第110話
その日の夜…ミレディが船の見回りをしていると…クイーンオブヴェルサスの船首で1人座っていたリンを見つける。
「……ああ、ミレディ。貴女も眠れないの?」
「私は船の見回りを、毎日の日課でしたので」
そっか、と言って煙草に火を灯すリンは普段とは違ってどこか物憂げだった。
「少し聞いても良いですか?」
リンは無言で月を眺めていたが少し頷く。
「私に入ってきていた話では貴女は確かカルドナの街に居たと報告されていたのですが…もしかしてあの災害に関係あるのですか?」
「災害ね…ミレディは何があったか知っているの?」
「……落ち着いて聞いてください、カルドナは…大規模な魔力による爆発で壊滅したと…聞きました」
一瞬だけリンの顔が歪むが…すぐに元に戻ってやっぱり、と呟く。
「あんな隕石が落ちたらそうなるわね。何となく昼間にあなたがベアトの話で詰まったからもしかしてとは思ったけど…そっか…」
あの時フィリアが何かしていたみたいだから大丈夫とは思ってるけど…それも確かめた訳じゃない。
「詳しくは報告されていませんので…その…」
「大丈夫、気にしないで。自分の目で確かめようと思ってるし」
それから暫く彼女は色々と話してくれた。
この世界に来る前の事やその後どうやって暮らしていたのか…そして…
「息子がね…いるのよ。血は繋がってないけど不思議と縁があって…」
日々何かしらの問題ばかりであまり構ってあげられなかった、と言うリン。
「それなのに今度はこんなに遠くへと飛ばされてしまって…死んだと思われてるでしょうね」
カルドナの大災害…あれは少し聞いた限りだが街はかなりの被害を受けたらしく復興にはかなりの時間がかかる、と。
「フィリアのせいでこんな目にあったけど…そのお陰でこうした出会いもあった。悪い事ばかりじゃなかったのかもね」
「フィリア…?」
「そう、私がここに飛ばされた原因…黒騎士フィリア…まぁ本人はすでに死んでるみたいなのよね。カディスの話では暗黒海域にある島に死体があるらしいけど…何もせずに立ち去ったらしいわ」
「それは…本当なら一大事ですね。未だに黒騎士の事を探している国は多いのですから」
「何故??」
「黒騎士といえば今でこそ大半の人間はお伽噺としてしか知りませんが…聖教国や帝国、魔族の国々の貴族や王は実在していたと知っていますから。かの黒騎士は様々な武勇伝も有名ですが…もう1つ、黒騎士は武具やアーティファクトの収集癖があったらしいのでそれを手に入れたいと思う国や貴族は多いのですよ」
倒した敵の武具を集めていたフィリアのコレクションは想像も出来ない位に大量だと言われているらしい。
「古い記録では我が国からも幾つか宝具を強奪していますし…見つかれば国家予算など軽く上回る程の財産は手に入るでしょうから」
しかし手掛かりがあるわけでもないので見つからずに今に至る。
「ただ…私はそれが黒騎士だとしてもそのまま眠らせていた方が良いと思っていますよ」
「ミレディはフィリアの財宝が欲しくないの?」
「興味はありますが…黒騎士が最後に我が教国から奪った宝具に少し問題があるので。多分それを知っていたからクイーンオブヴェルサスの艦長はそのままにしたのではないかと…」
「へえ、何を奪ったのかは気になるけど…あまり関わらない方が良い類いのものだったからライガットも触れなかったんだろうし」
ミレディは頷いて「黒騎士の遺産は確実に争いが起きます。彼女が集めた物は貴重で…危険な物も多いですから」
「ただ…何でフィリアが暗黒海域の島なんかで死んでるのかが気になるのよね…子孫がいる位だから結婚して子供もいた筈だろうし…」
「……リン、あなたはいきなりとんでもない事実を出してきますね…私は今一生分の驚きを感じていますよ」
「そんな驚く事?フィリアだってまぁ女な訳だし…そりゃ人並みの幸せくらい探したんじゃないの?」
