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窓の向こうへ行かなくちゃ  作者: 半ノ木ゆか
第4話 桜と共に駈け抜けて
18/41

#18 体育祭

 東の空に太陽が昇っている。校舎が白い光を跳ね返している。


 正門脇のテントの下で、陽樹と夏海が並んで席に着いていた。二人とも緑のTシャツを着ている。陽樹は臙脂えんじ色の短パンを穿いていたが、夏海は同じ色の長ズボン、上には長袖も羽織っていた。


 校内に設置されたスピーカーから校長先生の話が流れている。


 二人の前には長机があった。水色の画用紙が積まれている。「体育祭プログラム」と印字されていた。


 行儀よく坐っていた夏海は、辺りを確認し、ほお杖をついた。「受付」の腕章がきらめいた。


「なんでアンタとなんか」


 彼女が今日初めて口を開いたので、陽樹はびっくりしたように顔を上げた。でもすぐにうつむいてしまった。


「仕方ないでしょ。ジャンケンで決まったんだから」


 そのとき、スピーカーから声が飛び出した。


「選手宣誓!」


 陽樹が時計を見て、自分の腕章を外す。


「ごめん、もう行かなくちゃ」


 自転車に飛び乗る陽樹。夏海もパイプ椅子から立ち上がった。


「『行かなくちゃ』って、どこに行くの!」


 公道に出て、陽樹が言った。


「窓の向こうへ!」


 彼はペダルを漕ぎながら振り返った。


「次の番までには戻るから!」


 歩道に立ち、夏海は一人で憤慨した。


 陽樹は自転車で土手を走った。河川敷には草が青々と茂っている。風が吹き、草っ原に波を立てた。陽樹も風を受けて、鼻歌を歌った。自転車の鍵にはどら焼型のキーホルダーがついていた。これも風に揺れていた。


「陽華!」


 陽樹が手を振って正門から入った。


 既に着替えていた陽華が、あわてて陽樹の手を取り、校舎内に連れ込んだ。


「どうしたの? そんなに慌てて」


 靴箱の陰で陽樹が訊ねる。陽華はキャスケット帽を深くかぶり直し、言った。


「……その恰好。私が二人いるって、ちょっとした騒ぎになっちゃうよ」


 二人は廊下の壁を見た。一枚の姿見が掛かっている。陽樹はウィッグの髪をポニーテールにしていた。


「ごめんね、忘れてたよ。気をつける」


 そこで、陽華の服装に気がついた。


「どうしてクラスTシャツなんか着てるの? 私服でいいって言ったのに」


 陽華も緑のシャツを着ていた。ボトムスは、私服のスカートであるけれど。


「念のため。何が起るかわからないから」


 そう言って、緑の鉢巻を手渡す。


 陽樹は「ふうん」と言いながら鉢巻をつけた。視線が下がる。陽華の体に目が留まる。


「何?」


 陽華が訊ねる。陽樹はためらうように言った。


「その……胸、ないなって」


 陽華の表情が消える。陽樹は慌てて付け足した。


「あの、あんまり気を悪くしないでね! べ、別に気にするようなことじゃないと思う!」


「別に。元から気にしてないよ」


 その言葉に、陽樹はきょとんとした。陽華はさっぱりと言った。


「だって、胸が大きかったらきっと邪魔でしょう? 細身の服も着られないし。私はこの身軽な体で十分」


 陽樹は天井を見ながら言った。


「そういうもんなのかなあ」


 陽華が言った。


「そういうものでしょう」


 そして、すべての支度ができた。


 これから競技が始まる。そわそわしながら陽華が訊ねた。


「本当に大丈夫?」


 陽樹は腰に手を当てて言った。


「何とかなるって」


「もし何かがあったときに、連絡の手段とかは」


 陽樹はくすくす笑った。


「陽華は心配性だなあ。携帯があるから平気だよ」


 肩を叩き、「上から見ててね」と、表に出た。陽華は微妙な表情のまま、階段を登った。


 校庭には全校生徒が集まっていた。二十四クラスが四つの「団」に分けられ、それぞれテーマカラーが与えられていた。陽華のクラスは緑団である。


「秋卯ちゃん」


 陽樹が呼んだ。秋卯は振り向き、苦笑した。


「……これは私以外にはわからないかも」


 陽樹はふふっと笑ってみせた。ほぼ完璧になりすましている。夏漣が「おお」と感嘆した。


 その光景を、陽華は屋上から見ていた。



「お待たせ!」


 陽樹が自分の学校に戻ってきた。


「陽樹、お帰り」


 腕時計から目を離し、秋兎が言った。彼も緑のTシャツを着ていた。


「次の出番までまだ時間がある。緑団の観客席で応援してるから、陽樹も来いよ」


 秋兎が笑顔で手招きする。陽樹は誘いに乗った。


 彼を追いかけ、ふと立ち止まる。


 夏海が木蔭で一人、木に寄りかかっていたのだ。


「友達いないのかな」


「ねー」


 こそこそ喋りながら、白団の生徒が陽樹の前を通っていった。


 陽樹は身なりを整え、おそるおそる誘った。


「い、一緒に応援しようよ」


 でも、夏海がキッと睨みつける。


「誰があんたとなんか」


 今朝のことを怒っているのだ。陽樹はひるんだ。


「せ、せめて観客席いこうよ」


 秋兎のいる方向を指さす。夏海はきょとんとした。目を泳がせて、空を見た。


「は、肌が弱くて。日傘を忘れて」


 陽樹も太陽を見ようとした。すぐに目をしばたかせて、「そうなんだ」とうつむいた。


 夏海はそっぽを向いた。陽樹は立ち去った。


 そのとき、何かが落ちる音がして、観客席がどよめいた。陽樹は急いで秋兎の元まで分け入った。


「どうしたの?」


 人混みから顔を出す。


 トラックの内側に、怪我を負った生徒が倒れていた。騎馬戦で、地面に落下したのだ。


「ええと、まずは救護テントに」


 秋兎がきょろきょろ見回している。


 まだ騎馬が右往左往、あちこちで取っ組み合っていた。事態に気づいた審判が笛を鳴らす。


 でも、ここは校庭の端っこだ。救護係が来るまで時間がかかる。


 陽樹は侵入防止用のロープを飛び越えた。怪我人に駆け寄る。


「大丈夫ですか? どこか痛みますか」


 秋兎がそれを見ている。


 怪我をした彼は三年生らしい。陽樹から見れば先輩に当る。青いシャツ、青い鉢巻をつけていた。


「右の足首を……捻ったらしい」


 そう言って、片脚を立てて坐る。


 陽樹は言った。


「俺が肩を貸します」


 陽樹は、彼の腕を自分の首に巻いた。ゆっくりと立ち上がる。そこで、秋兎が反対側に廻った。


「救護テントは向かって右端らしい」


 秋兎が指さす。


 トラックに沿って歩く。先輩は一歩踏むたび、表情を引き攣らせた。


 トラックを半々周したところで、救護係の生徒と、保健の先生が駆けつけた。


「二人とも、ありがとう」


 振り返って、先輩が言った。

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