第102話
真っ青に晴れ渡る空にどこまでも続いているかのような海原…その海を航海する船…
「あれからもう1ヶ月近く経つけど…全く現れる気配がないわね…あ、その板ちょうだい」
「どうぞ、まぁそうっすねぇ…来るならさっさと来いと言いたいですが…ね」
照りつける日差しのなかリンは甲板の穴を塞ぐ作業に勤しんでいた。
「…しっかしどこもボロボロ…これでよく沈没しないわね」
「俺達が言うのもなんですが…まぁ幽霊船っすからね、…あぁでも1度は沈没してますぜ?」
「全く笑えないけどねー」
何故リンがこんなことをしているか…まぁ当然といえば当然なのだが…この見た目では港に寄ることすら出来ないからである。
「やっぱり1度何処かに寄港して…修理、は無理か」
「無理ですよ、普通の修理は。そういうもんなんです。それに姉御のお陰で俺達は活動出来てる訳で…そもそもアンデッドですから普通の港に入れる訳ないですって」
「だから今こうして私が少しでもマシな様に修理してるんじゃないの」
かれこれ半日ずっと修理してるけど正直全く進まない。
「……だぁぁぁぁ!もう疲れた!!カディス!」
「へい!どうぞ!」
カディスがすぐにリンへ冷やしたエールを渡すと一気に飲み干す。
「……美味い。特に不便じゃないのが困るわ」
「姉御の獣魔になったことで俺達も普通の存在とは変わっちまったんでこんな風に昼でも自由にやれてますがね」
契約した時点でアンデッドとしての制約からは解放されたらしいけど…
「じゃあ呪いもどうにかなったんじゃない?」
「それとこれは別でさ。…大元の死神ホスローは倒しましたけどこの呪いは対となる存在を消す以外どうにもなんねえ…それが果たされて初めて俺達の魂は完全に自由になれる」
つまり今のままじゃ呪いのせいで成仏は出来ない、ただし私と契約した状態なので普通よりは自由がある…と。
「契約のお陰である程度は自由ですが…陸には上がれないですし、このレーヌ海域からは出ることが出来ない。それになにより…このまま血塗れを放置出来るほど温い怨みじゃないんすよ」
「……100年以上縛られればそうもなるわ。…分かってる、必ずアンタ達の呪いを解いて約束は果たす。それがライガットに出来る私の恩返しだから」
知らなかったとはいえあのまま奴隷商人の船に囚われていたら待っていたのは地獄だったのは分かる。
それが単純に私の魔力が目的だったとしてもそれは変わらない。
「…まぁ血塗れってやつを始末したあと暫くは私に付き合ってもらうけどね、帰るにもその手段すらないんじゃ話にならないわけだし」
「もちろんでさぁ。姉御が望む限りどこまでもお供いたします、我らが船長」
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レーヌ海域北にある聖教国直轄港…サントアルムス。
この港に停泊する船の中でも一際目立つ船があった。
「おい…珍しいな。“セインツロウ“がここに停泊してるのは…補給するにしてもなんでわざわざこんな所に…」
「あぁ最近ここに来た商人がいただろ?何とかって商会の…そいつらが見たんだってよ」
確かに数日前に入ってきた武装商船の乗組員が泡くって詰所に駆け込んだのは知ってたが…
「どうせ海賊だろ?ここ最近やけに海賊が幅を利かせてるからな」
「それがよ…昨日酒場でその船の船員が話してんのを聞いたんだが…“クイーンオブヴェルサス“を見たそうだ」
「はぁ?ありゃただの寝物語だろ?宝を探して争った海賊が呪われたって話だったか?」
「…寝物語なんかじゃねえ、実話だ。俺の曾じいさんから直接聞かされたからな」
「だがよぉ…そうだったとして帝国海軍と睨み合いしてる筈のセインツロウが出向くような事件か?セインツロウが抜けたら帝国海軍が…」
「貴殿方はどうやらクイーンオブヴェルサス号について何か知っているみたいですね」
背後から冷たい雰囲気を漂わせる声が聞こえて振り返る。
