第121話
サフィール海賊団はスカルハイランドに拠点を構える海賊だが彼らはスカルハイランド自体には滅多に戻らない。
そして活動範囲も広く、陸でも略奪をしていたり…冒険者ギルドや国自体から手配されている。
しかし…それでも彼らが捕まらなかったのは速度が自慢のブラッドシャーク号と鍛えぬいた船員…そして船長のサフィールがいたからだ。
「つう訳でよ、追加の仕事だ。まだかなり距離があるが…護衛船もいねぇガレオン船が1隻、ありゃ多分アクアストリームをやり過ごそうとしてるんだろうが…停泊してる船を見つけてな」
「待てよ。俺達は契約以外の仕事はやらねぇぞ?最初に言ったよな、契約は守れってよ」
神の方舟とかいうのを手に入れる為の用心棒…それと引き換えに情報を渡す、というのが契約だ。
それを守る限り仕事はこなすが…これは明らかに契約外だ。
「だから追加だって言ってんだろうが。勿論その分の報酬は払う…あの船を制圧出来りゃ金貨40枚は出す」
「話にならねぇな…俺達は護衛が仕事だ、略奪に加担するつもりはない」
「…正気か?この船で逆らうって事がどういう事になるか本気で分かってて言ってるのかよ?」
「そりゃこっちの台詞だ、俺達は2人だが…手段を問わないならお前ら全員皆殺しにしてこの船を沈める位は簡単に出来るぞ?」
ランスが目の前の机にナイフを突き立てる。
お互いに張り詰めた空気の中で沈黙するランスとサフィール…
「……わーったよ!お前らは参加しなくて良い!お前らとやり合って無事で済むとは思ってねぇさ。今は大事の前だ…仲間割れはしたくねぇ」
「ふん……そう思うなら船を襲うなんざやめとけ。欲張りは身を滅ぼすって決まってんだよ」
スッとランスが手を上げると光輝はランスがナイフを突き立てて注意を引いたその一瞬で構えていたハンドガンと手に握ったスイッチを仕舞う。
「そりゃ無理な話だ。目の前に獲物がいりゃ喰らいつくのが俺達だからな」
「そうかい、なら好きにすりゃ良いさ。だが俺らは関わる気はねぇし旗色が悪くなりゃ消えるだけだ」
「ははは!それが出来ねぇからここに居るんだろ?銀髪の女の居場所を把握出来るだけの情報網を持ってるのは俺だからなぁ!」
「……」
部屋から出た後…ランスはさて、と光輝に言う。
「馬鹿みたいに気持ち良く喋ってるアホを眺めるのはおもしれぇがよ…本当にマトモな情報を得られるのかすら不安になってきたぜ」
「正直微妙ですね、本当だとして約束を守るのかも怪しいかと」
「だよなぁ…。契約したから仕方ねぇが…少し前の俺に契約なんてすんじゃねえ!って言ってやりてぇよ。こりゃあ…別れたアイツらのが当たりだったかもな」
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「ガレオン船に動き無し!」
「…なんだありゃ?既にボロボロじゃねーか」
サフィールが単眼鏡で見てみると船体には所々大きな穴が空いていてマストも破け…戦闘で敗北した船といった有り様だった。
「襲撃されて漂流か。あんな船に何か残ってるわきゃねぇな…中止だ!…ったくよぉ。襲うなら後始末もしやがれってんだ!」
単眼鏡を仕舞って再び島を目指す進路へと戻した彼らは…その廃船と思った船から反射する光に気がつかなかった。
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「どうやら離れていくみたいですが…ありゃ目指してる島に向かう進路ですね」
「面倒ねぇ…。……はいはい!とりあえず皆隠蔽解除!通常業務に復帰!」
パンッと手を叩いたリンがそう叫ぶと隠れたりしていたスケルトン達がそれぞれ元の持ち場に戻っていく。
「船の見た目が役に立った訳だけど…目的地が一緒なら意味なかったわね」
「ですねぇ…しかもありゃ海賊船ですぜ?あれが島を襲うとすれば補給も出来るんだか…だが奴等もアクアストリームで足止め喰らってる以上余計なトラブルは起こさねぇと願いたいもんですがね」
リンは空を見上げ…
「もうすぐ陽も沈む…どうせあの海賊達ももし襲撃するなら陽が落ちた後だろうし。最悪の場合は夜目が利くこっちの方が有利よ」
スケルトンに夜の闇は関係がない。元々日の光に嫌われたアンデッドで普通は宵闇に紛れて活動する魔物…彼らは目視とは別に生物なら持っている生命エネルギー的な何かと魔力を感知しているからだ。
「カディス、気付かれない様に追跡って出来る?」
リンの問いにカディスが少し考えた後…
「完全に陽が落ちたら可能ですぜ。向こうに俺達より夜目が利くのがいなけりゃ、ですがね」
