第116話
「それではこれからお前達は魔の海域に行くのか?」
カディスへのお仕置きが終わって煙草に火をつけたリンにソフィアが問いかけると頷く。
「そ、確かめたい事があってね」
「ふむ、なら私も…「お断りよ」…何故だ、折角ここまで付き合った仲じゃないか!」
「誰が仲好しか!あんたが来ると余計に面倒な事が起きそうだし。それに私が帝国を嫌いな事は変わらない、あんたは帝国の軍でしょ?これ以上関わるのは御免よ」
「そこまで我が祖国が嫌われてはなぁ…少し悲しいぞ?」
わざとらしく肩を落とすソフィアを無視して地面に転がっているカディスのパーツを拾うと近くに待機していたロッシに投げる。
「おわっ?!いきなり投げるなよ!」
「姉御~!もっと丁寧に扱ってくだせぇ!ただでさえ罅が入ってて脆くなってんで…」
「じゃかましい!!!勝手に人を置いていった罰よ!」
そりゃないぜ~!と言うカディスの頭をロッシが拾って残りのパーツを他のスケルトンが回収している様はなんとも…
「とにかくアンタはさっさと帰りなさいよ!これ以上は…」
リンが最後まで言う前にソフィアの元へ彼女の部下が慌てて走ってくる。
「閣下!!お話し中失礼致します!緊急通信です!」
部下が持ってきた水晶を受けとって暫く何かを話していたソフィアが舌打ちして”見張られていたか…”と呟きながらチラリとリンに視線を移す。
「銀髪の、1つ聞いても?」
「なによ?」
「もし、もしもの話だがな?私がこのままお前を帝国に連れていかなければならなくなった場合…大人しくついてきて貰えるか?」
「無理。却下。死ね」
「ま、そうだろうとも。分かってはいたが」
「…それで?無理矢理連れていく訳?」
リンがサーベルに手を掛けたのを見てソフィアはまぁ待て、と言って水晶に話しかける。
「聞いての通り無理だ。そもそも彼女には従う義務が無いだろう?……分かった、話だけはするが…」
水晶を部下に渡して向き直ったソフィアだったが…
「まぁなんだ、無理に連れていくつもりは微塵もないから安心していい。陛下が私と渡り合う実力のキミに興味があるらしくてな、今までの非礼を詫びると共に是非一度話をしたいらしい」
「…はぁ?何で皇帝が私の事を知ってるのよ?」
「私とキミの戦いを盗み見ていた馬鹿のせいだな。それに関しては私がキッチリと落とし前はつける、だから…考えてはくれないだろうか?」
とは言われてもねぇ。確かにその内帝国には殴り込みに行こうとは思ってたけど…今は本当にそんな余裕はない。
「さっきも言ったけど…私は帰りたいのよ。そりゃあ散々面倒な事をしてくれた帝国には絶対にお礼参りするつもりだった、でも今じゃない」
「了解した、では事態が落ち着くまで待たせたら良い」
「いや…アンタはそれでいいの?一応帝国の貴族なんでしょ?」
「良いもなにもないだろう、私は帝国貴族だが皇族に絶対服従という立場でもない。キミが嫌だと言うならばそれまでだ。そもそも非は我々にあるのだから」
まぁ待たせて良いのであればそれで良いか。
「じゃあ、そんな感じで。そろそろ行くから」
「待て待て。それはそれとして私も連れていってくれ」
「馬鹿なの?アンタは艦隊の指揮官でしょうが。仕事しなさいよ…それにそんな大所帯でついて来られても邪魔だし」
「なら私1人なら良いだろう?」
「いや駄目でしょ。…ねえ、アンタ達の上司が馬鹿みたいな事を言い出したから早く連れて帰ってよ!上司が居なくなったらアンタ達も困るでしょ?」
