第78話 解放、そして…
『……シュ…ア!…事しろ!!』
俺は…確か黒竜から…っ!?
「うぐっ?!」
『気がついたか!シュノア、動けるよな?動けなくても死ぬ気で動け!じゃねぇと…まじで死ぬぞ!?』
慌てて無茶苦茶言うガルに悪態の1つでも吐いてやりたいがそんな場合じゃない、後ろで気絶しているレンを庇う様にしてガルを構え直す。
「何が…起こってる?」
『何だか知らねぇがブレス吐いた後苦しみだして攻撃してこねぇんだ!流石にあれだけの魔力なら街に居る高ランクの奴らが来る。そうなれば竜の1匹位は何とかすんだろーよ!それまで何とか耐えるしかねぇ』
見てみれば確かに黒竜は苦しげに呻きを上げているだけでこちらを見ようとはしていない。
「逃げたほうがいいんじゃないか?」
『空飛んでくる奴から逃げ切れるならそれでもいいけどな。それにブレスの威力を見たら分かるだろ?』
辺り一面先程は木が生い茂っていたのに今はブレスの余波で地面は抉れ、焼け残った木の残骸がそこかしこに残っているのみだった。
『…シュノア、もし次にブレスが来たら…防げねぇぞ。いや、防ぐには防げるが…それは最後の手段だ』
苦しげに呻いていた黒竜がゆっくりとまたシュノアの方を見据え、闘う姿勢を見せる。
「…ん…」
後ろで倒れていたレンが気がついて立ち上がると同時に黒竜の不気味に輝く瞳がレンを捉えた。
『…ギン…ノ…カミ…』
初めて意味のある言葉を発した黒竜…その言葉の内容にシュノアはレンへと視線を投げる。
「レン、動けるかい?どうやらあの黒竜からは逃げ切れそうもない…どうにか隙を作れれば…」
「コレなら…隙を作れませんか?」
レンが腰に着けたホルスターから取り出したのはリンのデザートイーグル…子供が持つには明らかに大きいその武器だが確かにこれなら、と思う。
『駄目だ、ソイツは使うな。リンの嬢ちゃんは平気でブン回しながら使ってるがよ…前に嬢ちゃんが言ってたぜ?物凄い反動があるから正しい使い方をしなければ肩が壊れるってな』
リンは多少大袈裟に言ったがリンの持っているデザートイーグルはロングバレルで反動を多少抑えてあるとはいえ正しい使い方をしなければ身体を痛める可能性があるのも事実ではあるし、撃てた所で相手に命中させる事なんて出来ない。
『大丈夫だ、シュノアでも時間稼ぎ位は出来るだろうぜ。レンにも手伝って貰うけどな!…さてそろそろ来るぜぇ!気合い入れろ!』
ガルの言葉と同時に黒竜は丸太の様な尻尾をしならせて薙ぎ払いを繰り出す。
「レン、後ろに飛べ!」
「はい!」
二人とも尻尾を後ろへ飛んで避けると更に黒竜は鋭い爪を振り下ろす。
シュノアはそれを見てガルを水平に構え爪が近づくと同時に少し身体の軸をずらして爪を受けてから角度を変えて受け流す。
『そうだ、相手の力が上なら上手くずらして受け流せばいい。リンの嬢ちゃんに攻撃が入らない理由の1つだな!やっと分かってきたかよ』
最近何度も先生と鍛練を行っていたからだ。
最初は分からなかった、斬りつけた時何だか分からない感覚…真正面から振り下ろした筈の剣が滑るというおかしな感覚…
"シュノアは才能があるわ、大丈夫よ。自分の腕とガルを信じなさい…身体強化に頼らなくても戦えるようになれば…"
先生が言っていた意味が分かる。これには自分の力なんて必要以上に込める必要は無い…魔力を使いすぎて身体強化を使えない今の状況だからこそ"受け流す"事の大事さが。
何度も振り下ろされる爪を冷静に、正確に受け流すシュノア。
やっぱ実戦で伸びるタイプなんだよな、シュノアは。まさかこの状況で答えを見つけるとは思わなかったがよ…だが…そんな甘い相手じゃねぇよな。
「…っ?!」
次の攻撃も何とか凌げると考えていたシュノアだったが…爪を受けた瞬間、今までと違う手応えに顔をしかめた。
上から押さえつけるような動きをする黒竜によって受け流す事が出来ず真っ向からの力で対抗するしか出来ない。
ジリジリと地面を滑りながら押される…
「シュノアさん!危ない!!」
押さえつけられて動けないシュノアだが黒竜には自由に動かせる尻尾がある…レンが叫んだ事で気がついたが出来るのは強化して防御力を多少あげれれば良いという程度だった。
音を上げて迫る尻尾とシュノアの間にレンが割り込んだのを見たガルは叫ぶ"やめろ!"と。子供が割り込んで来て無事で済む筈がない…シュノアならまだ耐えられる可能性がある、だが…
ドゴッ!!
