第89話 フラムベルク隊
「光輝、どうだ?」
「バッチリです。話を聞いていた限りじゃほぼ間違いなく隊長だと思いますよ」
フラムベルクに与えられた部屋の中でランスと光輝は船長室に仕掛けた盗聴器で会話を聞いていた。
「お嬢…やっぱり生きてたか。こんな世界に飛ばされた時はどうしたもんかと考えたもんだがよ…お嬢がここにいるなら話は別だ!」
「勿論ですよ、それに…隊長には報告しなけりゃならない事もありますから…」
光輝がサイドバックをポンっと叩く。
「そうだな…。出来ればあの子が泣くところは見たくねぇが……」
「僕もですよ、あぁ見えて隊長は情に溢れてますからね」
二人は暫くの間目を閉じる。
この訳が分からない状況に陥ってもう2年…本当に色々な事があった。
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「急げ!お嬢が作ってくれた時間を無駄にするな!!」
「了解!……そこ!負傷したなら下がれ!クソッ!数が多すぎなんだよ!」
ARを撃ちながら援護に入った光輝は懐からスイッチを取り出して押し込と敵が撃ってきている方向で幾つかの爆発が巻き起こる。
「光輝!良くやった!!他の遅れてる奴らを援護する!ついてこい!」
逃がすな!!と敵の叫びが聞こえ、彼方此方から銃声と叫びが木霊する…リンが抑えていた部隊とは別の部隊に横合いから奇襲を受けて混乱する部隊…
アサルトライフルが絶え間なく火を吹き薬莢をばら蒔く……もう少し時間があれば……!
まだ起爆していないC4もクレイモアもある。…だがそれはリンの退路を作る為に残しているものだ。
ガキッと音がしてマガジンが空になる…素早くマガジンを抜いて次のマガジンを差し込む。
分かってはいる、このままじゃヘリが到着するより俺達が全滅するほうが早いということも…。
「畜生!!!」
隣で倒れた別の部隊の奴が持っていた機関銃を持ち上げて撃ちまくり、目の前から弾が飛んで来なくなったのを見て走る。
次から次に現れる敵の歩兵…
『もういい、光輝…起爆しろ』
飛び込んできたランスの声…だがすぐに光輝は首を振る。
「それは、出来ません!まだ隊長は戦ってるんですよ!?今起爆したら隊長の退路を…」
『お嬢は最初から戻るつもりはねぇ。お前だって分かってるだろ?もうあの時点で負傷しすぎてんだ。足手まといになるより一人でも多く生き残らせる方法を選んだんだ』
……そうだ、隊長はそういう人だったな。あの時も…
"光輝なら私より多くの人を救う手段も…あるでしょ?"
かつて従事した任務……爆薬の量は間違いなかった、構造も把握していたし、指示も完璧だった…だけど俺が爆破した中には何の関係もない一般人がいた。
命令系統の混乱…いや、最初から仕組まれた事だった。ただ都合が悪い…それだけの理由。
真相を知った俺は軍を辞めた。毎日を怠惰に酒場で過ごす日々…そんな時、彼女はやってきた。
「相沢光輝…元特殊作戦部隊『JUA』所属、数々の任務をこなしてきたスペシャル。…それがこんな場所で腐ってるとは」
酒で濁った思考でも分かるくらいに冷たく言い放たれたその声にイラついて腰から銃を引き抜くが…それはアッサリと取り上げられて床に組伏せられた。
「銃を抜くまでの動作は素晴らしいけど…酒の飲み過ぎね。それじゃ引き金を引いた所で誰も当たらないわよ?」
ギリギリと腕に負荷を掛けられて呻く。
「あなたがそうなった経緯は聞いた。それに関しては同情もするし、仕方なかったと言うことも出来る。…だけど死んだ人間は生き返らない。こんな場所で不貞腐れても…ね」
パッと放されて立ち上がらされると初めて顔を見た。綺麗な顔をした銀髪の女…真っ直ぐに見つめる瞳は吸い込まれそうな程に視線を惹く…。
「爆薬の扱いに長けた奴が居ないのよ、私の部隊。ここでは名乗れないから…気が向いたら連絡して頂戴」
渡されたメモに書かれていたのは番号だけ…普通ならそんな怪しい番号に掛けようとも思わない。
