第101話
この海で仕事をする海賊にとって出会ってはいけない類いの奴等がいるというのは常識だ。
まず聖教国の神聖騎士団、教国の海軍は世間から悪と断じられる俺達の様な存在は等しく塵に還すのを躊躇うことがない。
次に帝国海軍…こっちは所属する艦隊次第で見逃される事はあるが…“鉄の乙女“ことソフィア=アレメール率いる遊撃艦隊だけは別だ、アホみたいに機動力のあるアイツらの艦隊から逃げる事は出来ないし…捕まったらまぁ処刑台へとまっしぐらだ。
そして…幽霊船の類い。
これに関しては他の海賊連中の中でも意見が割れる、実際に遭遇して逃げ延びた奴は実在するんだ!と主張するが大抵の海賊は負け犬が無様に泣いてやがる、と言って笑い飛ばす。
…俺か?俺は信じてる、何故なら俺も昔そういう存在に襲撃されて生き延びた人間だからだ。
まぁ今こんな事を思い出している訳だがそれは何故かというと…
「…“血塗れ“が存在していた時点でわかっちゃいたけどよぉ………何故俺はあの類いに縁があるんだ?!」
望遠鏡を覗くとうっすらと霧に包まれたボロボロの船体…船首にはその船の名を主張するかの様な戦女神を象った黄金の船首像…
「…“クイーンオブヴェルサス“」
100年以上前に聖教国で造られ艦長…“激流“ライガット=カランディが指揮したクイーンオブヴェルサスは今も当時の海軍最強だと語られているらしい。
そんな昔の話だ、海賊である俺が知っている表の情報はそれだけ…だがアレはもうこの世のモノじゃない。
何故あの船が最強だったのか、今の俺は肌で実感している。
俺の船は速度に自信がある、かつて“血塗れ“の船で有名な“ブラッドファルクス“からもなんとか逃げ切れたからな。
しかし…アレは別格だ。帆は風を捉えて最大限加速している筈なのに距離が開くどころかむしろ追い付かれている。
分かるか?自分の船よりデカイ船なのに足が早いって意味がわからん存在に追いかけられる怖さが。
とうとうクイーンオブヴェルサスが舵を切り真横に船体を向けてくる。
所々バカでかい穴が空いた船体から次々と大砲が迫り出してきてこちらを狙う…勿論というか大砲を動かしていたのは人じゃない…スケルトンだ。
次々と火を吹く大砲から撃ち出された砲弾が容赦なく俺の船に穴を開けていく。
どうせ砲撃戦じゃ勝ち目はない…相手はアンデッドである以上命乞いも無駄だろう…どうせ死ぬなら…!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「姉御!敵船がこっちに突っ込んできますぜ?」
「…へぇ、白兵戦をしかける気ってわけ?」
海賊とはいえ中々根性あるじゃない。
「ねぇカディス?本当にあの海賊からその“血塗れ“って奴の気配がするの?」
「間違いねぇっす、俺達はハメた側とハメられた側で分かるようになってるんで」
カディスが言うにはあの船から血塗れのなんたらってのの気配がしてるらしくてそれを追って私達はここに来た訳なんだけど…
「今更だけどさ…戦う必要…あった?」
「…無いですね。ですが姉御!俺達は腐っても海賊…骨しか残ってなくとも荒くれの魂は失ってねえんすよ!」
いや…まぁ腐って骨しかないんだろうけどもよ。
「しかも…姉御には地図とかも必要でしょう?」
そう、実はこの船…地図がないのだ。
正確には現在の地図がない以上ここ数日海を航海していて困った訳で…そんな時にカディスが近くを通る商船から買えばいいんでは?と言ってそうしようとはしたのよ。
結果…まぁ当たり前なんだけど問答無用で大砲を撃ち込まれて交渉すら出来なかった。
それはそうよねぇ。私でもこんな明らかヤバい船が近付いてきたら撃つ…そして逃げる。
「んで考えた結果が…海賊船を襲う…と。確かに補給するにも出来ないこの船じゃ物資を手に入れるのもそういう手段しかないわねぇ」
「俺達にゃ姉御の魔力があれば良いですがね、姉御はそうもいかんでしょ」
ちなみに物資とは私に必要なモノの事だ、どうやらこのクイーンオブヴェルサス自体が1種の魔物扱いらしくて大砲の玉やら備品自体は契約主である私の魔力で補う事が出来る。
「船まで魔物扱いって聞いたときはなんでよ?って思ったけど…逆なのね。船のオマケがアンタ達って訳だったと」
「オマケと言われちゃアレですがねぇ…」
そんな話をしている間に敵の海賊船が大破して沈み始めたので物資その他の回収に何人かのスケルトンが海へ飛び込む。…勿論身体にロープを括りつけてね。…彼らは骨だから浮かばないし荷物なんて持てば尚更だ
回収班が飛び込むと同時に船の緣にロープが掛かる。
