第96話 忠告は素直に。
闇ギルドの騒動から夜が明け…
「………う、んっ……」
寝苦しさに目を覚まし、起き上がろうとしたが諦めた。
寝苦しさの原因…それはリンの上に被さるように抱きついて眠るレンだった。
胸に顔を埋めて寝てるレンの頭を一撫でするリンだったが隣にも体温を感じて顔を向ける。
「…ベアト?………あぁそういえばレンにせがまれてたっけ」
下着しか着けていないベアトが口を開けて眠る姿を見てこれが最高ランクの冒険者ってのは……と考える。
まぁ私も寝るときは下着かシャツ1枚の方が多いから言えた事じゃないけど…この光景は人様に見せられないわね。
何せ年端もいかない少年が下着姿の女二人と寝ているのである。
「両手に花ってね…まぁ私達の場合花は花でも毒花だと思うけど」
とりあえずまだ時間も早いし暫くはこのままにしとこうかな…最近色々ありすぎて構ってやれなかったのもあるからね。
昨日ジンに言われた事……別に嫌いじゃないのよねぇ、好きかと聞かれたらまぁ好きだと思う。
でも…それは高校生だった頃の印象が強いから今の階堂君を見てて何かが違うって思ったり……うーん、分からない。
そもそも何であの場に来たのよと言いたい。あんな姿を見られたら…
見られたら?
あれが私の本来の生き方なんだから見られても…いや、やっぱ見られたくない…かな。
「…なに一人で唸ってるのよ?煩いよ」
隣で寝ていた筈のベアトが目を覚ましてそう言ってくるとリンはごめん、と謝る。
「いやさ、実は昨日…」
リンは昨日あった事を一通りベアトに話す。
ずっと黙って聞いていたベアトは話終わると頷く。
「…リン、ごめん。昨日剣鬼がリンの所に行ったのは私達がちゃんと止めなかったからで…」
ベアトが謝るとリンは苦笑いを浮かべて首を振る。
「いやベアト達のせいじゃないから謝らなくて良いんだけど…問題は階堂君との事であって…いやでも階堂君が来なければ…」
ちょっと怪しい雲行きになってきたと感じたベアトはすぐに話の流れを変える。
「それは置いておくとして、つまりアンタ…剣鬼に告白されたのよね?」
頷くリン。
「それで、どうするのよ?受けるの?断るの?」
どうするの?と言われてもね…
「いや別にどうもしないと思うけど…」
「何故そこでどうもしないって選択が出てくるのか…」
「だってさ、今はレンも居るし…それにいきなりそんな事言われても…と、私は思う訳で…」
顔を抑え溜め息を吐くベアト。
「はぁ…リンはもっとドライな感じかと思ってたんだけど……付き合って駄目ならさようなら、で良いじゃん。少年少女じゃあるまいし…」
「仕方ないじゃない。今までそんな事1度も……って何よ?」
ポカンとした表情を浮かべるベアトにリンが訝しげな顔をする。
「リン、アンタまさか…処「うるさい黙れ」」
ちらりとレンを見るがまだぐっすりと眠っているみたいで安心する。
「レンが起きるでしょうが。子供がいるのにそんな話するんじゃない」
ゴンッという音を立てて拳骨をお見舞いするとベアトは涙目になりながら頭を抑える。
「ご、ごめんって!…でもさ、その歳で経験無いのは…」
「……良いでしょ。私は今までそんな暇無かったし…それよりそろそろ支度しないといけない時間になったからベアトもさっさと服着なさいよ!……ほら、レン!朝よ!」
リンの声でレンは目を覚ます。
「おはよー。…あれ?何で母さんもいるの?」
「私に抱きついて寝てたのに…甘えん坊さんは覚えてないのかしら?」
「うーん?ベアトさんが一緒に本を読んでくれてたのは覚えてるんだけど…わかんないや」
「そっか、とりあえず顔を洗ってらっしゃい。ついでにカオリがまだ寝てたら起こしてあげてね?昨日は友達と遅くまで話をしてたみたいだから」
はーい、と言って部屋を出ていったレンを見送ってからリンも着ていたシャツを脱ぐ。
「ねぇ、もしかしてさ…アンタが剣鬼と付き合うのが嫌だったり水着を着たがらないのって…その傷のせい?」
下着になったリンの身体を見ていたベアトが言った通り、リンの身体は至るところに傷が残っていた。
「…まぁ、それはあるわよ。誰だってこんな身体見たくないでしょ?ましてアディ達に見られるのもねぇ」
実はアディとカオリに関して言えば過去にリンの身体を見ているので今更な話ではあるが。
見られた時にリンは気を失っていたからその事実を知らない。
「別に誰も気にしないと思うけどねぇ…私だって大なり小なり傷痕は残ってるし。冒険者の女ってそんなもんだと思うよ?ほら?」
そう言って見せてきたベアトの身体には確かに深い斬擊の傷や火傷の跡が残っていた。
……胸の火傷跡は私がやったことだけど改めて見てみると痛々しいし申し訳ないと思う。
「…これはアンタに助けて貰ったんだから気にしなくて良いっていってるのに。変に頑固というか…」
「場所が場所だけに目立つ傷痕が残るのは忍びないのだけど…そういうなら出来るだけ気にしない事にするわ」
下着も履き替えて着替え終わると部屋を出る…すると丁度起きてタオルを持ったジンが通りかかる。
「…おはよう」
「あ、あぁ。おはよう」
お互い顔を逸らし離れた二人にベアトは苦笑する。
「何やってんだか。剣鬼、あんたもうちょいしっかりしないと誰かに盗られるよ?」
リンが居なくなった後そう言ったベアトに驚くジン。
「もしかして…聞いたのか?」
「そりゃもうバッチリ。アンタが如何に情けないかよく分かったね」
まぁ別にリンはそんな事一言も言ってないけど…そう言った方が面白そうだし。
