第124話
「ぬぅ…どうしたものかのぅ」
「…………………」
火竜の巣にあるリーニアの部屋で困った顔をしながら目の前に座っている子供と対峙するブレア。
「……………」
「うーむ………」
悩みつづけるブレアをじっと見つめながら黙っているレンから少し離れた場所で椅子に隠れているフレイ。
リーニアとユウコが出ていったタイミングで目を覚ましたレンに事情を説明しようとしたブレアだったが警戒されて何も話せずに今の状況にいたる。
ピコピコと尻尾を揺らしながら隠れているフレイも近寄って良いのか分からず黙ってレンを見つめていた。
「別にそなたを喰うつもりはないぞ?いきなり連れてこられて怖いのかもしれぬが…我もフレイも危害は加えぬと誓う」
ブレアの言葉に何度も頷くフレイ。
「………ください」
「む?なんと?」
かすかに聞こえた返事に反応したブレアが聞き返すと…
「母さんの…返して!!」
思いの外大きな声にビックリしたフレイが転がってブレアのスカートの中に隠れてしまったがブレアは何の事か分かったので“少し待っておれ“と言って立ち上がると別の部屋へと入っていった。
「……ごめん、ビックリしちゃったよね」
スカートに隠れたのにブレアが移動したので取り残されたフレイにレンが話しかけると丸まっていたフレイがおっかなびっくり顔を上げて首を振る。
「だいじょぶ。ちょこっとだけ、びっくりした」
敵意が無いと分かったのか恐る恐る言うフレイに僕はキミに何もしないよ、と言ったレンにフレイがパタパタと駆け寄ると頭を撫でてもらって目を細める。
「僕はレン、キミは?」
「フレイ!まえんりゅうのぶれあるーどとひょうまりゅうのあいざーどのこども、だよ」
ちゃんと言えたよ、偉い?と聞いてくるフレイをまた撫でてあげると膝に座って来たので抱き抱えた所でブレアが戻ってくる。
「ほぅ、我が子が懐いておるな」
レンの膝に座って足をパタパタとしてご満悦な様子のフレイに顔を緩ませるブレアだったがレンの前に来ると持ってきていたリンの刀…村雨とハンドガンをレンに差し出す。
「これはお主の母親の物だと聞いた。少し事情があって調べていたのだが…そなたに返す」
座っていたフレイを抱き上げた代わりにその2つをレンに渡したブレアにレンがありがとう、と頭を下げる。
「先程も言ったがそれはそなたの持ち物だ。礼を言われる必要はない」
それに…とブレアは続ける
「我が子が、竜がこれほど懐くのは珍しい。もしかしたらそなたは竜騎士としての素質があるやもしれんぞ?」
「竜騎士、ですか??」
“竜騎士“
一般的な認識の竜騎士とはワイバーンを使役している者を指すが…ブレア達古竜種達が言う竜騎士とは少し異なる。
古竜種達が言う竜騎士…それは古竜本人と心を通わせ契約を結んだ者だけが得られる称号である。
…但しそれは竜によってどういった内容の契約になるかは様々で、アルバートとバハムートの様に戦友として共に在る事を望む事やシルフィとニビルの様にシルフィがニビルを気に入って押し掛けて来てそれにニビルが巻き込まれたりするパターンもある。
「うむ…だがまだフレイは幼い、シルフィアーネの娘の様に自由に遊ばせるにはまだ早いが…我とアイザードの子だ、そなたが成人するまでには外界で活動出来る位強く育つだろう!」
なっはっはっは!と仁王立ちで子供を自慢するように語るブレアとその足元で足にしがみつきながら何度も頷くフレイ。
「レンだったか?そなたが良ければここにいる間だけでよい…フレイと遊んでやってくれ」
「…分かりました、僕でいいなら。それより…僕はなんでここに連れてこられたんですか?」
「そなたの母親の母親、つまりレンの祖母であるユウコがレンの母親を探していたんだがの、その途中で我は命を救われた。聞けば娘の手がかりを探して遥か遠くからやってきたらしい」
それから順を追って話をしていくブレア。
「我とユウコを襲撃したらしき人物の仲間だった奴等とユウコが戦い、そしてレンを見つけた…ユウコとしてはそのまま無視出来なかったのだろう」
ブレアやユウコ側から見た今回の事態はそうだがレンの側からすればそれだけで納得出来る話ではない。
「…ベアトさん達がそんな事をする筈ありません!きっと何か…」
「分かっておる、だから落ち着け。だがユウコは実際にそなたの言う奴等と戦った、それを精算するために今リーニア…我の友人と事実を確認しに行ったのだ」