「ま、最悪見つかっても良いわ。もしかしたら島にただ補給に寄ろうとしてるだけかも知れないし…但し見つかっても先に仕掛けてくるまでは攻撃禁止、それだけは徹底して。避けられる戦いは避けないと余計な時間を使うから」
「了解、聞こえたな!?引き続き監視しろ!陽が落ち次第行動開始!!」
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カーンカーンという警鐘が鳴り響き住民が急いで避難を始める。
「慌てるな!“クレストリア”に避難しろ!戦士達が敵を防いでくれている内に!!」
手に槍を携えた男性が必死に叫び、逃げる住民とは逆の方向…海側へ向けて1人1人バラバラて統一性の無い装備に身を固めた男達が駆けて行く。
「ダイキの遺産を守れ!!それが我々の役目だ!」
この島が昔にこの場所へと流れ着いたその更に前から我々テュカラの民が託された秘宝…古の勇者ダイキが我々の祖先を助けた時に召喚した不可思議な建造物…それが島の中央に鎮座する”クレストリア“だ。
全てが鉄よりも更に硬い金属で出来た巨大な船…どうやってか山に埋もれる様な形で存在するが船自体には傷はおろか年月を経てもなお昔から変わらず鎮座し続ける勇者の遺産。
祖先がこのクレストリアを神の方舟と代々伝えてきたのだが…我々はクレストリアが動いているのを見たことはないし動かし方も分からない。幾人もの人間が調べに来たりしたが誰も動かせず…ただ謎の材質で出来た頑丈な船、というのが我々の認識だ。
だが何であれダイキ様が遺したクレストリアを渡す訳にはいかないのだ!
「どうか我らに祖霊の加護を…!」
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「抵抗する男は全員殺せ!!女子供は生け捕りにしろよ!」
糞野郎どもが…!
「止めろ!手を出すんじゃねぇ!おいサフィール!!俺達に全て任せる契約だろうがっ!」
近くで子供を捕まえていた海賊をライフルで殴って気絶させたランスが叫ぶ。
「あー、そうだったな。…だがよ?俺達は海賊だ…稼ぐ為に“商品”を仕入れるのは当たり前だろうが!」
周りでは逃げ遅れた住民…子供やその母親達が海賊に捕まって引きずられていく
最悪の場合は海賊を始末すりゃいい、そう考えていた…だが結果はどうだ?
先に神の方舟の方を頼むぜ、と言われ仕事をこなし…戻ったらこの様だ。
「ランスさん…!」
光輝が怒りでライフルを構えたのを見てサフィールは部下が連れてきた母子にサーベルを向ける。
「おっと、余計な動きをすりゃこの親子は永遠にこの世とお別れだぜ?」
涙を流して子供を庇うように抱き締める母親…その光景を招いたのは俺だ…
制圧したら合図する、それまで船を島に近付けるな。と言って俺達は島に潜入して神の方舟と呼ばれる何か、を探しに行った。
だが辿り着く前に海岸から火の手が上がり鐘の音が鳴り響いたのを聞いて直ぐ様戻ったらこの惨状…
「分かったら大人しくその武器を地面に置け。じゃねえと…」
サーベルの刃が母親の首に少し当たり血が流れるのを見てランスと光輝はライフルを地面へと置く。
「置いたぞ、その親子は解放してやれ!」
「何言ってるのかわかんねぇな、これも商品だぞ?手放す訳ねーだろうが。それよりお前らにはやってもらう事がまだあるんでな…おい!コイツらまとめて縛れ!」
下衆な笑みを浮かべるサフィールの指示でランスと光輝の2人と親子は縛られてしまった。
「これを売るだけでも俺達は大金持ちになれるぞ?それだけじゃねぇ…王族と取引すりゃもしかしたら貴族になれる、それくらいこの“ライフル”とかいう武器は価値がある」
ランス達を先頭にして歩きながら奪ったライフルを眺めるサフィール…
…俺達だけならどうとでもなる…が、人質がいる以上下手に動く訳にゃいかねぇか。
「おい、俺達を連れていってどうすんだ?」
「お前ら異世界人にしか出来ねぇ事があるのさ。大体何故俺達がお前らに話を持ち掛けたと?…簡単な話だ。神の方舟は異世界人しか封印を解けねぇって情報を手に入れたからだ」
サフィールは上機嫌でペラペラと経緯を喋り続ける。
「最初は信じてなかったが俺に情報をくれた奴は帝国のお偉いさんだ、あの野郎はいけ好かねえ奴だが研究者としては一流だ。あの手の奴は自分の研究成果を偽ったりしねえ…ましてその成果を手に入れられるとなれば尚更な」
やはりか。俺や光輝、リン以外にもこの世界に来た奴が居るのは分かっていたが…
「どうやってお前らを従わせるか…それだけが問題だったがよ…案外簡単な解決法で助かったぜ」
「外道が…!人質さえいなかったら…」
