第108話 “鉄の乙女”ソフィア
リン達が戦い始めた頃…スカルハイランドより少し離れた海域でも戦闘が始まっていた。
「ふ、ふふふ…足止めにまさかお前が現れるとはなぁ。…所であの無口な相方はどうした、ロイズ?」
「無口な、とはまた随分面の皮が厚い事ですな。ファーレンが口を聞けなくした原因たる貴女がそれを言いますか…ソフィア」
周りで激しい戦闘が繰り広げられる中…この二人の近くだけは違う空間かと勘違いする位に静かだった。
「おや、そうだったか??残念だが記憶にないね。そういう取り決めだったのでは?」
「ははは。そんな事私は了承してないがね…?国が認めても私個人は受け入れる気はない」
ロイズが腰の剣に手を掛ける。
「教国の犬とは思えない発言だな…まぁいいさ。それより何故お前がこんな所で足止めなどしているのかな?別にミレディと私が潰しあった所でお前が困ることもあるまい?」
ミレディとロイズは表と裏…同じ国に所属しているがロイズは暗部の部隊、正規の軍人であるミレディが帝国の私と戦い消耗したとてロイズには何の悪影響もない…いやむしろ消耗した私を潰す機会を得られる筈だ。
そのロイズがわざわざここで仕掛けてくるのは…
「我々に接触されては不味い何かがあるのかな?」
「さて、どうでしょうね。単に私が貴女を殺したいから来た、とは思いませんか?」
「面白いが…それこそ無いな。本気で殺しに来るなら真正面から来ないだろう?…わざと船をぶつけて進路を塞ぐ、こんな事をすれば嫌でも分かる」
貴重な戦力である船を全て私の艦隊に衝突させて破壊するなんて事をされれば誰でも正気を疑うし何かある、と思うだろう。
「脳まで筋肉かと思えば…意外と頭は悪くないようで。…そこまで分かっているなら退きませんか?これより先はあまり邪魔をされたくはないのです」
「言ってくれるなぁ、だが却下だ。理由も告げずに私が退くとでも?私の任務はこの海域にいる敵を滅する事…海賊も、教国も、それ以外でも、だ」
ソフィアが横に突き立てていた戦斧を引き抜き肩に担ぐと重量を感じさせる音を立てる。
「…やれやれ。私は親切心から言ったのですがね?貴女が向かう先には私より遥かに厄介な存在がいるというのに」
「厄介な存在?お前より厄介な存在などそういないだろ、”不死身”と呼ばれる殺しても殺せないお前に比べたらなぁ!!」
重量のある戦斧を持っているとは思えない速度でロイズに迫るソフィア…だがロイズは振り下ろされた戦斧を抜いた剣で受け流し、戦斧は甲板にめり込む。
「相変わらず馬鹿力で。だが…前にも言ったでしょう?イモータルと呼ばれるのは嫌いだ、と!」
受け流した動作から瞬時に斬擊を繰り出したロイズにソフィアは笑みを浮かべて剣を紙一重で躱す。
躱した時に剣の切先がソフィアの鈍色に輝く髪を数本斬り飛ばし宙を舞う。
「事実だろう!あの日私は確かにお前の心臓を抉った!だが…お前は生きている!私は腕を失い、お前の相方は声を失った!だがお前は何の傷も残っていないときた!知っているか?人間はなぁ、心臓を抉られたら死ぬんだよ!」
めり込んでいた戦斧の柄を蹴りあげて強引に引き抜き破片を飛ばしてきたソフィアにロイズはやれやれ、といった感じにため息を吐く。
「……私でも死ぬ時は死にますよ」
「ならば今死ね!!」
戦斧を回転させて叩きつけ、ガードしたロイズごと吹き飛ばしたソフィアが左腕をロイズへ向けると肘から先が凄まじい勢いで飛び出す。
「む?!これは!」
飛んできた手を躱したロイズだったがソフィアは身体を捻り飛ばした腕と繋がった鎖をしならせるとロイズの身体に巻きつけ拘束する。
「失った腕をただ義手にしても芸が無い。しかし保護した異世界人が考案したこの“機工腕“は素晴らしいだろう!」
がっしりと巻きついた鎖をソフィアは身体に力を込めてロイズごと振り回してから地面に叩きつける。
叩きつけられたロイズは甲板を突き破って止まったが…
「やれやれ…やはり異世界の技術というのは恐ろしい」
前に戦った銀髪の彼女が使っていた武器にも驚いたのを思い出す。
彼女が使っていたのも何かを飛ばすものだったが…異世界人はこういう奇抜なスタイルを好む傾向でもあるのだろうか?
