第95話 一旦の決着
「ただいま…ってどうしたんだ?」
依頼を終わらせて家に帰ると何故かベアトリクスとガストロノフの二人が神妙な顔でリビングに居た。
「それがさ、さっきレリックが帰ってきたんだけど…スレイが重症を負ったらしいのよ。カオリの友達の家で色々あったらしくて…」
話を聞き終わったジンはすぐにリビングから出ていこうとするがベアトリクスがそれを止める。
「どこ行こうってのよ。今更行った所で何も出来る事はないでしょ?むしろ…リンはアンタには来て欲しくないと思うよ」
「…そんな事を言ってる場合か!」
「大事な事よ。リンは私達に手伝いは不要、って言った…レリックの話と合わせると…本気で相手を殺すつもりで出ていった、それをアンタが止めようってしたら…リンがどう動くのか分からないからね」
それに同郷の男に見られたくもないでしょうし。
「それでも…俺は行く。彼女には出来る限り…」
「それは駄目だと思うがな。リンは自分のやることを邪魔されるのを嫌う…リンはリンで考えて動いているだろうからな」
ガストロノフの言葉にベアトリクスも頷く。
「リンはずっと考えてたのよ、危険を排除しない限り絶対にまたカオリ達を巻き込むって。その矢先にスレイが重症……動機としては充分ってわけ」
それは……
「いや、そうだとしても彼女一人に任せるのは駄目だろう!」
尚も食い下がるジンにベアトリクスはため息を吐く。
「剣鬼、アンタも高ランク冒険者ならこういった事って幾らでもあったでしょうが。リンが必要無いって言ったんだから手助けは要らない、あんまり言いたくはないけど…余計な事して嫌われるのはアンタなんだからね」
俯いたジンを見てどう反応したものかと悩むガストロノフだったがベアトリクスは目線でほっとけ、と睨む。
「…それでも、俺は行く。行かないで後悔するより行って後悔するほうがマシだからな」
「…なら好きにしたら?私は止めたからね」
リビングから出ていったジン…彼が出ていった扉を眺めながらベアトリクスは深い溜め息を吐いた。
「ガス、アンタはここでリン達を待ってなよ。私はもう寝る!レンと一緒に寝るって約束してたから」
「あ、あぁ。それは良いが…本当に行かなくて良いのか?」
「良いのよ!大体あのリンがピンチになるなんて思う?それこそ有り得ないでしょ。私が心配してるのはリンがやりすぎてるって可能性よ」
最近は大人しかったけど…リンって戦闘になると性格が変わるっていうか…ガルの話じゃこの前は完全に別人みたいな感じだったらしいし。
「何もなきゃいいけどね…」
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「兄貴!逃げたは良いですけどどうするんで?!フェリアさんもまだ…」
「…今から助けに行く、あの女が教えてくれた」
兄貴と呼ばれた男…名をハサンというのだが、彼は先程リンから受け取った金貨の袋に入っていた紙を取り出してギブンに渡す。
「俺が渡した2枚の金貨それは何人に見張られてるかを枚数で教えろと書かれていたから2枚という訳だ。そしてその紙に書かれてる場所に人質は居るって書いてる」
確かにそう書かれているが…一番最後の文を見てギブンは慌てる。
「あ、兄貴!最後まで読みましたか?!」
「いや…他に何か書かれているのか??」
「………"人質に罪はないけどお前達は別だ、覚悟しておけよ?"と」
「あの女から逃げられる気がしないんだが…」
二人して真っ青になっているといきなり後ろから肩を掴まれて驚く。
「な!?」「ひぃやぁ?!!」
もう来たのか!?と考えたが…振り返ってみたら若い男だった。
「今の話、もしかして銀髪の女じゃないか??」
「…だ、だったらなんだって……」
「教えてくれ!彼女は今何処にいる!?」
ギブンの両肩を掴んで詰め寄る男の態度から敵ではないな、と判断したハサンは先程の場所を教える。
「この隣にある脇道から行ける町外れにある廃教会だ、あの女の仲間なら急いだ方がいい。今頃闇ギルドの二人相手に戦ってる筈だからな」
「それを知っているという事はお前達も…」
剣に手を伸ばすジンに慌てて首を振る。
「違う!俺達は闇ギルドに商会長の身内を拐われたから仕方なく命令を聞いていただけで…それより今は銀髪の女から預かったメモを頼りにフェリアお嬢を助けに行く途中だ!」
嘘はついていないみたいだな…なら急がないと
「…わかった、信じるよ。早く助けに行ってくれ、出来れば手伝いたいが…」