見た目は美人だったのだし言い寄られる事もあったんじゃ…と思ったけど見た目が良いだけじゃ結婚はおろか恋人すら出来ないのは自分でも理解しているので何とも言えない表情になった。
「…ちなみにミレディに恋人は?」
「いませんが何か?婚約者もいませんしそもそも作る気もありませんが!」
「いや別に…ねぇ?」
聞いてはいけない話題だったようだ。
「リン、あなたこそどうなのですか?」
「……いないわよ」
「「…………」」
お互い何か駄目な気がして黙ってしまったが…ミレディはぽつりと「シャーディは結婚しているのに…」と呟く。
驚きの事実だが…悲しい。部下は結婚していてミレディには恋人すらいないという事実…いけない、これ以上言っては駄目だ。
「そんな事より話を戻すけど…黒騎士に子孫がいるってもしかしてあまり知られてない…とか?」
「どうでしょうか?少なくとも私は知りませんでしたし…」
ベアトがその子孫だというのは本人も言っていたし何より顔が似ていたので多分間違ってない。
「家族がいた筈のフィリアが何で暗黒海域で死ぬことになったのか…考えても仕方ないか。どのみちその島には行く予定だし」
「…リン、出来ればその島へ近づくのをやめる訳にはいきませんか?」
「…理由は?」
「……黒騎士が我が国から奪った宝具、それがかなり危険な物だからです。秘匿情報なのでここだけの話にしておいて欲しいのですが…」
ミレディは静かに語り始める。
黒騎士フィリア…伝説とまで言われた魔族の騎士、人種族にとって最悪の敵…勇者殺しなど数々の逸話を持つ彼女だが聖教国にとって別の意味で語り継がれている。
「彼女は遥か昔に聖教国から至宝を奪った大罪人として手配されていました」
「いました?って事は…」
「リン、今から話すこと…これは教皇様が一部の人間にだけ代々伝えてきた事なので内密にお願いできますか?」
頷くリン。
「我々聖教国には昔2つの国宝があったのです。一つは聖教国の首都を丸々結界で覆う“聖女の涙”という宝石。そしてもう一つが極限定的にあらゆる魔術や魔法…全てを無力化する“賢者の理”の2つ…」
「それはまた何とも凄そうね、それで?フィリアは何を奪ったの?」
「彼女が奪ったのは賢者の理です、結界を無理矢理突破した彼女は重症を負いながら賢者の理を奪い去り、すぐに大罪人として手配されました」
「聖女の涙…あれが張る結界は黒騎士こそ止められなかったですが非常に強力な結界です。記録では歴代魔王の中で結界に入った者がいたそうですが無理に足を踏み入れた結果…塵となったと」
結界の効果に驚くべきか、そんなものに入って重症で済むフィリアの化物具合に驚けば良いのか分からなくなるわね。
「そんな強力な結界ですが…聖女の涙は結界を張る代償として膨大な負の魔力を吐き出す…呪われた宝石でした」
後から見つかった記録にあった聖女の涙とは文字通りかつての聖女が流した涙…だがそれは民を想い流した涙ではない。
その名前すら記録に残っていない聖女には特殊な能力があった、彼女が流す涙は1滴それだけで強力な魔力の塊でありそれを触媒として使うことで通常より遥かに強力な術式を行使出来た。
そしていつの世、どの世界でも強力な力を利用しようとする者は現れる。
聖女の涙は1滴でも強力…なら大量にあれば?そう考えた馬鹿がいた。
聖女は監禁され、自由を奪われあらゆる方法で涙を絞り出された…長い間ずっと。
「…それで?その人は…」
「ある日突然姿を消したそうです。壁に”いつかあなた達は報いを受けるだろう”という血で書かれた言葉を残して」
「…どの世界でもクズが考える事は一緒ってわけか。というかそんな明らか呪われていると分かるのに使っていたの?」
「そこで賢者の理なのです。迷宮から発見されてその発動条件の厳しさで死蔵されていた宝具…発動するためには対価が必要でそれを支払う限り極限定的に全てを無力化する…これには呪いも含まれ、万能のものだと思われていました。事実賢者の理は聖女の涙と同じ場所に設置され数百年の間呪いを無力化し続けました」