次の瞬間には肉を打ち据える強烈な打撃音と衝撃…尻尾が直撃したレンとシュノアは何度も地面を転がりながら弾き飛ばされて止まる。
視界が歪む…全身がバラバラになったような痛みでうまく立ち上がれない。
横を見ると口から血を流して倒れているレンの姿が映る。
シュノア自身も右腕がおかしな方向を向いている事から折れてしまっているのが分かる。
『……二人ともまだ生きてるみてぇだが…もうおしまいだな。あのドラゴン…魔力を溜め始めやがったからブレスがくるぜ?…なぁシュノア…俺がさっき言った事覚えてるか?』
さっき…最後の手段…ってやつか。
『シュノア、俺の"真名"を解放しろ。あんな黒竜の1匹や2匹位ならすぐにブチ殺してやんよ…だから解放しろ』
駄目だ…真名解放は…
真名を解き放つ…魔剣とは生前に何か強烈な想い…未練や願いなどがあった人間の成れの果てである。
例外もあるが魔剣は自分が使っていた武具を器として魔力を練り上げその魔力で自身の魂を武具に縛りつける。
そして波長が合う人間と契約を結ぶ時、お互いの魂を結ぶ為に"真名"を教える…その真名を解き放つ…つまり武具という器から魂を解放し魔剣自身の魔力で現世へと顕現…召喚する事で生前の姿、力で残された魔力を消費という限られた時間だけ自由に動く事が出来る…それが真名解放だ。
「そんな事をすれば…ガルは…」
『なぁに情けねえ面してんだ。俺が真名解放位で消滅するようなショボい男だとでも思ってんのか?』
いつもと変わらない軽い口調で言っていたガルだったが…
『大丈夫だ、お前は知ってるだろ?俺は"凶刃"ガルフレイズ…傭兵王や国崩、欠け月の時代で最も恐れられた男だぜぇ?』
"凶刃"その名は有名だ。各地で起こった戦闘で傭兵王や欠け月達と幾度となく激戦を繰り返しその都度生き残ってきた古強者。
その剣技は苛烈で彼が現れた戦場は大地に亀裂が走り味方をも巻き込む戦い方だが確実にその戦場で首級を上げる事から相手につけられた二つ名が"凶刃"という名だ。
『まだお前との約束もある。どうにかしてやるから解放しろ!』
「…分かった、だがちゃんと約束してくれ…俺を置いて居なくならないと…もう、家族が居なくなるのは…嫌だ」
『……あぁ、約束だ。俺は約束を破らねぇ…それが俺の信条だからな』
それに頷いたシュノアが口を開く。
「魔剣ガストルーク…シュノア=ハイサキ=バーグラーとの契約で縛りし名を解放する…」
『シュノア=ハイサキ=バーグラー…我が魂と契約せし友よ…魂の楔を放ち我が魂を解放せよ』
「真名解放」
『顕現召喚』
二人の言葉と同時にガストルークの剣身から膨大な魔力が膨れ上がりその魔力が人のカタチを作り上げていく…
「……あぁ、久しぶりの感覚だぜぇ」
上半身は筋骨隆々な上にボロボロの包帯を巻き、腰から下は何の魔獣か分からない素材だが明らかに存在感のあるズボンとその上に装着したレガース…
「…ガル、なのか?」
シュノアの呟きに目の前の男が剣を肩に乗せながら振り返る。
日を浴びて輝く深い赤色の髪をした男は頷く。
「おう、この姿が俺の生前の姿さ。どうだ、イケメンだろーが?」
ニカッと笑ったガルだったがすぐに顔を引き締めると黒竜へと向き直り剣を構える。
黒竜は目の前に現れた存在にかなり警戒していた… 明らかに今まで戦っていた人間とは欠け離れた存在感を持った敵…
『グルルルル……』
「さて、時間もねぇ。……いくぜ?」
トン…そんな感じで地面を蹴ったガルだったが黒竜が繰り出した爪とガルの剣が打ち合った瞬間…弾き飛ばされたのは黒竜だった。
「この姿になってようやく分かったがよ…本当はもっと実力がある竜みてぇだ…だがよ?実力の半分も出せてねぇな!」
