第113話
「何が起きてるんだ…!?」
ソフィアの部下達が騒ぐのも無理はない。いきなり近くの森が何かに抉られ、そのまま海を割ったのだから。
「派手にやってるな」
「ロッシ…おまえさんも慣れたかよ」
カディスとロッシは目の前で起こった事を眺めながらまあ…恐らくリンが何かしたんだろう、としか考えていなかった。
「あの人がやることに一々驚いても疲れると分かったからな」
「それもそうか…んでよロッシ、ちと頼みがあるんだが…」
「なんだよ?頼みなんて…」
真面目な話だから、といってカディスがロッシにずっしりと重い袋を渡す。
「お前さんの船の修理代だ。新造しても釣りがくる位には入ってるから好きにしろ」
袋を開けると中には金貨や宝石が詰まっていて驚くロッシ。
「…受け取れないな。もう俺は自分の船を持つつもりは…「姉御を頼んだぜ」…何を言って」
「俺達は少しばかりやることがあんだよ。だからここでお別れだ」
「待て…!」
歩き出すカディスをロッシが止めるがカディスは止まらずクイーンオブヴェルサスへと向かう。
「うん?貴様らは何をしている?」
「それが…ってリン!?」
そこにはリンを担いだソフィアが立っていた。
「姉御?!」
流石にそれを見たカディスが慌てて駆け寄るとソフィアはリンをカディスへと渡す。
すぐにクイーンオブヴェルサスから数人のスケルトンがベッドを担いで走ってくると設置してカディスがリンをそこへ寝かせる。
「心配するな、気を失っているだけだぞ…それより何故彼女を置いていこうとしていたのだ?」
「もうすぐちとヤバいのが来るんでな。姉御なら大丈夫だとは思うが…生きている人間にはかなり厄介な特性ってのがあったのを思い出したのさ…だから…」
「ふむ…だから彼女とそこの男を遠ざける気だったのか。しかしそれを彼女が納得すると思うのか?私にはそうは思えないがね」
「それは承知の上だ。だがこれは俺達で決着をつけるのが筋ってもんだと気がついた訳よ」
船から降りてきていたスケルトン達も全員が頷く。
「…まぁ事情は了解した。ならば行くが良い、だが1つ条件がある…必ず彼女を迎えに来ると約束してもらおうか。それまでは私が彼女を預かっておくとしよう」
ソフィアの話を黙って聞いていたカディスだったが…暫くして頷く。
「それでいい。どうか姉御を…よろしく頼む」
頭を下げたカディスにソフィアは我が家名に誓って、といって頷く。
「…まぁ俺はどうせついでだろうが…俺も待ってるからな?」
「仕方ねぇな。…姉御を頼むぜ?ロッシ」
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長い…本当に長い年月だった。
あの日奴等を囮にして逃げ切れたと思った俺達は安心していた…だからまさかすでに呪われるのが決まっていたなどと…
「あいつらがあの場所から出てきた以上呪いを解くチャンスだ」
もう何百年も過ぎた感覚だ、それだけ待ちわびた。
呪いのせいで陸に上がれず死ぬことも赦されず…呪いを解く鍵は永遠に近づく事が出来ない、そしてアイツらが呪いに完全に取り込まれた時点で解く鍵を永遠に失う事になると分かっていても手出しが出来ない…そんな地獄に俺達は囚われた。
もしあの時に戻れるならば…いや、もうこんな無駄でしかない思考をする必要はない。
「ライガット…もうすぐだ…待ってろよ…くは、クハハハハハハハハ!!!」
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「行ったか。はてさて…一体どうしたものか…」
何故かさっきまで戦っていた相手が浜辺に設置されたベッドに寝かされ数人のスケルトンに甲斐甲斐しく世話を焼かれているこの珍妙な光景…
「あー、その…彼らは一緒に行かなくてもよかったのか?」
世話をしているスケルトンを指したソフィアにロッシがああ、と頷く。
「彼女らはまぁ…良いらしい。カディスから聞いた話じゃリンの側に居る方が大事なんだと」
