第77話 黒竜会敵
ソレはゆっくりと空を旋回していた。
頭の中に靄がかかったように思考が出来ない。
"銀髪の女を殺せ"
その命令だけが思考を支配しようとする。
だがその屈辱的な命令を必死で拒む…誇り高き竜族である、そのプライドが支配を完全な物とするのを阻止していた。
ワレハ…ナゼ…
その最後の抵抗も段々と薄れて来ている。もう暫くすれば意識は全て支配されるだろう。
そして…見つけた。
虫けらと戦っている銀髪のヒューマン…それを見た瞬間最後まで抵抗していた意識が…途切れた。
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「…もうすぐで母さんを…」
ゴブリンを倒した後、急いで走った。
精霊のつぼみは山頂付近にあると聞いていた通りで見つけた喜びでレンは更に速度を上げて走りたどり着いた。
「これだ、これで助けられる…!」
レンの手のひらには淡い光を放つ青いつぼみ…これが精霊の蕾だった。
精霊のつぼみをしっかりとバックにしまった時、夢中でレンは気がつかなかった…空から物凄いスピードで降下してくる巨大な影に。
「…え?」
気がついた時にはソレ…黒い竜はその巨大な口を開いてレンへと襲いかかろうとしていたが…
剛雷一閃!!
寸前の所で黒竜を紫電の斬擊が襲い、喰らった黒竜は堪らず離れた。
「レン!大丈夫か!?」
技と巨体の衝撃で吹き飛ばされたレンにシュノアが慌てて駆け寄る。
『レンなら大丈夫だ、かすり傷程度しかねぇ。…それよりもかなり怒ってやがるぞ…全身から魔力が溢れてるぜ?』
全力の剛雷一閃を喰らわせたのに鱗を何枚か持っていった位で大した傷は負わせられていない…、俺の全力じゃさすがに黒竜なんてSSランクの魔物には通用しない。
「レン、起きろ!」
吹き飛ばされた余波で気絶しているレンを揺さぶると…
「…シュノア…さん…?」
「レン、時間が無いからよく聞け。俺があの竜を足止めするからその間に逃げろ、街に戻ってこの事を知らせるんだ!」
『また来るぞ!』
黒竜がシュノアとレンに向けて口を開きその口腔内に濃密な魔力が急激に高まっていく。
『やべぇ!やべぇぞ!!ブレスが来る!シュノア、後の事は考えず全力で俺に魔力を込めろ!』
言われて魔力を込めるシュノアにガルは『まだだ、まだ足りねぇ!もっと寄越せ!』
黒竜の魔力が高まり、周囲の景色に歪みが生じてくる。
『レン!お前も俺に魔力を込めろ!お前の魔力量なら出来る筈だ!』
「う、うん!」
シュノアとレン、二人の魔力を一気に吸い上げたガルが輝きを放ちガルを中心としてバリアの様な何かが形成されると同時に黒竜のブレスが魔力の奔流となってシュノア達を包み込んだ。
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「…はぁ、はぁ……」
「先生…無茶だって!あんなに怪我してるのに普通に動いてるのが奇跡だっていってたんだよ?!もうベアトリクスさん達に任せて戻ろう?」
脇に抱えたアディが必死に説得するがリンは何も言わずひたすらにレンが向かっただろう精霊の蕾の成育地を目指していた。
「先生!!………もう!ならせめて私を下ろして下さい!私を抱えたままじゃ余計に悪化するでしょ?」
諦めた様子のアディにちらりと視線を投げるとゆっくり地面へ下ろす。
「…邪魔をしないでね、もう…アディを抑えるのも無理そう…だから」
「……わかりました、どのみち私一人じゃ先生を運べないですし…先生ってメチャクチャ重…いたっ!?」
リンから拳骨を喰らったアディが涙目になる。
「もう…!事実な…すいませんすいません!!もう言いませんからやめて!?」
無言でもう一度拳を振り上げたリンに必死で謝るとリンはため息を吐いてまた走り出す。
「というか先生はレン君の居場所って分かるんですか??」
「分かる、あの子が持ち出した私の武器…あれの場所って昔から分かるのよ…どうしてか分からないけどね…」
自分の祖父や両親の仕業だと知らないリンだったが今回は感謝している…そのお陰で最短距離でレンを追いかける事が出来るのだから。
「先生、何か近づいて来ます…!」
アディの気配察知に反応があり、ソレが姿を現した時、アディは驚く。
「ウソ…なんでこんな場所にアーマーベアが?!」
現れたのはランクAの魔獣…硬い表皮はフルプレートメイルよりも頑強で腕力も高く狂暴な性格も相まって冒険者の中では遭遇したくない魔獣だ。
こちらを視界に捉えたアーマーベアは一瞬後ろをチラリと見た後雄叫びを上げてその太い腕をリンへと振り下ろす。
「避けて!!」
アディの叫びが聞こえたがリンにはこんな場所で止まっている時間はない。
すぅ…と息を吸い拳を握ると迫りくる丸太の様な腕へ向けて全力で拳を突き出す。
「邪魔よ」
普通ならあっさりとアーマーベアが人間を叩き潰すという結果に終わるだろうが…リンは違う。
腕と拳が当たった瞬間、凄まじい衝撃が辺りの木々を薙ぎ倒し、近くにいたアディは身体強化で踏ん張ったお陰で尻餅をつく程度に収まったが…
「…へ?」
間抜けな声を洩らすアディ…何故かと言えば拳を振り抜いた状態のリンの目の前にはアーマーベアの上半身が存在せず上半身を失った下半身だけが血を吹き出して立っていたから。
「…無駄な体力を使わせて…くれるわね…」
膝をつくリンに慌てて駆け寄ると助け起こす。
「…本当に死んじゃいますって!ほら!傷が開いて血が…」
「…馬鹿ね、返り血よ……それより、急がないと…あの熊、何かから逃げてたみたいだし……」
一瞬だったが自分が来た方向を気にしたアーマーベア。
「アーマーベアが逃げるって…」
アディが言いかけた時、急激な魔力の高まりが起きる。
「…レン!……アディ、あなたはここに居なさい…あなたまで庇う余裕が…ない」
「嫌です!私が離れたら…それに私だって自分の身は自分で守ります!これでも高ランクの冒険者ですから!」
意地でも離れないという様子でリンの腕にかじりつくアディにため息を吐くとリンはアディを持ち上げて肩に担ぐ。
「あわわ!?」
「アディに合わせたら間に合わない…暫く黙ってなさい、舌を噛みたくないなら…ね」
ググッと脚に力を込めるリンにアディは血の気が引く。
「ま、まさか…」
慣れ親しんだこの感覚…普段のリンは使っていなかったソレ…アディ達には常識とも言える身体強化…だがアディの血の気が引いたのはそれではない、リンが込めている魔力が尋常じゃなかったからだ。
ズドン!!!
地面を踏み抜いた瞬間、周囲の地面は大きく凹み…凄まじい速度でリンとアディは空へ舞った。
「いぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」
あばばばばっと涙が目から溢れるがそれさえも凄まじい風圧で彼方へと置き去りにするような速度で宙を舞う二人。
あぁ…帰ったら下着を替えなきゃ…………。
現実から逃避しはじめるアディはまだ気がつかない…飛び上がるよりも着地の方が数百倍恐ろしいという事実に。
とある方からの生きてるか?というメッセージを受けて元気が出ました笑
またぼちぼち復帰します!




