第70話 手合わせ前の……
「さて、学院長からは許可を取ってきました。リンは準備出来ましたか?」
シレーナ姉さんはさっさとアルバートから許可をとって来て訓練用の槍を振るシレーナ姉さんはなぜそんなに楽しそうなのか分からないぐらいニコニコしている。
余程身体を動かしたかったのだろうか……?
「問題ない。頼まれたモノも全て用意してる」
シレーナ姉さんから頼まれた事…私がワイバーンを撃ち落としたという武器の威力を見せてくれないか?ということだったからバレットを肩に担いでるんだけど……
「本当にいいの?シレーナ姉さんへ向けて撃てって言うけれど…いくら死なないとは言ってもね」
「遠慮はいりませんよ?それに…いくら強力とはいえ私の障壁を突破出来るとは思えないですし。ただ興味があるだけですから気にせずやってください」
ニコニコしながら言ってくるシレーナ姉さんがさらに付け加える様に
「あぁ…でも本来の目的は手合わせですからね、そちらは本気でやってもらいますよ?久しぶりに実力者相手の手合わせですからね」
先程から変わらぬニコニコ顔だが、一瞬だけ底冷えするような殺気を感じて頬に冷や汗が流れる。
「ならまずは生徒を離れさせないといけないわね」
周りを見ながらそう言うリンの所にこちらに気付いたのかレンと、この間一緒に遊んでいた子達が走ってきた。
「母さん!今日はお休みじゃなかったの?」
「…レン!お前走るの速すぎだって!シアがついてこれな……ん?母さん???」
「レン君…速いよ……ってあれ?この人って…」
レンの友達二人がそれぞれの反応を見せるのが面白くて黙って見ていようかな?と思ったけれどレンと友達になってくれている子達をからかうのはいけないわね。
「初めまして、レンがいつもお世話になってるみたいね…私がレンの母でリンよ。…さっきあなた達が一緒に鍛練していた子達…カレンとカオリ達のクラスを担当をしてるの」
自分の紹介をしながらもシレーナ姉さんが居たことを思い出して紹介しようとするが…シレーナ姉さんの方を見ると私の事はいいからと、こっちに首を振っているのが見えた。
そうしている間に二人はそれぞれ口を開く。
「レンのかーちゃんがこんなにきれーな人だったなんてな…もっと怖い感じの人かと思ってた!なんせレンが母さんは怒ると怖いし凄く強いっていってたからな!」
年相応の少年といった感じの男の子が真っ先にそう言ってきた…レンには怒った記憶が無いんだけど、そんな風に思われてたのね…ちょっとショック。
「スタン!!目上の人に対して失礼よ!ちゃんと敬語を使いなさい!…初めまして、こっちのお馬鹿がスタンで私がシアって言います!レン君とは同じクラスで一緒に学んでいます」
シアはしっかりと挨拶をして隣にいるスタンの頭を無理矢理下げさせている。
…将来は尻に敷かれるかもねぇ。
「二人ともよろしくね。…今度ウチに遊びにいらっしゃいな、レンもお気に入りのお菓子でも用意しておくわ」
「やったぜ!!レンの家に一度遊びに行きたかったんだよなー」
「いいんですか??レン君からお母さんは忙しそうにしてるってよく聞くから…」
あらま、確かに最近は忙しくて構ってあげられなかったわね…
「大丈夫よ、学校が休みの日にでも来たらいい。確かに忙しくて家を空けてる時もあるからそんな時にレンと一緒に居てくれたりしてもらえたら私も助かるわ…ねぇ?レンもそう思うでしょ?」
レンは嬉しそうに首を縦に振って
「もちろん!家で遊べるなら母さんが居なくても寂しくなくなるしね」
レンの言葉がグサッと私の心を抉る。
「…レン、私もなるべく家にいるようにするから寂しくないなんて言わないで…」
結構本気で久しぶりに涙が出そうになったリンだった……。
少し離れた場所で眺めていたカオリとカレンは…