ふむ…中々興味深いな。死してなお意識を残しているのも驚くべきだが…明確に目的を持って動くというのは更に面白い。
普通のアンデッドは太陽に弱く聖属性の武器や魔術で浄化され、生前のぼんやりとした目的をただ実行するだけの残りカスみたいな存在…それが私にとってのアンデッドだ。
知識としては確かにイレギュラーが存在するのは知っている、だがそれは本当に一握りであり珍しいのだ。
それなのに…カディスとやらもそうだが目の前で動き回るスケルトン達は実に自由な思考の元に行動している。
あと…一人一人が強い。着ている服はその辺の海賊共と変わらない…しかし悔しいが少なくとも我が艦隊の兵士の中に勝てる者はいないだろう。
……ふふ。銀髪の悪魔よ、お前と出会って私は退屈を忘れそうだ。
「……いっその事帝国に連れて帰るか?…いや駄目だな。ロクな事にならん未来しか見えん」
それに…さっきの様にまた無差別にアンデッドを召喚されてはそれこそ帝国が滅ぶ。
黒騎士と銀髪の悪魔にどういった繋がりがあるのか分からないが…また黒騎士を喚ばれては敵わん。
ソフィアがリンを眺めながら考えていると突然リンの目が開く。
「おや、目が覚めたか?」
「……ええ、目覚めは最悪だけどね。私もまだまだ鍛練するべきか」
「……君はもしかして別の人格があるのか?」
「はぁ?何の話よ?別に私だって鍛練くらい普通に…」
「そうじゃないが…まぁ良いか」
「何なのよ…ってそういえばカディスは?」
「カディスなら用事があるって行っちまったよ」
ロッシの返事に違和感を感じたリンは数瞬考えた後ベッドから起きて近くに待機していたスケルトンに近づく。
「アミィ…カディスは?」
詰め寄られたアミィというスケルトンがカタカタと音を立てながら慌てる。
「…あの馬鹿!勝手に…いつ出ていった?!」
「まだそんなに時間は経っていないが…どうするのだ?」
「決まってる!追いかけるのよ!」
「面白い事を言う。追いかけるも何もどうやって追いかけると?泳いでいくのか?」
「別にどうでも良いでしょ、アンタには関係ない。アミィ、リズ、メルフィ!その辺の木を一本斬り倒してきて!!すぐに!」
カタ!と返事を返したスケルトン達が走り去った後リンが近くに落ちていた板を拾ってサーベルで形を整えていると…
「なぁリン、一体どうするつもりなんだ?」
「何って…。別に船を作ろうなんて考えてない、追い付くだけなら丸太一本あれば海には浮くし何とかなるでしょ」
馬鹿げてる…海を渡るのに丸太?正気じゃない…と言いたいがリンなら出来そうで否定も出来ずロッシが黙っているとずっと眺めていたソフィアが口を開く。
「そんな阿保みたいな事をするより目の前にそれなりに速い船が1隻あるのだがな?…私は協力してもいいぞ?あのスケルトンにお前の事を預かる、と言ってしまったしな」
…丸太でも余裕だけどロッシも行くなら確かに船があれば楽か…
「カディス達に追い付いた後一切手出ししないなら」
「良いだろう、私はただ愉しい戦がしたいだけでな。アンデッドだ異世界人だ、などという括りは気にしない、戦いこそ我が人生だ」
この女…
「何故あんたが私を異世界人と知っている?」
「お前が思っているよりも有名だからな、銀髪の悪魔は。誤解の無いように言っておくが私は国から…正確には皇太子からお前の捕縛に協力しろとは言われたが…そんなつもりなど微塵もない」
…本当みたいね。本気で捕縛するならとっくに出来たはずだし普通はそんなことバラす必要もない。
「…分かった、なら一応信用しておく」
「では追いかけるとしよう…と言いたいが場所は分かるのか?あてもなく探しても見つからないぞ」
「それなら心配いらない。カディス…正確にはクイーンオブヴェルサスの位置は分かる。契約主の特権ってやつね」
「ならば急いだほうがいい、彼は何かお前に隠していたみたいだからな」
「何の話よ?」
「厄介な特性…だったか、出ていく前にそう言っていた」
厄介な特性…?カディスの奴はそんなこと一言も言ってなかった筈だけど…。
「まったく…どうやらお仕置きする必要がありそうねぇ…カディス」




