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窓の向こうへ行かなくちゃ  作者: 半ノ木ゆか
第8話 青空と文化祭
37/41

#37 受付

 九月六日。晴天。


 七王子しちおうじ東高校は大勢の人で賑っていた。二年七組の教室の前には、飾りつけられた机が二つ。陽華はるかの恰好をした陽樹はるきと、どういうわけか夏海なつみが、隣合って席についている。


「陽樹はともかく、どうして私まで」


 夏海が気だるそうに頰杖ほおづえをつく。机には「受付」という貼紙がしてあった。


「仕方ないでしょ。みんな忙しいんだから」


 陽樹が言った。


 陽華、夏漣かれん秋卯しゅう


 陽樹、夏海、秋兎あきと


 六人は、ここで待合せをすることになっている。このことは、陽華と陽樹からメールを通じて昨晩伝えらた。


 六人とも、朝には自分たちの学校にいた。陽樹と夏海も、まずは七姫ななひめ東高校に行って、自分のクラスの手伝いをしたのである。


 学校が一般に解放されたと同時に、二人は学校を抜け出して、陽華たちの学校にやってきた。同時に、遅れてやってくる秋兎を迎えに、陽華と夏漣が学校を出ていってしまった。


 抜けてしまった二人の代りに、陽樹と夏海が受付を任されて、今に至る。


 文化部に所属している秋卯は、部活のミーティングに出席していた。


「……まだかなあ」


 陽樹があくびをする。


「あっ、みんな来たみたい」


 夏海が言った。陽華が手を振り、夏漣が「お待たせ」と言った。秋兎と目が合って、陽樹は静かに席を立った。


 秋兎は無言で、陽樹にあるものを手渡した。陽樹は目を見開いた。


「これ、川に流されちゃったはずなのに!」


 夏海が覗き込む。彼の手には、桜模様の折畳傘があった。


 秋兎は言った。


「昨日、甲州街道でぶつかっただろ。あのあと、陽樹を追って浅川に出たんだ。そしたら、下流で木に引っかかってた」


「木?」


 陽樹が首をかしげる。秋兎が説明した。


「橋の先の川岸に、木が植わってるところがある。堤防の下にあるから、昨日は半分水に浸かってたんだ」


「私たちの通学路じゃないから、気づかなかったの」


 陽華が付け足した。


 陽樹が嬉しそうに傘を抱きしめる。夏海はそれを脇から小突いた。


「で。何か言うことがあるんじゃないの?」


 秋兎は腕を組んで彼を見ている。陽樹はうつむきがちに言った。


「俺が悪かったよ」


 その時。とても悪いタイミングで、秋卯が手を振りながら駆け寄ってきた。それに夏漣が気づき、「待て」のポーズをとった。秋卯は立ち止まり、空気を読んだ。


 陽樹は続けた。


「図星だったんだ、秋兎に言われたこと。『なんとかなる、なんとかなる』って言って、おいしいものやたのしいことに逃げてた。……秋兎に言われて目が覚めたよ。俺は、やるべきことを見極めていなかったんだ」


 陽樹は謝罪した。


「本当に、ごめんなさい」


 頭を下げる。ウィッグの黒髪が胸の前にこぼれた。生徒の保護者やきょうだい、受験を控えた中学生が、その横を通り過ぎていった。


「わかってないな」


 秋兎が言った。陽樹はおもてを上げて、素頓狂な顔をした。鈍い陽樹に、彼はゆっくりと伝えた。


「実はおれ、陽樹のことを、ずっと尊敬してたんだ」


 陽樹は目をぱちくりさせた。だって、陽樹自身はずっと、秋兎に見下されていると思っていたからだ。


 秋兎は続けた。


「何でもすぐ実行できて、心の底からすごいと思った。おれにはできないことだから。それに裏切られたような気がして……ショックだったんだ。それで、あんなことを言ってしまった」


「裏切っちゃって、ごめんね」


 陽樹が言った。秋兎は小さく頷いて、「おれの気持をわかってくれたなら、いいんだ。あとは……同じようなことを繰り返さないこと」と言った。


 陽樹はウーンと唸ってしまった。


「克服できるかな」


「できるでしょ。はるきゅんなら」


 秋卯が言った。一同は彼女を見た。


「原因はわかったんでしょ。はるきゅんもさっき言ってたじゃない。『やるべきことを見極めてなかった』って。……これからは、やるべきことを見極めればいいってだけのこと」


「でも、俺、よく考えないで行動しちゃう節があるから」


 陽樹が言った。言い訳ではなく、本当に悩んでいるように見えた。


「それは」


 陽華が言いかけた。視線が集まる。彼女は深呼吸をした。陽樹だけを見て、言い直す。


「私は人混みとか視線がニガテで、一度怖くなるとどうしようもなくなっちゃう。でも、秋卯に解決策を教えてもらって、ちょっと克服できたよ。……まだ、だいぶ怖いけど」


 陽華は後ろを見た。秋卯がウインクしてみせた。


 陽華は続けた。


「こうやって、自分と上手に付き合えるようになればいいと思う。陽樹がどうすればいいか、私にはわからないけど。悪かったところを分析して、いろんなやり方を試していけば、きっといい方向に向かって行くよ」


「時間がかかっても、完全に矯正できなくてもいいさ」


 夏漣が言った。陽樹は頷いた。


「みんな、ありがとう。俺、頑張るよ」


 秋兎に向き直って、言った。


「秋兎。こんな俺だけど、これからも友達でいてくれるかな」


 彼は笑って答えた。


「気長に付き合うよ。陽樹」


 陽樹も笑った。二人は握手を交した。四人はそれを見守った。


「水を差すようで申し訳ないが」と、夏漣が前置きをして言った。


「もう、そのカツラを取ったらどうだ? 陽樹くん」


 陽樹は自分の頭を触って、クスッと笑った。


「そうだね。服も返さなきゃ……陽華、行こう」


 陽華が頷き、二人は手をつないで駈けて行った。それを夏海が澄ました顔で見送る。


「やっほー、はじめまして。安月夜あづきやさんで合ってる?」


 秋卯が夏海の顔を覗き込み、訊ねる。夏海は「あっ、はい」とたどたどしく返事をした。


「わたし、久保田くぼた秋卯です。短いあいだだけどよろしくね」


「安月夜夏海です。よろしくお願いします」


 夏漣と秋兎は顔を見合せて、思わず笑い出した。

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