水晶を持ってきていた兵士にリンが言うと兵士は肩を竦めながら首を振る。
「残念ですが我々ではお止めすることは出来ません。我々はソフィア様がお戻りになるまでこの海域にて通常任務を継続する事と致します」
「お願いだから持って帰ってよ!こんな特大の危険物要らないわよ!」
リンの叫びを無視して兵士は”ソフィア様、無事の航海をお祈り致します!“と言って船に戻り行ってしまった。
「…行ったな」
「…………」
「では改めて宜しく頼むよ、船長」
「はぁ…分かったわよ。その代わり仕事はやって貰うからね?」
「ああ、勿論。甲板掃除や見張り、錨の巻き上げ、敵が現れたならば全てを悉く粉砕するとも!」
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ソフィアが強引についてきてから数日…
「幽霊船と言われている割には中々快適だなぁ」
船の中にある食堂で食事をしていたリンの隣に座ったソフィアがジョッキに注がれたエールを一気に飲み干すとリンの食器に乗っていたウインナーを取って食べる。
「ちょ!?またっ?!」
「良いではないか、残すつもりだったのだろ?」
「違う、毎回言ってるけど最後に食べるつもりだったのよ!」
持っていたフォークでソフィアに突きを繰り出したリンを軽くあしらってケタケタ笑うソフィア。
そこへやってきたカディスがリン達を見て呆れながら席に座る。
「姉御達は毎日楽しそうですねぇ」
「楽しい、訳!…ないでしょ!毎日毎日毎日毎日…何回私が横取りされたか…!」
「ふふ…たかがウインナーくらいで大袈裟だなぁ。ほら、残りのウインナーもいただくぞ!あーっはっはっはっは~!」
「ぐがぁぁぁ!返せ!こんの馬鹿…!」
シュッシュッっという音を立てながらフォークを繰り出すリンとそれを義手で防ぐソフィアのやり取りはここ最近毎日繰り広げられているので食堂で給仕をしているスケルトンも慣れた手つきでリンの皿にウインナーを追加で乗せるのが一連の流れだった。
騒動が落ち着いた所でカディスはリンに話しかける。
「ところで姉御、もうそろそろ例の島に着くんですが…ソフィアも連れていくんですかい?」
「それよねぇ」
話が理解出来ないソフィアが分かるように説明してくれ、と言うがリンはうーん、と唸る。
「アンタはここから先何があっても帝国に報告したりしない?」
「…普通に内容次第だが?勿論帝国に対して不利になるような事は見過ごす訳にはいかないな」
「帝国に不利…ねぇ。不利にはならないだろうけど私としては一切を秘密にしてほしいかな」
国の予算すら上回る程の遺産があるかも知れないと分かれば馬鹿な連中が来ないとも限らない。
「ふむ…まぁ了解した。そもそも強引についてきた身だ、キミの言う通りにしよう。なんなら誓約を立ててもいいが?」
「いや、それは大丈夫。アンタはそういう約束は破らないでしょ?」
「勿論だ。…で、何がある?」
目を輝かせながらほら、早く教えろ、とせがむソフィアに苦笑いしつつも目的を告げる。
「黒騎士の亡骸がある島にいくのよ」
リンの言葉にソフィアが目を見開く。
「馬鹿な!あの黒騎士だぞ?!歩く宝物殿とまで謳われた…そうか、だから黒騎士を…」
顎に手を当てて黙ったソフィアだったがすぐに続ける。
