第103話
スカルハイランド…ここは海賊達が作り上げた楽園でありながら同時にあらゆる勢力に対抗するために武装した要塞都市である。
ここでは外の法は通用せず独自に定められた法によってのみ裁かれる。
「聞いたかよ?“シルフィード“の奴等がどこぞでしずめられたってよ!」
「あぁん?アイツらは逃げ足だきゃはええってのにか?」
「ああ、奴等の船の残骸を拾った奴等がそう言ってたぜ?」
シルフィードの連中に乾杯!
スカルハイランド内の酒場で次々と掲げられるジョッキ…彼等にとって同業者が沈められるなんて日常でしかない。
いつもどおり騒がしい酒場だったがバンッという音と共に荒々しく開かれた扉から男が転がり込む。
「ぎゃはは!ダセえな!もう酔っぱらっちまってんのか?!」
近くにいた酔っぱらいが転がり込んだ男に近づくと男は冗談言ってる場合じゃねえ!と叫ぶ。
「み、み、港に!」
「港がどうしたんだよ?帝国か聖教国でも攻めてきたかぁ?!」
あははは!と笑う男達に駆け込んできた男が違う!という。
「そんなもんじゃねえ!!出たんだ!」
男の様子がおかしいと気付き周りの男達も笑うのをやめる。
「おいおい、まじでどうしたんだよ?」
「幽霊船…だ」
「あん?幽霊船?んなの暗黒海域にいきゃ幾らでも…」
「港に入ってきたんだ!幽霊船“クイーンオブヴェルサス“が!!」
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スカルハイランドの港には常に様々な旗を掲げた海賊船が停泊していて賑わっているのだが…今この時だけは喧騒も消えて静まり返っていた。
「なぁ…あれはなんだ?夢か?」
港を管理するオレッツィオファミリーの男が信じられない光景…毎日荒くれを相手にしている男でも流石に現実から目を逸らしたくなった
船首に戦女神であるヴェルサスの像を頂いたその船はゆっくりと港を目指して進んでくる。
「伝説じゃ暗黒海域から出られねえ筈だろ…!」
海賊なら誰もが知る話…裏切りの末暗黒海域に囚われた海賊船…ボロボロの船体に特徴的な三本のメインマスト…その破れた帆に描かれた戦女神。
そんな外見を持つ船は後にも先にも1隻しかいない。
「おい!何があった…ってあれは」
駆けつけてきた男はその船を確認するとすぐに近くに待機していた側近へ指示を出す。
「急いで“風呼び“に知らせろ!それと…絶対にアレには手を出すな!いいか?この港にいる全ての連中に伝えろ、絶対に手を出すな、と」
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「どこを見ても海賊船…本当にこんな場所があるとはねぇ」
「昔とはちと変わってますが…懐かしい気分ですね」
港が近づくにつれリンはあることに気が付く。
「もしかして…港全体が海に浮いてるの?」
「よく気が付いたすね、スカルハイランドは島自体はすげえ小さいんで後から少しずつ増設されていったんでさ」
通りで歪な形をした部分があるわけか。
「というか何か叫んでるみたいだけど…」
桟橋の先で旗をもった男が何事かを叫びながら一定方向に旗を振り続ける。
「俺達が停泊する桟橋を指示してるんでさ」
カディスがリンに答えながら操船して指示に従う…暫く進むとまた別の男が旗を振って合図を送る。
「姉御、どうやらここみたいですぜ?」
リンが頷くと周りにいたスケルトンに指示を出す。
「錨おろせ!!」
スケルトンが錨を下ろすために巻き上げ器のストッパーを解除すると勢いよく錨が海へと沈む。
「帆をたたんでロープを!!」
指示に従ってスケルトン達が半分ほど畳んでいた帆を全てたたんで、係留ロープを桟橋へと投げる。
桟橋で待機していた男達が投げられたロープをしっかりと桟橋に固定したのを確認してからそこでリンは気づく。
「そういえばアンタ達って船から降りられないんじゃない?陸に上がれないんでしょ?」
「大丈夫ですぜ?ここは陸じゃない、さっき姉御に説明した通り単純にこの街は海に浮かぶ巨大なイカダですからね」
なるほど、陸地ではないから問題はないのか…いやそもそも根本的な問題がある。
「スケルトンを連れて歩くのは…あり?」
「さぁ?俺達が生きていた頃にゃあ居なかったですが…大丈夫なんじゃないすか?駄目なら船で待機しときますぜ?どのみち船を守らないとなんで」
「……まぁカディスだけなら大丈夫か。それと…アイツも連れていくわ!デリー、ロッシを連れてきて頂戴!」