光輝の言葉にサフィールは残念だったなぁ、と言って笑う。
「お前らが人質を見捨てても気にしない人間なら今頃俺達は生きちゃいねぇだろうが…”隊長“って女にゃ部下教育の良さを感謝するしかねぇなあ」
ランスからすれば正直言って見ず知らずの親子が目の前で殺されようが関係ない。
今でも親子が捕まったのは自分達が逃げきれなかったせいでしかない、と切り捨てる事も視野に入れている。
ただ…それは自分の身に危険が迫っているならの話であって今はそうじゃない…それに最悪の場合は起動出来た神の方舟とやらを乗っ取れば良いだろ、と考えていた。
「おい!本当にこっちなのか?」
サフィールが一緒に歩かせていた母親の背中を鞘に納めたサーベルで突く。
「…そうです。この先の洞窟を抜けた先にクレストリアが…」
「そうかい、なら急ぐ…っ?!」
サフィールがそう言った瞬間…海の方から砲撃の音と共に爆発音が響き渡る。
「何だ?!」
連続して鳴り響く砲撃に周りの海賊達がざわつくがサフィールはランス達から注意を外さずに叫ぶ。
「船にはそれなりに人が残ってんだ!あっちは奴等が何とかする、俺達は進むぞ!」
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「砲撃来るわよ!面舵!」
「面舵、アイサー!」
ガラガラと音を立てながら舵輪を操作するカディスの横に立って敵の船を見据えていたリンが砲撃を確認して指示を飛ばす。
クイーンオブヴェルサスがその船体に似合わない機動性を発揮して砲撃を避ける。
「はははは!!!んな下手な砲撃当たるかよ!」
陽が沈み、月明かりが照らす中…島で戦闘が始まったのを見て全速力で船を走らせたので敵に気付かれはしたがさして問題にはならない。
「あっちの砲は装填中!さっさと沈めるわよ!!」
リンの声と同時にクイーンオブヴェルサスの側面に配置された36基の大砲が一斉に発射されて敵の船の真横に着弾するとリンはすぐにカディスへ舵そのまま、と指示を出しつつ再装填を急がせる。
「奴等錨を下ろしてやがるから動き出せずに慌ててますぜ!」
「ええ、おめでたい連中ね。島の方は警戒してたみたいだけど…襲うのに夢中で自分達のすぐ後ろから襲撃されるなんて間抜けもいいとこよ」
話している間に次々と敵の砲撃が飛んで来るが月明かりしかない夜の海で正確な砲撃など出来る訳もなく…大体の砲弾は離れた場所へと着弾する。
「最初の砲撃はまぐれだったみたい。これなら避ける必要もない…」
リンが言いかけた時…船首の方へと飛んで来た砲弾が直撃して数人のスケルトンが吹っ飛んだ。
「…まぁまぐれでしょ」
吹き飛んだスケルトン達を周りの仲間が回収しつつ走り回るのを見てそう言ったリンにカディスが笑う。
「当たった所で俺達をどうこう出来るって威力でも無さそうなんで問題ねえ!」
ソフィア達の船みたいな魔術で攻撃するタイプならともかく…物理的な攻撃ならある程度は無視してもアンデッド扱いのこの船にはあまり効果はない。
流石に燃やされたりするとヤバいけど…
「…全く、お前の周りは争いに事欠かないな!」
「トラブルの方から来るんだから仕方ないでしょ!?それより危ないから怪我人は大人しくしてなさいよ!」
砲弾が近くに着弾して飛沫を被ったリンが顔を拭いながら甲板に上がってきたソフィアに叫ぶ。
「こんな楽しい状況で黙っているほど大人しい性格じゃあないぞ!それに…陸で繰り広げられている暴挙を止めねばならん」
そう、こうやって戦っている間も島では住民と海賊が激しく争っているのだから。
「怪我人は大人しく……って言っても無駄よね。…分かった、ならアンタが船の指揮を、私が住民を助けにいく。カディス!ソフィアと一緒にあの海賊船を海の藻屑にしてやんなさい!!私は先に住民を襲ってる奴等を叩く!」
「了解でさ!ご武運を!」
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構えた槍を回転させながら飛び上がり…女性を襲っていた海賊を落下の勢いそのまま貫く。
「大丈夫か?!」
「う……」
倒れた女性を抱き起こすとその腹部が血に濡れているのに気が付く。
「…すまない、もっと早く駆けつけていたら…!」
抱えた女性を治療出来るだけの治癒術も使えない。
「ザイン様……どうか…私の家族を……」
「…分かった、必ず…!」
「よくも同胞を!!」
ザインと呼ばれた壮年の男性が頷くと同時に背後から飛び掛かってきた海賊に対し、とっさに槍に手を伸ばすが抱えた女性に取り回しの悪い槍…
間に合わんか!!
