第88話 グレゴリオ
恐怖のレッドフロッグ事件がカルドナで発生していたのと時を同じくして…
大海原を切り裂いて進む船団…"サフィール海賊団"の旗艦"ブラッドシャーク"の船内…船尾に位置する船長室にて…
「いやぁ、あんた達"フラムベルク"が協力してくれるなら上手くいきそうだ!成功したら報酬はたんまりと払うぞ」
「要らねぇよ。俺達が欲しいのはおめぇさんが持っている情報だけだ…契約した内容を守るならそれで問題はねぇさ」
船長であるサフィールとその向かい側に腰を下ろして煙草を燻らせる男。
「あん…?……あぁ、例の女に関してか。いつも取引してる帝国のお偉いさんが血相変えて来て俺達に依頼した件なぁ……勿論約束は守るぜ?」
「……ならいいさ」
「それよりよぉ…あんたらが使ってるソイツを売ってくれねぇか?帝国のお偉いさんが欲しいってウルセェんだ」
対面に座った男が横に立て掛けているソレを指差すサフィール。
「断る。どれだけ金を積まれても売る事はない」
「だろうな。まぁいいぜ……どうせこれから"神の方舟"を手に入れるんだからな」
神の方舟か。あの本に書いてある内容から察するに神の方舟っつーのは間違いなく俺達の世界にある兵器だ。
「サフィール、最初に言った通り俺達はお前が神の方舟を手に入れた後は情報を貰い次第離脱する。もしその情報が後で間違っていると分かった時は……騙した事を後悔させた上でキッチリぶっ殺すからよぉ?俺達を見張っている帝国の馬鹿にもそう言っておけ」
煙草を揉み消すと部屋を出ていった男。
「ランス=フォルベウス…厄介な野郎だぜ」
年齢は50を過ぎてるらしいが鍛えられた肉体は海賊として日々鍛える事に余念のないサフィールやその部下達と張り合えるレベル…いや、それに加えて格闘技能もずば抜けている。
フラムベルクの連中皆が同じ様に鍛え抜かれた肉体と修羅場を潜り抜けた者だけが持つ雰囲気…さらに奴らが持っているアサルトライフルとかいう武器…
「ガレイオスから聞いた銀髪の女…あいつらとその女の関係を聞いた時奴は"俺達の隊長だ"と言ってたが……あんな化け物共を従える女ってぇのは興味があるなぁ」
「…余計な欲は身を滅ぼしますよ?」
いつの間にか現れた魔術師風のローブを着た男…ガレイオスが寄越した裏ギルドの魔導士。
「…グレゴリオだったか?お前の存在…バレてたぜ」
「そのようで。まさか透明化の魔術を使っていたにも関わらず見破るとは…やはり興味深いですね」
「銀髪の女…実際どんな奴なんだ?」
「……悪魔ですよ。私はガレイオスと別行動であの場に居たんですがね…正直に言えば彼女に関わるのは御免です…まだ死にたくないですし」
「お前程の魔術師がそこまで言うのかよ…何があったんだ?」
グレゴリオは先程ランスが座っていた椅子に座ると口を開く。
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帝国魔導研究所副所長室に呼ばれた私はまたか。とため息を吐く。
ガレイオス副所長は送り人を集めて何か研究をしている…先月も1人聖教国が保護に動いた送り人を我々裏ギルド"暗月"が奪ってきたというのに。
金さえ積めば動くとはいえこう何度も聖教国とやり合うのは勘弁してもらいたい。
ガレイオス副所長から今回の標的を聞いた時思ったのは馬鹿な、という感想だった。……というのも今回の標的は2人でその内の1人はSSランクの冒険者だという…この男は分かっていない、そのクラスの冒険者はただでさえ化け物しかいないというのにそれを生け捕りにしろという。
あの日、ガレイオス自身も精鋭である重装騎士と戦闘訓練を受けたワイバーンの亜種を従えてカルドナの街へ向かった。
私達暗月も私と序列第4位の"闇剣"アンリと序列3位の"死霊術士"メルゲンを引き連れて事に望んだ。
「今回の任務はSSランクの冒険者と学生の捕獲です…くれぐれも油断しないように」
「………良いスケルトンが手に入ったから問題はない」
「あたいも別にいつも通りよ。SSランクだろうが序列2位のグレゴリオも居る訳だし」
「…だと良いですがね。SSランクは化け物しかいません、最悪の場合は…ガレイオスを連れて逃げますよ」
頷く二人。……どうにも今回は嫌な予感がするんですが………む??あれが例の…視線の先には二人の男と一人の少女……ガレイオスが少女に来るように指示をしていたが…そこから状況は動いた。
ガレイオスが放った魔術で弾かれた少女が落としたのは閃光玉…それをきっかけに二人の傭兵が少女を守るように動く。
「…あらま。どうやら面倒な事態になったみたいよ?グレゴリオ、あたい達はどうする?」
「……アンリとメルゲンはあの傭兵達の退路で待機、私は最悪の事態に備えます。まだもう1人の標的も現れてないですからね」
「りょーかい。じゃあ後は任せるよ」
「さぁて、また新しい素材が手に入るといいが…」
二人が去った後暫く様子を見ていた時、ソイツはやって来た。
ワイバーンがブレスを吐こうとした刹那、凄まじいスピードでワイバーンへと殴りかかり一撃で屠ったその女…事前に聞いていた特徴と一致する銀髪と顔の傷……
「嫌な予感が当たったか、アレは化け物です…それもとびきりの、ですね」
その女がやけに細い剣を握ったかと思った次の瞬間にはあの場にいた重装騎士全員がその場に倒れ込み、ガレイオスも腕をへし折られていた。
何をした……?
