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窓の向こうへ行かなくちゃ  作者: 半ノ木ゆか
第2話 どら焼を買いに
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#8 あづき屋にて

「もうすぐ着くよ」


 陽華が言った。住宅地の角をまがると、こぢんまりとした和菓子屋が現れた。


「お店、こんなとこにあるんだ。何があったっけ? ぼくたちの町だと……」


 屋根には「あづき屋」の文字が掲げられている。陽樹は「信じられない」とでも言いそうな表情だった。


「あづき……あづき屋」


「ここが、私のオススメのお店だよ」


 陽華が暖簾をくぐる。深樹もあとに続いて、はしゃいだ。


「みてみて、お兄ちゃん。いっぱいあるよ!」


 店内を見て、陽樹の戸惑いもき消えてしまった。


「うわあ、本当だ。おいしそう!」


 外観ではわからなかったが、店内は意外なほど広かった。どら焼をはじめとして、色とりどりの和菓子が華やかに飾られている。天井から日本風の照明を吊しており、全体的にも明るかった。


「いらっしゃいませー」


 ショーケースの向こうに女性が現れた。服装からして、お店の人のようだ。


「おばさん、こんにちは」


 陽華が会釈する。


「あら、はるちゃんじゃない! こんにちは。と、それから……」


 髪のみじかい少女と、小学生らしき男の子が、陳列ケースにへばりついている。


「い、いとこです! 私の」


 女性はにこやかに笑った。


「そう。はるちゃんにそっくりね。双子みたいに」


「深樹、どれにする?」


「これは? やきたてのバラ売りだって! お兄ちゃん」


 陽華が「はわわ」と動揺した。


 女性はギョッとした。


「お、お兄ちゃん……?」


 深樹は「はっ」と息をのんだ。でも、陽樹は気づいていないらしく。


「おみやげだから箱がいいよ。いくつ買う? 二箱? 三箱?」


 陽華が固唾をのんで見守る。


「よ、四箱にしよ? お、おにぇちゃん」


 店内が数秒間、静まり返った。


「そ……そうよね。お姉ちゃんよね」


 聞き間違いかしら、とおばさんの一人言。


 緊張がゆるんで、深樹と陽華はこっそりと笑い合った。



 兄弟が会計を済ませるまで、陽華は店先で犬とたわむれることにした。


「ひさしぶり。信玄餅」


 陽華に気づいて、犬が尻尾をふる。


「どう、元気にしてる? 最近寒いねえ」


 きなこ色の毛並をやさしく撫でる。


 信玄餅がすり寄り、陽華が返す。陽華が話しかけると、ちいさく吠える。まるで会話しているようだ。陽華は楽しそうだった。信玄餅も、なんだか嬉しそうである。


 そのとき、道のはるか彼方から、自転車に乗った少年が猛スピードで走ってきた。


 信玄餅が顔を上げた。


「ただいまぁ、信玄餅ぃ。あっ」


 陽華の髪が疾風になびく。


 自転車は急ブレーキをかけた。五メートルほど通り過ぎたところで止まり、振り返る。


「おお、なんだ井上か」


 無愛想な挨拶に、陽華は表情をかたくした。


「か、夏漣(かれん)くん」


 自転車を降りて、適当に駐める。


「どうしたんだ。またどら焼を買いにきてくれたのか」


「えっと……」


 スラッとした体を曲げて、状況をうかがう。


「ああ、信玄餅と遊んでいてくれたのか。ありがとうな。どら焼はまだ買っていないみたいだけれど、買っていくか? それとも僕がなにか御馳走しようか」


 少年は早口だった。でも、一つ一つの音がはっきりしていて、省略がない。不思議な喋り方だった。


 陽華は目をグルグルさせながら、言葉をつむごうとした。


「あう……その、今日は、私はつきそいで。だから……はうう」


 夏漣は一所懸命つづきを待っている。陽華は泣きたくなった。


 だれか、たすけて!

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