第106話
リンが建物を派手に吹き飛ばしていたのと同時刻…港に停泊していたクイーンオブヴェルサスでは待機していたスケルトン達が動きを見せていた。
“アネゴ!オコッテル!“
“トテモオコッテル!!“
“アネゴノマリョクアレクルッテル!“
“オコオコ!“
カタカタと騒ぐスケルトン達だったが船を出る前にリンからくれぐれも勝手に船から降りないように、と命令されているので船の上であたふたとするしか出来ず…リンが暴れているだろう方角に集まっていた。
“メイレイ、オリルナ!“
“ダケドアネゴマダオコッテルゾ!“
“タタカッテル!“
“アネゴォォォ!アネゴォォォ!!!“
そんな時…1匹のスケルトンが船の縁に登ると慌てる仲間達を背に…
“オレ、アネゴノトコロイク!“
それを聞いた他のスケルトンがわらわらと集まってきてそのスケルトンを止めようとするが…
“アネゴ、メイレイシタ!フネカラオリルナ!“
“ダマッテフネマモレ!コノロクデナシ!“
“ソウダソウダ!“
“オレハ…オシオキサレタイ。イマイキマス、アネゴォォォ!!“
叫びながら飛び降りようとしたスケルトンを仲間達が掴んで船へと引き摺り込むとそのままロープで縛り上げる。
“ヌケガケ!““ユルサナイ!“
“ヌケガケ!““オシオキ、ユルサレナイ!“
“ハナセェェェ!オレハ、オレハ…!“
暴れるスケルトンを尻目にマストへとロープを投げた後縛られたスケルトンが吊り上げられる。
“ヌケガケ、セイサイ!“
“アノモノノジャアクナルココロニセイサイヲ!!“
カタカタカタカタカタカタ!!!
その光景を見た港の連中は何か恐ろしい儀式を始めた、と上に連絡するべく走ったという。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
土煙が舞う中…対峙したリンとクオン、リンドウ。
「お前、帝国と言ったな?教国といい帝国といい何度も私の周りをチラチラと…」
帝国の名を聞き不機嫌さが限界を超えそうなリンはクオンへ向けてもう一度斬撃を飛ばして牽制しつつ心底嫌そうに吐き捨てる。
振り抜いた姿勢から身体を捻り迫っていたリンドウの白刃を躱しながらクオン目掛けて駆ける。
「おっと、帝国と何があったかは知らないが…あまり暴れてくれるなよ!」
クオンは距離を詰めてきたリンから逃れるようにバックステップしながら腕をリンへと向けてパチン、と指を鳴らしたと同時にリンの足元から炎の柱が巻き起こりリンを包む。
「…っチィ!!?」
舌打ちしながらすぐに地面を転がり火を消すと追って来ていたリンドウが居合い抜きを放とうとしていたのをみてまた小さく舌打ちをする。
「逃がさんよ!修羅一刀流“閃“!」
ギィンという甲高い音を立ててサーベルが刀を阻むが…想定以上の衝撃に苦悶の表情を浮かべるリン。
「痛っ…糞が!…その刀、やっぱり見た目通りの重さじゃないでしょ…!」
刀身を見た時から何となくそうかも、とは思ってたけど…受ける側からしたらこんなにやりにくいとはね…!
「何故わかる…?」
「ふん、その威力も結局刀に頼ったものって事でしょ?」
リンドウが刀を構えるとその刀身は…漆黒。
リンの村雨とは違って血のように赤い紋様は入っていないが見ただけで業物だというのは分かる。
「我の剣を受け止めた褒美に教えてやろう、我が愛刀…銘を“夜天“という。修羅に名を轟かす名工羅刹の作品にして”五神刀”に次ぐ名刀。隕鉄を鍛えしこの刀は羅刹とえるふが共に刻みし術式により主と認めた者以外に…「話が長い!」」
いつまで自慢気に話すつもりか知らないけど…この手の人間って話し出すとキリがないのよね。
「あんたの刀自慢は興味ない…刀は業物でも持ち主が三流じゃ宝の持ち腐れよ!」
打ち合わせる度に衝撃が辺りを走り抜け、その剣戟の凄まじさを物語る。
「我を三流というか!小娘ごときが!」
リンのサーベルを受け流したリンドウは下段から斜めに斬り上げ、そのまま握りを変えて振り下ろしの動作を瞬く間に繰り出す。
これはヤバい!
