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窓の向こうへ行かなくちゃ  作者: 半ノ木ゆか
第3話 風とペン
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#11 秋卯をさがせ

 学校の廊下を歩きつつ、陽華は思った。


(まず、この世界の秋卯を探せばいいんだよね……)


 逃げていても、しようがないことだから。今の自分を受け入れて、どうすれば解決できるか、考えてみよう。


 陽華は一つのドアの前で立ち止まった。その上にプレートが掲げてある。「一年七組」と書いてあった。念のため、もう一度見上げる。陽樹は一年七組。陽華も一年七組だ。


 教室の場所や席順は、昨晩陽樹と確め合っていた。創立当時からほとんど変らない教室配置はともかく、席順まで一致していることに、二人は驚きあった。


 陽華は教室の扉を開けた。中を見回す。


 秋卯の席は、今学期は陽華の隣だ。陽樹の世界でも同様なはずである。


 陽樹の席を見つけて、陽華は困惑した。


 席を囲むように、クラスメイトらしき男子たちが三人、たむろっていたのだ。


 ぶんどっているわけではない。席を借りているだけだ。彼らが教室に来たとき、陽樹の席には誰も着いていなかったのだろう。だから、空いている机をおしゃべりスペースに利用した。それはまったく悪いことではない。


 でも、陽華は困ってしまった。陽樹なら、のこのこと近づき彼らに割り込んで、


「ちょっとどいて」


 などと言うかもしれない。でも陽華にそれはムリだ。他人に呼びかけようものなら、言葉は外へ出る前に、喉にからまってしまうだろう。きっと、息をするのも大変になる。足はガタガタふるえる。頭がくらくらする。全身が真っ赤になり、陽華は保健室へ運び込まれるだろう。


 そんなことを想像していたら、本当に呼吸が苦しくなってきた。教室のうしろで、どうしよう、どうしようと一人あわてふためいたら、男子の一人が陽華のほうに手をふった。


「おお、アキト。おはよう」


 振り返ると、一人の少年が教室に入ってくるところだった。彼は陽華には見向きせず、男子たちに手を挙げた。


「おっす。おはよう」


 前方を通り過ぎて行って、陽華はやっと気づいたのだが、彼は意外なほど背が低かった。陽華ゟ小さかった。


「おしゃべりの途中わるいけど、勉強してもいいか? おれの席なんだ」


 男子の一人が「悪い悪い」と言った。


「一時間目は数学だからな。俺たちも準備しなきゃ」


 あとの二人も席をはずした。


「ありがとな」と片手拝みをして、アキトと呼ばれた彼は、陽樹の隣の席に着いた。


 陽華はその一部始終を突っ立って眺めていた。


「陽樹、気づかなくてごめんな」と、男子が陽華の目の前を通り過ぎる。でも、陽華の耳には届いていなかった。彼女の目はずっとアキトのほうへ向いていた。


 コートを脱ぐのも忘れているようだ。


 陽華は、のこのこと彼に近づいた。そして、陽樹の席へ――少年の隣に坐った。少年がそれに気づいた。


「陽樹、おはよう」


 たわむれに声をかけるが、陽華は目を合せない。彼の机の上を見ている。


 アキトは肩をすくめて、自分の鞄に手を突っ込む。


 彼は席に着いたまま、鞄から荷物を取り出していた。机の上には教科書が積まれている。一番上に、オレンジ色の大学ノートが載った。「久保田秋兎」と書いてあった。


 陽華は「はっ」と息をのんで、その横顔を見た。


 彼は、茶色いフレームの眼鏡をかけていた。机上を片づけ、陽華をちらりと見遣る。数学の教科書と、一冊のノートをひらく。頰杖をつき、指でシャープペンシルを回す。またチラ見した。気を紛わすように首すじを搔き、少年は向き直った。


「おれの顔、なんか付いてる?」


 陽華は胸の前で手を組んだ。


「秋卯だ……」


「しゅ、シューダ?」


 困惑する少年をよそに、陽華は彼に迫った。


秋兎あきとくんだよね。東小ひがししようから一緒だった」


 目を輝かせる陽華に、彼は照れくさそうに、でも包み隠さず笑った。


「何を今さら。長いつきあいじゃないか」


「アッキー!」


 見知らぬ少女がやってきた。陽華は口を閉ざしてうつむいた。


「一時間目、数学でしょ? わたし当るんだ。ここの問題おしえてよ」


 持ってきた教科書を机の上にひろげた。どうやら数学の問がわからないので、解き方を教りにきたらしい。授業中は先生が指名して、生徒に問題を解かせるのだ。


 秋兎は困った顔をした。


冬瑙ふゆの。悪いけど、おれ、教えるはあんま得意じゃねえんだよな」


 冬瑙と呼ばれた少女は嘆いた。


「ええ~。アッキー、頭イイじゃん」


 彼女の教科書を、陽華はそっと覗いた。そして、自分の鞄からルーズリーフを取り出し、何かを書き始めた。


 秋兎のノートを冬瑙がのぞき込む。彼は自分の教科書を伏せて、ノートに蓋をした。


「答だけ見ても意味ないだろ。悪いけど、他をあたってくれよ」


 秋兎の手元に、一枚の紙が差出された。


「陽樹? 何これ」


 彼が振り向くも、隣の席には誰もいなかった。ベージュ色のコートの背中が、教室から逃げ出してゆくところだった。


「え! 何これ。問題の解き方が書いてあるの?」


 冬瑙が紙を奪う。


「ちょっと、おれまだ見てないんだけど」


「……すごいじゃん。字、キレイだし、めっちゃわかりやすい」


 感嘆する冬瑙に、秋兎は意気消沈して遠いどこかを見た。


「ああ。でも陽樹が書いたんだろ? 内容はともかく、昔から字だけは上手くて、ノートが見やすいんだよ」


 少女はかぶりを振った。


「そうじゃなくって、内容。解説が書いてあるの。答も合ってるっぽいし。ほら」


 自分のノートと見比べる。目を通し終えるころには、驚愕の表情に変っていた。


「いや、おかしいだろ。二学期の期末テスト、あいつ三点だったのに」


 冬瑙が目を丸くする。


「あの、百点満点の試験で?」


 ルーズリーフを読み返しながら、秋兎はふたたび首筋を搔いた。

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