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窓の向こうへ行かなくちゃ  作者: 半ノ木ゆか
第4話 桜と共に駈け抜けて
17/41

#17 集合

 陽樹が秋兎あきとを自室へ案内する。ドアを開けると、秋卯しゅうが振り向いた。


 秋兎は彼女の顔を見た。


 陽樹があわてて秋兎を紹介しようとする。


「こちらが七姫市の――」


 その前に、秋卯は気安く話しかけた。


「やっほー。アッキー、はるきゅん」


 陽樹が戸惑いの表情を見せる。


「は、はるきゅん……?」


 二人は顔を見合せた。


「そうそう、秋兎くんだからアッキー、陽樹くんだからはるきゅん」


 秋卯が飄々と言う。


「そうじゃなくて、どうしておれたちの名前を?」


 秋兎はおそるおそるたずねた。


「どうしてって……二人が仲良く下校してるのを、陽華と一緒に見てたんだけど」


 当の二人は呆然と秋卯の顔を見た。彼女は自分の首筋をかき、言った。


「私の顔、なんかついてる?」


 二人はかぶりを振った。


「いや、全然」


「なんにも付いてないよ」


 陽樹の母が夏漣かれんの前にジュースを差し出す。彼は礼儀正しくお辞儀をした。


「ありがとうございます。いただきます」


「こんなものしかないけど、召し上がって」


 彼女は微笑んだ。お盆を抱いて立ち上がり、部屋を去る。


 陽華は部屋の隅でぷるぷる震えていた。


 この部屋にいるのは、陽華、夏漣、秋卯、陽樹、そして秋兎の五人だった。夏漣が正坐して一人でジュースを飲んでいる。夏海なつみの姿は、どこにもなかった。


「君はだれ?」


 秋兎が長身の少年にたずねる。彼はジュースを小テーブルに置き、名乗った。


安月夜あづきや夏漣です。七王子しちおうじで和菓子屋を」


 和菓子の詰合せを開けてみせる夏漣。それに気づき、陽樹が目をキラキラさせる。


「おいしいね」


「旨いな」


 秋卯と秋兎が言った。


 陽樹は、やはりどら焼を取った。「ありがとう」と夏漣に礼を言い、ぺろりと平らげる。


 包紙を床に放置する。窓の向こうから深華が降り立って、それを拾い上げた。


「おーミイちゃん」


 陽樹が手を振る。


「陽樹お兄ちゃん」


 満面の笑みでハイタッチする二人。深華は思い出したように言った。


「これ、落ちてたよ」


 小学生に指摘されて、陽樹は赤くなった。


「ごめんね……ありがとう」


 深華は陽樹のとなりに坐り、部屋を一瞥した。わいわい飲み食いする高校生を見て、つぶやく。


「賑やかだね」


 陽樹は彼女の顔を見た。


 深華はこの春、五年生になった。彼女にしてみれば、彼らはずっと年上の存在だ。


 陽樹は尋ねた。


「……怖い?」


 首を振る深華。


「平気。わたし、お姉ちゃんとは違うから」


 陽華は深樹にしがみつき、縮こまっている。


 陽華が深樹に何かを手渡す。細く丸めたポスターのようなものだった。深樹は頷き、陽樹のもとに駆けつけた。


「お兄ちゃん。陽華お姉ちゃんが『例のブツ』だって」


 陽樹はポスターを空中で拡げ、ふむふむ唸った。


「はい注目注目」


 陽樹が手を叩く。みんなの視線が集まった。


「今日みんなに集まってもらったのは他でもない、あすに迫った体育祭のためです」


 流暢に語る陽樹。手のひらをチラチラと見遣っている。


 実は、彼の手には一枚の紙切れがあった。「司会進行」という文字の下に格子が組んである。台詞が書き込まれ、番号も振ってあった。


 深樹と陽華がこっそり笑い合う。


 陽樹は部屋のドアを閉めた。ポスターのようなものが貼ってあった。陽華の体育祭の時間割タイムテーブルである。


「おれの学校のと同じだ」


 秋兎は秋卯に言った。


「綺麗な字でしょう? この表は陽華が書いてくれました。陽華、ありがとう!」


 拍手が沸き起る。陽華は赤面し、ひかえめに頭を下げた。


「で、かくかくしかじかで、俺が陽華の代りに体育祭に出ることになったんだ」


 秋卯が「ちょっと気になるんだけど」と手を挙げた。


「なあに、秋卯ちゃん」


 秋卯は身を乗り出してたずねた。


「陽華の学校とはるきゅんの学校、同じ日に体育祭を開くんでしょ。陽華役と本来の自分の分、二人分の競技に出られるの?」


 陽樹が首肯する。


「そこでこの表の出番だよ」


 司会者はポスターを一枚めくった。その下に色つきの時間割が現れた。


 一同が注視する。


「これを見て。赤い背景の部分が、陽華が個人で出るはずだった競技。青い背景が、俺の競技時間だよ」


 赤と青の四角形が、上から下へ交互に並んでいる。


「どっちの学校でも、各人が個人競技を選べるでしょ? 二人で時間がかぶらないよう、あらかじめ口裏を合せたんだよ」


 秋卯は納得したように頷いた。


「お兄ちゃん」


 今度は深樹が言った。高校生らはそちらを見た。深樹は左右を見てから、おそるおそる訊ねた。


「高校の運動会……タイイクサイって言うんだっけ。去年もパパとママと応援に行ったけど、お兄ちゃんが出たのは個人競技だけじゃないよね? 大縄とか、クラスで出るやつもあったし」