「しかし…秘密にする必要が?黒騎士が所持していた莫大な量の宝具は売ればそれこそ一生遊んで暮らせる程の富が手に入ると聞くが」
「だからよ、私はお金とか必要ないし。色々あって黒騎士とは少なからず関わってしまった以上知り合いを静かに寝かせてあげたいって思ってる」
ただ…何故私がこんな場所まで飛ばされたのか、何か意味があるのかを調べるのと同時に墓くらい作ってやるか、って思って向かってるんだけど…
「最後にカディス達が見たとき気味が悪いと感じたってのが気になってね」
わざわざこんな場所で死んでるのは何か意味があるのか…
「そういう事ならば私も秘密は墓まで持っていくとするさ。ただ…どうにも胸騒ぎがする」
ソフィアの言葉に頷くリン。
「やっぱりアンタも感じてるのね。近づく程にそれが強くなってるのよ」
甲板に出たリンは遠くに見える島に視線を向ける。
「確かに…前に来た時より嫌な感じがしますぜ。あまり近寄りたくはねぇっすね」
「確かにな。寒気がするというか…」
カディスとロッシも頷く。
暫くして島に到着したリン達は船を係留して上陸、カディスの案内で目的地へと進む。
途中熊の魔獣に襲われたがソフィアとリンに一瞬で肉塊へと変えられて回収担当のスケルトン達が船へ運んでいった。
「…あまり手応えのある魔獣でもなかったな、つまらん」
「変な事言わないで。面倒な魔物とか出たらどうすんのよ?」
「面倒な魔物か、まぁこの面子なら少なくともアークドラゴンクラス以上じゃないと苦戦はしないだろうな」
肩に乗せた戦斧を揺らしながらそう言うソフィアに溜め息を吐きながら呆れるリン。
「姉御にしちゃ珍しいですね?どちらかといえばソフィアと同じ様なスタンスだと思ってたんですがねぇ」
「私の事を何だと思ってんのよ?別に普段から戦いたくて仕方ないみたいな事思ってないわ」
「……銀髪の、無駄話はここまでだな。どうやらアレが例の…」
森が途切れて開けた草原に出たリン達…その視界に入ってきたのは一本の大樹とそれに背を預けるような形で座る漆黒の鎧…
「……間違いない。フィリアが着ていた鎧だわ」
近づいて行くにつれて何故だか離れなければならない、という感覚に支配されそうになるのを我慢して一歩ずつ進む。
「姉御、もう止めましょう!こりゃなんかおかしいですぜ?!前に来た時とはなんか違う…!」
カディスの警告も聞こえているのか…そのまま進むリンの肩を掴んでソフィアが止める。
「これ以上は…駄目だ、明らかに何か良くないぞ」
肩を掴まれても止まらないリンにソフィアが慌てるが…もう手遅れだった。
一気にその場を満たす強烈なプレッシャーでソフィア含めた全員が動けなくなる中で…リンだけが大樹の目の前にたどり着き、鎧の前で止まる。
漆黒の鎧は劣化した様子もなく傍らに突き立てた大剣同様綺麗だった。
「フィリア、アンタ…何でこんな場所で1人なのさ」
返事など返ってくる筈もないが…リンは続ける。
「アンタのせいで大変な目に遭ってさ…家族とは離ればなれになったし、幽霊船や海賊、サムライや教国、帝国の奴らと戦ったり…そりゃもう散々だったわよ」
言いながら一歩踏み出した瞬間…突然リンの身体から魔力が溢れだして周囲が嵐の様な魔力の暴風に包まれる。
「………!?!」
「あ、姉御!?」
暴風の中心にいたリン…その身体、正確には今まで反応が無かった亜空庫から一振の剣が出てきて黒騎士の鎧の目の前に突き刺さる。
これは…!?フィリアが使っていた…?