「気にしないでくれ。銀髪には恩が出来たからな、そっちこそ早く行ってくれ。闇ギルドの二人の内一人は"首狩り"だ」
気を付けてな、と言って走り去った二人を背にジンも夜の静かな街を駆け抜けて街外れへと急ぐ。
首狩りだと?なら"暗月"の片割れの"死人の鎌"か。
闇ギルドは大小様々な規模のギルドがあるのだがどのギルドも最終的に行き着く先が"暗月"と"死人の鎌"というそれぞれのギルドのトップが元々パーティーを組んでいた元冒険者であり
つまりカオリを襲った闇ギルドの女と今回の件…2つの闇ギルドがリン達を狙っている事になる。
「くそ!あの時に殲滅してればこんな事には……!」
昔この二つの闇ギルドを追い詰めた事があったのだがとある国の大貴族から横やりを受けて取り逃したのだ。
「あの建物か!」
遠くに見えてきたシルエット…確かに教会だと確認したジンが速度を上げた時、連続して4回の銃声が鳴り響いた。
「銃声…ならまだ戦っている!」
教会の近くまで来て中の様子を見たジン。だがジンは中に入るのを躊躇った。
何故なら…
「…うっ。あれが…早坂さん、なのか…?」
中で繰り広げられていた光景に口元を押さえる。
中ではローブを着た男に跨がって返り血を浴びながらナイフを何度も突き立てているリンの姿があった。
返り血を浴びながら残酷に嗤うリンを見てジンは自分の過去に居た筈のリンの姿とはかけ離れた光景に息を飲む。
「手を出さなければこんな目に遇わなかったのにねぇ!!私が元の世界でなんと呼ばれていたか教えてあげる……"銀髪の殺戮姫"って呼ばれてたのよ?不愉快よねぇ、だって私は私と敵対する奴らを皆殺しにしていただけなのにさぁ!」
ドスッという音を響かせて突き立てられるナイフ…だがもう黒ローブの男は微かに呻くだけだった。
「あぁ…もう限界?なら…」
リンは立ち上がるとハンドガンのスライドを引いて構え…
「さようなら。あの世でも苦しみ抜いて地獄へ落ちますように…」
銃声が鳴り響き、キィンと空薬莢が澄んだ音を立てる。
暫く撃ったまま動かなかったリンが近くにあった椅子に座り、懐から煙草を取り出して紫煙を吐き出す。
「…疲れたなぁ」
手に持っていたデザートイーグルを机に置くと更に煙草を吹かす。
室内はリンから滴り落ちる黒ローブの血が立てるピチャッという音だけが響く。
「……ねぇ。隠れてないで出てきたら?」
リンがそう言うと、扉を開いて出てきたジン。
「君は…どうして…」
ジンが冷や汗を浮かべてそう呟いた瞬間、リンは自分の胸中に沸き上がった感情を抑える。
「……何が?」
駄目だ、それ以上は…言わないで……。
「ここまでする必要が……あったのか…?これではまるで…」
ジンの表情が何を言いたいのかを物語る…それは完全にリンを非難する表情…に見えた。
「まるで…何?私の方が悪党と?それとも……"狂ってる"とでも?」
そう、私がベアトや皆から言われても頑なに受け入れない理由。
「…………」
ジンの沈黙…それはリンの抑えた感情を逆撫でするには充分だった。
「…何か言いたいなら言えば良いじゃない!ジン、あなたが今までこの世界で何をしてきたか知らない。だけどね、私は…貴方が考えてるほど綺麗な生き方はしてきてない。貴方が生きてきた中の常識だとか良識なんかとは無縁の世界で生き抜いてきたの。分かる?分からないわよね?だって私が生きてきた世界なんて知らないのだから!」
小さな頃から受けていた訓練、青春時代もそう。
同い年の皆が平凡な人生を送る…そりゃあその人生にも色々な波乱があるだろう。…だけど私が生きてきたのはそんな優しい世界じゃない。
従軍していた時は何度も死にかけた、紛争地帯での作戦中に助けた子供も結局死なせてしまった、戦場では自分の隣で息絶えた戦友も…。
だが私は知っている…中途半端な結果で止めた時、必ず後から後悔する事になる…それを身に染みて分かっているから。
だからどう、という訳じゃない。怒りに任せた行動と言われたら否定出来ないし、後ろ指指されても仕方がないのだろう…だけどそれが私の生き方であり、それで今まで生き延びてきた。
倫理観が違うのは分かっている、否定されるのも当然、だけどそれを許せるかどうかは別だ。
血に塗れたナイフをテーブルに突き立てる…理解してもらえなくても良い……だけど…
「そう、かも知れない。だけどじゃあ何で君は…そんな悲しそうな顔をしてるんだ?」
悲しそう?私が……?