「カオリ…なんで教えてくれなかったのよ!レン君が先生の息子だって…そりゃ確かに言われてみたら顔も似てるのに気付かなかったんだけどさ!」
「だって…真っ先にカレンはレン君と打ち込みを始めてたからタイミングが…それに私もスタン君とシアちゃんの相手をしなくちゃいけなかったし」
カレンが一番実力がありそうなレンを相手に定めて突撃したから二人ともカオリが相手を務めたのだ。二人とも素直だったから良かったがそれでも年下に教えるというのは中々大変だった。
「それは私が悪かったけどさ…てかカオリはいつの間に先生と仲良くなったの?最近は前みたいに雰囲気もオドオドしてないし…それは私達が原因だったのもあるか」
カレンは素直にごめん!と頭を下げて謝ってくる
こういうスッパリと非を認めて謝ってくるカレンは女子ではあるけれどある意味男らしいと思う。
「いいよ、私も気持ちの切り替えがいつまでも出来なかったからウジウジしてたのが悪いんだし…それにカレンは最初の頃は私にも優しかったでしょ?」
「うーん、まぁ見ててイライラしてたからね…特にカオリを連れてきたあの人が街から出ていった後のカオリは酷かったし。たしか……ジンさんだったかな?凄い強かったから覚えてるけど」
「…ジンさんは私がこの世界に来た時に助けてくれた恩人だったから。私が今こうして生きているのも、学院に通っていられるのも全てジンさんのお蔭…だからあの時は悲しくて」
カオリは別れ際に言われた言葉を思い出す
あれはジンさんが街から離れると言って私を学院の寮へと預けに行った日だった。
『カオリなら大丈夫。もしも…どうしようも無くて助けて欲しいと思ったら…』
言いながら彼はあるモノをカオリに手渡す。
『…これって』
彼から手渡された物は…いつも肌身離さず身に付けていたミサンガだった。
『それはね、俺が好きだった女の子が唯一俺にくれたものさ。彼女は不器用でね…見た目はお世辞にも上手く出来たとは言えなかったって言いながら投げて渡されたんだよ…彼女は渡した後『告白してくれたのは嬉しいけれど…今は忙しいからあなたの気持ちには答える事が出来そうにないわ』なんて言って颯爽と去っていったけどね』
遠い目をしながら語る彼はどこか寂しそうで…
『おっと、つまらない昔話はここまで。まぁあれさ、そのミサンガにはこちらの世界に来てから1つ魔法を掛けてある。さっきも言った通りもしもカオリが助けて欲しいと思った時は…俺を呼ぶといい。そのミサンガに編み込んである《転移》の魔法でどこだろうと俺が駆けつけるからな』
まぁ、そんな状況にならないでいることを祈るけどな。
俺がそのミサンガをカオリから返してもらうまでは大切に持っててくれよ?といって笑いながら彼は旅に出ていった。
その後半年以上連絡はとれていない。そもそも連絡手段がないのだから仕方ないけど…
カオリが腕に着けたミサンガを眺めていると先生達も話が終わったのかレン君達がこちらまで走って戻ってきた。
「母さんが今から戦うからお姉ちゃん達と向こうで座ってなさいって言ってたよ?」
レン達から言われてカオリとカレンは3人を連れてリン達から離れていくのをリンは見届けるとシレーナへと向き直り
「じゃあ、始めましょうかね…シレーナ姉さん、1発だけ撃つからね」
肩に担いでいたバレットを下ろしてからふと気付く…
別に狙撃するわけでもないんだから伏せ撃ちしなくてもいいか。
反動も正直に言えばこの世界に来てから強化のお蔭で楽に制御出来るし…むしろ走りながらでも撃てそうな気もするわね。
シレーナ姉さんの方をみるとうっすらと光の壁みたいなものが展開されているのが見えたのでバレットをしっかりと構えて銃口をシレーナ姉さんへと向けた。
「いくわよ」
「いつでもどうぞ」
返事が返ってくると同時にリンは引き金を引き絞りバレットから轟音とともに弾丸が吐き出されたのだった




