第93話 リン…動く。
ちっとヤバい感じっすね。
スレイは異名持ちの傭兵だが後ろから追いかけて来ているのは裏稼業…その道のプロだ。
しかもかなりの使い手だと分かる…こちらは捕まっていた少女を抱えている以上、下手に反撃も出来ない。
相手が放ってきたモノを槍で弾くスレイだがその手応えが明らかに重い。
「このお嬢ちゃんをそんなに奪われたくないのか?これほどの手練れに追いかけられるなんて…」
逃げる途中で姐さんがこっちに気付いたみたいだからそれまでは…!
「ごめんなさい…」
「何で謝るっすか。キミは何も悪くないっすよ…それよりしっかりと掴まって!飛ぶっすよ!!」
グッと力が入ったのを確認したスレイは建物の屋上からフワリと飛び降りる。
落下中にも2度短剣がスレイ目掛けて放たれたがそれをまた槍で弾いてから着地したスレイはすぐに走り出す。
「捕まってたのを俺が助けた、そんだけっす!だから謝るよりは無事に切り抜けてありがとうって言ってもらえた方が嬉しいってね!」
「おかしな人……。私を助けても…」
「無駄だ。その子をこちらに渡して貰おうか?」
話を遮るようにして黒ローブが口を開く。
「貴様…"雷槍"だな?我々の邪魔はしないで貰いたいが?」
「それは聞けないね、こっちも姐さんから任された事なんで。仕事は仕事っす」
"俺が相手する間に逃げろ"
抱き抱えた少女にそう耳打ちすると腰に差していたナイフで少女を拘束していた縄を切る。
どうするか迷っている少女にスレイは行け!と叫ぶ。そして少女が動き始めたと同時に槍を構えて少女が走って行った方向を背に庇って黒ローブの前へ立ち塞がる。
「…あくまで邪魔をするか。なら…」
黒ローブが両手にダガーを握って構えるとスレイも自身の愛槍に紫電を纏わせる。
「姐さんに雇われていると……退屈しないっすねえ」
ジリジリ……とお互いに動いて距離を計る二人…お互いに必殺の間合いに持ち込む為の駆け引き…。
あいつはさっきからダガーを投擲していたにも関わらず今は両手にダガーを持って近接戦闘の構えをとってる……油断は出来ないっすね…
スレイがそう考えていた時…黒ローブが動く。
スッと姿勢を屈めたかと思った次の瞬間にはスレイに向かって一気に跳躍してダガーを振り下ろす。
ギィン!と火花を散らしてダガーを弾き、そのまま連続で突きを放つスレイ。だがそれを逆手に持ったダガーで器用に受け流す黒ローブ。
「やりにくいっすねぇ!!だからアサシン相手は嫌になる!」
「……っ!それはこちらのセリフだ!その"雷槍"のせいで迂闊に受け止める事も出来ん!」
紫電を纏ったスレイの槍は受け止めた場合容赦なく敵を感電させる。
スレイの愛槍"トルスニク"はスレイが迷宮の最深部で倒した迷宮の主から奪った物で能力は雷を纏う事ともうひとつ…
「いくぜ…"紫電の道"!」
スレイの姿が紫電に呑まれたと思った瞬間、黒ローブが壁に激突する。
「ぐはっ!?」
……?見た目より手応えが軽い…どういうことすかね…?
壁に埋まっている黒ローブは明らかにダメージを負っている。勿論"紫電の道"はスレイが編み出した技の中でも一撃で敵を葬り去る事が出来るだけの魔力を込めて放つ技だが…その手応えが今まで戦って来た中で得た経験がスレイに危険だと告げている。
おかしい。そう考えたスレイが数歩距離を取った所で…黒ローブは笑みを浮かべた。
「終わりだ…"幻影の腕"に抱かれて消えろ」
「なっ?!」
目の前にいる黒ローブが発動させた技……それはスレイの警戒を遥かに越えていた。
…警戒していた筈だった…だが。
「ゴフッ…!」
これ………は……呪術…か。
先程から何度か弾いて落ちていたダガー。そのすべてから魔力で形成された腕が伸びスレイを拘束、その中の1つがスレイを背中から突き刺していた。
スレイがその場に膝から崩れ落ち倒れた所で黒ローブがスレイの背中に刺さっていたダガーを引き抜く。
「………!」
「呆気ないものだな。雷槍という異名が泣くぞ?」
黒ローブがスッとダガーを振り上げた時…
「もう止めて!戻ります!だからその人を…」
「…フェリア嬢、それは聞けないな。コイツは商売上の敵だ…それにもうお前に人質としての価値はそれほど残ってはいない……と言いたいが、良いだろう」
どのみち時間もない。今ここを目指して来ているのは正真正銘の化物だ……強大な魔力、濃密な気配…雷槍との戦いで消耗したままでは危険だ。
黒ローブがフェリアの手を引いてその場を離れようとする間際…フェリアは倒れたスレイへ"ごめんなさい…"と呟く。
「………ま、待て………!」
視界が赤く染まっていくスレイが伸ばした手は空を切りビシャっと音を立てて力無く地面へと落ちた
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「スレイ!」
「大丈夫、今は寝てるわ」
駆けつけてきたレリックにそう言うとリンは座っていた椅子をレリックへ譲る。
「レリック、あとは任せてもいいかしら?」
「あ、あぁ…リンは例の件を?」
「払うと言った以上はね。それに…このまま黙っていられるほど私は…人間出来ちゃいないのよ」
そういって出ていったリンの後ろ姿を見送ってレリックは息を吐きだす。
今まで忘れていたが…最初に会った時俺が感じたあの重圧。普段は全くと言って良い位に見せない本気の怒り…それが表に出ていた。
「恐ろしいと思う反面……スレイの為に怒っているのだと思うと…嬉しいものだな」
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治療院を出たリンは真っ直ぐに自宅へ帰ってきて自室へと向かう…その途中でまだ居座っていたベアトと留守の間に来たらしいガスに声をかけられて立ち止まる。
「なーにそんな怖い顔してんのよ?皺が増えるよ?」
「別に良いでしょ。それより…どうせ泊まるのよね?」
「……?そのつもりだけど…」
「ならいい、私は少し出てくるから子供達を頼んだわよ」
そう言って自室に入っていったリンをみて二人は首を傾げる。
「ありゃ?相当機嫌が悪いね。慌てて出ていったレリックと関係あるかな」
「ベアト、俺も泊まって良いって事なんだよな?」
「さあ?特に駄目とも言ってないしいいんじゃない??」
「よし、なら決まりだな……ってそういえばリンはなんであんなに機嫌悪いんだ?」
…というかあれは機嫌が悪いというよりも……
ベアトがそう考えている内にリンが部屋から出てきたのだが…
「…じゃあ後はお願いね。夜中には戻れると思う」
「分かった、…俺にも出来る事はあるか?」
ガスの言葉にリンは首を振る。
「大丈夫、これは私がやるべき事よ。それに今回は…誰の邪魔も許さない。これは私の戦いよ」
あの時闇ギルドが関わっていると分かった時点で対処しておけばカレンの家族もスレイも…。
この世界に来てから忘れていた。敵は殺す、完膚無きまでに殲滅する…それが私のやり方だった。
歩きながらリンは愛銃のスライドを引く。
「さぁ、私の身内に手を出した罪…命で償ってもらうわよ」