「確かに俺は早坂さんが今までどんな生き方をしてきたか知らない。だからさっきみたいに君から不愉快だと思われるような事をしてしまったし。でもこれだけは分かって欲しい、俺は早坂さんが生きてきたこれまでを否定したい訳じゃなかったんだ」
ジンはそう言ってリンに一歩近寄るとポケットから何かを取り出してリンへ差し出す。
「…これは……!」
渡されたのは色褪せたミサンガ…昔…そう、せめて何かを…と思って作ったは良いが慣れない事をしたせいで歪な柄になったミサンガ。
「…あの時これを貰ってから家に帰る途中だったんだ…俺がこの世界に来たのは。…ちょっと保存の魔法をかけるのが遅くなって色褪せてるけどね…俺の心の支えだったよ」
「こんな物…いつまでも大事にしてるなんて…馬鹿ね」
あはは、女々しかったかな?と言って苦笑いするジンの顔は…昔告白して振った時に浮かべた表情と同じだった。
「俺もこの世界で色々あったよ。人もかなり殺してきたしね…だから早坂さんの言いたい事は分かってる。…誰か犠牲になる前に、手を出したら後悔するぞ、そういう事を考えてこうしてるんだろうから」
そう、それが私の生き方なの。だから…私は…
「でも何処かで苦しいと思ってるからそんなに悲しそうな表情をしていたんじゃないか?って思ったんだけど…違うかな?」
「………いいえ、違うわ。私は無理をしている訳じゃない…私は…」
首を振るリンを見てジンもそれ以上は何も言わなかった。
お互いに黙っている事数分…頭が冷えてきたリンはジンにあのさ、と口を開く。
「私を好いてくれるのは嬉しいけど…見た目もこんなだし、性格も女らしくないし、家庭的な事なんて大して出来ないし…これからもこんな事は何度でもやると思う。だから……階堂君はもっと別の人を…」
「嫌だ、早坂さんを諦めるなんて出来ない。二度と会うことは無いと思っていた早坂さんとまた会えた…だからそれは無理だ。俺は早坂さんの事が好きなんだよ」
ストレートな告白にリンは耳まで真っ赤に染まる。
「…全身傷だらけだし」「関係ないよ」
「もうレンもいるし」「問題ない。仲良くなるさ」
「恋愛なんてする歳でも…」「同い年だろ!」
全て即答されて黙ってしまったリン。
「……いつかそうなっても良いって言ってもらえるまで待つよ。だけど今回みたいな事になる前に一言言ってくれると嬉しいけどね?今の早坂さんみたいに悪党の返り血を浴びた姿は…正直言って見たくないから」
そう言って近寄るジンに慌てたリンは危うく椅子ごとひっくり返りそうになる。
「わ、分かったわよ…!だからお願い…そんなに近くに来ないで…今の私は……から」
最後の方が小声で聞こえなかったジン。
「今の私は、の後が聞こえな…」
かったんだけどと言いかけたジンにリンは…
「匂うから近づくな!って言ったのよ!」
そう怒鳴ってジンを蹴り飛ばすと室内を見回して溜め息を吐く。
両断された死体に滅多刺しの死体…部屋中血塗れの中であんな会話をしていた自分達にうんざりしてしまう。
……とりあえず後始末をしようかな。
アイテムボックスに手を突っ込むと中から取り出したのはベアトから取り上げたドワーフの火酒…それを5本全てぶちまける。
「…あのさ、何を…?」
一緒に酒を被ったジンが目にしたのは煙草に火を着けたリン。
「…後始末」
「いや…早坂さん?ちょっと…」
口に咥えていた煙草をゆっくりと口から離す。
「……大丈夫、何とかなるわよ…きっと」
建物から数歩遠ざかると同時にピィンと煙草が弾かれ放物線を描いて飛んでいき…地面に当たった瞬間、猛烈な勢いで燃え上がった。
「さて、帰ってお風呂入るかな」




