表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
窓の向こうへ行かなくちゃ  作者: 半ノ木ゆか
第1話 幕開け
3/41

#3 突撃ニャンコ

 窓の向こうからモフモフしたものが飛び込んできて、はるくんの視界はモフモフになった。


「わっ! 何、何これ、深樹!」


「にゃ、ニャンコだよ。お兄ちゃん」


 兄の顔面には青毛の猫がへばりついていた。


「ニャンコ?!」


「お兄ちゃんはジッとしてて。今とってあげるから」


 ぬき足さし足、近づく深樹。あわあわと手を震わせ、足元もおぼつかないはるくん。


「捕まえた!」


 兄の上半身に深樹が飛びつく。


「ちがう! それ俺の頭! 髪の毛!」


「ああん、ニャンコが逃げる」


 そのとき、はるくんがガラスを踏んづけた。


「痛たっ」


 ドンガラガッシャーンと派手な音を立てて、兄は転び、弟は床に落ちてしまった。


「いったた……深樹、ケガは?」


「ぼくは平気だよ。お兄ちゃんは?」


「どら焼……あれっ、俺のどら焼は?」


 深樹が顔を上げ、息をつまらせる。


「あ、見つけた見……」


 どら焼を愛おしそうに抱きしめた、はるくんの言葉が途切れた。口をあんぐりと開けて静止している。


 青いカーテンの前に、二人の少女が突っ立っていた。


 兄弟の脇を、青毛の猫が駆け抜けてゆく。猫は兄弟を見て、少女を見て、最終的には少女たちの足もとにすり寄った。


「そ、その顔は……」


 はるくんが何かに気づいたように、一歩踏み出す。それに合せて、髪の長い少女が一歩後ずさった。


 もう一人の女の子が、顔を真っ青にする。


 あたり一帯に、四人の悲鳴が響きわたった。



 深樹がカーテンをめくったとき、ドラは窓の向こうから、その様子をじっと観察していた。


 カーテンが閉じて、青い布のふりこになる。まもなくカーテンが開く。ドラはその向こうに「陽華」を見つけた。


 ドラは、陽華を見つけるとすぐさま飛びつく習性がある。


 さいわい、深華はおはなし中だ。誰かに止められることもなく、ドラは窓の向こうに飛び込んでいった。


「陽華」の顔面に、ドラは着地した。


 飛び出していったドラを追いかけ、陽華が窓をのぞき込む。


 その先を見て、深華は目が点になってしまった。


「……部屋?」


 窓の向こうには、部屋があった。陽華の部屋とは別に、窓の反対側に、同じような部屋がつづいていたのだ。


 深華が身を乗り出し、目を見張る。窓がなかった。ガラスが落ちただけではない。サッシどころか外枠も見当たらないのだ。窓がまるごと消滅したらしい。


 かわりに、窓のはまっていた部分が、ぐるりと一周黒くなっている。指でなぞろうとすると、手がめり込んだ。壁のなかに、深くて真っ暗な空間が生じている。


 二つの部屋は、色も大きさもそっくり同じだ。どちらも青白い蛍光燈がともっていて、どちらも小さくて散らかっている。片方で深樹とはるくんが騒いでいて、片方から深華と陽華が、その一部始終を眺める。


「ちょっと深華、やめなさいよ」


 深華が窓から身を乗り出し、向こうの部屋に降り立った。心配性の陽華は、本当はとどまりたかった。でも、妹をひとりで行かせる方がもっと怖かった。


「捕まえた!」


 深樹が叫ぶ。彼の服と自分の寝巻とを、深華は交互に見た。


「それは俺の頭だよ、深樹!」


 はるくんがさけぶ。その少年の顔には、何かモフモフしたものがへばりついている。


 ドラだ。


 妹が二歩ほど進み、姉が引き止めた。


「なにしてんの、深華」


「ドラちゃんをつれ戻さなきゃ」


 不意に、兄弟が倒れ込んだ。深華がさわぎにまぎれて、手招きする。


「おいで」


 床に降り立ったドラが、顔を上げた。


「あ、見つけた見……」


 兄と姉の視線がぶつかったのは、その時だった。陽華は身動きがとれなくなった。ドラが深華のもとに駆けつける。


「そ、その顔は……」


 はるくんが言いかけた。陽華は驚いて自分の口を隠した。


 二つの部屋に、四人の悲鳴が響き渡る。


 陽華があたふたと窓にかけ込む。立てつづけに変なことが起って、パニックに落ち入ったのだ。


 はるくんが目を丸くして、追いかける。


「ねえ、待ってよ!」


 自分の部屋に舞いもどっても、陽華は取り乱したままだった。


「どこかに……かくれなくちゃ」


 いろんなことが頭のなかをうずまいて、自分が何をしたいのかわからない。ドアノブに手をかけて、机の引出しをあけて、窓の外に出る。


 陽華の火照ほてったほほを冷たい夜風がなでた。黒髪が闇になびく。部屋のあかりが鈍く映った。


 頭を冷やして、体も冷えて、今さら気づいた。


「ああっ! 私、寒いの超ニガテだった!」


 くしゅん。


 自分のくしゃみでバランスをくずした陽華は、傾斜の屋根を滑り落ちた。公道は真下、目と鼻の先。今まさに、トラックがさしかかろうとしていた。やばい。死ぬ。死にたくない。


 腰をねじり屋根にへばりつこうとする。上にのばしたその腕を、捕まえたものがあった。


 足もとでトラックが過ぎ去った。


「ほら、早く。両手でつかまって」


 他人に触られているとわかった途端、陽華は腕を振りほどこうとしたけれど。


「何してんの! 死にたくないんでしょ」


 その顔を見たとたん、陽華はわかってしまった。彼なら信用できる。彼なら、きっと━━。


 陽華は言われたとおり、はるくんに体重をまかせた。でも、支える腕は妙にたよりなくて。


「わっ」


「きゃっ」


 二人もろとも、屋根の上をずり落ちる。ずり落ちても、すぐに止まった。誰かがはるくんの足を摑んだのだ。


「お姉ちゃん、大丈夫!?」


 声が降ってきた。青白い窓を背景に、二つの黒い影がある。


「み、深華! と、それから……」


「深樹! 助けてくれてありがとう!」


 深樹は一瞬、深華と顔を見合せてから。


「お兄ちゃん! 早くしないとママが来ちゃうよ!」


「わっ、それはやばい」


 姉と兄とを、二人が部屋に揚げる。その最中も、冬の夜空のしたで、窓際の二人は何度も顔を見合せていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