#6 服を借りて
「どうだろう、似合うかな」と言いながら、陽樹はロングスカートの端をつまみ、リビングを歩いた。深樹と深華が「かわいい!」「きれい!」と拍手する。
「こうしてみると本当、陽華にそっくりね」
陽華の母が感心したように言った。
「私が貸してあげたの」と、外出着姿の陽華が階段から降りてきた。
「サイズまでぴったりなの?」
母は驚いている。
兄弟は顔を見合せた。深樹はニマニマしている。
「お兄ちゃん、似合ってるよ」
兄はさわやかに笑った。
「ありがとう。我が弟よ」
ジャンパーをひるがえして、追い抜きざまに。
「そっちのほうが、自然」
弾かれたように、陽樹は振りかえった。
「えっ? 今なんて」
「ミイちゃんのママ、いってきます」
「はい。ミイくんも行ってらっしゃい」
ドアの向こうへ消える深樹。
陽樹はたずねて追いかけた。
「それってどういう意味なのさ!」
リビングがくすくす、賑やかになる。
陽樹の母が外で待っていた。
「あらやだ」
息子の恰好を見て、思わず噴き出す。
「どこの御嬢様かと思っちゃった」
えっへん、と胸をそらす陽樹。
「意外だよね。陽樹くんがそんなの着たがるなんて」
陽華が玄関から顔を出していた。陽樹は言った。
「陽樹『くん』だなんて、よそよそしいよ。陽樹でいい」
その言葉に、うなずく陽華。
「わかったよ、陽樹」
「それはいいとして、陽華ちゃん」
陽樹の母が言った。陽華に緊張が走る。
「な、なんでせう」
扉に身をかくして、ドキドキ、ばくばく。自分の父と同一人物とはいえ、慣れないものは慣れないのだ。
「上着、おめしにならないのかしら」
しとしと、霙が降っている。
「……くしゅん」
コートを着ました。
「ミイちゃん、いってきます」
「いってらっしゃい。ミイくん」
白い傘が陽華に追いつき、きびすを返して手を振った。陽樹もそちらに行こうとして、母に呼び止められた。
「はるくん」
深華とその両親が不思議そうに見つめてくる。目配せする息子に、母は小声で言った。
「お休み明けのテストがあったそうじゃない。できたの?」
陽樹は傘を受け取り、言った。
「な、何とかなるよ」
母は怒らず、不安そうに息子の頭をなでた。
「はるくんの口癖ね、『何とかなる』って。でも、冬休みの宿題もそう言って、けっきょく最終日まで手をつけなかったんじゃない。ママはいつも心もとないの。はるくんの将来が心配で心配で……」
頭をポフポフさわられる。陽樹は「やめてよ」とその手を払いのけた。「みんな見てるんだから」
スカートをひるがえした息子に、母は言った。
「滑らないように気をつけてね!」
「お兄ちゃん」
深樹が尋ねる。
「ママがめったに怒らないからって、それでいいの?」
眉根がさがった。陽樹は傘を差し翳し、二人と歩きはじめる。
「まあ、何とかなるでしょ。……それより、ミイちゃんは一緒にどら焼、買いに行かなくてよかったのかな」
陽樹のことばに、陽華が説明する。
「深華も甘いものは好きだし、本当は来たかったと思うよ。でも、今日はとっても寒いからね」
はあ寒いサムイ、と陽華が白い息をはいた。
四人が出会って三週間が経とうとしていた。その短いあいだに、年が明け、冬休みが終り、学校は三学期に入った。陽華の町では、雪の降ることもあった。今日は霙が降っている。陽樹の町でも、同じ日に雪が降った。今は霙が降っているだろう。
深樹が傘越しに空をあおいだ。
「ぼくたちの町みたい」
「ひと目じゃ区別がつかないね。でも」
陽樹が一拍おいた。
「このあたりに、和菓子屋なんてあったっけ」
首をかしげる陽華。
「陽樹の町には無いの?」
兄弟も首をかしげる。弟が訊いた。
「陽華お姉ちゃん。今日いくお店って、なんて名前なの?」
「『あづき屋』ってところだよ」
赤紫色の傘を回して、陽華が答える。
「アヅキヤ……ぼく初めて聞いた」
「そうなの。二人の町には無いのね」
「いや」
陽樹が待ったをかけた。
「俺は知ってるよ」
「陽樹、行ったことあるの?」
むつかしそうな顔で、兄は腕を組んだ。
「ある。あるけど……陽華の言う『アヅキヤ』と同じ店とは限らないから。まさか、ね。俺の知ってる『あづき屋』がこの町にあるわけがない」
「ふうん」と興味なさそうな弟。深樹は店のことよりも、商品のことで頭がいっぱいなようだ。