リーニアがユウコ達に任せてはまたとんでもない事を仕出かす可能性がある以上私が行きます!と言ってユウコを連れて追跡魔術を逆に辿ってベアト達に会いに行ったのだ。
「じゃあなんで僕は…」
「何があるか分からん以上そなたを連れていくわけにはいかん。だから我がここに残っている」
人の姿でいたのもレンを驚かせないように、とリーニアに念をおされたからである。
「話が終わればちゃんと帰る事が出来る、それは我がブレアルードの名において約束しよう」
「分かりました…ブレアさんを、信じます」
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その頃…リーニアとユウコは最初にブレアとユウコが襲撃を受けた地点にやってきていた。
「先に事実がどうなのか確認する必要がありますね…ユウコ、少しだけ離れていてください」
リーニアが右腕を前に出して魔力を練り上げ探知の魔術を発動させるが…その桁外れの魔力量と技量で探知範囲がとんでもない範囲になっていてユウコが驚く。
「お義父様でもこれほど広範囲は探知出来なかったのですが…リーニアさん、あなたは一体…」
「昔とった杵柄というやつです。この程度出来なければ生き残れない戦乱の時代でしたので…」
昔を思い出す様に語るリーニアにユウコには分からない苦労があったのだろうと思って聞いていたが…
「まぁ…当時の仲間が皆優秀だったので私自身が動く事はあまりありませんでしたけど。……っと居ましたね、この場に残っていた魔力波形と同一の反応がここから南東の方角にある泉に居るみたいです」
「成る程、休憩でもしているのでしょうか?」
「…どうでしょうか。気配を隠す事もせずにこんな近くでのんびり休憩するなどとは考えられない」
遠距離から気配を隠して飛行中のブレアを捕捉して攻撃を仕掛ける様な相手がする行動ではない。
「挑発でもしているつもりでしょうか?…ならば私の友人を狙った以上少し痛い目をみてもらうとしますか」
リーニアはそう言いながら淡々と魔術を展開していく。
「我、氷雪の精霊コキュートスと契約せし者…周囲に満ちたる氷雪の使徒よ、今集いて…」
この世界に来て分かったことがある。この世界の住人が普段行使している魔術と昔使われていた魔法と呼ばれる物は似てはいるが明確に違う。
人族が威力を抑えて消費魔力を削った結果…魔法の使い手は次第に姿を消していった、と昔…お義父様が言っていたわね。
「…全てよ凍れ…“氷結牢獄”」
パチン、と軽く指を鳴らしたリーニアだったが巻き起こされた結果はとんでもないものだった。
ユウコ達がいる場所からかなり距離があるにも関わらず冷気の余波が届き、ユウコの目には巨大な氷柱が無数に聳え立っているのが見えた。
「……なるほど、躱されましたか。ブランクとは厄介なものですね」
リーニアは手を払って魔法を躱した人物が真っ直ぐにこちらを目指して突き進んでくるのを察知してユウコに告げる。
「ユウコ、貴女は少し待っていて下さい。あなたも思うところはあるでしょうが…友人を傷付けた報いは私が受けさせます」
腰に提げていたサーベルの柄を握った瞬間…木々の間から飛び出してきた人影が放った銀閃をリーニアが抜いたサーベルで弾く。
「…!」
「…修羅のサムライですか。いつからあなた方は不意打ちなどという卑劣な行為を行う様になったのですか?」
所々擦り切れた着流しに鍔の無い刀…そしてその刀を握り締めリーニアを真っ直ぐ見据える双眸から読み取れるのは…深い怒りと絶望。
そのサムライの名は…桜間桔梗。
刹那の瞬間、己が刃が阻まれた事を見て握りを変えた刀身から溢れるは紅蓮の炎。
「…燃え果てろ、”灼華閃”」
刀身から吹き出した炎がリーニアを包み、焼き尽くす。
「魔族が…私の路を阻むな」
燃え盛る刀身を振り抜き斬撃を飛ばした先にいたユウコも巻き込んで爆発するとキキョウはそのまま火竜の巣がある方角へと踵を返そうとした時…
芯から凍えそうになるかと錯覚させられる殺気を感じて刀を振り抜く。
「あの程度で私を倒せたと…舐められたものですね」
幾らブランクがあるとはいえ…かつては魔王軍の将として君臨していたこの私を…
リーニアのサーベルがキキョウの刀と打ち合った瞬間、一方的にキキョウが吹き飛ばされてしまう。
