第97話
「おい!急げ!!何としても報告しねぇと!」
「わ、分かってるさ!だけど馬すらねぇのはキツいぞ!」
カルドナの街から南に位置する広大な森の中…冒険者パーティーである“ヒドゥン”の二人はひたすら森を駆け抜けていた。
「騎士団の報告じゃスタンピードまではまだ時間があるって話だっただろ!?」
「知らねえよ!だけどこの状態は間違いなくスタンピードそのものだ…!レイネス!後ろ!」
声と同時にレイネスと呼ばれた男は跳躍しながら空中で身体を捻り、弓を構えながら後ろへと身体を向けると迫って来ていたキラーウルフの頭に矢を撃ち込んで仕留めると着地してまた走り出す。
「ディラン、助かった!…しかしよ、おかしくないか?通常のスタンピードにしては魔物がやけに統率されてやがる」
「…あぁ、俺も気になってた。普通はキラーウルフがここまでやられながらひたすら追いかけてくるなんて有り得ねえ、俺とお前で既に30以上は仕留めてる筈なんだが退却するどころか必死に突撃してくる…キラーウルフは魔物だが馬鹿じゃない、そんな事するってのは…」
「こりゃあ…いるな」
「間違いなくいる。災害クラスの魔物がな」
いよいよ生きて報告しなければならない。この周辺一帯を守っているのはカルドナの街だ、その街がスタンピードはまだ先だと思っている以上この魔物の群れが今街を襲えばどうなるか…
「カルドナはこの周辺の防衛の要だ…なんとしてもこの事態を報告して対策をとらないと」
更にキラーウルフが突っ込んできたのをディランが剣で斬り捨てる。
「ディラン…何か変だ…」
「…キラーウルフが離れていく…?」
走り続けていた二人は立ち止まって周辺を警戒する…さっきまでは気配があったのに今はキラーウルフどころか他の魔物の気配すらない。
「嫌な空気だ…」
「ああ、空気が張り詰めてるっていうか…」
二人は知らず冷や汗を垂らす。
そして警戒していた二人の目の前でそれは起きた。
大気が震え目の前の空間が歪み始める
「逃げた方がいい筈なんだが…一歩も動けねえ」
「レイネスもか。俺もだ」
二人が動けずにいる間に歪みは更に大きくなり…歪んだ空間に切れ目が入りゆっくりとソレが姿を現す。
「嘘だといってくれよレイネス…」
「なるほど…道理でキラーウルフ達の様子がおかしかった訳か…!」
現れたのは漆黒の全身鎧にボロボロのマントを靡かせその手には血にまみれた大剣を携えた騎士…
「稀にスタンピードの中でも特別に危険度が高い”ゲート“から現れる化物…それを実際目にするなんてな。生きて帰って報告出来りゃあ一生遊んで暮らせる金が手に入るぜ」
「生きて、帰れれば…だがな」
2人が今まで対峙してきたどんな魔物よりも圧倒的な存在感を放つ目の前の騎士は現れたその場で周囲を見渡すような仕草をしたきり動かない。
何故だ、見渡した時に俺達二人の存在は確認した筈だろ?なんで動かない?
武器を握っている手のひらに汗が滲む…相手が動かない以上こちらが先に動くのは避けたい、そう思いながら最大限に警戒しながら武器を持つ手に力を込める。
“ココ…ハ…ド…コ…?”
兜でこもった声が響く。
「喋った…!ならもしかして…おい!話は出来るか?!俺達は敵じゃない!」
“……テ…キ……?”