「どうせ大して効いてはいないだろ?」
「いえ、かなり効きましたよ。首が折れる位にはねぇ」
拘束されているにも関わらずひとりでにゴキっという音を立てて首が元に戻ったロイズをみて呆れた声をあげるソフィア。
「…人間は首が折れても死ぬんだがな、化物め」
「その化物を死ぬ一歩手前まで追い詰めた人間がこの先にいるんだがね。改めて問うが…ここらで退いては貰えないか?」
「何を言うかと思えば…そんな楽しそうな話を聞いてはなおのこと行かねばなぁ!」
「…そうですか。ならば仕方ない」
フェイスガードの下で薄く笑みを浮かべるとロイズは何事も無かった様に身体に巻きついた鎖から逃れ、剣を半回転させて足元に突き刺し剣先から光が放たれる。
「私の役目は充分果たしたので。…出来れば私の手でファーレンの分を返したかったのだがね」
ロイズが得意としている転移陣の発動を察知してソフィアが叫ぶ。
「待て!逃げるのか!」
光に包まれながら最後にロイズはソフィアへ向けて口を開く。
「帝国の局長が探している人物がこの先に。向かうのは自由ですが精々死なぬように」
“生きていたければ要らぬ欲を出さぬ事です“
完全にロイズの姿が見えなくなるとソフィアは舌打ちする。
「逃げられたか…しかし何故わざわざ目的を話す?」
あのロイズは意味もなくこの様な事はしない。何か狙いがあるのは間違いないだろうと思うが…
あの局長が探している人物…そういえば前に奴の子飼いの魔術師が訪ねてきたな。
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『銀髪の異世界人を捕まえる為に協力を要請したいそうです』
『ふん、何を言うかと思えば…あの局長はまた何か企んでいるようだな?』
『企むなどとんでもない!ソフィア様が介入して以来異世界人はシュバイツァー公爵様の屋敷で“極炎煌”サハラディール様が庇護しておられますし…ソフィア様の旦那様である“竜狩り”シリュウ様までついているとなればあの方も迂闊な行動は出来ないでしょう』
当たり前だ。異世界人を無理矢理増やそうなどと馬鹿な計画を立てた下衆が。私の旦那がたまたま逃げ出した異世界人…ミキから事情を聞いて私に知らせてくれたから発覚し、人間牧場などというふざけた施設を破壊した後何故か治療院にいた局長を捕まえてミンチにしようとした段階で第二皇子が出てきて止められた。
それ以来確保されていた異世界人達は私の友人であるサハラディールの庇護下になり今まで虐げられていた事で受けた精神的な傷をケアしている。
『なら何故…』
『第二皇子殿下の要請ですからね。どこで資料を見つけたのか分かりませんが…“欲しい“と望んだそうです。無論…局長も本音は欲しいのでしょう』
この魔術師はあまり信用は出来ない。裏で闇ギルドと繋がっているのは知っているが局長にこき使われている間は見逃すつもりだ、何故か?私に害は無いからだ。
『馬鹿皇子め。妾が欲しいならまず自分の容姿と行動を見直せと言った筈なんだが…分からんらしいな』
以前にもこんな事があったがその時はエルフの娘だった。
強引に連れていこうとしていた所に陛下へ報告が入り慌てた陛下が直々に飛んでいったのだ。
その場は収まったがそれを耳にした私の夫…シリュウは激怒した、愛刀を握り城へ乗り込むと馬鹿皇子を殺そうとして陛下になんとか止められたらしい。
話を聞いて私はいっそ殺しておいたほうが平和だと思ったが流石に不味いので旦那を連れて帰ったな。
修羅の掟でエルフに手を出す者は斬り捨てるのだ、と怒りながら話していたシリュウを宥めるのは大変だったなぁ。
それ以来馬鹿皇子は大人しかったのに…やはり馬鹿は暫くすると痛い目を見た体験すら記憶から抜け落ちるらしい。
『と、経緯はこうなんですが…協力は…『するわけないだろ』…ですよね、ただ…あなたが協力して頂ければあの悪魔と戦う時に心強いとは思ったのですが…』
『悪魔?』
『カルドナにいる冒険者で…重装鎧を着たワイバーン亜種を素手で殺した化物。今回第二皇子殿下が要望した異世界人です』
ワイバーン亜種…?あの局長が自慢していたアレか。
素手で殺した、とは何とも豪快な奴だったんだろう。異世界人はあまり戦闘に特化した人間を見たことがないから驚きだな…ミキも自分のいたニホンは争いという争いはなく平和だったと言っていたと思う。
『純粋に興味はあるがどのみちカルドナでは無理だな。ここからカルドナまで半年以上はかかる距離だ。この前は丁度“竜騎士”の奴が居たから帰ったが…関わるのも馬鹿馬鹿しい』
それでこの話は終わったと思って忘れていた…
「どうやってカルドナからここまで来たかは知らんが…目の前に居るというならば刃を交えるのも悪くないな」
そういって半壊した船から一気に飛んで自身の乗艦である“アイゼンシュタルク“号へと戻って戦場を見渡し…叫ぶ。
「いつまで将を失った有象無象に手間取っているのか!!そんな軟弱者は私の船にいる訳ないと思っていたのは私だけか!!!そうじゃないと言いたいならばさっさと片付けてこい!次の戦場に向かうぞ!」
一喝に呼応してか明らかに動きが変わった部下達を眺めて笑みを浮かべると次に向かうべき方角を見据えるソフィアだった。