リーニアが振り抜いたサーベルの余波で地面が抉れ、それを追う様に大地が氷に覆われていく。
「……?!?」
地面を転がりながら勢いを殺して着地したキキョウはすぐに刀を水平に構えて追撃してきたリーニアのサーベルを受け流そうとして…また弾き飛ばされる。
「その程度の技量で私の友に手を出したのですか?嘆かわしい。これならまだ学生時代のフィリアの方が数倍マシですね」
キキョウの斬撃に巻き込まれて倒れていたユウコは起き上がってリーニアの戦いを眺めつつブレアの言葉を思い出す…
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「リーニアさんって何者なんです?」
「…もう表舞台から姿を消して何百年も経ったからかリーニアの名を知る者は少なくなったし、人魔大戦期より更に前から生きているリーニアの過去は我にもあまり分からぬ。ただ…」
曰くドラゴンの、それもブレアより更に上の世代のドラゴン達はリーニアを知っているらしく絶対に敵対してはならない、とドラゴンの里では言われている。
氷結の魔将…リーニアスカーレット。
人間と魔族の争い…人魔大戦では4ヶ国を単独で滅ぼし、人類から恐れられた魔族の1人であり得意とする魔法は大軍を屠る事に特化した超広範囲殲滅魔法。
かつてリーニアの怒りに触れ滅ぼされた国があった場所はその魔法の余波で気候が変わり今では極寒の地へと変貌してしまっている。
人魔大戦後期に主である魔王に対して突如反旗を翻し魔王の配下である魔族最強と謳われた黒騎士によって討伐されるも…その強大すぎる力は完全に滅する事が出来ずに封印された。
「…そんな事があったのですか。しかし…あのリーニアさんが理由なく友軍に弓引くとは…」
「分からぬ、リーニア自身が話を聞かせてくれた訳ではないからの。あくまでも我らドラゴンの里に伝わる話でしかない」
なんらかの事情があったのだろう。
封印が解けても復讐もせずずっとここで妹が再び訪れるのを静かに待ち続けていたのだ。
普通なら封印した者を恨み復讐したいと思って当然だというのにそれをしなかったリーニア。
”私はもう二度と友を…家族を失いたくない”
昔ブレアが聞いたあの一言に込められた想い…
「そうなのですね…長く生きていれば何らかの傷はつくものです」
無敵だと思えるユウコにも消えない傷は存在するし長く生きてきた間には色々な事があった。
「私は…夫と出会ってからこの永き命に色がついたかの様に素晴らしい日々を送れています。レイジさんと出会い、お義父様やお義母様…そして種族の特性上子供を産めるとは思っていなかったのに産まれてくれた娘であるリン…もし、リーニアさんにそういう方が現れれば…また違う未来もあるのかもしれないですけどね」
悲しい事に囚われて生きていくのはつまらない生き方だ。
過去に何があったのかは分からないけれどリーニアには幸せになってほしい…とブレアは言う。
「まだまだ短い付き合いですが…私もそう思いますよ」
「うむ。だが…今回の一件…リーニアがどう考えているのか分からぬ。普段冷静な彼女が怒るとどうなるのか…我の代わりにユウコ、お主がリーニアの歯止めをしてくれると助かる」
「勿論、そのつもりです。元は私が巻き込んだのですし…責任はとりますよ」
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「何ですかあれは?!」
「なにやら面白い事になっておるな!」
火竜の巣を目指して進んでいたサラとシリュウは魔力探知の気配を感じて気配を消していたが…いきなり膨れ上がった魔力を察知してその場を離脱、辺り一帯を氷の森へと変えた元凶を探るべく再び動き始める。
『…リーニアだ、すごく怒ってる』
「シルフィ、今この魔術を使ったのがあなたが言っていたリーニアという魔族なの??」
『間違いないよ…リーニアが前にママと戦った時と同じだもん…』
魔術を得意とするサラからしてこの魔力は異常だ。
元々人族に比べ魔族は魔力が多いのだがこれはそのレベルを遥かに超えている。
「私達はこんな魔術を使う相手と戦わなければならないかも知れない、と思うとゾッとするわ…」
「ふむ…だがシルフィから聞かされた話では余程な事がなければ温厚な人物だと思うがな」
シリュウの言葉にサラは首を振る。
