#9 何とかなるさ
その時。ちょうどいいタイミングで、井上兄弟が店から出てきた。
「陽華、おまたせ」
「陽華お姉ちゃん、見て。いっぱい買ったよ」
見知らぬ少年を見て、止まる二人。陽華はすばやく立ち上がり、陽樹を盾にした。
対峙する、陽樹と夏漣。
「井上が、二人……?」
陽樹がとまどいつつ、口を開く。
「お――」
「おにぇちゃん!」
深樹が陽樹を激しくゆさぶった。
「『お』?」
夏漣はきょとんとしている。陽樹はこっそりと深呼吸をして、言いなおした。
「わ、わたしは陽華のいとこの、井上……ナツミです」
陽華の心に、なにかが引っかかる。
夏漣は微かに目を細めた。
「そう、ナツミさん。たくさんお買い上げいただきありがとうございます」
警戒心をといた深樹がたずねた。
「お兄さん、お店に住んでるんですか?」
接客モードの夏漣が答える。
「そうですよ。放課後や休みの日は店の仕事を手伝っているのです」
陽樹が目を輝かせた。
「へえ、いいなあそれ! お、わたしどら焼だいすきだから、毎日三十個くらい食べちゃいそう」
夏漣は眉をひそめた。
「売りものですよ。でも……うちにはポイントカードがあるのです。和菓子がお好きなら是非。割引します」
深樹が身を乗り出した。
「ほんと? また来てもいいですか」
「もちろん。大歓迎です」
兄弟が「わーい」とハイタッチを交す。
夏漣は自転車にまたがり、振り返った。
「名乗るのが遅れました。安月夜夏漣です。ナツミさん、陽華さん、またお越しください」
ぺこりと頭を下げ、店の裏へ消えた。
しずかになった店先で、陽樹は一人つぶやいた。
「安月夜……やっぱり、お前だったのか」
悲しそうな、怖がっているような、複雑な表情だった。
糸が切れたように、陽華はその場にへたり込んだ。
「はわわ。私もう疲れたよ信玄餅~」
一方的にハグされる信玄餅。
「そうだ……ねえ陽華」
なあに? と、おもてを上げる。
「また、服を貸してくれないかな。たとえば……制服。そうだ、俺は制服が着たい」
「お、お兄ちゃん? 大丈夫? なんか変だよ」と、深樹が顔をのぞき込む。
「別にいいけど……どうして?」
すこし間があった。
「うん。ほら、陽華の学校を覗いてみたいんだよ。折角パラレルワールドにきたんだ。見学しなくっちゃ」
陽華がポンと手のひらを打った。
「ってことは、平日に行きたいの?」
「そうそう」
「でも、制服……私も授業、受けなくちゃいけないのに」
陽樹は当然のように言った。
「陽華は、俺の制服を着ればいい」
陽華は口をぽかーんと開けた。
「ぽかーん……で、でも。陽樹だって学校を休むわけにはいかないでしょう? 陽樹が私についてきたら、陽樹の学校には誰がいくの」
陽樹は黙り込んでしまう。
深樹がひらめいた。
「陽華お姉ちゃんが、お兄ちゃんの学校へ行けばいいんじゃない?」
弟の提案に、陽樹は両手を上げた。
「おお! それいいな! 深樹頭イイ!」
「えへへ」と照れる深樹。陽華の顔は、蒼白になった。
「入れ替わりだよ、陽華! 俺かわいいし。声変りしてないし。頭の天辺から足の爪先まで、俺たちそっくりだからね!」
「ねえ陽樹、それってどういう意味なの!」
陽華の手を引いて、風呂敷をかかげて、家の方角へ駈けだした。
「髪形はどうするの? 私のともだち、知ってるの? 私はわかんないよ。私は心配だよ!」
陽華がさけぶ。陽樹は言った。
「いいから俺についてきな。走って行けば『何とかなる』さ!」