「…駄目か?」
「レイネス!また何か来る!」
ディランの言った通り騎士の後ろの空間が歪み、その中から現れたのは…
「……!た、タイラントドラゴン!?!」
タイラントドラゴン…ドラゴンの中ではかなりの小型で人より少し大きい程度のドラゴンだが…大きさは問題じゃない。タイラントドラゴンは1匹で大都市を滅ぼす事が出来る程の戦闘力を持つ災害クラスの魔物…現れたタイラントドラゴンは目の前にいる獲物3匹を見て先ずは目の前に立っている騎士を標的に定め噛みついた…タイラントドラゴンの顎はアダマンタイト製の剣すら容易く噛み砕く威力を持っていたが噛みつかれた騎士は全くその場から動く気配はない。
「おい!大丈夫か!!今助け…」
“…?………ジャマ”
騎士はそう呟くと無造作にタイラントドラゴンの頭を掴み地面へと叩きつけると頭を潰されたタイラントドラゴンを更に上へと放り投げ…手に持った大剣を振り抜き両断する。
「レイネス!逃げるぞ!会話は期待出来ねぇ」
「分かった!」
全力で駆け出す2人を眺める漆黒の騎士は落ちたタイラントドラゴンの身体に大剣を突き立てると大剣が怪しく光を放ってタイラントドラゴンの身体が剣に吸い込まれていった。
“………タリナイ、モット…ツヨイ…”
騎士は肩に大剣を担ぐと二人が走っていった方角へと歩き始める…さっきのような弱い魔物ではなく強者がいる方へ。
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「さて、もうすぐ交代だよな?」
「今日も1日問題なく終わりそうだ」
カルドナの正門で警備をしていた二人の衛兵がいつもの様に交代の時間を待つ。
「そういや最近街が騒がしかったのは何でだ?」
「あ?あぁ…何か冒険者連中が派手にやってたりしたらしいぜ?」
「なるほどな、この街の冒険者はやたら強いか癖のある奴ばっかだしな。問題は起こすが腕が良いから中途半端な悪人は生き残れない、だから防犯に関してはまぁ助かるわな」
「確かに。最近は治安維持で残業なんてのも無いし…ん?ありゃあ…様子がおかしいな」
街道の方から二人の人影が見えると衛兵二人は目を凝らす。
「あれはヒドゥンの奴らじゃねーか?えらく慌ててるみたいだが…」
「あいつらが慌てるなんざあまり聞かねえ。一応隊長呼んでこい!」
「分かった」
1人が走って詰所へと行って暫くしてヒドゥンの二人が門の前まで来たと同時に倒れ込む。
「大丈夫か?!何があったんだ?!」
倒れたヒドゥンの1人に走り寄ると抱き起こす。
「す、すまねぇ…流石に全力で走り続けたら魔力が尽きた…」
「魔力切れか、しかしお前らなんでこんなに慌てて…」
「スタンピードだ」
「何?」
「南の森から来るんだよ!もうスタンピードは始まっちまってんだよ!!今すぐ戦力を集めねぇと!」
「…分かった、とりあえずお前達は休んでてくれ。すぐにここに隊長達が来るから。俺はギルドに行って知らせてくる!」
頷く二人だったが待ってくれ、と言って動き出した衛兵を止める。
「ギルドに報告するならこう言ってくれ…“ゲート”を確認したと」
「分かった!」
走っていく衛兵を見送って二人は地面へと大の字で倒れ込む。
「レイネス…あの黒い騎士は何だと思う?」
「…分からん。ただ…知性はあるみたいだったが話は通じない感じだった。着ていた鎧も激しい戦闘の後みてぇにボロボロだったのも気になる」
「…俺さ、昔母ちゃんと教国に住んでた事があんだよ」
「…?何だよいきなり?」
「今だから話すけど俺の母ちゃんって魔族だったんだ」
「マジかよ…魔族なのによく教国で生活出来たな?」
「まぁ結局バレてこの街に逃げて来たんだけどよ…母ちゃんが昔から言ってた寝物語を思い出したんだ」
『魔族の中でも一番強い人が居たの。その人は人間の勇者が現れる度に幾度となく戦って魔族を守ってきた英雄でね…』
「魔族にとっては勇者みたいなもんだったらしいから物語として語られてたみたいでな…今回見た騎士を見て母ちゃんの話を思い出したぜ」
「まさか…」
「なんとなく思い出しただけだからあれだけどよ…嫌な予感はするぜ」
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正門で騒ぎが起こる少し前…学院の鍛練場でリンは1人鍛練をしていた。
振り抜いた刀をゆっくりと鞘へ納めると端にあるベンチへと戻って汗を拭う。
「この世界に来てから本当に忙しい毎日ね。次から次に問題が起こるし…まったく」
刀を立て掛けて背もたれに背中を預けてぼーっとしていると…
『リン!急いで街の正門に来て!緊急事態!』
ベアトからの念話で立ち上がる。
「今度はなによ…まったく…少しはゆっくりしたいものね」
