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灰田君シリーズ

醜貌〜The mirror〜

作者: 竹蜻蛉

どうも蜻蛉です。

この作品は私のブログの1万HIT記念作品の一つですので、作品性とか、そういうのを求めるのは恐らく何かが間違いです。

『作品』と呼ぶより『論文』的な面もありますが、まあどちらにせよ自己満足作h(ry


では、これを読んで何か考えることがあればいいです。

 何も無いような部屋があった。数多の人々が訪れる場所ではあったが、何かを置くわけでもなく、何か装飾を施すわけでもなく、かと言って何もしないわけでもなかった。そんな部屋が、そこにはあった。

 彼らが所有するその部屋には、何も無いように見えるがただ一つだけ穴が存在していた。誰かが覗かなければ、誰も気付かないような穴だった。別段小さいわけでも、見つけ難い場所にあったわけでもなかった。ただ、誰かがそれを見たいと思うまで、誰かが見せたいと思うまで、誰も気付けなかっただけだった。

 その部屋には数十人の男女が肩を並べていた。年齢も様々で、小さな子どもから老人まで、すべての人がその穴を見ようと集まっていた。電気もつけずに、どこかの宗教教徒の集まりのようだった。

 女性がその穴を覗いた。女性の名前は知美ともみといった。すると、その穴の向こうに光が差し込んで女性にとって見慣れた光景が姿を現した。パチンコ屋と、その隣にあるタバコ屋にスーパーが一件、そして穴は一人の女性を追って視点を移動している。知美は良くある主婦がスーパーに買い物に行く風景を思い浮かべた。恐らくこの女性もそうするだろうと予想をした。だが、女性はその予想と反してパチンコ屋へと足を進めてしまった。穴の視点はそのまま店内へと移り、煙草と騒音で充満した空間を映し出した。臭いこそしないものの、パチンコの経験がある知美は店内の香りを頭で感じ取っていた。鼻をつまんでいた。女性は数ある台の一つの前に立ち、グリップを握った。そこで、穴の視点は早送りになった。

 二時間、いや三時間以上は経っただろうか。女性は口にくわえていた煙草の火をすり潰して消し、特に手土産もなく店内を出た。女性は財布の中身を見た。視線はそこに移り、財布の中身を映し出す。酷い光景だった。一体いくら消費したのか、中には札が一枚、言うまでもなく千円札のみとなり、小銭が少々音を立てているだけ。知美はその女性を強く批難したい気持ちに駆られた。知美はその女性を知っている。夫も子どももいるれっきとした家庭の持ち主だった。賭け事が好きな性格ではなかったが、泥沼に落ちるがごとくパチンコにはまっていったのを知美は知ってる。なんども注意を呼びかけたが、やはり改善はされなかった。千円札は、三時の間食に消えていった。

 知美の肩を後ろの少年が叩いた。知美のただならぬ様子を察して、興味を持ったのだろう。自分に代わってくれと言い出した。知美はムカムカとしたつっかかりを感じながらじぶじぶ少年に席を譲った。


 少年の名前は修平しゅうへいといった。まだ中学二年の学生であった。穴は修平に呼応するように視点を変え、白い校舎を写した。修平の通う中学校だった。視点はある男子生徒におかれた。学校でも名の通ったいじめっ子で、修平も良く知る顔をしている。休み時間に入っているようで、毎日の習慣かのごとく隣のクラスのひ弱な男子をいじめに教室を出た。相手もただただやられているだけで、良い気分だった。不思議と、男子生徒が殴った感触が修平の拳にも伝わってきた。それと同時に、殴られた頬の感触も伝わった。拳の方は酷く軽く、頬の方は酷く重かった。

 授業の予鈴が鳴っている。男子生徒は満足した表情で教室を後にした。穴の視点はその後、いじめられていた男子生徒のほうに固定された。彼の心情がどうしてかひしひしと伝わってくる。そのあまりに情けない感情に、そして理不尽な怒りを感じ取って修平は思わず胸を押さえつけていた。それは、苛立っているからに違いなかった。いじめている側も側だが、受ける側も側である。心の中だけでうじうじと苛立っている彼を見て、修平は自分がその理不尽の中にいることを気付かずにいらいらしていた。


 修平の後ろで、スーツを着込んだ男がその穴を見つめていた。男の名は智樹ともきといった。彼の瞳に映っていたのは、汚らしい部屋の光景だった。空き缶や食べ残しがまだ残っているお菓子の袋、煙草の吸殻が散らばった書類のように散乱している。ゴミ屋敷と呼ばれても文句の言えない場所だった。その部屋に何週間も洗ってないようなみすぼらしい服を着た男性が部屋の隅でパソコンをカタカタと音を立てていじっていた。智樹は修平の後ろから覗き込むようにしてつま先立ちをしてその部分を見た。パソコンの画面に映っていたのは仕事のものではなく、娯楽用のサイトだった。画面が暗くなる。すると、その画面に男の顔が写り、それを見た智樹は顔をしかめた。髭は無造作という言葉すら美麗な響きを出すような有様で、眼鏡の奥には目やにが溜まっていた。智樹の頭に浮かんだのは廃人という言葉だけだった。自分がスーツを着てきて良かったと、素直にそう感じた。


