第100話 リンと幽霊船
この世界には様々な伝説、怪異、伝承などが存在している。
「…カタ…カタカタカタカタ!」
「お頭!新入りが獲物を見つけやした!!」
「俺達の視界に入るとは馬鹿な奴らだ……そうですよね?姉御!!」
「約束は約束だから…だけどさ、私が出した条件…忘れたら駄目よ?」
「勿論!ありゃあ同業者の船ですからね、姉御が出した条件…“民間の船、商船、とにかくカタギ“は襲わない。俺達はそもそも姉御にまるっとこの船ごと“獣魔契約“されてますんで姉御の意に反する行動は出来ないですぜ?」
やたらと立派な椅子に座らされていた女性が紫煙を吐き出しながら首を傾げる。
「獣魔契約?そんなのやったっけ?」
「あの時姉御が“人としてまっとうに死にたいなら私と来い!“って言ったじゃないですか、アレにあっしらの魔石がこう…ビビッときたわけで…」
「…はぁ。なるほどね」
確かに言った。
「やっちゃった以上出来る事をやるしかないわね…総員戦闘準備!!面舵一杯!」
「アイサー、面舵いっぱーい!」
ガラガラと舵を回すと同時に船体が軋みを上げながら旋回する。
「相手が気付いたみたいですぜ?全力で逃げてるみたいですが…この戦女神の名を冠する“クイーンオブヴェルサス“からは逃げられねぇよ」
「戦女神の名を持つ船が海賊で…オマケに呪われてたら世話ないわね…」
この船で生きている人間は自分以外いない…見渡してみても甲板を忙しなく走り回るスケルトンだらけなのだ。
なんでこんな事になったのやら……それは少し前に遡る。
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燃え盛る船の上…次々と斬り殺されていく部下達の絶叫が響き渡る。
「最強の軍船と言われたこの船も…俺達の敵じゃあなかったな?」
「ぐ……“血濡れのベント“…裏切り者がぁぁぁ!!」
「くははははは!海賊を信じる方が馬鹿なのさ!……まぁ助かったぜ?お前らが騙されてくれたお陰で当代最強と名高い“クイーンオブヴェルサス“を生け贄にして俺達はこの暗黒海域を抜けられるんだからなぁ!」
暗黒海域…それは海に生きる者ならば知らぬものはいないとまで言われる伝説の海域…数多の海軍、海賊、冒険者が暗黒海域に眠る財宝を手に入れる為に挑んだが…そこは強力な呪いを帯びており挑んだ者達の成れの果てが行く手を阻み、引き摺り込んでいく。
「おのれぇぇぇぇぇ!!!必ず…必ず貴様等を…!」
離脱していく海賊船に憎悪と怨嗟の叫びを上げながら沈み行く船と運命を共にする…
そして…それからどれ位の月日が流れたか…
ボロボロの船体が軋みを上げて海を走る…それはあの日の恨みを晴らすため、今日も霧と共に現れて無慈悲に船を沈めていく。
「船長…!引き返しましょう!このままでは暗黒海域に入ってしまいます!」
「まだそんな事を…俺達が積んでる積荷を忘れたか?正規の航路で軍に捕まってみろ…即死刑だぞ」
副官と話ながら貨物室にある牢屋の前に来るとそこには手足を頑丈な鎖で繋がれた銀髪の女性…
「いきなり空から落ちてきた時はたまげたが…まぁ奴隷商人の船に落ちてきた自分を恨むんだな。…帝国に着くまでに意識が戻れば…の話だが!がっはっはっは!!」
力なく繋がれた女性を一瞥して戻っていく男達…女性の隣の牢屋に繋がれた男性がガタガタと震えながら頭を抱える。
「アイツ等…暗黒海域とか言ってた…おしまいだ!もう生きて帰れねぇ!」
「うるさいぞ、静かにしてろ!」
騒ぐ男に見張りが怒鳴る。
「しっかしこんな良い女が目の前にいて手を出せないのはつれえな。どうせ意識もねえから…ヤッちまうか…?」
鍵束を持って女性の牢屋に近づく見張り…だが…
ドンッ!!!!