だが…去り際に見えた彼女の肩にあった部隊章を見て目を見開く。
燃え盛る炎を纏った剣を抱く獣…俺はそれに覚えがあった。
"フラムベルク"東アジアを中心として活動している傭兵企業"オベリスク"噂ではある大国の軍に派遣されているらしく、その部隊が関わった任務に失敗という二文字はないとまで言われている部隊…それが"フラムベルク"だった。
しかし有名なのはそれだけではない。その部隊は余計な被害を出さない。彼らが請け負う任務はテロリストの排除などだが、危険な組織を排除する上で無関係な人々に被害を出さないのだ。
しかし、テロリストの排除…それゆえに様々な組織から狙われているという話もある。
そんな部隊が態々こんな場末の酒場まで来て連絡先を渡す…それが意味する所を分からない程馬鹿じゃないし、先程のやり取りで酔いも醒めた。
その後連絡を入れて無事にフラムベルクへと入隊して身体を鍛え直し、フラムベルクで任務をこなしていたがとある任務で人質を取られた事があった。
ランスさんに指示を出して他の隊員を逃がすと隊長は小声で"かなり辛い事になるけど…"と言われて俺と隊長は敵に捕まった。
確かにあれはキツかった…散々殴られたしな。だが俺がそれだけで済んだのは隊長が隣で敵のヘイトをずっと集めていたからだ。
尋問を担当したのがサディストな女で隊長は服を脱がされ焼けた鉄を押し付けられたり、ナイフで少しずつ切られたり…苛烈な尋問が終わった後…部屋の外にいる見張りしか居なくなると隊長が口の中に溜まった血を吐き捨てる。
「光輝…大丈夫?」
「…俺は大丈夫です。それより隊長の方が…」
「あぁ、これくらい平気よ。といっても服まで脱がされたしこっちは見ないで貰えると助かるわね」
裸だから、普段ならそんな事を気にする人ではない。傷を見せたく無かったからだろう…俺でもそれ位は理解出来る。
「ま、相手が女で助かったわ。拷問の詰めが甘いってね…」
隣でゴソゴソしている隊長だったが暫くするとカチャっという音がして手錠を外していた。
「手錠と併用して両手の親指も縛らないとねぇ。こんな雑な拘束されたら逃げろって言ってるようなもんだし…ランス、居るんでしょ?」
"いるぜ?"
「じゃあ用意したモノを。爆薬は?」
"全部このバックに入れてある。それより…手酷くやられたな。零士に知られたら俺が殺されちまうじゃねーか"
「大丈夫、貞操は守れたから。じゃあ後は作戦通りに陽動をお願いね?こっちは私と光輝で何とかするから」
ダクトから聞こえていた声が消えると隊長が俺の手錠を外す…どうやってるのか分からないが…とにかく自由になった俺は着ていたシャツを隊長に渡す。
「血で汚れてて申し訳ないですけど…」
受け取ったシャツを躊躇せずに着た隊長は首を振る
「下着で闘うよりマシよ。それで…作戦なんだけど…そのバックにはこの建物を月まで吹っ飛ばせる量の爆薬が入ってる。光輝はそれでここを爆破してほしい…出来るわね?」
「任せて下さい!」
「……さあ、始めるわよ!」
監禁されていた部屋の扉を蹴破ると同時に扉の横にいた見張りの首をへし折る。だがドアを蹴破る音で気がついた敵の足音が聞こえてくる。
「光輝!あんたは真っ直ぐ地下へ!ここで防げば相手は地下へ行く事は出来ない!」
「それでは隊長が!」
「私が一緒に行っても意味はない!光輝は仕掛けたらすぐに離脱して起爆!急げ!」
「それは…出来ません」
「光輝…これは貴方しか出来ない事よ。今ここでコイツらを始末しなければコイツらの計画でもっと大量の人が死ぬ。私が救えるのは目の前にいるあなただけかも知れない…でも光輝なら私より多くの人を救う手段も…あるでしょ?私はその為にあなたをこの部隊に誘ったのだから」
隊長は近づいてくるとトントンと俺の腕を突っついて笑う。
その腕を活かしなさい…任せたわよ?
頷く俺を見て見張りが落としたサブマシンガンを拾い上げる隊長を背に走り出す。…後方からサブマシンガン特有のパラララっという軽い射撃音が響く。
任せて下さい…隊長…!