最後の瞬間、リンが背を預けていた剣…その禍々しい意匠の剣は空間を切り裂き、空間を繋げる能力をもった魔剣。
”何故持ってたのかは分からないけど…”
頭に直接響く声…それは間違いなく…
「フィリア…?」
”少しだけ……”
桁違いの魔力が一気に放出されて魔剣の周囲の空間が歪み、亀裂が入る。
その光景をただ眺めるしか出来ずにいたソフィアとカディス…
「何なのだあれは…!?何が起こっている!」
「分からねぇ…!分からねぇが…ありゃ不味いんじゃねーか?!」
空間が歪む程の魔力が渦巻く中心にいるリンが無事ですむ筈がないのは当然、だからこそカディスは一歩でも前に進もうとするが…動かない身体に叫ぶ。
「ふざけんな!!クソ!骨しかねぇんだから魔力の嵐程度無視しろ!!じゃねぇと姉御が…!」
ソフィアと違って肉体がない以上無理矢理動いても身体にダメージや痛みは無い。だからこそ無理を通そうとしていたカディス。
「っ!?無駄だ…!これ程の魔力…私達ではどうにも出来んさ…悔しいがな」
ソフィアは魔力の中心にいるリンを見るが…禍々しい剣が空間を歪めている事しか分からない。
そして…一際魔力の放出が大きく膨れ上がった瞬間、リンと黒騎士の鎧の周囲を強烈な閃光が包み込んだ後…そこにはリンの姿は無かった。
残されていたのは黒騎士の骸と禍々しい魔剣だけ…動けるようになったソフィアが駆け寄ろうとしたが見えない壁の様な物に阻まれてしまった。
「これは…我々では解除も調べる事も出来ないか。サラがいれば何か分かったかもしれんが…さてどうしたものかね」
「…姉御は消えたが俺達とのパスは繋がったままだ、死んだわけじゃねえ。ならここで姉御を待つだけだ」
その場に座り込んだカディスを見てそれしかなさそうだ、とソフィアも戦斧を突き立てて座り込む。
「一体何が起こったのやら…」
雲1つない空を見上げてそう呟くソフィアだった。
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燃え盛る町の中を駆け抜ける。
既に魔力は空に近く、魔鋼で出来た鎧も所々に罅が入り、手に持った大剣…逢魔も血糊で切れ味などとうに無くなりただの鈍器と化している。
「ルシウス…!!あなただけは…必ず殺す!」
「その様でどうやると?最強とまで謳われた黒騎士も流石に国を相手にすればその程度だということだ」
柄を握り締めて一気に距離を詰め、逢魔を一閃すると周りの瓦礫ごとルシウスを叩き斬る。
「無駄だ。今の貴様に俺を倒せるだけの力など……無い!」
ルシウスの剣が鎧を貫き鮮血が滴る。
しかし…ルシウスに向けられたその顔は…
「何故…貴様は笑っている?!」
口から血を流しながらも笑みを浮かべる…逢魔を握る手とは反対の手の中に握られた物をルシウスへ見える様に手を伸ばす。
「…758年」
「何…?」
「758年と301日!!お前に無理矢理従わされていた時間…!毎日考えていた!」
剣を捻り傷を抉るルシウスを無視して続ける…私にとってこれは…とても大事な事なのだ。
手に握りしめていたのは姉から誕生日のお祝いとして贈られたペンダント…それは貰ってからずっと私の魔力を込め続けた宝物。
どれ程この瞬間を待ち望んだか…自分がどうなっても構わない、とにかく絶対に実行すると決めていた。
『天空…遥かな高みより飛来し全てを滅ぼす審判の光よ!!』
それはかつて1人の勇者が教えてくれた禁術、広域殲滅魔法の中でも桁違いの威力を誇る魔法。
本来は効果範囲外から一方的に相手の軍隊等を殲滅するための魔法。
”いつか…フィリアが支配から解放された時、ぶちかましてやったら良いわ!“
何度も私と渡り合い、最期まで決着が着かなかった唯一の勇者。
ねぇ、見てる?