鈍い音と同時に見張りの男が船を襲った衝撃に転がる。
「敵襲!敵襲!!」
「神よ…哀れな私を…お救いください!!」
見張りの男が慌てて甲板へとでた時…その視界に入ってきたのはボロボロの帆を広げたガレオン船…その船首には戦の女神ヴェルサスを象った船首像…
「う、嘘だろ…あれは迷信じゃ…」
そこまで言った所で見張りの男に突き刺さる矢…
何が起こったか分からないままに倒れた男は幸せだった。
船が横につけられて乗り込んできた無数のスケルトンに蹂躙されていく仲間を見ずに済んだのだから。
「カタカタ!!」
「あ?貨物室に?」
近くにいた船員の首を撥ね飛ばした所で報告にきた部下から言われて貨物室へと向かうと…
「ヒィィィィ?!!死にたくない、死にたくない!!」
牢屋の中にいた騒がしいモノにサーベルを突き立て黙らせると鎖で繋がれた女性の前まで来て止まる。
「カタ?カカカ!」
「…ああ、…お頭にすぐ知らせろ!!」
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………何か冷たいものが私の頬に触れているのを感じてゆっくりと目を開く…
「カタカタ!」
目を開いたリンの視界に入ってきたのはスケルトンだった。
普通なら驚き、恐怖で叫ぶだろうがあいにくリンはスケルトンとは何故か縁がある。
「あなた…誰?私は…?」
首を傾げるスケルトンだったがすぐに水の入ったコップを差し出して来たので受けとる。
「話は…出来そうに無いわね。ここが何処なのか…何で私が生きて…いや、もしかして死んでるのか?」
周りはボロボロの軍服らしきモノを着たスケルトンや水夫の格好をしたスケルトン…生きた人間がいなさそうなのをみて死んだのか?と考え始めた時、他とは違う存在感を放つスケルトンが歩いてくる。
「お目覚めか?…ああ!叫ばないでくれよ?まずは話を…「叫んだりしないわ」…え?」
「だから叫んだりしない、そもそもどういう状況かも分からないから出来れば教えて欲しいんだけど」
「驚いた、まさかアンタみたいな女がいるなんてな!じゃあちょっとついてきてくれ」
手を差し出してきたスケルトンの手をとって立ち上がると歩き出した彼について歩き出す。
「これって船…?かなりボロボロだけど…」
「ああ、このクイーンオブヴェルサス号は造られてから既に100年は経っちまってるからな。しかも大炎上して沈んだから余計にボロい」
貨物エリアから外に出ると潮の香りが鼻をくすぐる。
「…まぁ見ての通り所謂“幽霊船“ってやつだ。この暗黒海域に囚われた…な」
暫く黙ってついていくと船長室へたどり着く。
「お頭…!例のお方が目を覚ましやした!」
「お頭と呼ぶな。提督と呼べ、と何度も言っているだろう」
部屋に入るとボロボロだが立派な軍服を着たスケルトンが椅子に座っていて何か…コンパスの様なモノを見つめていた。
「…ようこそ、クイーンオブヴェルサス号へ。私はこの船の艦長…ライガットだ」
「私はリン。…ライガットさん、とりあえず今の状況を説明して貰いたいのだけど…私は何故この船に?」
「貴女は我々が襲った奴隷商人の船に鎖で繋がれていたのだ。それ以前は我々にも分からない」
奴隷商人?…フィリアと戦ってあの隕石で死んだと思ったんだけど…
「何故貴女をここに連れてきたかと言えば…その魔力を感じて、と言えば良いだろうか?我々にとって魔力とは活動するために必要なエネルギーなのだよ」
…なるほど、なら私は…
「アンタ達の餌…ってわけ?」
「…簡単に言えばそうだ」
リンがスッと全身に力を入れたのを見てライガットが待ってくれ!と止める。
「貴女をとって食うつもりはない!そうするのならばとっくにそうしている!」
確かに、それはそうか。
「なら何故?」
「…我々も疲れたのだよ。永遠にこの海域を彷徨うだけの存在…この暗黒海域に囚われた我々の宿命…しかし…そんな日々に疲れた。…滑稽だろう?疲れを知らない筈のスケルトンが何を言っているんだ、と思うだろう?」
「…いえ、思わないわ。死ぬことも出来ずに永遠彷徨うなんて…私には出来ない」
「……ありがとう、そういって貰えるだけ救われた気分だ」
「食べる訳じゃないなら一体…」
「貴女に頼みたい事がある。我々がこの様な存在になった原因…血塗れベントを…」
その時、ドアが叩かれ入ってきたスケルトンがガタガタと音を立てる。
「来たか、存外早かったな」
「何?」
「この海域が呪われていると言われる原因だ、この海域を抜ける事が出来ない理由…それは…番人がいるからだ」
外へ出るとクイーンオブヴェルサスの前方から真っ直ぐこちらを目指す船が見える。
「呪いの始まり…死神ホスローの船だ」