「…“聖銀“ミレディ…様」
白銀に輝く軽装鎧を身に纏い、透き通るような金髪を靡かせる女性…聖教国海軍セインツロウの船長…“聖銀“ミレディ=ハートロッドがその美しい顔をしかめて立っていた。
「知っている…と言いましても…こいつの曾じいさんが話していたってことを今聞いた位でして」
「なるほど…私にも詳しくその話を聞かせて頂けますか?」
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「…ふう。やっと小競合いから解放されたかと思えば…今度は幽霊船ですか」
船長室でソファーに座ると今さっき船へ届けられた書状を開きながらため息を吐く。
「たかが幽霊船…浄化するだけの話でしょうが…?!」
書状の内容を見て目を見開く。
「聖騎士団が…浄化に失敗?そんな馬鹿な話が」
書状には聖騎士団から送った1級武闘神官が浄化に失敗…その神官の報告ではアンデッドに対して浄化を行ったが効果がなく、乗り込んできたスケルトンに船員全てが捕縛されたとある。
「浄化が効かない…?」
しかし…1級武闘神官がスケルトン程度に遅れを取る筈がない…あれらは厳しい修行の末行われる試練を乗り越えた猛者しかなれないのだから。
読み進めていくと神官はスケルトンではなく銀髪の女性に敗北した、と書いてある。
「銀髪の女性……確か以前ロイズが“銀髪の女性と戦ったが完敗でしたな“と言っていたな?」
聖教国でも戦闘に特化したあの老人をして化物と言わしめた女性…確か…
「リン=ハヤサカ、だったかしら。…いや、だけどロイズが戦ったのはこのレーヌ地方から遥か遠方である王国領のカルドナだったはず…それはあり得ない」
距離、時間的にも不可能である以上別人だろう。
しかし…本国は一体何を考えているのか…帝国に対する抑止力となる私とセインツロウを動かしてまで対処する必要があるのか?
港にいた船乗り達の話を聞いてはみたが噂や伝承以上の有力な話は無かった…
「裏切りから呪われた海賊…元は聖教国の船と聞いた時は驚きましたが…今更驚異になるとは思えない」
ミレディが思案に耽っていると扉がノックされる。
「…入れ」
「失礼致します!第2艦隊旗艦“レーベヘル“より応援要請が届きました!」
「レーベヘルから応援要請?」
「は!“暗黒海域付近で海賊同士の戦闘を確認、その内の1隻はクイーンオブヴェルサス“と」
「やれやれ…目標が現れた以上出向くしかありませんね…総員に出港準備を、対アンデッド用装備を使用出来るようにしておきなさい」
了解致しました!と言って退出した部下に続いて部屋を出る。
カンカンカン、と出港を告げる鐘が打ち鳴らされ慌ただしくなる船上を眺めながらミレディは使い魔を呼び出して伝令を送る。
「第2艦隊であれば大丈夫だとは思いますが…」
セインツロウのマスト全てが帆を広げて風を掴むとゆっくり港から離れていく。
「幽霊船などに構っている暇はない。速やかに排除させてもらいましょう」
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「姉御!!後方に船影!!艦首砲…来ますぜ!」
「とにかく回避!…血塗れじゃないなら相手するのも面倒だってのに!」
カディスが一気に舵を切り、船体が軋みをあげながら旋回していく。
「カタカタカタカタ!?」
「アンタ達!振り落とされるんじゃないよ!!」
すぐ近くに砲弾が着弾して水飛沫が上がる。
「カディス!!次は取り舵!!」
「アイサー!」
マストに登ったリンが砲弾の軌道をみて指示を出してカディスが操船して回避する。
「左舷砲戦用意!!進路そのまま…引き付けなさい!!」
相手の船はこちらが砲戦に入ろうとしているのを見て応戦するのではなく距離を取るように船を動かしていく。
「……やっぱり動きがおかしいわね」
マストから飛び降りたリンがカディスの近くに着地するとカディスも頷く。
