#8 あづき屋にて
「もうすぐ着くよ」
陽華が言った。住宅地の角をまがると、こぢんまりとした和菓子屋が現れた。
「お店、こんなとこにあるんだ。何があったっけ? ぼくたちの町だと……」
屋根には「あづき屋」の文字が掲げられている。陽樹は「信じられない」とでも言いそうな表情だった。
「あづき……あづき屋」
「ここが、私のオススメのお店だよ」
陽華が暖簾をくぐる。深樹もあとに続いて、はしゃいだ。
「みてみて、お兄ちゃん。いっぱいあるよ!」
店内を見て、陽樹の戸惑いも搔き消えてしまった。
「うわあ、本当だ。おいしそう!」
外観ではわからなかったが、店内は意外なほど広かった。どら焼をはじめとして、色とりどりの和菓子が華やかに飾られている。天井から日本風の照明を吊しており、全体的にも明るかった。
「いらっしゃいませー」
ショーケースの向こうに女性が現れた。服装からして、お店の人のようだ。
「おばさん、こんにちは」
陽華が会釈する。
「あら、はるちゃんじゃない! こんにちは。と、それから……」
髪のみじかい少女と、小学生らしき男の子が、陳列ケースにへばりついている。
「い、いとこです! 私の」
女性はにこやかに笑った。
「そう。はるちゃんにそっくりね。双子みたいに」
「深樹、どれにする?」
「これは? やきたてのバラ売りだって! お兄ちゃん」
陽華が「はわわ」と動揺した。
女性はギョッとした。
「お、お兄ちゃん……?」
深樹は「はっ」と息をのんだ。でも、陽樹は気づいていないらしく。
「おみやげだから箱がいいよ。いくつ買う? 二箱? 三箱?」
陽華が固唾をのんで見守る。
「よ、四箱にしよ? お、おにぇちゃん」
店内が数秒間、静まり返った。
「そ……そうよね。お姉ちゃんよね」
聞き間違いかしら、とおばさんの一人言。
緊張がゆるんで、深樹と陽華はこっそりと笑い合った。
*
兄弟が会計を済ませるまで、陽華は店先で犬とたわむれることにした。
「ひさしぶり。信玄餅」
陽華に気づいて、犬が尻尾をふる。
「どう、元気にしてる? 最近寒いねえ」
きなこ色の毛並をやさしく撫でる。
信玄餅がすり寄り、陽華が返す。陽華が話しかけると、ちいさく吠える。まるで会話しているようだ。陽華は楽しそうだった。信玄餅も、なんだか嬉しそうである。
そのとき、道のはるか彼方から、自転車に乗った少年が猛スピードで走ってきた。
信玄餅が顔を上げた。
「ただいまぁ、信玄餅ぃ。あっ」
陽華の髪が疾風になびく。
自転車は急ブレーキをかけた。五メートルほど通り過ぎたところで止まり、振り返る。
「おお、なんだ井上か」
無愛想な挨拶に、陽華は表情をかたくした。
「か、夏漣くん」
自転車を降りて、適当に駐める。
「どうしたんだ。またどら焼を買いにきてくれたのか」
「えっと……」
スラッとした体を曲げて、状況をうかがう。
「ああ、信玄餅と遊んでいてくれたのか。ありがとうな。どら焼はまだ買っていないみたいだけれど、買っていくか? それとも僕がなにか御馳走しようか」
少年は早口だった。でも、一つ一つの音がはっきりしていて、省略がない。不思議な喋り方だった。
陽華は目をグルグルさせながら、言葉をつむごうとした。
「あう……その、今日は、私はつきそいで。だから……はうう」
夏漣は一所懸命つづきを待っている。陽華は泣きたくなった。
だれか、たすけて!




