第99話
何度も響く剣戟の音…二人きりしかいないこの場所で激しく斬り結ぶ。
「シィッ!!」
走らせる刀身が黒騎士の大剣に阻まれそのまま黒騎士が右手に黒炎を纏わせリンを殴りつける。
殴られた勢いを殺す様に回転してステップを踏んだリンは刀を強く握って振り抜くと斬撃が走り黒騎士を飲み込み吹き飛ばす。
土煙をあげて吹き飛ばされた黒騎士だったがその土煙を切り裂き漆黒の斬撃がリンを捉える。
避けられないと感じて刀を水平に構えて受け流す。
「馬鹿みたいに重い斬撃ばかり…!腕が痺れてツラいっての!!」
剣技だけならまだしも時折混ぜてくる魔法も高火力すぎて受けるのは危険だし…!
考えているそばから幾つもの炎の槍がリンに殺到するがそれをステップしながら躱すが躱したと同時に黒騎士がクイッと指を曲げると炎の槍は軌道を変えてリンを追尾、そのまま黒騎士が手のひらを握るとリンの近くに来た炎の槍が爆発してリンを爆炎に巻き込む。
爆炎を斬って前へ進むと目の前に迫る大剣…
「この…!!」
振られた大剣をスライディングで避けながら手元にグレネードを取り出して黒騎士の足元へ転がし離脱、続いて対戦車ライフルで足を撃ち抜いて膝をつかせた黒騎士をグレネードの爆発が包む。
「お返しよ!流石にそれだけ食らえば…」
『……オォォォォ!!!!』
爆発によって下半身の鎧ごと右足が吹き飛び所々他の箇所も破損…兜に至っては半分以上壊れていたが…黒騎士…フィリアの雄叫びは力を失っておらず邪魔だと言わんばかりに壊れた兜を脱ぎ捨て大剣をリンへと投擲する。
大車輪の様に回転しながら飛来した大剣をリンが躱すとフィリアが何かを引っ張る動作をしたのを見たリンがまさか…!と思って振り向くと…
「何でもありってわけ?!!」
回転して飛んでいた大剣が何かに引っ張られて鎖鎌みたいな動きをしながら戻ってくる…しかも目を離した隙にフィリアは右足を魔力で形成して代用したらしくリンへと駆け出していた。
「逃げるだけでいっぱいだってのに…!」
フィリアが引き戻した大剣を掴むと同時にリンが刀を振り下ろすとフィリアは無理矢理大剣を割り込ませてガード…リンは無理な体勢でガードした隙を見逃さず刀を押し込み地面へとめり込ませて大剣を封じる。
「……そうよね!!使えないと分かったらすぐ手放す!分かってたわよ!」
引き抜くのに時間が掛かると判断したフィリアが大剣を手放しリンから距離を取ろうと後ろへステップしたのに合わせてリンも踏み込みから刀を一閃する
躱せるタイミングは無かった…!
「冗談でしょ……?!」
フィリアは刀身を両手のひらで挟み…白刃取りで防いでいた。
万力で固定されたみたいに動かない刀…フィリアはクイッと刀を回転させてリンの手から弾いて投げ捨てる。
お互い素手となったがどちらも退く事など…ない。
拳を握りしめ鎧の上から殴ってよろめかせるがカウンターでフィリアの蹴りがリンの腹部に直撃、地面から足が浮く。
「………グハッ?!」
激痛を感じる中吹き飛ばされる、と思ったが結果はより悪かった。
フィリアはリンの腕を掴んで引き寄せ頭突き、仰け反るリンをもう一度引っ張り地面へ叩きつけたあと踏みつける。
流石のリンも堪らず意識が飛びそうになるが歯を食いしばって耐えるともう一度踏みつけてきた所を転がって避けて足払いをかけ、倒れこんだフィリアにのし掛かると鎧が破壊されて露出した箇所に何度も拳を撃ち込む…何度も、何度も。
フィリアの動きが止まりリンも息切れで手を止め…そう止めてしまった。
フィリアの右腕がピクッと反応した瞬間手元に握られた禍々しい剣…
『空を…斬り裂け…!』
刀身が消えてリンの首目掛けて転移した刀身…咄嗟に屈んで避けたリンの長い髪をバッサリ切断しただけで済んだがあと少し遅れていれば首が飛んでいただろう。
斬られた髪が空を舞う中…右腕に握られた剣を奪ったリンは柄を両手で握りしめフィリアの心臓に突き立てた。
フィリアの口から血が溢れ身体から光が溢れ出していく。
「………これで…約束は…果たしたわよ…フィリア」
『…うん…………まさか…本当に…私を倒せる…なんてね……』
「私が今まで戦った中でも……アンタが一番だったわよ、化物め…」
『…あは……当たり前でしょ……これでも何百年もの間……無敗だったんだから……』
リンの顔へと腕を伸ばすフィリアがリンの目元を拭う。
『ごめん…私が現れたせいで…あなたまで……』
フィリアを包む光が強くなっていく…
「謝るなら……あの隕石止めなさいよね…馬鹿」
フィリアが半ば消えかけた手を翳すと何かを呟く…
『……出来る限り……もうこれが精一杯……』
「…街に…結界が……」
”リン…なら…本物の…”
そう言ってフィリアが完全に消え去るとリンはその場に座り込んで煙草に火を灯す。
もう隕石が近い…ジリジリと肌が焼けているのを無視して紫煙を吐き出す。
フィリアが消えた場所に突き立った禍々しい剣に背中を預けて目を閉じる。
まぁ…あれよね…あの時死ぬ予定だったのが今になっただけ。
………レン……ごめんね………
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あれからもう半年がたった…1度は崩壊した街を建て直すには時間が掛かる、それを実感しながら日々忙しく過ごしている。