「奴ら…本気で戦う気がねぇみたいですね。だがもうこれで三度目です、追撃して沈めますかい?足はこっちが速いとは思いますがね」
そう、もう3度も同じことを繰り返している…こっちはアンデッドなので休む必要がないからただ煩わしいだけではあるけど。
「相手も流石に夜襲仕掛けても無駄ってのは分かってるはずだけど…何が目的かしら?」
生身の人間相手ならこう何度も仕掛けられれば疲労もするだろうけど…こちらはあいにく私しか生身の人間はいない…それに私も別にこんな状況は慣れてるから大して疲れもしない。
「何処かに誘い込もうとしてるのか…まぁ一番考えられるのは仲間を待ってるって可能性かな」
「ですかねぇ、嫌なタイミングで鉢合わせしなけりゃいいですがね」
「この前の奴等ね?」
「えぇ、姉御が逃がせと言いましたから逃がしましたが…聖教国海軍は間違いなくまた来ますぜ?」
その時戦った神官はそれなりに強かったけど問題はなかった。ただカディス達は契約で縛られているのでどうしても先に手を出されてからじゃないと攻撃は出来ない。
「契約の変更が出来れば良かったんだけど…」
「俺達は大丈夫ですよ、最初の契約のままカタギには手を出さない、それが良い筈です」
じゃねぇと姉御に着いていくのが難しくなっちまう、とカディスが言う。
「海賊なら問答無用なんだけどねぇ…」
「昔と同じなら“スカルハイランド“に行って情報集めたりすりゃ良いんですが…」
「ん?何よそれ?」
「海賊が集まる島っすね、昔はそこに情報を集めに行ったり、厄介な海賊…まぁルールを守らねぇ奴等に懸賞金を掛けたりするんでさ」
「海賊の島ね…今もあるのかしら?」
「どうですかね?俺達の時代でもかなり昔からあったみたいですし…まだあるんじゃないかとは思いますが…」
「そこならこの船も入れる?」
「まぁ…一応海賊船ではありますからね、海賊旗掲げて金さえ払えば入れはするかと。ただ…姉御を連れていくのはあまり気が進まねえっす」
「なんでよ?」
「昔と変わってなけりゃ…ハッキリいってこの世の掃き溜めみてぇな場所なんすよ。賭博、人身売買、売春窟…道端には決闘や追い剥ぎなんかでぶっ殺された死体が転がってたり…そんな所に姉御みたいなのがいけばどうなるか…火を見るより明らかでしょうや」
「…まぁそれに似たような場所なんて散々経験したから構いやしないけど?」
元の世界でもそんな場所はいくらでもあった、マフィアやはぐれ者…犯罪組織等が集って作り上げた街とかね。
…その内の1つで私達の部隊は派手に暴れて裏の世界では高額な懸賞金を掛けられたけど。
「いやいや、姉御の心配はしてませんよ。そうじゃなくて姉御が暴れる事の方が…だって姉御…我慢出来ないでしょう?」
我慢は…そんなにしないわね。
ちゃんと我慢はするけどかるーく我慢の限界を超えてくる馬鹿が多いだけよ。
「あの島はちゃんとルールがあるんで、無闇に暴れるのはご法度なんでさ」
「ルールねぇ…そりゃそうか、好き勝手暴れればそんな場所なんてすぐに無くなるだろうし」
悪党が集まるならルール、掟は絶対守らないとならないってのはどこでも一緒ね。
「私としてはそこに行ってみるのはアリだと思うけど…」
「情報を集めるにはうってつけですからねぇ…聖教国の連中から隠れる事も出来ますし行ってみますかい?」
「決まりね、そうとなればまずあの目障りな海賊を血祭りに上げるわよ!これ以上ちょっかい掛けられても面倒よ」
この後…哀れな海賊が船の残骸と共に流されていた所を聖教国の船が発見、全員捕縛された。
聖教国海軍が尋問を行った時彼等は…
“悪魔の様な女が幽霊船を指揮していた“
“あっという間に制圧された、あんな恐ろしい事はねぇ“
“俺が間違っていた!あんな存在に手を出すべきじゃなかった!“
“神よ、お助けください!“
“アンデッドの女王がいたんだ!信じてくれ!!“
と、いった具合に酷く怯えきっていたらしい。