「…あら?どうやら乗り込んできたみたいよ?」
数人の海賊が甲板へと登ってきて近くにいたスケルトンを斬り倒す。
斬られたスケルトンを別のスケルトンがすぐに回収して逃げる。
「マティはもっと鍛えないとダメね」
「やー、アイツ新人でしたから……って姉御?俺達の区別がつくんで??」
「ん?あぁ、なんか獣魔契約?ってのを認識した時点でアンタ達の名前とか分かるし、喋れないスケルトンも何を伝えたいかとかはうっすら分かるようになってきたからね」
こうなってみると案外個性のあるスケルトン達に愛着も湧いてくる…何だかんだでカリムもスケルトンだったから私はスケルトンに嫌悪感を抱く事もない…だって人間なんて肉が無くなればみんなスケルトンな訳だし。
「…1人強いのがいるわね」
「アイツから気配が漂ってるんすよ…どうやらアイツが船長みたいです」
話をしている間にまたスケルトンが殴られ骨を砕かれて倒れた。
「皆を下げて。私がいくわ」
「姉御が?あんな奴等俺達に任せても…」
「そうしたいんだけどさ、倒されたスケルトンの意識が私にも伝わるのよ」
“ヤラレタ!イテエ!“
“アァァァァグヤジイィィィ!!“
“ア、アネゴォォォ!オシオキヲォ“
“アタマ!アタマナクナッタ!ドコォ?“
カタカタしかいってないのに頭に響く声はわりと騒がしいスケルトン達。
「そこまでにして頂戴な。船が沈んだ以上もうアンタ達に勝ち目はない…大人しく降参したら殺しはしないから」
スケルトンだらけの甲板に響く女の声に驚く。
声の方を見ると見たこと無い軍服を羽織った女がスケルトンに道を開けさせて歩いてくる。
「幽霊船に生身の女…?」
どこからどうみても生きている…生きているが…ここに存在するなによりも一番ヤバい雰囲気を纏っているのは間違いなくこの目の前で腕を組んでいる女だった。
「一体何者だ…?クイーンオブヴェルサスの伝説にはアンタみたいなのはいなかったはずだが?」
「…さぁ?その伝説がどうかは知らないけどこの船がクイーンオブヴェルサスで、アンタ達と関わりがある血塗れなんたらを追っている…それだけは間違いないし…これ以上抵抗するなら待っている結果が変わらないのも…分かるわね?」
女の一睨みで後にいた部下達がヘタりこむ…俺も手が震えそうになるが気合いで耐える。
「分かった、俺達の負けだ。好きにしてくれ…だがコイツらは見逃してくれないか?」
「別に好きで殺す訳じゃない。大体足を止めるのに砲撃したのに突っ込んで来たのはそっちでしょ」
ほら、と言って女が指差した方を見ると身体にロープを巻き付けたスケルトンが怪我をした俺の部下達を海から引き上げている所だった。
「最初から話をするだけのつもりだった、って言っても信じないでしょうけど…話を聞く気があるならついてきて」
踵を返す女についていこうとした時…
「そこ、その骨踏まないでね?アンタ達も顔を踏まれたら嫌でしょ?」
足元を見ると転がっていたスケルトンの頭に気がつき慌てて避ける。
「…カタカタ!!カタ!」
「はいはい、さっさと拾ってアンタも回収に行きなさいよ…」
頭を拾って敬礼したスケルトンが走っていくのを見ていると
「ほら、早く来なさい」
「わ、分かった」
言われるままに女の後をついていくと船長室に入る。
「で?血塗れってやつの事知ってるんでしょ?何処にいるの?」
女が椅子に座るとそう聞いてくるが俺には何がなんだか分からない。
「…もしかして知らないの?」
頷くと女が顔を手で押さえて天を仰ぐ。
「カディス、どうやら知らないらしいけど?」
「姉御、ここは任せてください!…おい!下手に隠すと…頭と胴体がお別れすんぜぇ?」
サーベルを引き抜いて首筋に当てられると冷や汗が頬を伝うが…
「カーディース~!そんな事しても意味ないでしょうが」
「ですが姉御…様式美ってもんがですねぇ…「そんなのはいいから!」すんません、…お前は血塗れと遭遇しただろ?」
「あ、あぁ…確かに遭遇したが…命からがら逃げ切ったんだ!信じてくれ…」
「ははぁ、なるほど。つまりお前達は…姉御、コイツら血塗れにマーキングされてますね」
「マーキング?」
「へい。一度狙われて逃がした…だけどこの男は魔力が高い、血塗れの奴はしつこいですからね…この男の魔力を目印に探してるはずでさぁ」
なるほど、ならこいつさえいればあっちから来てくれるって訳ね。
「と、言うわけでアンタ達を逃がす訳にいかなくなったわ…暫く付き合ってもらうわよ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ん~?