腕ごと斬り飛ばすつもりで放った斬擊は爪を斬り飛ばしてその衝撃で黒竜が弾き飛ばされただけだ。
ガルは更に剣を逆手に持つと勢いよく地面へと振り抜く。
「おらぁ!喰らいな!"ガイアクラッシャー"!!」
剣身が地面に叩きつけられた衝撃で大地が割れ、そこへ黒竜が呑み込まれていく。
「…凄い」
目の前で繰り広げられる戦いに圧倒されるシュノアにガルが叫ぶ。
「こんなのはあの時代の連中なら普通だったぜぇ!シュノア!お前が目指す高みってやつさ!」
黒竜が呑み込まれた場所で急激に魔力が高まり次の瞬間にはガルへ向けて先程よりも強烈なビームかと思う程の熱量を持ったブレスが迫る。
「"剣気解放…剛雷一閃"!!」
白近い色に輝くブレスとシュノアが放ったものとは比べる事がおこがましい紫電の剣閃がぶつかり合い相殺して消える。
「馬鹿みてぇに魔力込めやがって…こっちにゃ魔力に余裕なんざ……ってありゃあ…?」
ガルはふと空を見る。
「…おいおぃ、来るだろうとは思っちゃいたがよ…幾らなんでもそりゃあ無茶苦茶じゃあねぇか…嬢ちゃん」
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「あそこね…!」
「あは、あはは…わたし…空飛んでる…」
もうアディは完全に現実逃避していた。
「パラシュート降下を思い出すわね…今回はパラシュートなんて無い、けど…!」
上昇が終わり今度は内臓が浮き上がるような不愉快な感覚が押し寄せてくる…リンにとっては慣れたものだが肩に担いでいたアディはその感覚で現実へと戻ってきた。
「先生!?お、落ちて…うぷっ!?」
「アディ、大丈夫よ、あと数秒もかからないから。怖いのは最初だけ…目を閉じて数でも数えてる間に終わるわ」
場所が場所なら少し危ない発言だがここは空の上…当の本人にはなんの慰めにもならなかった。
落ち始めた当初とは比べるべくもない速度で落下していく。
「ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?もぅいやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
どんどん加速していく二人だがリンは下で繰り広げられている光景の中に見つけた。
ボロボロになり血を流すレンの姿を。
レンとシュノアを背に戦っている男に見覚えは無いがその男がふとこちらを見上げた。
『…おいおぃ、来るだろうとは思っちゃいたがよ…幾らなんでもそりゃあ無茶苦茶じゃあねぇか…嬢ちゃん』
唇の動きでそう言ったのを見てこちらを知っているのなら味方か、と判断したリンはアディにしっかりと掴まるように言って村雨を取り出す。
レン達を狙っているらしい黒竜がまた先程のレーザーみたいな攻撃をしようとしていると見たリンは空中で器用に体制を整えると飛び上がった時と同じように身体に魔力を巡らせる。
空中で村雨を抜いて身体強化を始めたリンに言い知れない不安を抱いたアディだったが…もうどうしようもない、と悟って意識を手放すと同時にリンはそのまま村雨をおもいっきり振りかぶって…投げた。
ズドンッという投擲した音には到底聞こえない音を放って村雨が凄まじいスピードで黒竜目掛けて飛翔する。
「あの男…上手く動いてね?」
「…上手く動け、だと?……やべぇ!?」
ガルはその意図を察してレンとシュノアを担ぎ上げその場から離脱する。
黒竜も異変に気がついて自身に強固な結界を発動させた時…飛来した村雨が轟音と衝撃を撒き散らして着弾した。
あっぶねぇ!?嬢ちゃんめ…最後にこっちを見てからあなたなら出来るでしょとか抜かしやがった!!
