第118話
「どう?傷の具合は」
「元々身体は頑丈だから動くだけなら問題ない…のだが…腕がこの様ではなぁ」
義手は壊れ、残った腕も折れていていくらソフィアといえど戦う事は出来そうにない。
「でも暫くは私の船に乗ってるんでしょ?一応恩は返すつもりだから心配しなくても治るまではちゃんと面倒見るわよ」
「それは助かる。流石にこの有り様では何も出来ないから困っていた所だ」
ソフィアがそう語る間にリンは持ってきたリンゴの皮を手早く剥くと切り分けてフォークを刺す。
「はい、とりあえず食べて。どうせご飯足りなかったんでしょ?」
フォークで差し出されたリンゴを食べさせて貰いながら頷く。
「ありがたい。昔から燃費が悪くてね」
食べてもすぐに腹が減る事を学生時代にからかわれていたのを思い出す。
その頃だったな…サラと出会ったのは。
サラにもよく彼女のランチのオカズを食べさせて貰っていたなぁ…
ソフィアがリンゴを全て食べ終えるとリンはまた後で来る、と言って出ていった。
「律儀な女だな彼女は。元々敵だった人間にここまでやってくれるか」
元々、というよりまだ味方…とも言えないだろうに。
そんな事を考えていると連絡用の水晶が振動した。
『ソフィ!あなた今まだ任務中?!』
「…サラ。一応これは軍用の水晶なんだが?」
呆れた声で返事をしたソフィアにサラがそんなこと言ってる場合じゃない!と。
『一応確認しますが…盗聴される恐れは?』
「無いな。私を監視していたニビルも少し前から居ない」
『良かった、なら今すぐに帰ってきて!』
「待て待て。私は任務中で海の上だぞ?帰るにしても時間が掛かる…それに荒事なら無理だ」
『ソフィの口から戦いを拒否する言葉が出るなんて…あなた、まさか怪我でもしたの?』
「あぁ、残念だがね、身体自体は大したこともないが…両腕が今は使えない」
『そこまでの怪我を?…困ったわ。なら駄目元で行くしか…』
「一体何があった?サラが私に助力を求めるなんて珍しいじゃないか」
サラの実力は私と同等だ。その彼女が助けを求めるとは…余程のことか。
『もう一度聞きますけど…盗聴されないのですね?』
「誓ってそれはない。大体これが軍用である時点で普通の人間に盗聴は不可能、仮に帝国の人間で軍用水晶を使える人間が盗聴しようにもある程度近づかない限り無理だ。それにもしそのような奴が近くにいれば真っ先に攻撃を受けるだろうしな」
この船自体が魔物らしいので索敵に関しては心配していない。海の索敵をすり抜けても空はスケルトンが休む事無く監視している上にリンやカディス、私を出し抜けるだけの実力者は帝国には皆無だ。
『確かに貴女の船の船員は優秀でしたね。では話しますが…あなたを監視していたニビルは数日前に瀕死の重症を負って私の屋敷で治療しています』
「…なに?ニビルがか?奴は普段から相棒の竜で空を、しかもかなりの高度で飛んでいるだろう?それを襲撃?それに奴は弱くない。なのに何故…」
『分かりません…私が駆けつけた時にはもう殺される寸前でしたから。偶然私が出掛けた先から帰る途中で凄まじい殺気が放たれたのを察知して駆けつけたらニビルが居たのです』
サラが言うには黒髪の女性がニビルにトドメを刺そうとしていた所に駆けつけて交戦、しかし返り討ちに遭った、と。
「サラが負けるとは…しかし魔術を使う前に止められればそうもなるか」
『…ソフィ、あの時私は1人じゃありませんでした。ライリーとベティ…更に元ティレニス公国の勇者まで揃っていながら全員纏めてその女性に敗北したのです』
待て、色々おかしな事をサラは口走ったが…
「ベティが帰ってきたのか?あの家出娘が?」
昔から気の強い娘だったが…無理矢理婚約させようとしたサラに激怒して宝物庫から幾つかの宝具を持ち出そうとしたらサラに見つかって戦いになり、屋敷を爆炎で吹き飛ばして出ていったのは何年前だったか…
その際私にはちゃんと挨拶に来たベティに餞別として私が若い頃に使っていた宝具“焼き尽くす煌炎”という大剣をくれてやったが…今も持っているのだろうか。
『ええ、今回出掛けた理由がそれだったので。負けただけなら良かったのですが…その女性に宝具を2つと子供が拐われてしまい…』
