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窓の向こうへ行かなくちゃ  作者: 半ノ木ゆか
第8話 青空と文化祭
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#39 窓の向こうへ行かなくちゃ

 甲州街道で、井上家の車は渋滞に巻き込まれていた。


 前にも後ろにも動かない。陽華の母はハンドルから手を離し、前のトラックのナンバープレートを眺めていた。


 六人乗りの車内にいるのは、陽華の両親と深華、陽樹、夏海、そして秋兎である。陽華の姿はなかった。陽樹は窓から遠い空をみつめている。深華は眉根をさげ、それを見守っていた。


 腕時計を何度もみて、首筋をく秋兎。


 その時。夏海が外を見て、声を洩らした。


「夏漣くん!」


 一同は外を見た。


 車の後方。自転車に乗った夏漣が、歩道沿いを猛スピードで走ってきた。車内の面々に気づき、急ブレーキをかける。しかし止まりきれず、通り過ぎて、前方のトラックの影に見えなくなった。


 六人は呆然とした。


「秋卯!」


 秋兎が窓にへばりつく。陽樹も後方を見て、呟いた。


「……陽華」


 夏漣を追いかけるように、秋卯と陽華も自転車でやって来たのだ。


 助手席の窓を開け、父が尋ねる。


「文化祭はどうしたんだい」


 陽華は言った。


「ごめんなさい。でも、じっとしてられなくて」


 秋卯がそれとなく言った。


「ここに自転車が三台あるよ。三人はどうやって帰るのかな」


 三人はお互いの顔を見遣った。夏海が意味深長に言った。


「何とかなりそうだね」


「ちがう。何とかするんだ」


 一同は声のした方を見た。引き返してきた夏漣が、自転車を華麗に停止させたところだった。


 秋兎が頷く。


「夏漣の言う通りだ」


「決まったね」


 秋卯が笑顔で言い、陽華もつられて笑った。


「さあ、窓の向こうへ行かなくちゃ!」


 陽樹が拳を掲げた。五人も「おー!」と拳を天に掲げた。


 陽華は両親にアイコンタクトをとった。二人は優しそうに微笑んでくれた。秋兎、夏海。最後に陽樹が車を降りる。


 夏漣は陽華の両親に言った。


「三人は僕たちに任せてください」


 陽樹と深華がハイタッチを交し、そのまま指を絡ませた。深華が車内から言った。


「陽樹お兄ちゃん。ミイくんによろしくね」


 陽樹は力強く頷いた。


「伝えるよ」


 二人の手と手が離れる。


 続いて、深華は陽華に言った。


「お姉ちゃん。陽樹お兄ちゃんをよろしくね」


 陽華も頷いた。



「秋卯、すごく速かった!」


 陽華が自転車から降りて言った。秋卯は息を弾ませて笑った。


「すぐバテて、秋兎くんに替ってもらったけどね」


 六人で玄関へ急ぐ。門は開けっぱなしで、自転車は鍵を差しっぱなしである。夏漣の自転車が倒れてしまったが、誰も振り向かない。


「陽華。鍵を」


 陽樹が言った。陽華がポケットをさぐり、顔を真っ青にする。


「今日……学校に、家の鍵、持って行ってない」


 陽華が言った。夏漣は言葉を失った。


 陽樹は意味がわからず、ぽかんとしている。


「……どういうこと?」


 訊ねる陽樹に、陽華は説明した。


「今日は自転車の鍵しか持って行かなかったの。学校に両親が来るから、『家族と一緒に帰ればいいや』って……それで、家の鍵を外して、リビングのテーブルに置いたの」


「な、な、な」


 陽樹がガクガクと震え出す。秋卯が目を丸くして言った。


「陽華、ウソでしょ?」


「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 陽華は何度も頭を下げた。


 状況を把握していない夏海が訊ねた。


「どうなってるの。鍵はどこ?」


 夏漣が引手を握りしめ、叫んだ。


「この、扉の、向こうだ!」


 秋兎は腕時計を見て呟いた。


「あと五分しかない」


「車に戻る時間はないよね」


 秋卯が冷静に言った。


「ここまで来たのに……」


 絶望したように、夏海が膝から崩れ落ちる。


 陽樹は言った。


「ねえ、陽華」


 陽華は彼を見た。陽樹の肩は、まだちょっと震えていた。


「あの黒い窓をくぐれば、俺の部屋なんだよね」


 二階を指す。東側の窓が真っ暗に見えていた。


「そ、そうだよ」


 陽華が頷く。陽樹は提案した。


「あの窓に、外から飛び込めばいいんだ」


「二階だよ? どうやって登るの!」


 夏海が疑問を呈す。


「あんなところに猫が」


 秋兎が指差す。青毛の猫が屋根の上で丸まっていた。陽樹は両手を挙げ、歓喜した。


「ドラだ!」


「ドラちゃん!」


 陽華と抱き合って喜び合う。


 夏漣は塀に目を遣り、頷いた。


「そうか。屋根に飛び乗って、窓まで登ればいいのか」


 七姫組がつぎつぎと塀に登ってゆく。


 猫が塀に飛び移った。その横を秋兎たちが登ってゆく。


「ドラ、ばいばい」


 塀の上で陽樹が手を振った。ドラは「にゃあ」と鳴いて道路に降り立った。陽樹がバランスを崩し、落ちそうになる。


「おっと」


 陽樹は落ちなかった。見ると、夏漣が支えてくれている。


「よそ見は禁物だ」


「……ありがとう」


 陽樹が屋根に飛び乗り、登り始める。夏漣はそれを見送ったが、陽樹が振り向くことは、二度となかった。


 屋根の上には陽華もいた。彼女はすいすい登りながら言った。


「あの日は風が強かったけど、今は微風だから、ロープがなくても大丈夫だね」


 秋兎が小声で呟いた。


「はたから見たら、おれたち泥棒みたいだな」


 四人は屋根を登り切った。陽華の髪がふんわりと風を含んだ。そよ風だった。


 四人で窓を覗き込む。真っ暗な空間の中に、四角い青空がぽつんと浮かんでいる。


「井上の部屋じゃないよ」


 夏海が言った。秋兎が考察する。


「部屋から窓をくぐると、向こうの部屋に出る。外から窓に入ったら、屋根の上に出るんだろう」


「その通り」


 陽華が言った。陽樹が顔をしかめる。


「どうしよう、渡れないよ。はしごも部屋の中にある」


「三メーター強ってところか? 行けるだろ」


 秋兎が言った。陽樹は変な声を出した。


「ふぇえっ」


「走幅跳だと思えば。私でも行ける距離だよ」


 夏海が冷静に言った。陽樹は動揺した。


「ウソでしょ? みんな、この距離跳べるの?!」

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