第79話 新たな乱入者
あの日…僕は母さんを助ける事が出来なかった。
いつも通りに母さんと近くのお店へと出かけたんだ。
「お?エルさん!今日は何が必要だい?」
「そうですねぇ…オススメは何かあります?」
そうだなぁ、と言いながらおじさんは桶に入っていた魚を掴む。
「ナルビとかどうだい?新鮮だしデカくて黒光りして中々…」
「じゃあそれを頂こうかしら?レンもナルビの塩焼きは好きだからねー」
そう、ナルビの塩焼きは僕の大好物だ。普通の魚より高いって母さんは言っていたけどちょくちょく買ってくるんだよね…
二人で家へと帰る途中…街の警鐘が鳴り響いた。
母さんは警鐘を聞いてすぐに僕の手を引いて走り出した。
「急いで帰りましょう!この音色は…魔物が街に入ったって知らせなの!」
走っていく途中、街の人達とすれ違う時に聞こえてくるのは魔物の数が多すぎて騎士団や衛兵、冒険者を総動員しているらしい。
逃げてきた人達の方向に家が…
駄目ね、家に戻るのは諦めて私達も街の人と同じ方向へ…確かこっちには冒険者ギルドがあるはず…!
「レン、良く聞いて?これから皆と同じほうへ逃げるの。だから絶対に手を放しては駄目よ?もしレンとお母さんがはぐれたら見つける事が出来ないわ」
「うん…絶対に放さない!」
ぎゅっと握ったのを確認してまた走る…だけど街の混乱は更に広がっていた。
通りを2つ過ぎたら冒険者ギルドが見えてくる…あともう少し…
そう離れていない所々から悲鳴や叫び声が響いてくるのを聞いてエルは焦る…もし魔物に追い付かれたら戦う術を持たない私じゃレンを守ることが出来ない。
一応二人共護身用にナイフは持っているけれどそんな物では魔物に対抗なんて…
必死に考えながら走っていた時、空を何かが遮った。
「そんな…あれは…ドラゴン………あんな魔物まで…」
アルセリスは屈強な騎士団や衛兵、高ランクの冒険者がいる事で他の街に比べ防衛能力が高い。
例外は当主が代々武力に秀でたアストラル家が領主をしているカルドナで、あの街は何十年も魔物の侵攻を許していない。
空を旋回しているドラゴンを見上げていたエルだがすぐにまた走り始め、ギルドまでもう少し…というところまで辿り着いた時…
「嘘…道が…」
ギルドがある大通りへと繋がる道は巨大な魔物の死体と瓦礫で塞がってしまっていた。
この道以外だと大きく回り道をするしか…だけどこんなに深く魔物が街に入り込んでいるなら冒険者ギルドへ逃げても安全かどうかなんて…
「…レン、良く聞いて。もう魔物がすぐそこまで入り込んでいるみたいなの…もしもの時はお母さんが何とかするからレンは近くの建物に逃げなさい…これは絶対の約束よ?」
嫌だ…母さんも一緒に逃げようよ!
あの日こう言えていたなら…もしもあの時僕が母さんを守れる位強かったなら…
そうだ、これは記憶の中にある母さんとの最後の記憶だ。
それからすぐに母さんに助けられて僕はここにいる…だから助けたかった。
目を醒ますと母さんに抱き締められていた…嬉しくて抱き締め返した後バッグから手に入れた精霊の蕾を渡そうとした時、母さんは急に僕を投げたんだ。
目の前の光景が酷くゆっくりと流れていく。投げ出された僕は見てしまった…母さんの後ろに人みたいなナニかが居て………ズンッ!という肉を抉る音と共に母さんの身体を貫く鋭い爪を。
「嬢ちゃん?!!」「先生!!」
「……あぁ……しくじった…わね…」
口と貫かれたお腹から大量に血を吐いたリンの後ろには黒い翼を生やした男…その男が腕を伸ばしてリンを貫いていた。
男が鋭利に伸びた爪を引き抜くとリンの身体は支えを無くして膝から崩れ落ち、血溜まりの中へ倒れこむ。
周りの光景が酷くゆっくりと流れていく…男は引き抜いて血だらけの腕を眺めて動かない…。
許さない…!よくも……母さんを!!