「呪いの始まりといってもあなた達って既に呪われてるんでしょ?」
「正確にはまだ、途中なのだ。あの船から逃げ続けている今は完全ではない…だが死神ホスローに捕まったが最後…」
リンは望遠鏡を渡されて覗くと…見なければ良かった、と後悔した。
「あの船…もしかしてあなた達みたいなのを取り込んでるの?」
頷く船長。リンが見たのは船自体がおびただしい数の人骨や生物の骨で出来ているかの様な船体に気持ち悪い肉の塊が根を張ったという感じの…とにかく嫌悪感を感じる見た目だった。
「あれに捕まれば正真正銘永遠にこの海域に囚われてしまう。だから貴女に力を貸して欲しい」
全速力で追ってくる船を引き離す…そしてやっと見えなくなった。
「この海域から解放される条件は大まかに3つ、死神ホスローに捕まらない事、もしくはホスローを倒す、そして原因となった人物を殺す事…この3つだ」
「でもさ…原因になったっていう奴が生きてるの?もう100年以上前なんでしょ?」
「問題ない、我々がこうなると同時に奴等も同じように不死の存在になっているからな。ただし我々はこの海域から出られず、一方で奴等はこの海域に入れないし上陸も出来ないのだよ」
お互いにペナルティが課せられているって訳ね。そしてお互い相手の領域に入れないから手も出せない…だけどこっちは永遠にあの化物から逃げ続けるしかなくなる。
「理不尽な話ね」
「全くだ。…我々の望みは1つ…故郷の土に還りたい…それだけだ、家族と共に眠りたい…それだけなんだ…!」
何故こんな事になったのか、聞きたいことはあるが…目の前でペンダントを見つめるスケルトンを見て自分もレン達の事を思って目を閉じる。
「私も…帰りたい。だから出来る事はやるわ」
「……ありがとう…まぁひとまず疲れただろう?ちゃんとした食事と部屋を用意させているから今日はゆっくりと休んでくれ」
頷いて部屋を出たリンに今まで黙っていた案内してくれたスケルトンが口を開く。
「俺はカディスっていうんだ、よろしくな。それで…まぁこの海域から出ていけるアンタに血塗れのベントを探して欲しいってのが俺達の頼みなんだ」
「出られるの?」
「この海域の近くを通る船に拾って貰えるようになんとかする、ただそれまで…魔力を少しずつ分けて貰えると助かるがね。もう1つ方法もあるにはあるが…難しいだろうな」
「ちなみにどんな?」
「いや、これは俺から言う訳にはいかねえのさ。呪いの制約でね」
「簡単に解放させないように、ってわけね」
ああ、といって頷くカディスがここだ、といって壊れていない扉の前で止まる。
「この部屋なら使えるはずだぜ。食事は今から俺が持ってくるから部屋で待っててくれ、一応部屋に風呂もあるから好きに使ってくれて構わねえ」
「…わかったわ。遠慮なく使わせてもらう」
そういって部屋に入ると意外と綺麗なシーツが敷かれたベッドに小さな机と椅子…それに花瓶に入った花まで…
幽霊船になぜこんなものが…?
「カタ…カタカタ」
扉が開き手に花を持ったスケルトンが入ってきて花瓶に花をさして出ていった。
「……まぁいいか」
考えるのも面倒になり目を閉じる。
これからどうなるか…だけど…必ず私は帰る。
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あれから数日…変わらず海を彷徨っていたクイーンオブヴェルサス号だったが…その時は突然だった。
「敵襲!!」
一部の喋れるスケルトンが慌ただしく甲板を走り、他のスケルトンが配置につくために動き回る。
「お頭…いえ、提督!また死神ホスローに捕捉されましたぜ!今回は逃げ切れそうにありませんね…」
「…仕方ない。総員戦闘準備!右舷大砲出せ!」
側面から大砲の砲身が次々と出て来て近づく船を狙う…
「撃てぇぇぇ!!!」
轟音と共に大砲が火を吹き次々と死神ホスローの船へと着弾、船を構成する死霊達の怨嗟の声が響き渡る。
「装填急げ!動きを止めたら取り込まれるぞ!」
号令に応えるようにクイーンオブヴェルサスが速度を上げ始めるがホスローの船から飛び出した幾つもの影が船へと取りつき甲板へと上がってくる。
「くそ…!乗り込まれた!」
それぞれ武器を抜いて影と戦うが…影に触れたスケルトンが次々と目から力を失い崩れ落ちる。
「…お頭、どうやらお別れみたいですぜ…」
「…リン殿、ここまでのようです…そこにある救命ボートで脱出を。貴女まで捕まることはない…!」
襲ってきた影を斬りふせたライガットだったがリンへと迫っていた影に気付きリンを庇う。
他のスケルトンと同じように触れられたライガットから徐々に力が失われていく。