「頭を下げなさい!」
女性の声が響き、いう通りに頭を下げたザインの頭上を何かが通り過ぎる。
それは…ザインが今まで見たどの戦士よりも無駄の無い動きだった。
海賊が振り下ろしたサーベルを彼女は握っていた極端に薄く細長い剣で斬り飛ばし、返す刃で海賊を斬った。
それだけならまだ驚くべき技量、で終わるがザインはその後に訪れた現象に眼を見開く。
ザインはこの島で最高の戦士だ、と島民全員が認めているし自分でもその事に誇りと自信をもっていたが…彼女の剣筋は次元が違った。
ザインには一振りにしか見えなかったが…海賊の身体は首、両手両足に加え胴体も綺麗に真っ二つにバラされ地面へと落ちた。
「下衆が。地獄で反省しろ」
吐き捨てるように呟いた女性が振り向いて此方へと近付いて来たので警戒の意味で抱えた女性を庇いながら槍を握る。
「私は敵じゃない。それより貴方が抱えた女性が手遅れになる前に私に見せなさい!」
一瞬で距離を詰めた彼女がすぐに俺から女性を奪うと服を捲って傷を確かめる。
「斬られただけね、刺されてたら危なかったけど…」
「た、助かるのか?!」
ザインを放置して手当てを始めた彼女にザインが慌てて問いかける。
「ええ、傷は内臓まで達してないし止血して安静にしてればちゃんとした手当てを受けるまでは持つでしょう。絶対安静にはしないといけないけどね」
そう言いながら彼女が指を鳴らすとどこから現れたのか海賊の様な服を着たスケルトンが数体現れて女性を丁寧に運び始めた。
「アミィ、すぐに治療が必要な人達を集めて。標的の海賊は全員殲滅、一切容赦はするな!」
「分かりました!」
ガチャガチャと音を立てながら走っていったスケルトン達に驚いていたザインに彼女がねえ!っと声を掛ける。
「海賊と島民はここにいるのが全部??」
「あ、いや…他の島民は“クレストリア”に避難している。他の海賊はクレストリアへと向かったが…アレは俺達以外に扉を開けることは出来ないから安全だ」
「…安全ね、それはまだ分からないからとりあえず急いで向かいましょう。貴方、名前は?」
「俺はザイン、キミは…」
「リンよ。この浜辺と海の海賊は私の仲間が潰すから私達はそのクレストリア、とやらに向かうわよ」
リンがそう言った時…元の世界で聞き慣れた音が響く。
それは重く響く機関音…ゴンゴンと大型のピストンを動かすその独特な音と同時に高速で飛来する砲弾…それは大砲などとは比べものにならない速度で飛翔し、数舜遅れて雷鳴の様な轟音が響き渡る。
「嘘でしょ!?何故この世界に…」
リンの視線の先には元の世界では既に廃れた筈の戦争の産物…
「軍艦…それも“戦艦“クラスがあるのよ?!」
見た目はリンの記憶にあるどの戦艦にも該当しないが…紛れもなく元の世界で大戦時に使われていたと言われる大型の戦闘艦そのままだった。
その戦艦が甲板に配置された三基の砲塔の内一番前の砲塔を旋回させ…
「ヤバい!カディス!!!避けて!!」
砲身から次々と火を吹き砲弾が発射されるとその先には戦闘中のクイーンオブヴェルサスの姿…
帆船に戦艦の砲撃を回避する事など出来るわけがなく…直撃して爆発炎上したクイーンオブヴェルサスが悲鳴を上げるかの様に音を響かせながら海に沈んでゆくのを見てリンが膝をつく。
「そんな……!カディス…ソフィア…ロッシ…!!」
燃え上がる海面を見つめ、呟いたリンだったが…すぐに立ち上がり戦艦へ向き直る。
カディス達とのパスはまだ切れてない…ならまだ大丈夫…そう願うしかない。
「やってくれたわね…たかが海賊風情が!!必ず後悔させてやる…」