近くに待機していたスケルトンのデリーが敬礼して走り去る。
暫く待っているとデリーはこの間捕まえた海域船…シルフィードの船長ロッシを連れてきた。
「とうとう処刑か…?」
絶望した顔でそう呟くロッシにリンは呆れながら
「なに馬鹿な事言ってるのよ、この間話したでしょ?協力するなら船を用意してやるって」
正確には協力するならば命の保証はするし代わりの船も用意する、だったが…
「本気だったのか、あの話…」
「当たり前じゃない。わざわざそんな冗談言わないわよ…それで早速だけど私と一緒についてきてくれるかしら?この街は来たことがないから色々と…ね?」
「あ、あぁ…それは構わないが…」
「ちなみに逃げたいなら逃げても良いけど…私から逃げ切る自信があるならね」
「しない!約束は守る、さっきの話で本気だと分かった以上こちらに不利な事がないからな」
生かされる上に船まで用意すると言われれば否とはいえない。
「じゃあ決まりね、カディス!ロッシと一緒に来て。上陸するわよ」
カディスはすぐに頷くと部屋に戻って装備を整えて戻ってくる。そしてロッシにほらよ、といってロッシから取り上げていた装備を渡す。
「姉御が協力してくれって言ったんだ、その協力者に死なれちゃ困る…それに…俺達がみすぼらしいと姉御が舐められる。それはよろしくねぇだろ」
船長が舐められるのは海賊にとっても、いや船乗りにとっても屈辱的なコトだ。
それが分かるロッシは頷くとすぐに渡された装備に身を包む。
「準備出来たみたいね?…なら行きましょ」
堂々とした出で立ちで歩くリンは肩に掛けたいつもの軍服が風に靡きどこぞの提督だと言われてもおかしくない雰囲気を纏っていた。
リンが船の縁まで来るとすぐにスケルトンがタラップを桟橋へとおろして敬礼する。
「船の守りは任せたわよ?」
「カタ、カタカタ!」
バサッと翻る軍服…その背についてタラップを降りた3人を待っていたのは完全武装した海賊達だ。
「ようこそ、海賊達の楽園へ。一応決まりなんで入港料を払って貰えますかね?」
リンに下品な視線を向けながら周りを囲む海賊達の中から少しだけまともそうな男が出てきてそう言うと手を差し出す。
「ロッシ、幾ら?」
「この船なら大体金貨1枚ってところだと思う」
「おや?シルフィードのロッシですか?何故あなたが…まぁそれは良いですが…貴女自身の安全を買うためには金貨1枚じゃあ無理ですねぇ」
「……は?」
「ここはならず者の巣窟ですよ?あなたみたいな女がここで襲われないようにするには…相応の金額というものが…」
そこまで言った時、口を開いていた男の胸ぐらを掴んで引き寄せたリンは一言一言に力を込めて言う。
「それは、私に言っているのか?なら笑い種だな。その理論で言えば逆にお前達が私に金を払うしか無くなるぞ?身の保証をして欲しいならな」
咥えていた煙草を男に向かって吐き捨て紫煙を吹き掛ける。
「あまり舐められるのは好きじゃない。お前らは言葉と態度を選んだ方が良いな…長生き出来んぞ?木っ端が」
リンの圧におされて周りの海賊達が一歩ずつ下がる。
そこでリンが胸ぐらを掴んでいた男を離し改めて問う。
「…で?幾ら?」
震える男がい、1枚です!と言ったのでリンはニコッと笑って金貨を1枚男に握らせる。
「これでいいわね?」
何度も頷く男の横を通ったリン…海賊達がすぐに脇へとどけて道を開ける。
すぐ後ろをついてきたカディスとロッシにリンはいたずらっぽく笑う。
「案外安かったわね?」
「いや、そりゃ姉御だったからでさ」
カディスの言葉に頷くロッシ。
「普通は桟橋を仕切っているアイツらに主導権があるんだが…アンタには心底逆らいたくないと思ったよ」
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へぇ…海賊達が作った街にしてはまぁまぁ活気があるのね。
あれから暫く街を歩いていたリンは周りを眺めながらそう思った。
「ま、やたらと見られるのは仕方ないか。カディスは目立つしね」
「やー、俺じゃなくて目立ってるのは姉御…」
「俺からすればどっちもだが…?」
道行く人全てがリン達に注目しているのも仕方がない…1人は荒くれの中では異色とも言える美貌をもった女性だし、その女性が従えているのは強者の気配を漂わせるスケルトン…
