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窓の向こうへ行かなくちゃ  作者: 半ノ木ゆか
第2話 どら焼を買いに
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#6 服を借りて

「どうだろう、似合うかな」と言いながら、陽樹はるきはロングスカートの端をつまみ、リビングを歩いた。深樹ミキ深華ミカが「かわいい!」「きれい!」と拍手する。


「こうしてみると本当、陽華はるかにそっくりね」


 陽華の母が感心したように言った。


「私が貸してあげたの」と、外出着姿の陽華が階段から降りてきた。


「サイズまでぴったりなの?」


 母は驚いている。


 兄弟は顔を見合せた。深樹はニマニマしている。


「お兄ちゃん、似合ってるよ」


 兄はさわやかに笑った。


「ありがとう。我が弟よ」


 ジャンパーをひるがえして、追い抜きざまに。


「そっちのほうが、自然」


 弾かれたように、陽樹は振りかえった。


「えっ? 今なんて」


「ミイちゃんのママ、いってきます」


「はい。ミイくんも行ってらっしゃい」


 ドアの向こうへ消える深樹。


 陽樹はたずねて追いかけた。


「それってどういう意味なのさ!」


 リビングがくすくす、賑やかになる。


 陽樹の母が外で待っていた。


「あらやだ」


 息子の恰好を見て、思わず噴き出す。


「どこの御嬢様かと思っちゃった」


 えっへん、と胸をそらす陽樹。


「意外だよね。陽樹くんがそんなの着たがるなんて」


 陽華が玄関から顔を出していた。陽樹は言った。


「陽樹『くん』だなんて、よそよそしいよ。陽樹でいい」


 その言葉に、うなずく陽華。


「わかったよ、陽樹」


「それはいいとして、陽華ちゃん」


 陽樹の母が言った。陽華に緊張が走る。


「な、なんでせう」


 扉に身をかくして、ドキドキ、ばくばく。自分の父と同一人物とはいえ、慣れないものは慣れないのだ。


「上着、おめしにならないのかしら」


 しとしと、みぞれが降っている。


「……くしゅん」


 コートを着ました。


「ミイちゃん、いってきます」


「いってらっしゃい。ミイくん」


 白い傘が陽華に追いつき、きびすを返して手を振った。陽樹もそちらに行こうとして、母に呼び止められた。


「はるくん」


 深華とその両親が不思議そうに見つめてくる。目配せする息子に、母は小声で言った。


「お休み明けのテストがあったそうじゃない。できたの?」


 陽樹は傘を受け取り、言った。


「な、何とかなるよ」


 母は怒らず、不安そうに息子の頭をなでた。


「はるくんの口癖ね、『何とかなる』って。でも、冬休みの宿題もそう言って、けっきょく最終日まで手をつけなかったんじゃない。ママはいつも心もとないの。はるくんの将来が心配で心配で……」


 頭をポフポフさわられる。陽樹は「やめてよ」とその手を払いのけた。「みんな見てるんだから」


 スカートをひるがえした息子に、母は言った。


「滑らないように気をつけてね!」


「お兄ちゃん」


 深樹が尋ねる。


「ママがめったに怒らないからって、それでいいの?」


 眉根がさがった。陽樹は傘を差しかざし、二人と歩きはじめる。


「まあ、何とかなるでしょ。……それより、ミイちゃんは一緒にどら焼、買いに行かなくてよかったのかな」


 陽樹のことばに、陽華が説明する。


「深華も甘いものは好きだし、本当は来たかったと思うよ。でも、今日はとっても寒いからね」


 はあ寒いサムイ、と陽華が白い息をはいた。


 四人が出会って三週間が経とうとしていた。その短いあいだに、年が明け、冬休みが終り、学校は三学期に入った。陽華の町では、雪の降ることもあった。今日は霙が降っている。陽樹の町でも、同じ日に雪が降った。今は霙が降っているだろう。


 深樹が傘越しに空をあおいだ。


「ぼくたちの町みたい」


「ひと目じゃ区別がつかないね。でも」


 陽樹が一拍おいた。


「このあたりに、和菓子屋なんてあったっけ」


 首をかしげる陽華。


「陽樹の町には無いの?」


 兄弟も首をかしげる。弟が訊いた。


「陽華お姉ちゃん。今日いくお店って、なんて名前なの?」


「『あづき屋』ってところだよ」


 赤紫色の傘を回して、陽華が答える。


「アヅキヤ……ぼく初めて聞いた」


「そうなの。二人の町には無いのね」


「いや」


 陽樹が待ったをかけた。


「俺は知ってるよ」


「陽樹、行ったことあるの?」


 むつかしそうな顔で、兄は腕を組んだ。


「ある。あるけど……陽華の言う『アヅキヤ』と同じ店とは限らないから。まさか、ね。俺の知ってる『あづき屋』がこの町にあるわけがない」


「ふうん」と興味なさそうな弟。深樹は店のことよりも、商品のことで頭がいっぱいなようだ。

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