「その余程の事があった、と考えた方が良いでしょうね」
果たしてそれが私達に対してなのか…
「まあ行ってみなければ分からぬ。もし敵として我らを阻むなら…斬るのみ」
『だ、駄目だって!そんなことしたら…2人とも殺されちゃうよ!?リーニアはアレなんだよ!………えと…確か、氷結の魔将って言われてるってママ達が話してたから!』
確かに…シルフィが見せた紙に書かれていた名前だった。
「…シルフィ、あなたのお母様は何故その…氷結の魔将と呼ばれる方と知り合ったのです?」
『私が産まれる前に色々あったみたいだけど…ママからは“リーニアにも事情があった”とかママの叔父さんと戦友で…みたいな話は聞いたし、リーニアは魔族の中でも多分一番か二番目位に強いってママが言ってたよ』
そんな人物が何故今更…
「ほう…中々興味深い話だが…俺は先に往くぞ!この闘気……同郷の者が戦っている様なのでな!!!」
サラ達に合わせて走っていたシリュウが一気にスピードを上げて駆け抜けたその先に…水色の髪をした女性と打ち合っている…正確には軽くあしらわれている修羅のサムライ、キキョウの姿があった。
「…キキョウ!!」
シリュウの声に反応したキキョウと同時にシリュウの方へ…いや、その後方を走ってきたサラを見て水色の髪の女性…リーニアが溜め息を吐く。
「やれやれ…どうやら私達が会うべき人間とこの人間は関わりがあるようです」
口調こそ普通だがそこに込められているのは明確な敵意。
それに気付いたシリュウが刀を抜こうとした瞬間…
「それを抜けば…あなたも死にますが…良いのですか?」
いつの間にかリーニアとシリュウの間に割って入ったユウコがシリュウが握っていた柄頭に手を添えて止めていた。
「…お主か、サラ達とやり合った面妖な女とは」
押さえられた刀を動かせずに止まったシリュウ。
そこへやっと追い付いたサラが待ってください、と叫ぶ。
「我々は戦いに来たのではありません!一旦話を聞いていただきたいのです」
「まぁ…私は構いませんよ?元々こちらから出向くつもりでしたから。…ただし、リーニアさんとそこのサムライに関しては別ですね」
「それも譲れぬ。そこのサムライ…キキョウは俺が連れ戻さねばならんからな」
「………」
黙っているキキョウにユウコが視線を向け、リーニアにどうしますか?と問う。
「……普段なら良いでしょう、と言う所ですが…敢えて言います…邪魔をするな、と」
リーニアが放った威圧はシリュウをして冷や汗を流し片膝をついた。
「私は友人を殺されかけたので。そちらの事情は私には関係ないでしょう?」
「ぐ………だが…」
緊迫した空気が漂う中…ユウコがふう、と息を吐いてじゃあこうしましょう?と言う。
「殺すのは無しで、戦うのはどうですか?リーニアさんとそこのサムライの人達、どちらも引くつもりが無いのなら納得いくまで戦ってもらうのが一番良いのでは?」
ユウコから見てリーニアとキキョウと呼ばれた彼女の実力差は明らかに桁が違う。リーニアさえ殺さないように加減をするならば問題はない。
ただ…ユウコが止めたサムライ…シリュウに関してはキキョウよりは手強そうではあるが、この場にいる全員でかかってきた所でユウコとリーニア2人を相手にどうこう出来る訳でもない。
「ユウコがそう言うなら…それで良いです」
「……」
同意したリーニアと無言を貫くキキョウ。
「無言ですけど…あなたはどうしたいの?別にリーニアさんも私もあなたを殺しても問題は無いんですけどねぇ」
どうでも良さそうな口調のユウコだが実際どうでも良いと思っていた。
もとより逃がすつもりはないし、ただ殺すだけならそれこそ一息で殺す事が出来る…それ故の余裕。
「……」
黙ったままのキキョウだが暫くして分かった、と呟くと一旦刀を鞘へ納める。
「…リーニアさん、御武運を」
そう言って離れていくユウコにリーニアは頷く。
「さて、お前が手配書のサムライなのでしょう?…しかも古竜種ばかり狙っているみたいですが…その理由は?」
「…貴様には関係無い」
そう吐き捨てたキキョウにリーニアはまあ良いでしょう、といってサーベルを引き抜く。
「殺さないように加減はしますが…精々死力を尽くすように…」
リーニアは酷く冷たい…凍りつくような笑みを浮かべ…
”じゃないと…話を聞く前にうっかり殺してしまいそうなので”