ただ…賢者の理を起動するために必要な魔力を聖女の涙が吐き出す魔力で補う事で問題なく発動しているのだから対価が魔力だけだと勝手に決めつけ使い続けた我々の先祖は2つの宝具…それらがどうして存在するかを都合よく隠蔽して忘れ去った。
「理とは摂理、現象に対して必ず結果がついてくるのです。当時の聖女様が行った未来視で…そう遠くない内に聖教国は未曾有の災いで滅ぶ。と仰った」
慌てて様々な記録を探していた時…その聖女様と賢者の理に関する記録が見つかった。
何度も隠蔽してきた結果が子孫に降りかかる…なるべくしてそうなった、と言われても仕方がない行いを我々の先祖は当時の聖女様に行っていた事実が判明したのです。
結界を解除し償えばまだ間に合う、と先詠みの聖女様は仰ったそうですが魔族との戦争真っ只中にそんなことをすればどうなるか…それに加え今までずっと呪いを含んだ魔力を貯めていた賢者の理がどうなるのか…誰にも予想がつかなかった。
そんな時…彼女が現れた。
嵐の様に現れ、嵐の様に去った彼女は“過ぎた力は身を滅ぼす。この宝具は限界を迎えている”と言って持ち去ったそうです。
「それは確かに大罪人として指名手配されるわね、何と言おうが国宝を奪っていったわけだし…」
「そうですね、最初はそうだったのですが…後に分かった事実として彼女が言っていた限界、という意味は文字通りの意味でして…無効化し続けた呪いが蓄積されつづけていた賢者の理はいつ暴走してもおかしくない状態でした」
ただフィリアの立場からすればそのまま放置していれば勝手に人種族の国が滅ぶだけなのでわざわざ危険を犯してまで奪う必要などない。
「まぁ何かそうせざるをえない事情があったんでしょ?だから危険だけどボロボロになりながら奪ったんだろうし」
「その事情に関してはもうわかっているのです。既に手配は取り下げられている訳ですから」
賢者の理を奪った理由は直ぐに判明した。
フィリアは自分の姉を助けるために賢者の理が必要だったから奪い、使った。
その事は後に魔族との戦争が終結した後、彼女自身が残した手紙で判明し先詠みの聖女が視た未来が大きく変わったのは彼女のお陰だ、と教皇に進言した事でフィリアに対する手配は取り下げられた。
「ま、フィリアのお陰で国が滅ぶ事態を回避出来たのは理解出来るけど…ああ、そうか!」
「ええ、黒騎士は賢者の理の呪いを1人で浄化し続けたのではないか、そして未だに呪いが残っているから当時の艦長達は触れなかったのでは?と思われますね」
まぁ推測だから実際はどうなのか分からないけどだからといって行かない理由は……無い。
「だとしても行くわ。……直接文句くらい言ってやらないとね」
「……言っても無駄ですね、ではせめて気をつけて下さい。今も呪いが残っている可能性はあるのですから」
そう言ってミレディは自分の指に嵌めていた指輪を抜いてリンへ差し出す。
「これは?」
「私が先代教皇様から頂いた指輪です。呪いや精神操作系統の魔術等に高い防御耐性を持っていますのでリンの役に立つでしょう」
「受けとれない。それはミレディにとって大事な物でしょう?それを会ったばかりの私が…」
リンの言葉に首を振ったミレディ。
「良いのです。貴女に…いえ、貴女の庇護下にある子達に迷惑をかけたお詫びです。勿論それで許されるとは思っていませんので聖教国へ戻った後必ず枢機卿の企みを阻止しますがね」
「そっか、なら受け取っておく。ただ…ちゃんと返すからつまらない事で死ぬんじゃないわよ?その枢機卿とやらが何をしてくるか知らないけど…もしヤバくなったら生きて…助けを呼びなさい。私は絶対に友を見捨てない、必ず助けに行くから」
受け取った指輪を握ってそう言うリンへミレディは頷く。
「…さて、もう夜も更けてきました。体調を崩す前に休むとしましょう」
「そうね。じゃあ…また明日」