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「……ねえ、確かスタンピードってもっと先の話じゃなかった?」
「どうやら”ゲート“からヤバいのが出たらしいのよ。話によればタイラントドラゴンを一撃で殺したってさ」
「タイラントドラゴンがどの程度の魔物か知らないからなんとも言えないわね」
「あたしとガスの二人で命懸けで戦えば少し時間は稼げる…位の強さかな」
なるほど、ベアトとガス二人で戦っても勝つのは無理って事か。
「…ベアト、頼みがあるんだけど」
「なに?」
「もし…私が…」
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「カオリ!私達学生は街の人達と一緒に隣のレーヴェ領まで避難だって!」
「…うん。でも…先生達は…?」
「ここで迎撃するみたいだから騎士団と一部の高ランク冒険者と残るって話だったけど」
「カオリ、アディ。二人はその…家族と行かなくて良いのか?」
オルトが珍しくバツが悪そうに言うのをみてアディは首を降る。
「私はそもそも家族居ないし、カオリに関して言えばあの家に居る人皆高ランクの冒険者だしね」
「ああ、確かに。ならば急ごう、とりあえず下級生はまとめて移動する様に指示があったんだ。俺達はその護衛というか引率だ」
避難するにあたり各区域でグループ分けして避難するというのは普段から訓練をしていたカルドナでは当たり前なので街の住人は特に大きな混乱も起こさず順調に避難は進んでいる。
「領主様が先導してるお陰でスムーズだけど…避難組の護衛は少ないから私達が頑張らないと!まだ怪我が治ってないスレイさんを運んでるレリックさん達の分までね」
「勿論だよ、それとさっきガイとシュノアが下級生を纏めに行ったからすぐに合流してくると思う。街の人達はギルドと街で戦える人達で護衛するらしいから私達はとにかく学院の仲間を守れればいいよ」
カレン、カオリ、アディの3人が話をしていると街の方から走ってきた衛兵が立ち止まる。
「君たちがこのグループの護衛か?もうすぐ防衛部隊が戦闘に入るらしいから出来るだけ急いで避難を続けてくれ。我々だけでは手が足りないから助かるが…何かあったらすぐに応援を呼んでくれ、絶対に無茶はしないように」
衛兵に頷くと彼はすぐに領主様が先導している最前列まで駆けていく。
「もう始まるって…先生達大丈夫かな?」
「カオリったら!先生達なら大丈夫でしょ、普通に考えてあの人達が揃って負けるなんて有り得ないよ」
確かに…そうだと思うけど…
「…うん、でも…なんだか胸騒ぎがするの」
ジンから預かっているミサンガを握りしめるカオリをアディは抱き締めると笑う。
「大丈夫だって、それに…護衛の私達がそんな顔してたら皆不安になるよ?今は私達に出来る事をやるしかないって」
「そう、だよね」
この日、王国領カルドナはスタンピードに見舞われその戦いは熾烈を極めた。
過去に起きた数々のスタンピードの中でも最大規模の氾濫であり、カルドナのみの犠牲で事態が収束したのは奇跡だったと言える。
王国はすぐにカルドナへと救援部隊を派遣し最後まで防衛していた街の住人や冒険者を保護したのちに調査を始めたが…
「なぁ、この地図は最新の物だったよな?」
「そのはずだが…どうなってるんだこれ…」
調査部隊が首を傾げて地図と実際に目の前に広がる光景を見比べていると背後から声がした
「…あれは…戦いで出来た穴から地下水が…」
破壊された街の正門に背を預けて座り込んでいた血塗れの衛兵隊の男がそうつぶやく。
「大丈夫か?!おーい!こっちにも生存者がいたぞ!」
1人が駆け寄りすぐに応急処置として治癒魔術をかける。
「…こりゃひでえ。アンタ…よく生きてたな」
衛兵の男は肩から斜めに斬りつけられていて生きているのが不思議なくらいだった。
「見た目ほど…酷くはない。それに…五体満足であるだけ…俺はましだ…」
男の言葉に視線を向ける調査部隊の男…その視線の先には治療班の治癒を受ける虚ろな瞳で地面を眺める赤髪の女性…
女は左足の膝から先を失っていて身体に突き刺さった矢を治療班に引き抜かれる所だった。
「………しかし、報告ではこれだけ怪我人がいるにも関わらず死者は今のところ1名しか確認出来ていないと聞いた」
「ああ…俺やあの人みたいに…怪我をした奴らはすぐに街の中へ放り込まれた、それを…ずっと守って戦ってた…人が…っ!」
「もう喋るな、話は後からゆっくり聞かせてもらう…だが最後に1つ、さっき戦いで出来たって言ったな?あの巨大な湖が戦いで出来たって言ったのか?」
問いに頷く衛兵に話してくれてありがとう、と言ってもう1人に任せて離れる。
「…一体どんな戦いをしたらこんな事になるっていうんだよ…?」