 ある老婆は息子の嫁にあれよこれよと文句を付けている姑の絵を見ていた。

 ある少女は下らないことで度が過ぎた嫌がらせをする女生徒の姿を見ていた。

 すべての老若男女は、人の汚らしい部分ばかりをその穴に見ていた。


 部屋には真摯な格好をした男がいつも居座っていた。その存在に感想を持つことは来客人には許されなかった。彼は終始笑みを浮かべながら苦い気分を味わう人たちを見ていた。どうだ、思い知ったか、と言いたげな表情に見えなくも無かったが、そうではなかった。あまりに滑稽な結果に笑みを漏らさずにいられないだけだった。

 人は他人を見る。視覚的問題ではなく、精神的、心理的問題から人は他人を見る。私はあの人と比べてどうだろうか、一般的な面から見てあの人はどう写っているのだろうか、私と彼らの違いはなんなのだろうか。比較とはその価値を計ることに他ならない。他人と自分を比べて、自らの価値を計るのが人間の習性でもある。

 しかし、彼はその人の違えている部分を知っていた。自分の価値を計るには、比較対象を作ることよりも、『自分自身しか見ない』ということも必要だということを。他人など必要は無かった。自分と、自分の後ろに写っている光景と、その中に入る自分の姿を見れば良い。

例えば、一人の人間が他人を殺してしまったとする。その時、自分の行動と価値観を計るには他人との比較でどうにかなるだろうか。倫理的な面から見るだけで、すべてを判断できるだろうか。それを彼は無理だと説いた。犯罪者は他人を見て学ぶのではなく、自分の醜悪な姿を見て嫌悪するべきなのだと。光の世界と闇の世界を比べるのではなく、自分が血塗られた床の上に立っていることを認識するべきなのだと。

 だから、彼はそんな腐りきった人間たちのためにそれを用意した。


 一人の女性が顔を青くした。知美だった。

 一人の少年がバツの悪そうな顔をした。修平だった。

 一人の男性が嗚咽を漏らした。智樹だった。


 そこにいたすべての人間が崩れた。男はそれを確認すると、穴を布で覆って見えないようにした。もう彼らには刺激が強すぎるからだ。

 男は悩む人間たちにこう言った。


「言おう。もしも君たちが誰かと喧嘩したとき、もしも何か問題に直面したとき、もしも道を誤ったとき、何が正しいかと考える前にそれを見ると良い。格言では『人という文字は、人と人が支えあっている』というが、それは素晴らしいことだと同時に人間の最大の盲点でもあると僕は思う。他人がいるからこそ、行動を許しあい、支えあい、そして擦り付けることが出来る。それが悪いとは言わない。何故ならすべての人間には原因があるからだ。君たちそれぞれの結果は、今まで出会ってきたすべての他人が原因で出来ているからだ。

 だからこそ思い違いを起こさないで欲しい。世界が他人によって構成されていたとしても、自分という世界は必ず存在する。そしてその世界での決定権はなにもかもが君たち自身のもので、他人に委託して良いものじゃない。人によって価値観は違うというけれど、僕は言う。正しさや誤りは自分を見て決めるんだ」


 一人の聡明そうな青年が口を開いた。


「独断は必ず他人に迷惑をかけるのではないのか」と、そう問うた。


 すると、彼はにこやかにその問いに答えた。


「世界は広い。君たちが見たものには君しかいなかったわけではないだろう? その後ろに見慣れた風景があって、初めて世界は成り立ったんだ。君はそれらのすべてをよく観察して、自分が何をするべきかを判断するんだ。朝、君たちがこれを見たときに、君の後ろにある世界を感じ取るんだ。そこに写っている何もかもを含めて、自分を見るんだ。すれば、答えは自然と見えてくるだろう」


 男はそれだけ言うと、他の客人を追い出して行った。今日はもう閉店にしようと思ったのだ。

 布のかけられたそこには穴があった。そしてそのずっとずっと奥深く、深淵と呼んだほうが良いだろうその場所には、一枚の鏡がある。その鏡は常にその部屋を写しだしていた。汚く、醜い彼の部屋だった。

 彼は一日に一度、その鏡を見る。一体なんなのかは分からないが、そうしなければならないような気がするからだ。ただ、写るものは決まって同じだった。恐らく今日やってきたすべての人が見た光景も同じだっただろう。


 そうだ、表現するに相応しいのは、


 ――鏡に写る我が醜貌。


 

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― 新着の感想 ―
[一言] ご依頼を受けてまいりました、山名です。拙いながら評価させていただきます。 純文がお好きなのでしょうか。内容的には安部公房の様な雰囲気ですね。私も「獣の証拠」という駄文で純文風を狙ってみたの…
2007/12/24 01:20 退会済み
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