 陽樹は「そうだね」と頷いた。


「でも安心して。深樹の通ってる東小は、一クラス三十人いれば多いほうでしょ? でも俺の高校は、一クラスにつき四十人もいるんだ。しかも、一学年に八クラスあるから……よんじゅうかけるはちで……」


「320」


 陽華の声がした。夏漣はそちらを見た。陽華はしっかりと口を閉じている。


「そうそう。だから、クラス対抗になるとメチャクチャたくさんの人が校庭に一斉に集まるわけ。陽華が一人いなくなったからって、だあれも気づきやしない。個人競技さえおさえればオッケーだよ。個人競技だけ。ね?」


 兄の説明に、深樹は「ふーん」と相槌を打った。陽樹は続けた。


「みんなには明日、俺たちの入れ替りがバレないよう、フォローをお願いしたいんです。……大丈夫かな」


 夏漣や秋卯が頷く。秋兎はただ一人、「そう上手く行くか?」と本音を漏らしていたが。


「ありがとう、みんな」


 陽樹は一拍おいた。


「今から質疑応答の時間をとります。わからないことがある人は手を挙げて言ってください」


 夏漣が挙手した。


「はい、夏漣くん」


「……今日僕は、学校に忘れ物を取りに行ったあと、直接ここに来た。学校から君の家まで自転車で三〇分はかかるようだ。その移動時間は考慮しているのだろうか」


 早口で言い切った夏漣に、陽樹はポスターを指した。


「御安心を。青と赤のあいだに白いところがあるでしょ。おのおの一時間以上、たっぷり時間は確保してある」


 陽樹は満面の笑みで言った。


「何とかなります」


 夏漣はふむと頷いた。


「応答ありがとう。納得した」


 秋兎が夏漣を見遣って、手を挙げる。


「なにかね、秋兎くん」


 芝居っぽい陽樹におずおずとたずねた。


「うちの安月夜さんにも、このことは言っておいたほうがいいんじゃない?」


「だ、ダメッ!!」


 一同はギョッとした。陽樹が急に大声を出したのだ。


「な、何もそんなに言わなくても……」


 秋兎が冷汗をかく。深華は口をあけて固まっていた。


 静まり返った部屋で首をかしげる陽華。


 夏漣は一人、黙ってジュースを飲んでいた。




 秋卯と夏漣が陽華に続き、窓をくぐる。


 陽樹が言った。


「夏漣くん。そこ、爪突つまづきやすいから気をつけてね」


 夏漣はコクリと頷いて、青いカーテンをめくった。部屋の隅から、深華がそれをじっと見つめている。


「はあさてさて俺のどら焼ちゃん」


 全員の見送りを終え、陽樹が定位置につく。床に腰をおろし、ベッドに寄りかかった。どら焼をパクつく部屋の主。


 深華はベッドに上がり、カーテンをめくった。振り返って呼ぶ。


「陽樹お兄ちゃん」


「どうしたの? ミイちゃん」


 陽樹もベッドに乗り、横からのぞき込んだ。


 レースカーテン越しに陽華の部屋が見える。陽樹は深華の手元に目を移した。窓の桟にあたる部分が黒くなっていた。深樹が「橋」と呼んでいた箇所だ。


「……別に、いつも通りみたいだけど」


 深華はかぶりを振った。


「違うよ。黒い橋が前ゟ長くなってるの」


「えー? そうかな?」


 言いながら、陽樹がどら焼を齧る。深華は窓に手をかけ、言い張った。


「ほんとだよ。わたし、クリスマスイブのときの長さ、憶えてるんだから。わたしの人差指が入るくらいだった。でも今は」


 深華の握りこぶしが、完全に隙間に隠れた。


「そんなこと言ったって……」


 陽樹はどら焼を食べながら言った。


「……『橋』って言ったって、全長より幅のほうがずっと長いじゃないの。クスクスがスパゲッティーになったわけじゃないでしょ? うどんときしめんくらいの違いだよ。誤差の範囲だよ」


 深華は陽樹を見上げた。今までにないくらい、強い口調で言った。


「陽樹お兄ちゃん? 指一本が、グーに変わったんだよ? この五ヶ月で、五倍も長くなってるんだよ? おかしいと思わない? このまま広がっていったら、いつか――」


「あーはいはい。陽華に伝えとくよ」


 最後のひとかけを自分の口に放り込む。


 深華は振り返って、不安気に黒い橋を見た。

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