第42話 忍び寄る影
「先輩、本当にあんな依頼受けるんすか?明らかに怪しいすよ」
「そうだな…ある日突然現れ、ギルドに登録時点で
SSランク、さらに緊急依頼においては街に侵入していたゴブリン152体、リザードマン73体、スケルトン44体、オーク62体を討伐…さらにかの『双剣乱舞』と単独で戦い撤退させた、だったか?にわかには信じられんな」
とある酒場の一角にあるテーブルで酒を飲む二人の男は話を続ける
「いやー、正直言って化け物なんじゃないすか?この女…多分すげーゴツいオーガみたいな女に決まってるっすよ」
自分の発言がツボにハマったのか「オーガのメス…ブハハハッ!」と笑いこけながら両手を広げて大きさを表現する目の前の男に溜め息をつくとまたグラスに入った酒を煽る
「容姿など関係無い…問題は相当な実力を持っているにも関わらずソイツに関する一切の情報が不明だということだ…出身、経歴、使用武器、魔術…とにかく情報が少なすぎるが…」
「そうっすね…、まぁ報酬は破格の白金貨20枚…人生何回分あるか分からないぐらいの大金すからね。ただやっぱりやめた方が良いと思うっす。断れないのは分かってるすけど…いくら帝…「おい、そこまでにしておけ…依頼主の事を軽々しく口に出すな、スレイ」
「おっと、すんません…」
スレイと呼ばれた男は項垂れる
その様子を眺め、更にグラスを傾けながら依頼について考える。
ここに記されたターゲットの身辺調査及びその身柄の拘束が最優先である。また、殺害した場合は死体を回収する…と、学園在学の送り人も拘束最優先…
正直言ってかなり危険な依頼だな。相手のランクはSSランク、ギルドでも最高峰のランク…人外の領域に足を踏み入れた奴等だからな…。
最近登録したとはいえ登録時点でこのランクになったと言うことはそれ相応の実力を有しているのは確実だ…ギルドで登録に使われている測定水晶は正確にランクを弾き出す。
もう片方の学園生徒を先に片付けるか…?
そんな事を考えていると
「先輩!レリック先輩!もう酔いが回っちゃったんすか?」
スレイの声に思考を一旦やめて
「少し依頼について考えいただけだ。それよりもスレイ、明日から行動に移るからな?お前も飲み過ぎるなよ?」
「分かってるっすよ、俺も元は傭兵団『アカツキの翼』の団員すからその辺はバッチリっす」
スレイの言葉にレリックはそうだな、と頷く
レリックとスレイは元々は先ほどスレイが言った『アカツキの翼』という傭兵団に所属する傭兵だった。
この傭兵団は他の傭兵団の追随を許さないレベルの精鋭が集まり、雇い主の陣営をかなりの確率で勝利に導くまさに最強の傭兵団として知れ渡っていた。
団自体は2年前に団長が唐突に解散を告げ団員全員にかなりの額の報酬を渡して解散したが、中にはレリックとスレイの様に組んで様々な依頼を受けるフリーの傭兵になる者も多かった。
「あの頃は良かった…こんなクソみたいな依頼を受ける事なんて無かったからな」
しかし、どうするか…ターゲットの特徴は長い白銀の髪で顔に傷がある女としか記されていない
「スレイ、正直お前は今回の依頼は受けなくていいんだぞ…?かなり危険な内容だというのもある、それに…俺にはどうにも嫌な予感がする」
「そうっすねぇ、確かに今回の依頼は俺も嫌な予感がするっすけど…」
スレイの表情が先ほどまでの軽薄な雰囲気から一転して真剣な雰囲気に変わる
「レリック先輩、俺は先輩に拾って貰って『アカツキの翼』に入れてもらった…10年前に両親に捨てられた俺は、薄暗くこの世の終わりの様なスラムの片隅で死にかけていた…そんな俺をレリック先輩は光が当たる場所へ連れ出してくれた。先輩に助けてもらってからは俺には毎日が輝いて見えた…たまには死にかけたり、敵に捕まったりしてその度に団長や先輩に死ぬ程稽古と称した私刑を受けたりしましたが…」
スレイに言われて思い出す…10年前にスレイを拾ったのは気まぐれだったと思う。スリに失敗して返り討ちにあったらしく、放っておけばそう遠くない内に命が尽きていただろうその少年を視界にいれたのは偶然だったが、少年の目を見た俺は自然と手を差し出してこう問い掛けたんだ
「生きていたいか…?お前の目はスラムにいる他の奴と違ってまだ死んでいない。諦めて死ぬなら止めはしない、だが生きていたいなら…俺と一緒に来い。今までお前が見てきた腐った掃き溜めみたいな世界とは違う世界を俺達が見せてやる」
それに対してスレイはこう言ったんだった…
「まだ生きていたい…!こんな所で死にたくないよ…助けて…おじさん…」
馬鹿野郎、俺はまだお兄さんだ…と言いながらスレイを抱えて帰ったのだが、団長にはかなり絞られたなぁ…子供を拾ってきた事に関してじゃなく、真っ先に治療院に連れていかなかった事に対してだったがな。
懐かしい記憶に自然と笑みが溢れる
「団が解散した時、先輩は言ったじゃないですか…『これからは自分の行く道は自分で決めろ。後悔の無いようにな』とね。俺にとっての行く道は先輩が行く道と同じですよ、だから今先輩と組んで仕事をやってるのは俺が自分で決めた事なんです、その結果がどうなろうと俺は一緒に着いていきますから」
レリックはスレイの意思が変わらないと悟ると
「こんな依頼に引っ掛かった俺の間抜けさを恨むしかないな…すまんな、スレイ」
「大丈夫っすよ!ちゃっちゃと片付けて報酬貰ってこれからは楽して生きましょーよ、先輩」
二人は手に持ったグラスをぶつけて
「『悪鬼のレリック』に!」
「『雷槍のスレイ』に!」
「「乾杯!!」」
二人の傭兵はそれからもグラスを傾け続け、夜は更けていった……