やっと…ここまで来たよ。
『眼前の我が敵悉くを滅する隕鉄よ降り注げ!!』
“メテオインパクト”
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『私を…殺して…下さい』
「殺す?いや…死ぬよりもさ…もっとやりたい事ってあるんじゃないかな?」
目の前の壁に拘束された聖女服を纏った女性…死を嘆願する彼女に言った。
「もう…利用されて生きるのは…人の醜さ、業の深さ
をこれ以上…嫌なのです」
溢れ落ちた涙が結晶となり床に落ちて音を立てる。
「それでもさ、案外自由になれると生きる目的って思いつくものだよ?私だってそうだし」
「あなた様は一体……?」
結晶化する涙をそっと拭ってくれた赤髪の女性…いつもの神官ではない事に気が付いて問いかけると彼女は指を鳴らす。
指を鳴らすと同時に彼女の全身を包んだ闇が晴れた時…そこに居たのは漆黒の鎧に身を包んだ騎士…
「何故…魔族の方が…」
『本当は別の目的で来たんだけど…悲しそうな泣き声が聞こえたからね』
さぁ、どうする?私なら貴女を自由にしてあげられるし…貴女の命が終わるその時まで守りつづける事も出来るよ?魔族だから寿命は長いしね。
「私は…」
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これは…フィリアの記憶…?
何度も現れては場面が変わる景色をただ眺めるリン。
そしてまた景色が変わっていく。
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「フィリア!やっと見つけた…!ってうお?!」
バンッという勢いで開け放たれたドアに驚く。
「えっ…?」
それは質素な家の中…かつて救いだした彼女の望みで人が訪れる事のない無人島に建てた家。
彼女が天寿を全うするまで守りつづけたフィリアは彼女が眠った後もここで生活していた。
フィリアの目的である姉の解放、それに必要な宝具の回収、そして一番の問題である宝具の解呪…ゆっくりとする事が出来るこの場所は都合が良かった。
だから…まさか人が来るとは予想もしていなかった。
故に湯浴みが終わって直ぐに服を着る、そんな普通の行動を忘れていたのは仕方ない事だ。
驚いて固まっていたフィリア…そして家に押し入ってきた青年…ベルハルト。
時が止まったかのような雰囲気を打ち破ったのはフィリアだった。
無言でベルハルトまで近寄る。
ベルハルトは殴られる、と覚悟して目を閉じ手を組むが…訪れたのは柔らかな感触。
抱き締められていると気が付いて目を開くと涙を浮かべて抱きついているフィリア。
「生きてた…なんで…?」
「お前に殺されるなら悪くないって思った。だけど…やっぱり死にたくない、生き延びたいと必死に足掻いたよ」
魔王に操られてフィリアと戦い、フィリアからの一撃で火山の火口に落ちた時…そこに住んでいた火竜に餌として連れてかれたんだ。
操られてた原因の魔術紋がフィリアのお陰で消えて自由になった俺は火竜の巣で喰われる寸前、その火竜と交渉した。
喰わないでくれたら俺の宝物をやる、ってね。
「宝物?」
「あぁ、竜が何故宝石や財宝を求めるか知ってたからな。彼らは集めた財宝が竜の中での…まぁ所謂ステイタス、というか格付けがあるのさ」
人間も俺達も財力は大事だろ?ただし竜が集める財宝は普通じゃ駄目なんだよ。
その財宝に込められた想いや性能…それらが大事な要素で…
「ベルは…何を渡したの?」
「……笑うなよ?………お前から貰ったペンだ」
「……ペン?…………あ!まさか…」
昔…試験の成績が悪かった私が道具屋のおっちゃんに作って貰ったカンニング用のペン…確かにあれは想いというか執念がこもってる…まぁ宝具だけど…
「そんな物を後生大事に持ってたの?!もっと他にあるでしょうに。…でも確かにあのペンは想い、というか執念みたいなものは込められてるかも…」
「あぁ、火竜からは他にもあるだろうと言われたが…っとそれは良いんだ!とにかくあのペンを差し出したら助かった」
