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窓の向こうへ行かなくちゃ  作者: 半ノ木ゆか
第7話 颱風の下で
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#36 天井の星

 陽樹は土手で自転車を漕いでいた。その背中に、陽華がぐったりともたれかかっている。


 まだ風は強いが、小雨になっていた。陽華はウィッグを取っていた。長い髪がなびく。温雨香ぺトリコールが匂っている。


 西の空に雲はなく、ほの明るい夕焼色を帯びていた。


「心にもないこと言っちゃって、ごめんなさい」


 陽樹は謝った。陽華は黙ってそれを聴いていた。向き合っていないので、お互い表情は見えない。


「陽華は、俺のためを思って注意してくれたのに、それを無視しちゃった。……俺が間違ってたよ。今は、ほんとうに反省してる」


 二人を風が包んだ。陽華が口を開いた。


「陽樹のあの態度には、怒ってるよ。今も」


 陽樹が少し俯く。


「怒ってるし、戸惑った。『陽華にはわからない』なんて言われて、意味がわからなかったし」


 陽華は一拍おいて、続けた。


「でも、あの後にね。陽樹の昔のこと、教えてもらったの。陽樹のお母さんに」


 陽樹は意外そうに顔を上げた。二人がそんなことを話していたなんて、ちっとも知らなかったからだ。


「辛かっただろうこととか、嬉しかっただろうこととか、みんな聴き終えて。……同情した、っていう表現は、違うよね。陽樹のこと、確かに私はわかってなかったんだって、理解したの。だから、そこだけは私もいけなかったなって、思い直せた。『同情』して、『許した』んじゃないの。『理解』して、『反省』した」


 陽樹は数秒黙ってから、言った。


「ありがとう。理解してくれて」


「なにそれ」


 陽華は抑揚のない声で言った。


 彼はまた謝った。


「手を払っちゃって、ごめんなさい。『陽華にはわからない』なんて言ったことも」


「他の子には、あんな態度、取らないでね」


 陽華が言った。彼は「取らない。もう、絶対にしない」と誓った。


「次に会ったら、秋兎に謝るよ」


 決意を表明した陽樹に、間髪入れず指摘する。


「それが普通だよ」


 沈黙が流れた。


 陽樹は静かに言った。


「ありがとね、陽華」


 陽華は声を出さず、笑った。


「こちらこそ。助けてくれて、ありがとう」


 背中合せで、二人は同時に吹き出した。


 陽樹の家に着くころには、辺りは暗い青色になっていた。玄関燈が淡く光っていた。


 扉が閉まる。その向こうで、二人は迎えられた。


「二人とも、ぐしょ濡れじゃない! こんなに服も汚しちゃって」


「お兄ちゃん、陽華お姉ちゃん、お帰りなさい。みんな待ってるよ!」



 夜。真っ暗な部屋で、陽樹はベッドに寝転がりながら言った。


「起きてるんでしょ?」


 窓越しに、陽華は「うん」と答えた。彼女もベッドで横になっていた。もっとも、灯を一切消しているので、お互いの顔どころか窓すらよく見えないのだけれど。


 陽華は続けた。


「明日が文化祭だと思うと、眠れなくて」


 陽樹は「いよいよだね」と言った。それから「ちょっとさみしいな」と洩らした。


「……うそ。本当はすごくさびしい」


「私も、さみしい」


 陽華が言い、辺りは静かになった。外で虫が鳴いていた。


 陽華は天井を見上げて、言った。


「真っ暗な部屋でね。うとうとしながら見上げていると、天井に星が見えることがあるの」


「……おお、見える、見えるぞ」


 そんなに早く見えないよ、と陽華が笑う。


「きっと、寝惚けて夢を見てただけなんだけど……朝日を浴びて外に出ると、思い出すの。天井の向こうには、本物の星空が広がっていたんだって」


 陽樹も無言で天井を見上げた。


「橋が途切れて、もう会えなくなっても。姿が見えなくなっても。声が聴こえなくなっても。私はずっとここにいる」


 陽樹は頷いた。


「俺もずっとここにいるよ」


 陽華は「おやすみなさい」と言った。少し経ってから「またね」と言い直した。


 陽樹も言った。


「うん、またね」


 しばらくして、寝静まった。

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