第84話 ジンとリン
そうして帰ってきたリン達はまず子供達を風呂へ入れて(もちろんシュノアとレンの男子組、カオリとアディの女子組は別だった)部屋で寝かせた後…大人組だけでいつも酒を飲む応接間に集まっていた。
「今回は本当に迷惑をかけました、おかげで誰も欠ける事なく無事に戻ってこれた…皆、ありがとう」
リンが深く頭を下げたのを見てベアトリクスが口を開く。
「無事に終わったし、説教なんて冗談なんだから気にしなくてもいいっての。ただまぁ今度から気を付けなさいよー?今回は剣鬼が神水を持ってたから全て丸く収まった訳だけど…一歩間違えたら死んでただろうからね」
「わかってる。今回私は正直死んだと思った…今生きてるのは階堂君が来てくれたからだと思ってるし…」
「俺としては早坂さんを助ける事が出来て良かった。ダンジョンで手に入れていた神水を売らずに持っていて正解だったと心底思ったよ」
リンがテーブルに用意していたコップに冷やしたエールを注いでジンへ渡してから椅子に座るとベアトリクスが隣に座る。
「ま、ガスがざっくりとした報告をしに行ったから今日はゆっくり出来るし、子供連中も部屋で寝てるってなれば…飲むしかないじゃん?」
「そうね、せっかく大人しかいない訳だし…じゃあ階堂君との再会を祝して…乾杯!」
3人がコップを合わせた後、それぞれ一気に飲み干す。
「くぅぅ!!やっぱキンキンに冷えたエールって最高よね!この家ってほんと必要な物全て揃ってるし私も住もうかな!」
「まぁ部屋はまだまだ空いてるからそれでも構わないけど…この前みたいな事しなければね」
以前ベアトリクスが泊まりに来た時も二人で酒盛りをしていたのだが…ベアトリクスが持参したドワーフを酔い潰す"火酒"を1本ずつ飲んで二人共酔っぱらい…リンはいつもの習慣なのか自分のベッドで寝ていたがベアトリクスはほぼ全裸に近い格好を晒してリビングで寝ていた。
その状態を次の朝起きてきたレンに見つかり…慌ててリンを起こしに来たことがあった。
「教育に悪いからやめてよね?」
「いやいや!あんただって相当なもんじゃないの!未だにレンと風呂に入ってるでしょ?普通は入らないって」
ギャーギャーと言い合う二人を見て苦笑いをするジンだったがそれを見た二人がジンの両脇に詰め寄る。
「剣鬼、なぁに微笑ましいみたいな顔して傍観してんのよ?あんたには聞きたい事が山ほどあるんだからね?リンとの関係とかあの術式とか…」
「階堂君、私も色々あるんだけど?何でこの世界にいるのかとかさ…ってちょっと!離れなさいよベアト!」
「なぁにぃ?男に興味無さそうだったアンタがえらく焦ってるじゃん?」
「そんなんじゃないわよ、単に同郷が馬鹿に絡まれてるから助けようとしただけだし」
「ま、まぁまぁ。俺としても早坂さんと話をしたい…といいますか…」
恥ずかしそうに語尾が尻すぼみになっていくジン…それを誤魔化すようにエールを一気に煽る。
「ま、何だか気になるけど…私はツマミを作りに行くから二人で話しなよ。肴はなんか希望はある?」
「ん…特に無いかな。食材は好きに使っていいから適当にお願い、どうせ後からガスやレリック達も帰ってくるだろうし…少し多目にね」
りょ~かい、と言ってキッチンへと向かったベアトを見送ると懐から煙草を取り出してジンへ差し出す。
「これは…煙草か?吸った事は無いけど1本貰おうかな」
ジンが咥えた所でジッポを取り出してシュボッという音を立てて火を灯す。
「……ゴハっ!?ゲホッ!」
「いきなり肺に入れるからよ」
暫く沈黙が舞い降りた。お互い煙草をゆっくりと燻らせて静かに目を閉じる。
「元の世界の…煙草か…。吸った事は無いけど懐かしい感じはするね」