「やめるんだ!それは使っちゃ駄目だと…」
腰のホルスターからソレを取り出したレンに気付いたシュノアが叫ぶがレンには届かない。
前に見た時と同じ様に…あの男へ向かって構え、引き金に指をかけたレンは怒りと共に力を入れ…
「…駄目だ、子供がこんなモノを撃ってはいけないよ」
突然現れたボロボロのフードを被った男の人が僕から母さんの銃を取り上げてそう言った後すぐに母さんと黒い翼を生やした男へと向き直った。
「……カオリが言っていた通りだった…本当に…だがその前に、お前には報いを受けてもらうよ」
フードの男が鞘から剣を引き抜いた瞬間、立ったままだった翼の男は十字の斬撃を受けて吹き飛ばされた。
「クソ!…酷いな。だがまだ生きてる…頼む!間に合ってくれよ…!」
「おい、待てや。おめぇはリンをどうする気だ?」
いきなり現れた男に剣を突き付けるガルに対して今は先にこの人を助けたい。と言って懐から小さな小瓶を取り出したが…それを見たガルが驚いた。
「まさかそいつは…!」
彼はそれをリンの傷へと振りかけて様子を見ると頷いて近くで見つめていたレンを手招きする。
「もう大丈夫だ、彼女の怪我は何とかなったよ。だからもう泣くな…さぁ君のお母さんを頼む」
彼の言葉を理解してすぐに頷きリンの側へ行くと抱きついたレンを満足そうに眺めているフードの男…
「なぁ、アンタ何者だ?お前が嬢ちゃんに使ったソイツは…神水だろ?」
エリクサー…それは高難易度の迷宮で極希に入手出来るという最上級の癒し効果をもたらす薬でオークションでの取引価格は白金貨10枚は確実にする。
「そんなもんを知らない人間に使うってなあり得ねぇだろ?」
「人を助けるのに理由が必要か?それに知らない人…という訳ではないんだ。俺の名前は階堂刃。彼女…早坂さんとは少し縁があってね…とはいえ俺の事は覚えてないかもしれないが…それよりあなたには時間が無いんじゃないか?もう魔力が尽きかけている…少しでも時間を伸ばしたいなら無理に動かない方がいい」
「……まだ大丈夫だ。しかしまぁ…後はおめぇさんに頼んでよさそうだ、嘘を言っているようには見えねえからな」
ガルの存在感が少し薄くなっている事ですぐにガルが魔力で存在している事を見抜いたジン。
「ガル…やっぱり…」
「すまんな、シュノア。俺はもうそんなに長くは存在出来ねぇが…この剣…俺の愛剣で本体のガルストークは消えたりしねぇ、だから…んなシケた面すんじゃねーよ」
シュノアの頭をガシガシと乱暴に撫でたガルはシュノアに背を向けると剣を肩に担ぐ。
「おっと、まだ立ち上がるのか…流石は人化出来るだけの力をもったドラゴンという訳か」
ジンもリンとレンを庇うようにして剣を構える。
『…我を操っていた者の思念は消え失せた…だがここまで我に手傷を負わせたムシケラ共よ、このまま帰れると思うな』
「けッ!そりゃこっちの台詞だぜ!散々シュノアやレン、嬢ちゃん相手に好き勝手暴れておいて随分な言い様だよなぁ!…おめぇこそこれ以上やるってんなら…覚悟しろよ?」
ガルと人化した黒竜の威圧感が高まっていく。だが……
「…待ちなさいよ、それは私がやるわ…」
「嬢ちゃん?!おめぇもう気が付いたのかよ…?」
「えぇ、よく分からないけど今までに無いくらい身体の調子がいいの…それとガル、あんたはレン達を連れて離れてていいわ」
「…そいつは聞けねぇな。どのみち俺には時間がねぇんだ、最後くらい好きにやらせてもらうぜ」
リンはガルを見て少し考えると首を振る。
「ガル、後から説明してあげるから今は私に任せて。大丈夫、もう手は打ってあるから」
「…あん?そりゃどういう…」
「今は彼女に任せよう、俺達は子供達を守った方が良い…そうだろ?早坂さん」
「…えぇ、お願いするわ」
この男…ジンっていうらしいけれど私の名字を…?それに…相当強い。彼とガルなら安心してレン達を任せられる
『銀髪の娘…か、貴様は情けで見逃してやっても構わんが?うっかり殺してしまっては我を陥れたゴミ共の思うツボだからな』
見下した態度が気に入らない…たかがトカゲ風情がレンやシュノアに怪我させた事をきっちり後悔させてやる。