リンの直感がこれは普通に受けると危険だ、と警笛を鳴らす。
斬り上げを後ろにステップを踏んで躱すと、リンドウが放った神速ともいえる速度で迫る振り下ろしで回避が間に合わず前髪が空を舞う中…本命の三手目…稲妻の様な刺突がリンの首を掠めていく。
「“三途渡し“を躱すとは…!」
「ただ速いだけの三連撃には過ぎた名前ね」
頬に伝う冷汗…単純に剣の技量では相手が上だな、と内心思いつつそれは顔には出さず軽口を叩くリン。
話している間にまたクオンが指を鳴らしたのが聞こえてすぐにその場から飛び退き空中でサーベルを構え、振り抜く。
「さっきから目障りね…!“飛空閃“!」
切り裂いた大気が刃となってクオンを襲い、クオンが地面から土壁を出して防御したのを見てリンは亜空間からバレットを取り出そうとしたが…
やっぱり使えない、か!
フィリアとの戦い以降亜空間にアクセス出来なくなっていたのは分かってはいたけど…
武器以外ならいけるってのに肝心な時に使えないなんて…!
取り出すのは諦めて一番近い位置にいた敵へと目標を変更、地面に落ちていた石ころを拾って投げつける。
唸りを上げて飛んでいった小石はリンを狙ってボウガンを構えていた男の頭を吹き飛ばす。
さっきから視界の端でカディスとロッシが戦ってはいるけど大半は私を狙ってる。
考えながら放った斬撃がクオンのいた場所を抉りながらまた別の建物を吹き飛ばし、ついでに地面を擦るように蹴り上げて砂をリンドウへお見舞いするとさっき敵が落としたクロスボウとボルトを拾ってまた走る。
「っ!」
クオンがまた放った魔術…地面から岩の槍が飛び出してきてリンの肩を掠めるが構わずクロスボウを撃つ。
装填こそ面倒だが装填さえしていれば引き金を引くだけ、狙って放たれたボルトはクオンの足へと当たる直前…光の壁に阻まれて弾かれた。
「おっと!魔術師が対策してない訳ないだろーが!!」
障壁は魔術師なら必ず使う。そして熟練の魔術師ほど自分の障壁の強度には気をつかう…クオンももちろんそうだ。
ボルトを弾いてクオンは油断した。誰でも知っている事…クロスボウは再装填には時間が掛かる以上2発目はない、と。
確かにクロスボウは連射出来ない、けど飛んで来たのはクロスボウのボルト…ではなくサーベルだった。
「…死ね!!」
全力で投擲したサーベルはクオンが5枚重ねて張っていた障壁を容易く貫通、そのままクオンへと突き刺さる…前にリンドウが割って入り刀で受け止めるが…全力で投擲されたサーベルはリンドウでも衝撃で全身が悲鳴を上げた。
「ぬぅ…!あの細腕から何故この様な一撃が放てる?!しかし剣士として武器を手放したのは愚かだと知れ!」
唯一の武器を捨てる、それは即ち敗北に繋がる。
リンドウにとって武器を自ら手離した時点でこちらの刀を防ぐ術を無くしたリンの行動は無理矢理クオンを仕留めようと焦った結果だと。
ただ…リンにとって武器とは戦いを有利に進める為に使う道具であり必要な時に有効に使い、必要なければ躊躇う事なく捨てる。
…リンドウは予想以上の強さを見せたリンが武器を捨てた事で少し油断した。剣士が剣を捨てた以上少なからず不利になるのが当然なのだから。
「わざわざ1ヶ所に集まってきて世話ないわね!」
だがその認識の違いは致命的だった。
リンドウが煌めかせる剣閃を掻い潜り、目の前まで到達したリンが口角を吊り上げる。
「いつ、誰が…私が剣士だと言った?」
早坂流格闘術“震脚“!
思いっきり地面を踏み抜き足場を砕き、踏ん張りが効かなくなったリンドウが一瞬よろけたのを見逃すリンではない。
震脚はそもそも攻撃する技じゃない、強烈な技へと繋ぐための予備動作技であり踏み抜いた勢いに乗せて繰り出されたのはかつてフルプレートメイルの騎士を鎧の上から吹き飛ばした技…!