その後、結果的には爆破によってテロリストは全滅し、瓦礫の中から隊長も生きて帰ってきた。
………そうだ、あの人はそういう人だったな。
懐にあった起爆スイッチを取り出して迷わず全てのボタンを押し込む。
敵の兵士が悲鳴を響かせ宙を舞う中、バラバラと響き渡るローター音…
輸送ヘリが着陸してそれに乗り込む皆を見て光輝は後ろを振り返り…未だに黒煙を上げる爆破地点の先…リンが戦っているだろう場所を見据える。
「行くぞ、上空からなら…援護くらい出来るだろ」
ランスが言った言葉の意味に気がついて頷く。
二人が乗り込んだのを確認してヘリが離陸する…しかし離陸して高度を上げた時…リンが戦っていた方角で爆発が巻き起こった。
まさか…
一瞬よぎった考えを振り払おうとした時、ヘリの操縦席からアラートが鳴り響く。
全ての動きがゆっくりに感じられる……鳴り響くミサイルアラート…そして不可思議な光に包まれていく周囲…最期に見た光景は変な模様の、魔方陣が広がる光景だった…
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サイドバックから手を離した光輝は息を吐き出すとランスも目を開く。
「2年経って当時の仲間は少なくなっちまったな。今じゃたったの4人ときたもんだ」
今残っている仲間はランスと光輝、それにカイルとエドガーの四人だった。
あの日ヘリが撃墜される間際に発生した不可思議な光と魔方陣の様な模様……あれはまさしく魔方陣だった。
気が付いた時には周りを中世の鎧を着こんだ兵士に囲まれその後ろから歩いてきた少女から「異世界の勇者様…どうかこの国…タリス王国をお救い下さいませ」と言われた。
何が何だか分からず黙っていると勝手にあちらの事情を話始めたので聞いていて分かった。
要約すれば敵国から侵略を受けているので私達を助けて下さい、と。
涙を見せる少女に一瞬同情しかけた…だがランスは言った…「それは俺達に関係あるのか?俺達が命を懸けてやるほどの価値があるか?」…涙で騙されそうになったがよく考えたら俺達は状況も分からないしどちらが本当に悪いのかも判断出来ない。
なぜこんな事態になっているかといえばはっきりいって目の前の奴らが原因なのだから。
ざっと周りを見たら自分達はあのヘリに乗っていた12人…そして囲んでいる兵士はそれの倍以上…協力を頼むにしては物々しいんじゃなかろうか?
「召喚されて混乱しているかと思いますが…どうかご了承を頂ければ…」
黙って少女を観察するランス…暫くの沈黙の後口を開く。
「無理だな。俺はこちらに隠し事をするような依頼主からの依頼は受けるな、と昔から言われてるんだよ。おめぇらからは何か嫌な感じがしやがる…」
周りの兵士の雰囲気が変わり、目の前の少女も先程泣いていたのが嘘のように無表情になる。
「そうですか。ならば仕方ありませんね…捕らえた後一人ずつ了承して頂きます」
腕を上げた少女と同時に兵士が剣を引き抜くが…俺達にそんな物は通用しない。
各自が手にしていた銃を構えたのをみてランスは言い放つ。
「殲滅しろ。ただしあの女だけは生かせよ?まだ聞くべき事もあるからな」
結果から言えばあっさりと殲滅は成功した。
しかもあの少女…このなんちゃら王国の王女だったらしいが召喚自体が国に秘密で行ったらしく少女の父親である国王から俺達は真摯な謝罪を受けた。
父親はとても良い人間だった。事情を聞いてみれば王女が言った侵略はウソで俺達が居たあの部屋自体に隸属契約の術式とやらが仕組まれているのが分かった。
これに対して国王は娘である王女を大罪人として処刑すると共に自身も王子に王位を譲った後俺達の手で処断されることも受け入れるといった。
しかしランスは「別にそこまでしなくていいさ。ただし王女、アンタはしっかりと罰を受けてもらうがね。…これ以上こんな事をされても人に迷惑しかかからねぇからな」と言って王女に近づくと…
バチコーン!!!
物凄く痛々しい音を立ててあの恐ろしい…隊長ですら嫌がって猛ダッシュで逃げる"恐怖の一撃"を王女に炸裂させた。
何が恐ろしいかって?あれはとんでもない激痛と衝撃を与えるのに絶妙なやり方で気絶が出来ないのだ。
過去に隊長もやられているのを見たがあの隊長が涙をポロポロと流しながらごめんなさいと謝るのだからそれはもう……。
案の定王女も激痛で大泣きしている中…
「これで許してやる。だがよ…次にこんな事を仕出かしたら……これを一時間みっちり食らわせるからな?分かったか?」
必死で頷く王女に俺達はさすがに同情した。
「…すまない。この程度で済ませてくれた事…感謝する」
国王がもう一度深く頭を下げた。
「もういいさ。とりあえず俺達が今後どうするかを決めたいからこの世界とやらの情報をくれないか?」
それから暫くはその国で被害が出ている魔獣と呼ばれるモンスターと戦いながらこの世界での常識やらを学んだのだった。
「まぁ…あれから皆も帰れないと分かってそれぞれ自分の道を見つけたんだ。4人残っただけマシだな。…今回の目的は"神の方舟"ってぇやつの奪取だ、もし海賊に渡りそうな場合の話だがな」
話ではその船を守っている一族がいるらしいのでその一族から無理矢理奪うつもりのサフィールを邪魔する為にあえてこの船に乗ったのだ。
「ま、あわよくば…お嬢を探すときの足代わりに使うつもりでもあるけどな」
東アジア陸戦隊"フラムベルク"は異世界でも嵐を巻き起こそうとしていたのだった。