アイツらの船から回収した地図を見ていたリンだったが…。
…サッパリね。そもそもあの街周辺しか知らないのだから当たり前ではあるけど。
「そのカルドナって街に姉御は帰りたい訳ですよね?」
「そうよ、だけど場所が全く分からないのよねぇ」
「俺達も100年前の地理なら多少分かるんですがね…丘の事はあんまり…」
カディスの話では彼らが所属していたのは聖教国らしいけれど…教国の海軍が何故海賊になっているのだか…
「俺達は聖教国海軍って言われてますがね、実際は少し意味が違うんでさ。私掠船免状っつうのを持った公認の海賊って認識なんすよ」
アレっすね、といって壁に掛けられた額縁に入っている書状を指差すカディス。
「ただ公認とはいえ誰彼構わず襲うのは禁止でした、ちなみに血塗れも同じ私掠船ですぜ」
同じ私掠船…そういえば聞いてなかったけど…
「なんでこんな事になったのよ?お互い敵って訳でもなかったんでしょ?その血塗れって奴とさ」
「いえ、敵でしたぜ?仮にもこっちは正式に海軍ではありましたし…アイツらは帝国の私掠船なんで」
「だからなんでアンタらが呪われるハメになったのって聞いてるじゃない」
カディスによれば暗黒海域にある島に宝が眠っているらしく、その宝を手に入れる為にどちらも国からの要請で仕方なく協力はしたが…
「俺達みたいな奴らがうようよしてる暗黒海域を抜けるには手っ取り早く囮を使えばいいって事でさ」
暗黒海域に飲み込まれた船は数多あり、その全てが生者を追い求め逃がさない。そこで血塗れってやつはこの船を囮にして逃げたって訳か。
「ちなみに…その宝ってなんだったの?」
「知りたいんすか?」
頷くリン。
「結論から言えば無かったんでさ。島に上陸して探したんですが…巨大な木の根元に死体があっただけで何にも無かったんですよ」
「ライガット艦長と血塗れの2人共珍しく“ここに宝は無かった、これ以上は調べる事もない“って言って引き上げまして」
「へぇ…」
「ただ…あの死体が着ていた鎧とかデカイ大剣だけでも持って帰れば高値で売れたんじゃないかとは…」
「妙ね…それだけ苦労したならそれくらいやりそうなものだけど…」
「それが…近寄り難い雰囲気と言えば良いか……手入れもされていない筈なのに漆黒の鎧が綺麗に残ってて気味が悪かったってのが俺の感想ですね」
「漆黒の鎧ねぇ……」
つい最近漆黒の鎧を着た災害に遭遇した訳だけど…
まぁ今となっちゃ俺達の方が気味の悪い存在になってて笑っちまいますが!と言うカディスに全く笑えないわよ…と言って煙草に火をつけるリン。
「黒騎士………フィリア…か」
「へ?なんで姉御がそれを?」
「ん?」
「ライガット艦長が去り際に言ってたんすよ、“黒騎士フィリア=スカーレット…こんな場所で眠っていたのか“と」
「それ…本当?」
「間違いなく、そう言ってましたぜ?その後艦長と血塗れ二人揃って自分の部下に誰もあの場所に近付くな、って念をおしてましたから」
…そうか、本物のフィリアはもう…
「この件が片付いたら…その島に行っても良いかしら?」
「そりゃかまいやせんが…もしかして知り合いでしたか??」
「まぁ…ね、ちょっとした知り合いっていうか…こうなった原因というか…」
「姉御…実は何百年も生きてる…とか?」
「馬鹿ね、見た目通りの年齢よ!アンタ達と一緒にしないでよ」
本当にそれがフィリアだとしたら…まぁ戦った縁もあるし埋葬してやるくらいは…ね。