ベアトさん達はあの日何があったのかをあまり語りたがらないから私は何故先生が居なくなったのかを詳しく知らない。
片足を失っていたベアトさんに足が戻ったり、街の目の前に湖が出来ていたりして驚いたけど…何よりも…先生が座っていたあの席にもうあの姿が無いというのが一番信じられなかった。
「…何だかんだで生き残る様な人だから…なぁ」
『リンも無敵じゃねえ。こんな事もあるさ…』
私達はまだ良い…でも…
『レンもやっと少しだが気持ちが落ち着いたみたいだぜ?今はベアトリクスが引き取ってリンの家で暮らしてんだろ?』
「うん、前と変わらず…スレイさんはまだ治療中だけど皆いるよ…」
一番いて欲しい人はいない…そう思うと…
「カオリ…」
「きっと…その内帰ってくるよね?先生が死んだなんて…思えなくて…」
『……そうだな、もしかしたらヒョコっと帰ってくるかもしれねぇな。だからよぉそれまで待っててやろうや、リンにも休みが必要なんじゃねぇか?長い休暇ってやつがよぉ』
「……はい」
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「ベアトさん…大丈夫?」
「ん?大丈夫よ、ほら…ちゃんと足も元通りってね!」
ベッドから降りて立ち上がるベアトリクスを見て手を差し出すレン
「でもまだフラフラだよ、本当に行くの?」
「当たり前じゃん、なんならレンを抱えて走れるわよ!」
レンを抱き上げたベアトリクスが一瞬ふらつきかけたがそれをガスが支える。
「何をしてるんだ…お前は」
「…あはは。まだ無理だったわ」
そのままベッドに倒れこむと苦笑いするベアトリクス。
「…あたしは無理だからガスと行っておいで。その内レリックが帰ってくるからレリックと向かうわ」
「わかった!じゃあ用意してくる!」
レンが部屋を出ていった後ベアトリクスが口を開く。
「あたしさ…引退しようと思ってるんだよね」
「なに?…引退しなくとも足が完治すればまた…」
「……あれ以来さ、魔力が上手く練れないのよ…身体強化も出来ないレベルっていったら分かるでしょ」
冒険者にとって身体強化は必須の技能…高ランクであればあるほどその重要性がわかる。
「それにさ…あの時あたしは怖くなったんだ。何も出来ずに足を斬り飛ばされて地面を転がってさ…リンがいたから助かっただけで本当なら…」
そう言って俯くベアトリクスにどう声をかけたら良いか……いや、俺も同じようなものだ。
何も出来ずにただ逃げおおせた…リンは逃げなかったのに…な。
「剣鬼は…?」
「ジンなら今日も朝から湖を調べてる。もしかしたら…と考えているみたいだったな」
俺達も最初は必死に探したが…
「見つかったのはアレだけだったし」
ベアトリクスの視線の先には壁に丁寧に飾られた一振の刀…村雨だった。
「あの爆発でも残ってたのは驚いたわ。出鱈目具合が持ち主にそっくりで笑っちゃうけどね」
今ではリンの気配を漂わせる数少ない品だ。ジンが村雨と一緒に飾っているリンの銃…武器だけが残されて心なしか寂しげにも見えた。
「ところで…リンの墓の件だけどさ…」
「ああ、あれなら無しだ。誰も彼もが死体も無いのに信じられないって言うんでな。…まぁ信じられないと言うより認めたくない、だろうがな」
あんな状況で生きていられる人間が居るわけもない。
「そっか…」
「…もう暫くは捜索するつもりだからな。それが終わってからでも遅くはないさ。っと、そろそろレンに怒られるから行ってくる」
「そうだった、早く行かないと。じゃあまた後で」
ガスが出ていった後ベアトリクスは窓から音がしたので見てみると…
「使い魔…?」
魔術師がよく使う小鳥に見えるその使い魔は足に手紙を入れるための筒をつけていた。
「……忘れてた!母様に調べて貰ってたんだった」
手紙を見たベアトリクスは顔を青ざめさせる。
「えぇ……?!ど、どうしよう…!今こんな体たらくを見せたら……」
手紙には一言…“丁度良い機会だから会いに来る“と。
「これはちょっとまずい事態になったわ…」
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「ジンさん!」
「ん?おお、レンじゃないか。花なら今朝…」
「うん、そうなんだけど…僕もお手伝いにきたんだ」
「手伝い…?」
「ジンさんはずっとお母さんを探してるから…」
「まぁ…もう探していた、だけどね」
首を傾げたレンをジンが撫でる。
「レンのお母さんは生きているかも知れないって事さ」
「どういう事だ?ジン?リンは…」
レンに遅れてやってきたガスが聞くとジンが頷き話を続ける。
「ずっと調べてたんだが…湖の底に1ヶ所不自然に抉られた場所があったんだ。何かが丸ごと転移した…みたいなね」
隕石で抉れた穴の底には不自然に抉れた空間があった…あの時ここに居たのはリンと例の黒騎士だけ、しかも黒騎士は大氾濫の核だったはずだから消滅したのは間違いない。なら何があんな跡を残したのか…答えは1つだ。
「それがリンだったとして探す術があるのか?」
「それを今調べてたんだが…痕跡を辿るのも簡単じゃないからなぁ」
何せあんな大魔法の跡地から小さな手がかりを見つけようとするのは中々骨が折れる。
「母さんが…生きてるの?」
「…ああ、必ずね。俺が絶対見つけてみせるからそれまで…待っててくれ」