拐った女性は最初こそ途中で参戦したサラ達を手加減でもするように笑いながらあしらっていたのだが…その子供を見た瞬間、一気に態度を変えてサラ達を制圧し宝具と子供を連れ去った、という。
「事情は把握した。ならば私の騎士団を…」
『駄目。それだと国に報告しないといけなくなる…それが出来るならとっくに私の魔法師団を動かして向かってるわよ』
「しかし…ニビルがやられたのだろう?帝国最高戦力の1人が瀕死にまで追い込まれたのならそれはもう帝国に対する宣戦布告だぞ」
『事情が複雑なの。そもそも私にベティが手紙を送ってきたのだけど…この前私とあなたの夫で潰した計画、あれの標的になっていた女性の子供で…』
「…………なんという事だ。つまりその子供とは…リンの子か」
『え、ええ…何故その方がリン、という名前だと知ってるのですか?』
「少し前に馬鹿皇子が使っている輩が私を訪ねてきた。”ある女性を帝国へ連れてくる手伝いをして欲しい”とな。当然そんな事に加担する気は無かったから断ったが…何の因果か今正にそのリンと行動を共にしている」
なるほど…サラが国に報告するわけにはいかないというのはそういう事か。
サラからすれば子供を拐われた上にあの馬鹿皇子が難癖をつけてリンを手に入れようとする可能性がある以上あまり表だった行動はしたくないのだろう。
勿論私も建前として陛下の話はリンに伝えたが…皇族に関わらせるつもりは…無い。
陛下が会わせろと言っているのもあの馬鹿皇子を押し付ける女性を確保する為だからな。
『…こんな形で見つかるなんて……ではソフィ、あなたからその方に事情を説明して欲しいのですが』
本当なら自分で直接話したいのだろうが…この水晶では特定の魔力波長しか通信出来ない。
通常ならそんなこともないがこれは軍用通信水晶である以上仕方ない。
「勿論だ、しかし…拐われた理由はなんだ?その女性がその子と関係があったのか?」
「分かりません、目の前で拐われた時…あの子の反応からして面識はない様子でした。ただ…その女性は”見つけた“と…幸い宝具に追跡魔術を掛けるのが間に合ったので居場所だけ判明しているのが救い、といった所ですか」
「その居場所とは?」
『魔族領ラスティ山脈…ラスベルク火山です』
よりによって“火竜の巣”とは…。
火竜の巣には昔から魔炎竜ブレアルードが住んでいる。
下級のドラゴン自体は色々な場所に生息しているがネームドの竜はその属性に適した場所を巣として縄張りを形成する。
奴らは知性があり基本的に人を自ら襲う事はないが…縄張りに侵入してきた存在には容赦などしない。
一応ここからならそう遠いという訳でもないが…
「なるほど…だから私が必要、となった訳か。確かに魔炎竜と一戦交えるなら戦力は必要だな…とはいえ先程も言ったが私は戦力にならんだろう。サラが治癒の魔術を使えれば話は別だが…我々は神も見放す位の攻撃特化型だからな」
昔からお互い治癒が使えれば…と習得しようと試みたが指導していた神官曰く“貴女方には慈愛の心と信仰心が全く足りてませんから無理です”とハッキリ言われて私が神官を殴り、サラが教会を爆破して以来帝国の教会全てに私達2人の半径100m以内への立ち入りを禁止されてしまった。
しかも陛下が直接私達に“お前達は加減と常識を学べ”と苦言を呈してきたくらいだからな。
『…嫌な思い出を…。ただ、それについては元ティレニスの勇者が…いえ、今は冒険者の”剣鬼”と言われている方が治癒を使えるので問題ありません』
『……分かった。一旦リンに話をしてみよう。また何か分かり次第連絡を頼む』
「ええ、その…リンさんには守りきれず申し訳ありません。と伝えて下さい…事が終わり次第如何様にも罰は受ける、とも」
『リンはそんな事はしないだろうがな。確かに伝える』
そう言って通信を切ったソフィアはため息を吐いてベッドから降りる。
「いよいよリンには申し訳なくなってきたな。我が母国とはいえこれ程迷惑をかけてしまうとは…」
これは何かを間違えれば帝国を…そう、あの黒騎士を呼び出した時のリンなら本当に滅ぼしそうだ…と。