「いや……そうは言っても…」
「ま、リンを手に入れたいならもっと時間をかける事ね。せっかく同じ家に住めてる訳だからちゃんと距離を縮めてから告白すれば良かったのに」
「そのつもりだったけどなぁ。昨日はどうしようも無かったんだよ」
「…だから言ったじゃない。行かない方が良いと、どうなっても知らないわよってさ」
そもそもリンは自分がやる事を否定されると分かっていて一人で行ったのを分かりなさいよ!っと言ってベアトは最後に一言…
「リンが好きなら昔の姿と今のリンを重ねて考えるのはやめたほうが良いんじゃない?リン、意外と気にしてたわよ?アンタから否定されたって事をね。否定されるって分かってたから一人で行ったのに後から来てリンを理解してない知り合いから否定されればそりゃ気に入らないでしょうよ」
そう言って離れていくベアトを黙って見送るジンには何も言うことが出来なかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
授業が終わるとそれぞれ実習の為に用意した品を確認していたのだが……
「はぁ………」
教室の窓際に座って煙草を吸っているリンが放ついつにない雰囲気に皆が困惑していた。
「おい、先生の様子がおかしいのは何でだ?」
疑問に思ったオルトがカオリに問いかけるがカオリも首を振る。
「それが…よくわからなくて。昨日何処かへ出掛けて夜中過ぎに帰ってきた後からだと思う…」
「…いやいや、ほっとこうよ?私はアレだと思うけどね!」
男子の皆が首を傾げる中でカレンとカオリは何かに気がついたらしくなるほど、と頷く。
「なんだよ?分かってるなら教えてくれよ!」
ガイがアディに聞くとアディは無理!と言って拒否する。
「ちぇ!まーた女子だけの秘密かよ!教えてくれよー!」
「ガイ、もう良いだろ。男と違って色々あるんだろうさ」
『そうだぜぇ?リンだって女だからな、月に何日かあるアレだろーよ!そりゃあもう痛いらしいぜ?この前の月もリンは唸ってたからよぉ!』
ガルの言葉に女子3人が冷めた目を向けるとカレンがガルを掴む。
「…最低」
『お、おい!ちょっと待て!悪かった!話せば分かる!だから……投げないでくれぇぇぇぇ!!?』
カレンが大きく振りかぶって投げると叫びを上げながらガルは外まで飛んでいき…広場にある木へと刺さった。
「ふん。……で?他に何か言いたい奴は?」
「「「いえ、何もありません!」」」
ガタガタ震える男子を尻目にカオリがリンへと近づく。
「先生?大丈夫ですか?」
声を掛けられてから気がついたリン。
「……ん?別に何もないわよ。それより早く帰って準備しなさいよ?明日から出発だからね」
言葉はしっかりしているがどこか心ここに在らず、といった様子のリンにカオリは…
「……もしかして、ジンさんと何かありました?今日あの人も様子が…「何もないわ」」
途中で遮ったリンに驚いたがリンの表情はそれ以上は話す気がない事を物語っていた。
「カオリ、私は寄る場所があるからレンと先に帰っててくれる?ついでに買い物もしてくるからよろしくね」
そういって立ち上がるとあっという間に教室を出ていってしまった。
「…………」
「…カオリ、今の話…詳しく聞かせてもらおうか!」
アディが目を輝かせてカオリに詰め寄り、オロオロするカオリだったがそこにカレンが割り込む。
「アディ、そっとしとこう。先生だって詮索されたくなさそうだったじゃん」
「えー?でもさぁ…」
「でも、じゃない!そんな事言うなら私が知ってるアンタの秘密…バラすわ」
「分かったよぅ。…せっかく面白そうだったのに……」
不満顔のアディをまぁまぁ、と言いながら宥めるカオリ…その光景を男子3人は眺めながら…
「なぁ、オルト。ちょっと散歩に付き合わねえ?」
「奇遇だな、丁度散歩に行きたい気分だったんだ」
「……馬鹿な真似はやめろよ」
「シュノアも気になるだろ?先生があんなに隙だらけな原因…もしそれが分かれば…面白いんじゃね?」
絶対にやめた方が良い。コイツらは先生の恐ろしさを分かっているのか…?
「本当にやめておいた方が良いけどな」
「…シュノアがそこまで言うならまぁやめとくか。んじゃさ!実習に備えて武具を見に行かねぇ??この前行った良い店があんだよ」
「あぁ、あそこか!確かにシュノアを連れていこうと思っていた所だったな」
オルトとガイがシュノアと共に出ていくとカオリ達も話終わって荷物をまとめる。
「そうだ…カオリ、先生に後から伺いますって伝えておいてくれない??さっき言いそびれたんだけど…私の両親が改めて会いたいんだってさ」
「多分大丈夫だと思うけれど…先生が何時に帰ってくるか分からないから出来るだけ夕方以降の方が良いかも…」
「オッケー、うちの事で迷惑かけた上にお母さんまで暴れてさ…申し訳ないから直接謝らせてって聞かないの。うちのお母さんって決めたら曲げないからさぁ…しかも自分から仕掛けて返り討ちにあったってのも地味にショックだったらしいし」
あぁ…確かにそんな感じの人だったなぁ。元冒険者だったらしいし先生もそれなりに強かったって言ってたからね。
「じゃあよろしくね!それと…例の物を忘れないように先生のバックに入れてよ?せっかく用意したんだしさ」
「そそ!カオリしかこれは出来ないのだからよろしく!」
「………うーん。良いのかなぁ…?」
怪しい動きをする3人の企みがどうなるかは…少し後に分かるのだった。