「姉御が美人なのもありやすがね、ある程度つええ奴等は肌で姉御のヤバさを感じ取ってるんでしょうね」
こちらを見てはいるが先程の様に下品な視線を向けてこない連中がそうなのだろう、けして目線を合わせようとはしない。
「その方が楽でいいけどね。いちいち構ってたらキリがないし…っと!」
不自然にリンへと近づいて肩をぶつけようとした男の腕を掴んで地面に引き倒す。
「スリならもっとバレないようにしなさいよ、めんどくさいわね」
引き倒され、悶絶していた男に囁くとまた歩き始める。
「なんか…姉御は絶好調みたいですね」
「んー?まぁね、最近ずっと海の上だったし…ストレスが溜まってたのかも」
その捌け口にされる奴等はたまったものじゃないが…とはいえずロッシは黙って倒れた男を跨いで進む。
「ロッシ、酒場はどの辺?」
「もう少し先だな、何ヵ所かあるが…今から向かう酒場が一番近い」
それから何度かスリを撃退しながら歩いていたリンがようやく酒場の入り口へと辿り着く。
「なんだかいい匂いがするわ」
「ここはメシが旨い。だからか常に一定以上の客がいるし、有名な奴等も通う」
扉を開けて中へ入るとすぐに露出の高い店員が走ってきて席に案内される。
一瞬カディスを見て固まったがすぐに持ち直したのは流石だな、とリンは感心しながら案内された席に座る。
「見事にむさ苦しい男ばっかりね…」
周りを見渡しても店員以外に女性はいない。
「まぁこんな場所にはよっぽど腕に自身のある女しか来れないだろ。そもそもこの街にいる女なんて大抵奴隷か訳ありで流れてきた奴等だ、録な女はいない」
「あら、随分な言い種ねロッシ。あたしはアンタがどっかでやられたって聞いて枕を涙でぬらしてたってのにさ」
さっきの店員とは違う女性がロッシに抱き付く。
「知り合い?」
「…腐れ縁だ」
「ひどい!ずっとアタックしてたあたしを差し置いてこんな美人と店に来た挙げ句それ?!」
「彼女はそんなんじゃない」
「ふーん?ならいいけど。あ、アタシはカーニャっていうの、あなたは?」
「リンよ、よろしくね」
空いてるから座ったら?と言ってカーニャに隣の椅子を引いてやるとありがとう、と言って座る。
「あの、1つ聞いていい?」
「なにかしら?」
「そこの…スケルトンは…?」
「ああ、私の獣魔?のカディスよ。大丈夫、普通のスケルトンじゃないから襲ったりはしないわ」
「へへ、よろしくな?旨そうなお嬢さん」
ふざけてそう言ったカディスに肘打ちをお見舞いするリンを見てカーニャがほっと息を吐く。
「大丈夫そうだね、何年か前にスケルトンを従えていた海賊も居たには居たんだけど…ってそうじゃなくて!ロッシ!大変よ!幽霊船!出たんだって!しかも港に停泊してるって!」
「知ってるさ、だから騒ぐな!鬱陶しい!」
「しかも!その船から降りてきた美人船長が港を管理してるアレッツィオファミリーに喧嘩売ったんだってさ」
「美人船長…まぁねぇ」
「姉御…にやけてますぜ?」
そりゃ化物だの悪魔だの言われるよりは嬉しいからね!
「って…え?じゃあもしかして」
「はい、私がその美人船長でぇす」
手をヒラヒラとさせておどけるリン。
「本当に?」
カディスとロッシが頷く。
「まっずいよ!今アレッツィオファミリーの奴等があなたの事探してるっていってたよ?!」
「そうだろうな、あれだけ面子を潰されたらそうなる」
「ま、探した所で姉御をどうにか出来るとは思えねえがな」
注文していた料理と酒が来て食事を始めるリンをカーニャは信じられないといった目で見る。
「あのアレッツィオファミリーだよ?怖くないの?」
「さぁ?あの、とか言われてもね~。どれ程なのかが分からないし…正直彼等レベルなら一方的に皆殺しに出来るからね」
「本当に出来そうなのが姉御の怖いところだな」
出来そう、じゃなくて実際出来る。あんなの今まで戦ってきた奴等に比べたら塵芥みたいなもんだし。
「貴女もなんか頼んだら?支払いなら気にしなくていいから」
「ええ……?そんな落ち着いて食べてる場合じゃないと思いますよ…?」
「カーニャ、この人は多分本当に気にしてない。言っても無駄だぞ?」
「ロッシまで…」
「よく考えてみろ、今こうしてメシが食えてるのが不思議じゃないか?誰も絡みにこない、そんなことあるか?」
そういえば…これだけ目立つのに酒場内にいる海賊連中が誰も絡んで来てない
「それが答えだ。わかったら大人しくメシを食え」
「そうそう、食事は楽しく…ってね」




