前にアレクに話を振っていたわけだが。
「あ、じゃあ私も」
と、そう手を上げたのは意外な事にアーサーだった。
ゲーム内ではボイスチェンジャーで優男の声で「私」という一人称を使うからゲーム内では紳士的だと評判である。
しかし、アーサーも手を上げるとは意外だ。もしかしたらアーサーもダヴィから聞かされていたかもしれない。リーダーが真っ先に同調すれば他の奴も乗りやすいだろう? と言われたかもしれない。
「じゃあ、リーダーとアレク頼んだぞー」
にやにやと笑ったダヴィの顔を見てアレクは親指を立てると一旦ログアウトした。
そう、アレクはこの日の為に前々から「提案しようと思うんだ」と持ち掛けられたダヴィと一緒に1人のサブキャラクターを作ってあったのだ。
曰く、ネタキャラという奴である。
ログアウトした後にゲームクライアントを立ち上げなおし、IDとパスワード、ワンタイムパスワードを入力する。
そして、アレクの一個下の『倉庫番』として以前作って後最近メイキングし直したキャラクターをクリックした。
それはおっさんだった。
茶髪なのはアレクと同じで顎髭なんかを生やしたぽっちゃり系おっさんである。
コンセプトは『現役を引退した後に不摂生な暮らしをしたアレク』である。ミソはキャラクターをメインキャラに似せる事である。
まったく違うキャラを作れば確かに面白いのだが、メインのキャラクターと似せる事で元々のキャラクターを知ってる人達からの受けが良い。
「よし、これでログイン、と」
服装を全身白タイツに股間部分から白鳥の首が出ているというドリフか何かで使われていそうなイベント装備を選ぶ。
ひたすらメインキャラでの狩りで余った装備や食料を預けたキャラだが、こういうメインでは着そうにない装備をまとめて預けてあり、第一線で使えなさそうな武器類だったり複数手に入れて使う事が無い武器類もまた預けられている。
ただの倉庫番だが、こういうイベントに出すのもいいだろう。
そう思いながら『接続』のボタンをマウスでクリックした瞬間。
―――――暗転。
気づけば石畳の街中の往来の中心で白鳥と白タイツのおっさんの姿をした『俺』がいた。
「……」
無言で周辺を見回す。
急に表れた白タイツに股間から白鳥を生やしたおっさんを見て人の波が割れる割れる。
「ママー、あの人なにー?」
「しっ見ちゃだめよ」
なんていうテンプレの声まで聞こえてきた。
えーと、確かさっきまでパソコンの前に居たはずなんだが、と俺は天を仰いだ。
これでもケータイ小説とかラノベを読むこともある身である。
まさか信じられないしこんなことが起きるとは到底思えないのだが、異世界転生とか異世界召喚という物に巻き込まれたらしい。
是非に夢だと言ってほしいが、しがないアルバイターな身であり、神話や伝説が大好きな身の上としてはこの展開は喜ばしい。
だが、
「せめて、メインのほうのアレクの時に異世界にやれよ――――ッ!!」
会ったわけでは無い。
だが、何者かの意思が働くのはこういう展開ではあるんだろう?
そう思って叫んだ俺だったが、
「あー、ちょっと君、少しいいかな?」
と、俺の悲痛の叫びに応えたのは苦笑いを浮かべた兵士さんだった。