「…何か隠してない?ベルは隠し事するとき右耳が動くのよね」
「いや!隠してない!それより!ずっと探してたんだぞ?ゲイルさん達も、街のみなも…」
「…ごめん。でも…まだ私にはやるべき事があるから」
「…やるべき事、が何なのかは聞きたいけど…まずは離れて服を着てくれないか?そろそろ色々と不味い」
言われて初めて自分の事を見下ろしたフィリアがベルハルトを殴るのは数秒後の事だった。
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あれから数年…ベルとの生活の中で子供が産まれ、子育てに奮闘しながらもコツコツと解呪を進めていたフィリアだったが…
「駄目だわ。これ以上の解呪は難しいね」
「俺達は専門じゃないからなぁ…フィリア、お前が聖教国から無理矢理奪ってくるから大変な事になって宝具職人や解呪の専門である聖女も頼れないんだぞ」
「はぁ?!大体ね、この宝具は聖教国が原因でこんな事になってるのよ?解呪なんて頼める訳ないじゃん!馬鹿!ばーか!」
「そんなに馬鹿っていうな!フィアが真似するだろ!?」
抱き抱えていた愛娘をフィリアから遠ざけて”ママは口が悪いねぇー“と言うベル。
「ぐ…フィアを引き合いに出すなんて…卑怯よ!」
「お前が悪い。…まぁ出来ない物はしょうがない、別の方法を考えてみようか」
更に月日は過ぎ…
「どうした、急に」
「そろそろゲイルさん達にもフィアを会わせてあげなきゃって思って。だからベルはフィアを連れて帝国に行って来て欲しいって言ってるのだけど…」
「ならフィリアも一緒に…」
「私は駄目。人族の国の中にはまだ私を憎んでる人も居るし…ここから離れられない理由もあるし」
あの宝具はフィリアの力で封印してある。その都合で離れる事が難しい、だからフィリアは解呪するにあたって全ての用件を済ませこの無人島から出ない様にしていた。
「ね?だからお願い!フィアにももっと色々な経験や景色…友達も作って欲しいから」
「はぁ…分かったよ。ただ…ゲイルさん達に会わせたら暫く離してくれないと思うけど…良いのか?」
「あはは…まぁ、仕方ないんじゃない?それより…浮気はしても良いけど、バレた時は覚悟してね」
「するわけないだろ!?お前と喧嘩した時の事…忘れたわけじゃないだろ?」
確かに…1度大喧嘩して家は吹き飛ぶわ、島の一部が消しとんで形が変わるわ…それはもう大変だった。
「なら良いけど…」
それから一週間後、ベルとフィアが帝国へと出発したのを見送ってからフィリアは準備を始める。
「ようやく…一回だけ使える程度まで終わった。これなら姉さんを…解放出来る」
ずっとこの時の為に世界中を駆け回った。
リーニア姉さん…今行くから。
ベルと最後の決戦をした火山…魔族領ラスティ山脈にあるラスベルク火山についたフィリアは魔法で隠蔽していた洞窟の入り口を解除して中へと入る。
「久しぶり…姉さん」
巨大な氷塊の中でずっと眠る姉を助けたい。それがフィリアの生きてきた理由。
フィリアは腕に嵌めていた腕輪型の亜空間庫を確認して必要な物が揃っているのを確かめた後、腕輪を外す。
「万が一壊れたら不味い。…さぁ始めるとしましょうか…!」
指を鳴らして鎧を装着したフィリアが逢魔を地面に突き立てて聖教国から奪ってきた宝具…賢者の理に魔力を注ぐ。
宝具の効果はあらゆる呪い、魔術、魔法、奇跡…その全ての現象に対する完全な無効化。
ただし…その代償として莫大な魔力と…限界まで使用した場合、無効にした物に比例する威力の魔力爆発を引き起こす古代魔法文明における兵器だった。
教国が長年とある宝具を無効化し続ける為に使っていたせいで魔力爆発の規模が既に予測出来ない以上解呪して放置、は出来ない。大陸ごと消しとんでも不思議ではない。
「解呪してもギリギリ爆発はしない、だけど抑える為には私の全てをかけて全力で抑えないと…」
だからベルとフィアを遠ざけた。もう私はこれから先普通の生活を送る事が出来なくなるから。