「馬鹿共が、地獄で後悔してろ…!“嵐壊烈派掌“」
リンドウの身体に掌底がめり込み後ろのクオンもろとも進路上の建物を巻き込みながら吹き飛ばす。
「……しまった、帝国の情報ぐらい聞き出せば良かった」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「っ…。おい、生きてるかリンドウ?」
「…………」
瓦礫の下から這い出したクオンが近くで転がっていたリンドウに声を掛けるが返事がない。
まさか死んだのか…?と思ったがそんな訳はないと思い直す。
「これが無かったら死んでたな」
手に握っていた宝石が音もなく砂となって消えていくのを眺めていると…
「…完敗だ。まさか剣士ではないとは…」
起き上がったリンドウが呟くのを聞いてクオンも頷く。
「お前と同レベルで斬り合える人間が剣士じゃない、なんて想定出来る筈がないだろ」
あんなデタラメな人間初めてだ………そもそも人間なのか??
アンデッドじゃないのは間違いない、ただアレは人間でもないな。
「あんな化物が同じ人間でたまるかよ」
「それは同感だが…何とかもう一度話がしたいものだ。あの女は刀を、いや夜天の特性を知っていた…もしや何処かで羅刹の作品を見たのではないか?」
「またお前の悪い癖が出てるぞ。刀を探すという目的は分かるが…もうかなり探し尽くしただろ」
「む…そうではあるが…これは我の趣味だ。お前に従う事と引き換えに刀を探すという契約だっただろう?」
確かにそうなんだがなぁ。リンドウが求める刀は色々とあるが…特に羅刹が打った刀を探してる。
確か……
不死鳥の風切り羽を材料として打たれ、抜き払った刀身から火の粉が舞い散るという秘剣”陽炎“
百年以上前にかの黒騎士と戦った勇者が持っていたとされる神刀”建御雷神“
晩年の羅刹が手に入れた不可思議な鉱石で鍛えたと記され、かの大戦でもっとも多くの敵を斬り伏せた侍…伊丹龍蔵の愛刀だと言われている幻の妖刀”村雨“
そして…この街を実質支配しているあの方が保管している秘剣“夜桜”
夜桜に関してはリンドウが以前交渉しに行ったが無理だったと嘆いていたし、他の刀に関しても眉唾ものの噂程度しか情報がなく、捜索は進んでいない。
建御雷神は魔族達の間で物語として有名な黒騎士が当時の勇者から奪ったと何かの文献に書かれていたらしいがその黒騎士自体が本当に存在していたのかも分からん。
陽炎はドワーフの名工が所蔵しているとまでは確認したが幾ら金を積んでも売る気はない、と断られた。ただ最後に…使い方を分かってる奴を連れてこい、と言っていたらしいからリンドウを連れていくのはアリ、だが…まだやることがあるのでリンドウにはまだ教えるつもりはない。
教えたら確実に今すぐ向かうぞ、と言い出すからな。
「あと残ってるのなんざもう伝説になるような奴等が持っていた、とかしか手掛かりが出てこない以上どうにもならん」
「修羅の王なら…」
「冗談はやめてくれ、あの国に部下が入れる訳ないだろうが。どこの国にも部下はいるが修羅だけはいないし俺も入れない、お前も今は無理だろ?」
理由は至極簡単な話だ。単純に入国する事が出来ない。あらゆる手段を用いて正規ルート以外で入国しようものなら早晩には死体となっている。
修羅という国は国としての広さは帝国の1/3程度しかないが国力が強すぎてどの国も修羅には手を出さない。
何故なら修羅は国民全て女子供に至るまでが修練を積んだ侍なのだという。
実際幾度となく侵入を試みる輩は後を絶たないが成功した者はいない…修羅は独自の方法で国内に防衛網を敷いていて港以外から入る事は叶わず、その港すら入港出来る船は少ない上にそこから先に進む事が出来るのは更に一部だ。
「えるふを迫害した者共を国に入れる訳にはいかぬからな。我が修羅とえるふの盟約は絶対だ」
そう、修羅の人間は義理を欠かさず約束は違えず…交わした契約は絶対に守る。
