第58話 アーレスの青空と野外実習
「父さん!!これは不味いんじゃないか?!」
「あんだって?!風の音で聞こえねぇ!!」
「あらあら…まさかこんな展開なんて想像してなかったわねぇ…次に会ったらあの変態ぶっ殺してやる!」
3人はあの白い空間から無事にアーレスへと転移を果たした…のだが…。
「ユウコ!ぶっ殺すのは賛成なんだけどな!!その前に俺達が死にそうだ!!!」
物凄い風圧で叫んだ声も掻き消されていく
なぜなら、今現在彼ら3人はアーレスの青空を絶賛自由落下中なのである。
「まぁ、落ち着けレイジ。解決策はあるんだ」
ジャックは叫ぶでもなく普通に言い放つが…
「父さん!!俺に聞こえねぇって怒鳴ったんなら聞こえるように叫んでくれ!!!」
「解決策があるって言ったんだ!!お前もうウルセェから黙って衝撃にそなえてろ!!」
父親のあんまり過ぎる言葉に釈然としない表情を浮かべるが、とりあえず衝撃に備える為に落下体勢を整える
レイジ同様にユウコも器用に回転して体勢を入れ換えてからレイジの腕を掴む
そうしている内に地面がより近くに見えてくる
「おっしゃ、二人とも俺に掴まれ!絶対に離すなよ!?」
何をするつもりか図りかねるが他に出来ることも無いので素直にジャックに掴まる二人
「まずは…ブレイズプロテクト!」
ジャックの声と同時に3人を淡い光が包み込む。
それを確認するとジャックはすぐに詠唱を始める…
「…我が声を聞きし紅蓮の精霊サラマンドラよ!我が身の内に宿りしマナを喰らいてその力にて全てを焼き尽くせ!!エクスプロード!!!」
ジャックの身体から膨大な量の魔力が喪失すると同時に近づいていた地面に小さく凝縮された火球が飛んでいく。
「父さん!!あれは意味あるのか?!このままじゃ…」
「目を閉じろ!来るぞ!!」
レイジの言葉を遮るようにして叫んだジャック。
その直後……
火球が当たったと思われる地点からビカッと閃光が走ったかと思った次の瞬間には猛烈な爆風が3人を襲い今までの落下による加速を減衰させる事には成功したのだが…
「ぬわ?!やり過ぎた!」
「父さん!?落ちる前に爆発に呑まれて死ぬぞ?!!」
「あらら、大丈夫よレイジさん!死ぬときは皆一緒ですから」
「それは大丈夫じゃないぞー!?ユウコさん、だが動じないのは流石だな?ガハハハ!!」
その日、魔族領の西に広がる平野が謎の大爆発によって吹き飛んだという知らせが魔族領を駆け巡ったのだった……。
そんな事が起きた事など魔族領から大分離れたリン達には分かるわけもなく…
「はい、皆さんに凄く良い報せと悪い報せがあります。…どっちから聞きたい?」
2日振りの教壇に立つリンがにこやかに告げたその言葉に教室内がざわめく。
「一応聞いてみたけれど私の独断で悪い報せから伝えるわよ」
生徒達は一気に静かになり、話を聞く体制に入った。
そう、彼らはこの数ヶ月で学習したのだ。この女に逆らうとロクな目に遭わないと…
それを身をもって体験したオルトが皆に言ったのは…
「あの先生には逆らってはいけないと今更ながら理解した…普段は優しいが怒らせた時に僕は殺される幻覚が見えたんだ…いいかい?馬鹿な真似はやめるべきだ」
彼はリンが来た初日に彼女に突っかかっていき見事に返り討ちに遭い、さらにその後も何度かリンに挑み、全て軽く流されていたが…1度だけ実技の授業中にしかけて他の生徒に掠り傷だが傷を負わせた時だけ、リンはオルトを完膚なきまでに叩き潰した。
彼女は「向かってくる度胸は認めるけれど、他人…ましてやクラスメイトを巻き込んで良いわけないでしょうが! 次も同じことをするのなら2度と剣を持てない位にはなると思いなさい!」
