第75話 レンの戦い。
「………大変……!」「リンには………」
…なによ…………うるさいわね。
うっすらと目を開くとベアト、ガス、カリム、マリーが何やら慌てたように私の周りで騒いでいた。
なんだか様子がおかしいな。少し寝たフリしておこうか…それに体が怠いし。
「どうすんの?慌ててリンのとこまで来たのは良いけどこんな状態のリンに伝えたら…」
「だが…息子が行方不明になっている現状を隠すのは酷ではないか?もしもの事があれば…」
「縁起でもないこと言わないで!…いいわ、私が探しに行く!黒竜だろうと何だろうと全て燃やしてやるから!」
ベアトリクスの腕から炎が漏れた。危ない。
「分かっているさ!俺だってそのつもりだ。だが…」
「…ふむ。誰かが残ってリンを抑えねばならんのだろう?我が残るとするか…」
「お願いします。リンを今の状態でこれ以上動かす訳にはいきませんから…一応私の魔術でリンは暫くは眠ったままだとは思いますけど、もし起きたら私では止める事が出来ませんから…私の主人でも無理みたいですし…」
「…カリムはそうしてちょうだい。リンが目を覚ますまえにレン達を連れて帰るわ!ガス!行くわよ!」
バタバタと部屋から出ていく二人。
「…本当に黒竜が東の山にいるのですか?」
「うむ。間違いないらしい…このようなタイミングでとは…」
息子が行方不明?…まさかレンが…?しかも黒竜ですって?
……行かないと。…こんな所で寝ている場合じゃ無いわ!
しかしどうしよう?マリーはともかくカリムがどれ位強いかイマイチ分からないから今起き上がっても止められる可能性が高い。
あぁもう!わたしのバカ!マヌケ!こんなことになるならさっさと治療を受けてれば良かった。
…とりあえず様子をみてここから抜け出さないと…
その頃、黒竜騒ぎを知らないレンは東の山へと向かう途中の森の中を走り抜けていた。
「母さん…大丈夫かな…」
一人で街の外…まして魔物が彷徨く森の中なんて来たことがないレン。
薄暗い森は子供にとって普通は恐怖の対象でしかない…だがレンはとにかく早くリンを助けたかったからか恐怖と不安をねじ伏せてただ走っていた。
普段から受けていたリンとの鍛練のお陰でそれなりに動けるレン。
「もうすぐ山の近くに出られるかな…」
レンは少し走る速度を落として家から持ち出した地図を見てみる
「…うーん。いきおいで出てきちゃったけど…まだちずの見かたなんて習ってないや…」
ため息を吐いて近くの木に持たれかかる。
「母さんからは『かならず自分に出来ることを把握しておきなさい』っていつも言われてたのに…」
周りを見渡しても自身より背が高い木ばかりしかない森の中では仮に山にたどり着いて精霊の蕾を採取出来たとしても街へと帰る事が出来るかも分からない。
地図を見ていたレンの近くでガサッと音がする。
「っ!?」
咄嗟に腰のナイフに手をかけると音がした方向から少しずつ後退り警戒するレン。
茂みから飛び出してきたのは…
「ゲキャキャ!?」
緑色の肌にぼろ切れを纏い刃こぼれしたナイフを持った魔物…ゴブリンだった。
ゴブリンはレンを良い獲物だと認識すると凶悪な表情を浮かべて飛びかかってくる
「うっ?!」
リンに出会う前に襲われた光景がフラッシュバックしたレンの行動は一瞬遅れてしまう。
ギィン!!
辛うじてナイフを抜いて受け止めたレンだがすぐにゴブリンはレンに蹴りを入れて弾き飛ばす。
小さくとも魔物の丹力は人間の子供であるレンには十分脅威だ。
弾き飛ばされた事で地面を転がっていたレンにさらに飛びかかってくるゴブリンは手に持ったナイフをレンに振り下ろす。
咄嗟に避けようとしたレンだが間に合わず太ももを浅く切られてしまう。
「グケケケ…」
痛い…これが戦い…。母さんはあんなに怪我をしてても僕の前ではいつも微笑んでくれて…たったこれだけ切られただけでも泣きたくなる位痛いのに…!
それでも立ち上がってナイフをしっかりと構えたレンはリンの言葉を思い出す。
「…相手の目を…見る…絶対に目を…逸らさない!」
ゴブリンはまたナイフを振り上げてくる…それをレンは目をあわせてどこを狙っているかを見定めて…
「ここだ!!」
「ギョ?!」
キィンと澄んだ音が響いてゴブリンのナイフは刃先の部分が切り飛ばされる。
体勢が崩れたゴブリンは折れたナイフでレンの頬を少し抉るがレンは最後まで目を離さずにゴブリンを見続け、唯一リンから教えて貰った技を繰り出す。
「はやさかりゅう!ひえんきゃく!!!」
足に魔力を纏わせたレンはゴブリンの腹に飛び膝蹴りを入れ…浮き上がった状態のゴブリンに反対の脚で頭部に追撃の蹴りを入れる。
レンの足には骨が砕ける嫌な感触が伝わってくるがそれを無視してゴブリンを吹き飛ばした。
ゴブリンは吐瀉物と血液を撒き散らしながら飛び、グシャッという音と共に地面へと墜落して動かなくなった。
「…ハァ…ハァ…や、やったの…かな」
ゴブリンが動かないのを見て緊張の糸が切れたレンはその場で座り込む。
暫くその場で手当てをしたレンは立ち上がってまた走り始める。
「ゆっくりしてたらまた魔物におそわれる!いそごう!」
そうしてレンはまた山へと向けて走り出したのだった。