フィリアの魔力を吸い尽くした賢者の理が光を放ってリーニアを包む氷塊を消し去ったのを見届けたフィリアは氷が無くなって倒れたリーニアを抱き起こして用意していたベッドに寝かせる。
「姉さん、どうかお元気で。私の家族をお願いね」
枕元に外していた腕輪と手紙を置いたフィリアは再び洞窟を封印して家がある島とは離れた場所にあるかつて救った聖女の墓を建てた大樹の傍まで来ると腰を下ろす。
『本当に良いの?』
突き立てた逢魔からの問いにフィリアは頷く。
「もうやれる事はやった。随分と長く生きたけど…色々な経験も出来た、好きな人と一緒になって子供も産まれた…それだけで充分よ」
『家族3人、リーニアも含めて4人で幸せに暮らすって道もあるんじゃない?こんな宝具なんてどっか適当に爆発させてさ』
「…出来ない。宝具もだけど…約束があるからね」
『約束?』
「私の隷属紋が消えたのは…偶然じゃなかったってコト。それだけしか口に出せないの」
傍らにある墓石を眺めながらフィリアは続ける。
「アイヴィ、あなたを苦しめ続けたこの宝具を使った事…許してくれるかな…?」
返事が返ってくる訳もなかったが…何か温かいものが頬に触れた気がした。
『あの子…良い子だったよね。最期まで酷い仕打ちを受けた筈の教国を心配してたし…なのにフィリアが壁に書いたあの文字!文字を知らないアイヴィは単純に“もう探さないで“って書いたと思ってたよ?』
「あはは…まぁ最期まで知らなかったんだからいいじゃん!あれくらい脅さないとしたことを後悔すらしないのが人間でしょ?良い気味よ」
それからずっと…長い月日が経った。
『フィリア~、朝だよ?まだ寝てる?』
逢魔の問いかけに返事がない事が増えたフィリアに今日も話しかける。
「………あ…もう朝か…………」
『大丈夫…?』
「大丈夫。…私達デーモンは食事なんて…必要ないの…知ってるでしょ?」
『そうだけど…』
「ただ…そろそろ肉体を維持するのがしんどくなってきたかな…」
デーモン種に寿命はない。無いが死ぬことはある。
戦闘以外で死ぬ原因…それは生きる気力が尽きた時。
長い年月をただ動かず解呪しながら蓄積された魔力を散らす作業を永遠に繰り返す。
だけどそれももう終わる。
『きっとベル達はフィリアを探してると思うよ?終わったら帰ろう?』
「うん…そうだね。帰ろう」
怒ってるだろうなぁ…
「………っ!!ヤバい!!逢魔!」
『何…!この波動…!?』
何かとんでもなく強烈な思念が辺り一帯の海域を包み込むのを感じたが…フィリアにはもうまともに対抗出来るだけの余力は残されていなかった。
“許さない…俺をこんな目に…“
『フィリア!このままだと…引きずられて…!』
やっぱり人間は……業が深い。これ程の呪詛を放つくらいの恨み…か。
あぁもぅ…仕方ない…なぁ…
「逢魔…最期まで楽しかったよ。呪詛は私が防ぐ、だから…賢者の理を…」
『わかった…意識は無くなるだろうけど楔としてなら永遠に封じられるし。任せてよ』
「こんな事…やりたくなかった…ごめん」
『最初から私を楔にしたら幸せに暮らせたのに…馬鹿なフィリア…』
「生意気で…ムカつく時もあるけど…誰よりも長く共に生きた相棒を…失いたくなかった」
『分かってるよ…でも…いつか解放してね…』
「暫くは無理だけど…いつか必ず。約束よ」
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そこで景色は途切れ…
「ホスローの呪詛がフィリアにも影響してたなんてね…ってか過去を見せてどうしたいのさ?」
いつの間にか目の前に座っていたフィリアが頷く。
『とりあえず…リン、あなたが私の幻影を倒したんでしょ?アレってどうしようもないんだよね…世界から勝手に喚ばれるからさ。迷惑かけてごめん』
「いや、それは良いけど…幻影と記憶共有でもしてるの?あんた死んでるんでしょ?」
『うーん…記憶に関してはそういうシステムだからとしかいえないなぁ。あと死んでるかと言われたら違うかな。魔力を使い果たして干からびた感じ?』
干物かっ!