その後クラス全員が連帯感はいかに大事かをその身に刻む為という建前の元、延々と走らされたのは苦い思いでである
それを聞いたいつも一緒にいるグループのリーダー格であるシュノアや他の面子も即座に首を縦に振って肯定していた。
なのでこのクラスの生徒はリンが喋り始めると邪魔をしないように口を閉じて真剣に話を聞くようになったのである。
誰しも自分の身は可愛いのだ。
「静かになったから言うわよ?悪い報せって言うのは…半年後に騎士団と合同で戦闘訓練があるのは前に伝えたわよね??その訓練が延期になりました。理由は…丁度騎士団との合同訓練の日程と重なって大氾濫が起こる気配があるという話だったわけで」
「先生、ということは大氾濫が起こった場合…私達も魔物を迎撃に出ないといけないんですか??」
「察しが良いわね、その通りよ。迎撃に出るということは訓練ではない実戦に出るということになるわ。怪我をするのは勿論だけど最悪の場合は…死ぬ可能性もある、訓練も無しにいきなり実戦だから悪い報せと言ったのよ」
「な、なるほど…」
「だけどまぁ、私が引率することになるでしょうし…死人は出さないようにしてみせるから安心しなさい」
「では良い報せってなんですか??」
「ふふふ、喜びなさい…予定では合同訓練の後に予定されていた野外実習なんだけどね?予定を繰り上げて来月初めに決まったわ」
おぉ~!
生徒達は友達同士で場所はどこになるのか?何日位なのかという話題で盛り上がっている
「日程と実習場所は今からあなた達が話し合って決めて頂戴。これも実習の内に入るからしっかりと話し合って決めないと駄目よ?」
そこまで言うと何人かの生徒は私の意図を察して納得したのか神妙な顔で内容を思案しているみたいだ……
「じゃあ暫くは皆で話し合って。私はそこに座ってるからなにか質問や意見があれば言って来なさい」
そう言ってリンは教室の隅にある自分の机に座って煙草を吸いだしたので生徒達は自由に席を離れて話し合いを始める。
「なぁ?これってつまりさ、好きな場所に行けるって事なんだよな??」
ガイがわくわくしながらシュノアに言った言葉にカレンが
「お馬鹿さんね、野外実習って一応授業なんだから好きな場所っていっても内容をしっかりと決めないとオッケーなんて出る訳ないじゃない」
「だけどよ、自分達で決めていいんならそれなりに希望通りになるんじゃねーの?」
「そうそう。場所に関してはどこでもいいわよ?海でも山でもその他の場所でもね。そもそも野外実習を申請したのは合同訓練終了のご褒美的なもので考えてたから」
ガイの言った事がそう間違っていない事を肯定するようにリンから補足が伝えられる
「場所に合わせて予算は確保するし、大体の内容を決めてしまえば後は私が詳細を決めるから問題ないわ。企画の構想から立案、内容の精査…これから騎士になるにしろ、冒険者になるにしても必ず作戦を仲間と立てる為に話し合いをする機会はあるからそれの練習になれば…と思ってね」
「なるほど…」
「まぁ、難しく考えないでそれぞれが行きたいところや、やりたいことを意見をだして話し合って決めたらいいと思うわよ?」
それだけ言うとリンは窓の外に向けて紫煙を吐き出し、窓の外を眺めだした。
それを見たシュノアの腰に提げていたガルが
『ま、自分達で考えて行動してみろってぇこった。ちなみに俺の希望は港町サントレイドがいいんだが…水着のねぇちゃんに囲まれて目の保養がしてぇ』
突然喋りだしたガルに周囲の生徒が驚きの声をあげた以外は順調に内容についての話し合いは進んでいったのだった。