昔エルフ達に国内の危機を救われた事で恩を受けた修羅…それから何百年と交流を続けていたのだが…周辺諸国が連合を組んでエルフが持つ秘技や魔法技術、そしてエルフは総じて見目麗しいので奴隷として捕まえる為にエルフの国へ侵略戦争を仕掛けた。
最初の戦でかなりの数のエルフの里や集落を落として勢いに乗っていた連合軍だったが…後に踏んではいけない虎の尾を踏み抜いた事を後悔する事となる。
エルフの危機を知らされた修羅の国はすぐに動く。
各国に拐われ奴隷として売られたエルフを救いだした後、エルフを自国内へと招き入れ守護すると同時に関与した周辺諸国全てに宣戦布告…その半数を滅ぼした。
これが俗に言う”修羅戦争”と呼ばれた戦いだ。
修羅にどんな大軍を差し向けても勝てず、とある国に至っては逆に送り込まれた数人の侍によって王族全て斬首刑に処された。
次々と国を落とす修羅と諸国の状況を重く見た帝国の皇帝がエルフと修羅の王に会談を設けたいと伝える。
その後直接会談を設けた帝国の皇帝に対して修羅の王は条件を提示した。
エルフに対する周辺諸国からの謝罪と賠償、直接指揮した王とその家族、関与した王族や貴族、奴隷商人に至る全ての人間は死を免れる事を許す訳にはいかぬ、と。
その条件を全て承諾した皇帝は大義を掲げ関与した全ての人間を残らず処刑しエルフに対して今後一切の手出しを禁ずる旨を諸国へと周知させた。
それ以来修羅の外で暮らすエルフは少なくなったがそれでも今はエルフが悲惨な目に遭うことは決してない。
エルフ達の森と共に静かに暮らす、という願いはこれからも脅かされることはないだろう。
「修羅に入国出来るのは修羅の人間とエルフ、後は昔から交流しているドワーフと一部の商会だけだ。帝国だろうが教国だろうが権力ではどうにも出来ん。それが修羅だろ?」
「その通りだな。ただ、修羅の者しか知らない入国条件があるぞ」
「そんなものが本当にあるのか?」
「うむ。…修羅の侍を屈服させた証を持っていれば入れる」
あの話は事実だったのかよ。
屈服させた証…どういう原理かは知らないが修羅の侍が認めた人間は港の関所で止められない、という眉唾な話だったが…どうやら本当らしい。
「しかし、もし認めた者が何か良からぬ事をしでかした場合…その責任をとって腹を切る掟だ、そうなれば末代までの恥であるからな。我も未だ認めた者はおらぬ」
「俺は駄目なのか?」
クオンがそう言うとリンドウは笑い飛ばした後目を細める。
「我とお主の契約を今すぐ終わらせて我を倒すなら考えても良いが…お主では死ぬだろうな」
分かりきった事だった。長い付き合いではあるがリンドウにとって単なる契約相手でしかない上に俺は魔術師だ。挑めばまず間違いなく死ぬだろう。
銀髪の女が異常だったのだ、今回はリンドウが俺を庇って負けた。
だが俺という荷物無しにリンドウ単体で戦ったとしても勝てるかは怪しいと思う…なんせあの女は俺とリンドウに加え数人の部下を同時に相手していたのにあっちはほぼ無傷、俺達はこの様だ。
「この機会に1つ忠告しておくが…今の帝国、教国は信ずるに値しない。もしそれらの国が修羅の掟に触れるにも関わらずそれにお主が加わるなら…その首を落とす。それだけは忘れるな」
この間の話か…帝国や教国が集めているという異世界人達を探すのを手伝えって依頼だったが…
「あんな怪しすぎる依頼受けないさ。まだ殺されたくはないからな、しかも関わるメリットよりデメリットの方が多い様な話だぞ?受けるほうがどうかしてるぜ」
ギフト持ちの異世界人を相手に捕縛だとか冗談じゃねえ。
「あの女がそうだとしても捕縛なんてとても出来る気がしないだろ」
「うむ…次は慎重に接触せねばならぬな!」
いや、もう関わりたくねーよ!とは思いながら…リンドウの様子からしてどうせすぐ会うことになりそうだ、とは思うのだった。