「何で死なないのよ…じゃあ復活するの?水で戻したらいい?それともお湯?」
『いや、干物かっ!…あのねぇ、そんな簡単な事じゃなくて…言ったじゃん、魔力が尽きたって。だから魔力を補充出来ないと無理』
「じゃあ私の魔力を使えば?さっきも凄まじい勢いで魔力持ってかれたけど…」
『あれはリンが持ってきた魔剣が吸ったんだよ。それを利用して私がゲートを開いたんだけど、何であの剣を持ってたの?私も持ってた筈なんだけど…ってそれは良いとして、原因となった宝具とか呪いをどうにかして欲しいなぁ…って』
んー?ホスローは解放したから宝具だけで良いんだっけ?
「呪いの原因であるホスローは既に解放したんだけど…」
『え?ほんとに?じゃあ宝具は?逢魔が封印してる筈なんだけど…』
「あの大剣の近くにはそれらしいのはなかったけど…?」
『そんな筈はない…よね?』
「知らないわよ、さっき初めて来たんだし」
『じゃあ魔力の補充なんだけど…リンの魔力なら骨の髄まで吸い尽くしたらギリギリイケるんだけど…』
「却下!それだと私が死ぬじゃないの!」
『だよねぇ…』
「他に方法は?」
フィリアが顎に手を当てて考え込むが…唐突にポンっと手をたたく。
『フィアもしくはリーニア姉さんを連れてきてくれたら大丈夫!魔力の質さえ合ってれば少ない魔力で済むから』
「で?その2人はどこに?」
『私が知ってる訳ないじゃん、干からびてるんだから』
「面倒な…って、そういえば…それって子孫でも良いの?」
『そりゃあ質は合うと思うけど…あ!もしかしてあの子??』
「そう、アンタが足をぶった斬ったあの子」
あちゃあー。と頭を叩くフィリアだったが…
『あの子かぁ…1人じゃ無理かな。恋人いる?居るなら子供を五人位産んでくれれば…』
「いや?居なかったと思うけど…ってかベアトの家族を集めたら良いんじゃない?」
『それだ…!って言いたいけど良く考えたら干からびたままでも良いかな。宝具さえ何とかして貰えるならの話だけど』
「なんでよ!家族に会いたいんじゃなかったの?」
『会いたいけど…2人からしたら捨てたみたいになってるかもだし…お姉ちゃんに至っては…考えるのも恐ろしい』
ガタガタ震えるフィリアに溜め息を吐く。
「過去を見てフィリアがどんなに頑張ったのか…私は知ったけど…知らないままの家族が可哀想よ。文句や殴られるくらいで済むだろうしちゃんと会って話したら?」
『……………もし機会があれば…』
「絶対に会わせてあげるから怒られなさい。それが当たり前よ」
『うん、そうする。…じゃあそろそろ魔力も切れるし…お別れね』
「ま、少しの間でしょ?」
フィリアの輪郭が薄くなってきた時…フィリアが忘れてた、と言いながら空間に手を突っ込んで何かを引っ張り出すとそれをリンに投げて寄越す。
『報酬の先払いとお詫び。大切な友達から貰ったものだから…大事にしてね?』
受け取ったのは鞘に稲妻の装飾が施された刀で手に持っただけで分かる程の業物だった。
『銘は建御雷神リンなら使いこなせるでしょ?』
「ありがと…大切にするわ」
リンがそう言うと満足そうな笑みを浮かべて消えていくフィリアだったが…
『あ、あと気をつけて。私の周り…妙に死霊が集まってくるからね?夜は近づいちゃ駄目だから~』
「もっと早く言え!馬鹿フィリアーー!!」