グレゴリオからは銀髪の女が剣の柄を握っただけにしか見えなかった上に…その女は間違いなくこっちを見た。
「気付かれている……?!」
しかしこちらには特に何かするでもなく気絶したガレイオスを一瞥して男二人と少女の方へ振り向いて少し話をした後に移動したのを確認したグレゴリオはガレイオスに近寄る。
「……完全に気絶してますね」
ガレイオスの状態を一通り確認して死にはしないと判断したグレゴリオは事前に用意していた魔導具を起動してガレイオスと重装騎士を帝国に転移させた。
「…二人を回収して撤退しなければ…あんな化け物とその他を相手にするのは命が幾つあっても足りないじゃないか」
これはもしかしたら…間に合わないかも知れないですね。
身体強化と風を纏って身体を押し出す風の上級魔術"クイックムーヴ"を使って先行している筈の二人を追う…だが追い付いた時、グレゴリオはすぐに悪寒を感じて距離をとった。
「っ!?あれは…メルゲンか!」
遠視を使って見たグレゴリオの目に飛び込んできたのは…
「ふはは!お前は良い素材になりそうだ!その肉体!骨格…素晴らしい!」
対峙している銀髪の女はため息を吐く。
「…次から次に変な奴が出てくるのね」
「見れば見るほどに素晴らしい……」
全く噛み合わない話…完全にメルゲンの悪い癖が出ている。
そんな事をしている場合じゃないと気が付かない時点で…いや…魔術の構築は済んでいるのか…
メルゲンの周りに浮かび上がった魔術陣は"魂魄乖離"…生きた人間から無理矢理魂を引き剥がす魔術…あれは発動に時間はかかるが発動すれば敵は成すすべなく沈黙する。
「…ん?なに…?気持ち悪いわね……」
発動したか…ならもう問題は…
「鬱陶しい。時間が無いからさっさと死ね」
銀髪の女が何かをメルゲンへと向けた瞬間、張り巡らされた物理障壁が割れる音と共にメルゲンの頭部が弾けた。
な……?!
「気持ち悪い感覚が無くなった…やっぱりコイツが何かやってたのか」
メルゲンの死体に一瞥をくれてまた走り去った銀髪の女…
『聞こえるか?お前は戻ってこい、グレゴリオ』
いきなりの念話だったがそれが誰なのかなど考えるまでもない。
『今メルゲンは殺られましたが…まだアンリは残ってますよ、よろしいので?』
『把握している。痛い損失だが仕方ない…アレほどの化け物と争って戦力を減らし続けるのは好ましくない。アンリは諦める…どのみちもう間に合わん』
『分かりました…それでは戻ります』
念話が途切れるとグレゴリオはすぐに踵を返す。
立ち去る間際…微かに聞こえた同僚の叫び声を背に呟く。
「…アンリ、メルゲン…私もその内そっちにいきますから。それまでは暫しのお別れです」
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「銀髪の女…出来れば2度と関わりたくないんですがねぇ」
話終わったグレゴリオは天井を仰ぐ。
「話を聞いて俄然興味が湧いた!そこまでの女なら…手に入れてぇなぁ!」
馬鹿め。もし本当にフラムベルクの連中が探している人物がその女でそれに手を出すなんて事をした日には…フラムベルクと化け物を同時に相手する事になるんだぞ……?
しかも銀髪の女の周りには"灰塵"や"天剣"までいる。
浅はか、としか言えませんが……今まで敗北を知らないのならこんなものでしょうか。ただまぁ神の方舟を手に入れる事が出来たならあの女といえど手も足も出ないでしょう。
まぁ精々上手く立ち回る事を期待するとしますか。