村雨の着弾から数瞬後更に強烈な轟音を立てた後土煙が晴れた場所にリンが立っていた。
「幾らなんでも無茶苦茶だろーが?つか何で嬢ちゃん達は生きてンだよ?!普通は死ぬぞ!」
話しかけてきたガルにリンはアディを渡すと
「気合いで何とでもなるわよ。子を思う母は物理法則も越えるってね」
出鱈目な言い分だが実際に生きているので何も言えずに半目になったガルは溜め息を吐く。
それよりも…リンはガルへ近づくと抱えられているレンを見て息を吐く。
「レンもシュノアも見た目程は酷い怪我じゃない…わね。…良かった…本当に…」
安堵するリンだったがすぐに切り替えて自分が担いでいたアディをガルへと渡す。
「あなたが誰か知らないけど…この子もお願い。私はあの竜を何とかする」
「…あぁ、それは構わねぇがよ…嬢ちゃん、お前…大丈夫なのか?顔色がわりぃぞ?」
「まだ…大丈夫、言ったでしょ?子を想う母は…ってね」
そう…まだ安心は出来ない…村雨が着弾した場所に視線を向けるとそこには…
「へぇ…まだ生きてるのね」
翼は千切れ、身体のあちこちから血を吹き出しながらも此方へと近づこうとする黒竜。
『…アガが…ギン……オンナ…』
「銀…?女……?」
「どうやら嬢ちゃんに関係あるみてぇだぞ?知り合いか?」
「ドラゴンに知り合いなんて居ないわよ…だけどあのまま苦しませるのは忍びない…楽にしてあげる」
亜空間からバレットを取り出すと黒竜の頭へ狙いを定め…引き金を引いた。
弾丸は狙い違わず黒竜の頭を貫いて命を刈り取り、その巨体が地面へと倒れ伏す。
バレットを亜空間へ仕舞うとガルへと振り返り察したガルがレンを渡す。
受け取って抱き抱えたレンに亜空間から取り出した傷薬を飲ませると、苦かったのか顔をしかめたレンがうっすらと目を開く。
「お母さん…?」
「心配したのよ…レン…もうこんな無茶はしないで」
そう言ったリンを見てレンは自分のバックから精霊の蕾を取り出ししてリンへ渡す
「これ…お薬につかうんでしょ…?」
渡された精霊の蕾を亜空間へ入れて微笑む。
「ありがとう…レンのおかげで…っ?!」
それは一瞬だった。
リンが咄嗟にレンをガルの方へ投げると同時にリンの身体を鋭い爪が貫く。
全てがゆっくり動いていく……丁度気が付いたシュノアとガルの驚いた表情…そして…レンが何かを叫ぶ顔……
血を吐きながら自分の身体に生えた爪を見下ろして呟く。
あぁ…しくじったわね…………