「…階堂君はいつからこっちに?私はつい最近だったけど…」
「俺は…早坂さん、君に告白した後…試合の前にこっちに召喚されたんだ。呼ばれた経緯が事故みたいなものだったから恨みとかは…無いけど、帰りたいという思いは変わらなかった」
ジンの表情からは複雑な気持ちが入り乱れているのが分かる…あの告白後の試合って事は高校生の時からこの世界で過ごしてきた事になる。
身内も誰も居ないような状況で高校生が1人…相当な苦労や葛藤があったんだと思う。
「早坂さん、君についても聞かせてくれないか?元の世界での早坂さんの話とか…迷惑じゃなければだけど…何というか、俺もそれなりに修羅場を潜ってきた自信あるんだけどさ…早坂さんも…その…」
あぁ、なるほど。
階堂君も命のやり取りを続けていたのだろう…顔の傷や私が纏っている雰囲気なんかを察してる訳か。
「…リン、私を呼ぶときはリンって呼んでいいよ。お互い同い年の知らない間柄って訳でもないしさ…その代わり私もジンって呼んで構わないかな?」
「もちろん、そうして貰えるなら助かる。…正直者な話こっちの世界に来てから日本の名字って違和感があるんだよな」
確かに…というか元の世界でもほとんどが国外だったし名字で呼ばれる事の方が少なかったわね。
「そうだ、これを返しておかないとな…」
そういってジンは空中に手を入れるとリンのデザートイーグルを取り出す。
「ジンが持ってたのね。念じても手元に戻らないから困ってたんだけど…良かった」
受け取ったデザートイーグルに亜空庫から取り出したマガジンを装填してホルスターに納める。
「リンのギフトはその銃か?最近こっちに来たにしてはえらく使い込まれてるっていうか…」
「これ?これは元の世界で使ってた銃よ?…ってそっか、普通は銃なんて身近にあるようなモノじゃないからね…私って元の世界で軍に所属してた時期もあるし、飛ばされる直前までは国に雇われた傭兵部隊に所属してたのよ」
リンは亜空庫から元の世界で昔所属していた軍の礼装を取り出してジンに渡す。
「…凄いな。昔ゲームとかでしか見たこと無かったけど…これを着ていた事もあったって事だよな?」
まぁ、本来なら礼装だから正式な場とか式典なんかで着るものなんだけど…最後の戦いの時、もう死ぬだろうから最期くらいは正装で死ぬか。と思って着替えたんだよねぇ。
あの白い空間に来た時点では何故か元の服に戻されてたけど…まぁこの礼装が無事で良かったと思ってる、今となっては元の世界の少ない衣服だし、身を引き締める衣装だから。
「それじゃあ…その顔も…?」
「そう、任務中の怪我もあるし…捕まった時に受けた尋問でついた傷もあるかな」
「……尋問って」
「あ、いやいや!尋問といっても厭らしい事は一切無かったからね?同じ女性だったし…焼けた鉄を押し付けられたり、鞭で打たれたりとかその程度よ」
「そうなのか……って焼けた鉄とかその程度って言えないだろ!女性にそんな…」
何だか懐かしいわね。高校生の時…この見た目のせいで馴染めなかった私は陰湿なイジメを受けた事があった。
勿論反撃すればいいのだろうけど私がやり返すと死人が出るし、おじいちゃんからの試験の最中だったから甘んじてイジメを受けてた。
そんな時だったかな、裏で私の頬を叩いていたクラスメイトを当時の階堂君が見つけて『女の子の顔を叩くなんて駄目だろ!』って言って追い払うと保健室まで連れていってくれた事があった。
「…ふふ。相変わらずだね階堂君は」
「…早坂さんはなんだか俺よりも年上みたいに感じるよ…人生経験の差ってやつか」
そんな二人の様子を廊下で隠れながら眺めるベアトリクスは普段からは想像出来ないその穏やかな雰囲気を見て…
「…あらまぁ。完全に女っていうか少女?みたいな感じじゃん…普通に入りづらいんだけど」
