第32話 私にも苦手な事はある
クライスの家から引っ越してからは色々と忙しかったが1週間も経つとそこは人間それなりに馴れるもので、ようやく落ち着いて生活することが出来るようになった
まぁ、幾つか問題点はあるけどね…
その一つが今私がキッチンで頭を抱えている事である
「…うーん、自分ではよく出来てると思うのだけど…なにが悪かったのかしら?」
腕を組んで睨み付けているのは今作ったばかりのシチューが入った鍋だ
「引っ越してからレンの様子がおかしいとは思ってたけど…私の料理が原因だったとはね」
そう、引っ越してから初日は良かったのだけど…次の日から段々とレンがご飯をあまり食べなくなった
私が聞いても「あんまりお腹空いてないんだ…」とだけしか言わなかった
「クライスから教えて貰わなければ分からなかったわ…でも一体なにが悪かったのやら…」
少し味見してみたがおかしな点はない…お母さんから教えてもらった通りの味だし…1人キッチンで悩んでいると玄関の方からノックする音が聞こえた
「はーい、今行きます」
玄関まで走って行って扉を空けると
「やっほー!リンが引っ越したって聞いて遊びにきたよ」
そこにはいつも装備していた胸当てや大剣を持たず普段着のベアトリクスと
「久しぶりだな…リン」
こちらはいつも通りな全身真っ黒の装備に身を包んだメガネの青年…ガストロノフが立っていた
「久しぶりね、二人ともいらっしゃい」
「あら、料理中だったの?…というかリンってエプロン似合わないわねぇ」
私の格好を見るなりベアトリクスがそう口にする
「余計なお世話よ!ガストロノフ、あなたも笑うな!」
ベアトリクスの隣で必死に笑いを堪えてるんだろうけど…全然堪えきれてないガストロノフ
「…とりあえず入って、飲み物くらいは用意するわ」
二人をリビングまで案内するとキッチンに行って紅茶を用意してから客間に戻った
「しっかし、デカイわねぇ…こんな家に二人で住むって大変じゃないの??」
「大変ではあるけど、よく使う場所以外は基本放置する感じだし…」
紅茶を淹れながら返事を返すとベアトリクスとガストロノフの前に紅茶を置いてソファーに座る
「そうなのか?まぁそれもそうか、この広さの家なら掃除するだけでも相当苦労しそうだしな」
「そうなのよね、しかも来週からは仕事も始まるからさらに忙しくなるし…」
今は仕事が始まってないから余裕があるけど…まぁ仕事が始まってみないと予定も組めないからどの程度忙しいかも分からないが…
「仕事??依頼でも受けたの?」
「依頼といえばそうなんだけど…アルバートからの紹介で期間限定で騎士学校の教師として働く事になったのよ。まぁ多分実技関係の授業だけだろうとは思うけどね」
「なるほど、リンが実技を教えてくれるなら俺も習いたい位だ。今年の生徒は運がいいな」
ガストロノフはそう言うけど…
「…まぁ問題児の集まりを私が担当するみたいだからどうなるやら……」
「リンも大変ね、今年の新入生は色々問題があるって噂だし…そういえば少し前に話題になってたギルドのルーキーも学校に通ってるんじゃなかったかしら?」
「…ああ、確か登録時点でAクラスだって事で話題になった奴か…」
「そうなの?名簿も流す程度に目を通しただけだし…まぁその子が問題児じゃないことを願うわ」
「間違いないな、ところでリンは料理の途中だったのか?その…あれだ、エプロンが…」
ガストロノフはまたツボに入ったのか笑いが再燃したらしい
「もう、好きなだけ笑えばいいじゃない…エプロンが似合わないのは自覚してるわよ!……でも、ちょうど良かった、あなた達ちょっと料理の味見してみてくれない?私的にはよく出来てるんだけど…他の人の意見を聞きたいのよね」
レンがクライスに話した事が事実なら私の料理はあまり美味しくないらしいのよね……
「ガス!笑ってる場合じゃないわよ!リンの手料理を食べるなんてアンタにとっては二度と来ないかも知れないチャンスじゃないの!」
んー?なんでチャンス?別に言ってくれれば普通に作ってあげるけど……
「む…リンの手料理……。手料理…手…」
「はぁ、ガス…顔がおかしくなってるわよ…もういい加減バラしてしまえばいいんじゃないの?素はこっちですってさ」
そこはあえて無視してたのに…可哀想にガストロノフ…いや、ラルフだったか
「まぁそれはさておいて、リンの手料理がどんな感じなのか気になるわね…」
「自分から振っておいてそれはどうなのよ…分かったわ、今から準備してくるから待ってて」
そして料理を食べてもらったんだけど…
ベアトリクスは頭を抱えながら
「………ねぇリン?これってシチューよね?見た目と匂いはともかくこれはないわ…シチューって精神にダメージを与える料理だったかしら…」
「ベアトリクス、精神だけじゃない…肉体的にも、主に胃にダメージを受けるぞ…これは」
散々な評価を頂いたのでとりあえずガストロノフを殴っておこう。
「そこまで言わなくても良いじゃない…でもこれは困ったわね…やっぱり私の料理が原因だったか」
二人が首を傾げながら
「やっぱりってなんかあったの??」
それから事の経緯を二人に話してみたんだけど
「……中々難しい問題だな。リンの料理は食べることが出来ない訳じゃないが…これを毎日食べるのは遠慮したい不味さだな」
「す・ご・く!不愉快だけどその通りね」
「レンに美味しいご飯を作ってあげたい、と言うことか…うーむ。まずこのシチューはどんな材料、手順で作ったんだ?多分どこかに原因があるはずだ」
「どう作ったんだと言われても…」
私は今日作ったシチューの作り方を具体的に伝える
「……こんな感じで作ったんだけど、どこかおかしかった??」
説明を終えて二人の反応を見ると…
「結論を言えば、全く原因が分からん…。なんでその作り方と材料でそうなるのか意味が分からないのだが…」
「もう諦めて料理をしない方向でどう?リンには料理の才能がないのか、別の原因があるのか分からないけど…」
的確に人の心を抉ってくるわね…でもそうするしかないのかな…
「いや、まだそう諦める事もないだろ?俺に少し考えがあるからこの件は時間をくれないか?」
「ガストロノフにお任せするわ、私も自分なりに努力はしてみるつもりだし…っと、もうこんな時間…一応聞くけど、晩御飯食べていく??」
問いかけには即答で
「「いや!遠慮しておきます!」」
二人揃って拒否されてしまった。
分かってはいたけど…辛い……
二人が帰った後、静かに料理の練習を決意したリンであった………