ライガットを襲った影をカディスが斬り伏せて駆け寄る。
「なんで…!庇うのよ!」
「…カディス、リン殿を…」
「……必ず、お守り致します…艦長」
あぁ…もう一度…故郷に………
崩れ落ちたライガット…また迫る影にリンは彼が持っていたサーベルを掴んで振り抜き影を切り刻む。
「カディス…あの船を沈めたらどうなる?」
「分からねえ。魂が解放されるのか…そもそもどうにか出来るのかすらも…」
「………まずは乗り込んできた奴等をなんとかするしかないわね、カディス!行くわよ!」
走り出したリンがスケルトンを襲っていた影を斬りながら進む。
それを見た他のスケルトンが僅かに勢いを取り戻し影と戦い始める。
「聞け!!アンタたちはこのまま取り込まれて永遠にあの船と彷徨いたいの!?そんなのいやでしょう!!」
次々と影を斬りながら走り抜けたリンが船首に立つと振り返り…
「人としてまっとうに死にたいならば私と来い!!必ず私がお前達を艦長の代わりに故郷へと還してやる!!」
リンの叫びに応えるようにスケルトンがそれぞれ持っていた武器を掲げるとクイーンオブヴェルサス全体が光輝く。
「影を船から叩き出せ!ここはお前達の家なのだろう!」
完全に勢いを取り戻したスケルトン達が次々と影を倒していき…船に乗り込んできた影を全て撃退、砲撃を再開してホスローの船と距離が近づき…
「カディス!私が乗り込んだら距離を保ちながら砲撃を続けなさい!」
帆から垂れ下がったロープを掴むリンに慌ててカディスが駆け寄る
「の、乗り込むって?!待っ……行っちまった!……野郎共!姉御が戻るまで船を死守するぞ!」
カタカタカタカタカタカタ!!
叫びの代わりにそこら中から骨が鳴る音が響く。
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ロープを放して着地したリンは群がる影を斬り伏せて突き進む。
気持ち悪くなるような怨嗟の声が充満する船の上…
“タスケテ……“
“イタイ…モウイヤダ…“
胸糞悪い!!
こんな事をして何になるのよ!呪い?ふざけんな!
「出てきなさいよ!!なに?私が怖いの!?」
飛び出してきた影を叩き潰して叫ぶリンの目の前の空間が歪み人間や何かの動物を混ぜたような醜悪な肉の塊が現れる。
『ア…アガァ………イギデル…ニンゲン……!スベ…テ…ニク……ニクイィィィ!!』
肉の塊から触手が伸びてリンに迫るがそれを斬り払う。
「憎い?なんでそうなったんだか知らないけど…だからって他人を巻き込んでこんなになって…救いようがないっての!」
迫り来る触手を斬りながらリンは何か弱点がないのかを探る。
さっきから何度か本体を斬りつけてるがいくら肉を切り裂いてもすぐに再生していきダメージはなさそうだ。
…なにか、何か弱点が…
“ここだ…核を…“
声が聞こえた方を見ると甲板に突き刺さった剣に掛けられた帽子…
「ボロボロの…帽子?」
船長が被るような羽根飾りがついた帽子が不自然に存在している光景…
“頼む…あれが…元凶………“
「ライガット、あなたのお陰よ…!」
持っていたサーベルを思いっきり帽子目掛けて投げつけるリン。
サーベルが帽子を貫くと同時におぞましい雄叫びを上げて崩れ落ちていく。
“部下達を………頼む……“
解放されていく魂達が空へと昇るのを見ていたリンはライガットの声が聞こえた方へ向けて敬礼をする。
そして…サーベルに貫かれた帽子のその先にある船長室へと続く扉を開く。
「アンタがホスロー、って訳か」
船長席に座っていた白骨に近付くリン
死体を見ると全身を不気味な光を放つ鎖で巻かれて身動きが取れないようにされた上で何かの魔術を使われたのだろう。
「何があったか知らないけど…アンタも苦しかったんでしょうね…今解放してあげる」
近くにあった剣を拾って鎖を断ち切ると白骨は崩れ去り船全体が揺れ始める。
「じゃあね…どうかあなたに安らかな眠りを…」
甲板に戻ったリンはライガットのサーベルを拾って沈み始めた船の上を走る。
「アーネーゴ~~!!」
「カディス!」
カディスがロープを投げるとそれに掴まって船から飛び出すリン。
甲板に着地したリンに駆け寄ってきたスケルトン
達が何かを持ってきてリンへと渡す。
「これは…ライガットの?」
彼が被っていた帽子とサーベルの鞘を受けとり、受け取った鞘に持っていたサーベルを納める。
「どうぞ、艦長。これからはあなたがこのクイーンオブヴェルサスの艦長です」
「艦長って…まぁいいわ。どのみち私も家に帰るにはこの船が必要だし…」
「俺達はどこまでもお供いたしますぜ?姉御!!」
こうして私はどことも知れない海の上で幽霊船の艦長になったのだった…。