「…そんな所で何やってんすか?ベアトの姉御」
後ろから来たスレイに素早く指を立てる。
「静かに、今良い感じなんだから!」
言われてスレイも隙間から部屋を覗く。
「ありゃ…リンの姉御と…誰っすか?」
部屋では二人が穏やかに笑いながら酒を飲んでる光景。
「…リンの同郷の男なんだけどさ、何だか良い雰囲気なのよ。昔なんかあったみたいで…」
「おぉ、あのリンの姉御にあんな一面があったなんて…ドキドキするっす!」
「でしょ?もうキュンキュンよ!普段とは明らかに違うし、もうあれは誰って感じね」
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「……なるほど、じゃあカオリに渡した品物に付与した魔法でここに転移してきたのね。というか大丈夫だったの?旅の途中だったらしいけど」
「…ん?ああ…旅の目的の大部分は意味の無いものになったし、予想以上にカオリの心に負担をかけていたみたいだからね、当分…というかカオリが大人になるまでは旅に出るのはやめようかと思ってるんだ」
「そうなの?なら…私のせいで戻ってくる羽目になったわけだし…この家って部屋だけは沢山あるから……一緒に住む?も、もちろんカオリも一緒によ?」
「え?いや…流石にそれは…」
「というか元々カオリを引き取ろうと思ってたのよ、さっき説明した通りカオリも帝国や聖教国から狙われたから。側にいれば守り易いって思ったの」
実際この家なら襲撃されてもレリックやスレイ、カリムも居るし、なんならベアトリクスやガスも頻繁に来るから守りに関しては堅い。
「…カオリもその方が安心じゃないかなって思うのよ。それに…レンとも仲が良いからレンに寂しい思いもさせないで済むし…」
「…なるほど、それは確かにそうだね…ってそうじゃなくてさ!俺だって一応男だし、その…ど、同棲みたいな感じは正式なお付き合いをした男女が…ゴニョゴニョ…」
ジンに言われてリンはジンの隣へと移動してジンに肩を寄せ耳元で囁く。
「階堂君が望むなら…私は構わないよ?」
ボンッ!という音が聞こえそうなレベルで真っ赤になったジン。
「…ぷっ!あはは!冗談よ!一緒に住んだとしてもさっき言ったでしょ?他にも居候してる連中もいるし、ジンとカオリが増えた所で大して変わらないわよ」
あぁぁぁぁぁ!!な、なんでこんな事言ったのよ私!
なぁにが"階堂君が望むなら"よ?!これじゃまるでそういう事をしたいから一緒に住めば?って言ってる様なもんじゃないの!
内心リンは自分で言った事ながらすごく恥ずかしい事を言ったと思って表情に出さないように必死で取り繕っていた。
リンは気がついてないがリンが飲んでいる酒は途中からベアトリクスが補充していた火酒に変わっている。この部屋…応接間に常備されている酒はベアトリクスが管理している。
リンから火酒は禁止と言われていたベアトリクスがこっそりと中身を入れ替えて置いていた物をリンはさっきからずっと飲んでいたのだ。
リン自体は酒に強い。だがドワーフすら酔わせるこの火酒の特徴の1つがドワーフ達の努力と研究の結晶であるエールとさして変わらない味というとんでもない酒なのである。
よってそんな物を気付かずに飲み続けていたリンとジンはわりと酔っていた。
お互いその程度で済んでいるのは元々の耐性がとても高いからではあるが。
「そ、そうか…冗談か…ははは…」
まぁやたらと残念そうなジンにもしリンが気づいたなら少し違ったかもしれない。
「リンってば…なんでそこまでやったなら押し倒さないのよ!」
「あ、姉御!俺…鼻血が出そうっス!」
廊下で盛り上がる彼らが見つかってリンから殴られるのは数分後の事であったとか…




