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昔、英雄やってました  作者: 福来 由良
片田舎の小さな事件
6/13

6.

魔物が出た


少なくともユーディットとして生まれてからの9年間では初めてのことで、織屋の中は途端に不安に包まれた

双子のチビたちは小さすぎて理解出来ていないのか、ババさまに抱き締められて首をかしげている

姉上も俺を安心させたいのか、後ろから両肩に手を置いてギュッと力を入れているが、カタカタと小さく震えているのが丸分かりだった



「とにかく子どもらを家に…女衆も役には立てんし、共に帰ってしっかりと戸締りを」



おばさんたちに付き添われて、俺たち姉妹とお隣の双子は固まって移動する。通りかかった広場には、狩りに出ていた大人の男たちが集まっていた



「とーさん!」

「おとーさんだ!」


「あっ!こら!」



父親を見つけたチビたちが駆けていく。オジさんは血の滲む腕を押さえながら村長のジジさまと真剣に話し合っていた

鉄臭い匂いが鼻について、目を凝らしてみればオジさんだけでなく、大小はあれど男衆の中で怪我をしていない人はいないみたいだ



「こりゃぁ…。エルシー、家に帰ったらあんたんトコも薬箱を持ってきてくれるかい?皆で持ち寄らないと足りそうにない」

「…は…はい……」



俺の手を握る力が強くなる。姉上だってまだ14歳の子どもなんだから、やっぱり怖いだろうし、こんな沢山の怪我人なんて初めて見ただろう


……俺?


俺はまぁホラ、魔王のいる激動の時代とも言うべき頃に生きてた記憶があるワケで。それほど辛くはない

ただ全員顔見知りと言うか、お世話になってるおじさんやにいさんたちばかりだから、思うところはあるけどな



「薬箱はワタシが持ってくから、姉さんは休んだ方が良いです」

「…ユー……で、でも…」

「魔物が出たのは森だし、すぐ帰るから大丈夫ですよ」



今にも泣きそうだし、真っ青な顔色の姉上に無理はさせられない。付き添いのおばさんたちも姉さんの顔を見て、そうした方が良いと賛同してくれたこともあり、姉上は納得して頷いた


そうと決まれば俺の行動は早い

姉上の手を引いて家に帰ると早々に彼女をベッドで休ませて、薬草や常備薬、包帯なんかを仕舞っている薬箱に綺麗な手拭いも数枚一緒に載せて、広場へとって返す

広場では俺と同じように薬箱を持ってきた女たちが、手分けして男たちの手当てを行っていた

ひとまず1番近くにいたおばさんの元へ行く



「薬箱、持ってきました。手伝います」

「ああユーディットか。アンタは大丈夫なのかい?」



痛い痛いと情けなく声を上げるまだ若いにいちゃんの足に包帯を巻きながら心配そうな声をかけられたが、俺はそれに頷きながら早速薬箱の蓋を開けて包帯や傷薬、止血に良い薬草の束を取り出した

誕生時のトラウマもあり確かに血に対しての苦手意識は少なからずあるが、それでもこの程度でダウンするほど俺の神経は細かくない。むしろ図太さには自信がある



「そう。なら怪我の軽い連中の手当てを頼めるかい。あっちのビークさんのとこに…」


「父さんのウソつき!!!」



おばさんの指した方を向いた瞬間、聞き慣れた大声が辺りに響き、何事かと思えばフリューゲルの奴が広場を飛び出していくところだった

隣人君の駆けていった方角から自分の家に帰ったんだろうと当たりをつけ、何やら苦い顔をして息子の去った先を見つめているビークさん…フリューゲルの親父さんに近づく



「フリューと何かあったんですか?」

「ユーディットか……」



オジさんの既に血の乾いた二の腕の傷の様子を窺いながら質問するが、彼は言いにくいのか困ったように頭を掻いている

元冒険者だったというオジさんは村1番の実力者だ。そんな親父さんをフリューゲルは尊敬しているし、事あるごとに自慢してくる

そんな隣人君が、大好きな親父さんをウソつき呼ばわりするとは…

濡らした手拭いで血を落とし、傷薬を塗って手当てしている間もジッとオジさんの顔を見つめてみる。俺のこの濁りきった目で見つめられると大抵の奴は口を割るんだぜ


オジさんもしばらくは耐えていたが、やがて大きなため息を吐いて観念した



「あいつがでかくなったらやるって約束してた剣、森に置いてきちまってな…」



皆を守るため森に現れた魔物ーボアーに剣を突き立てて、怯ませた隙に怪我人を支えながら逃げてきたんだそうだ

オジさんが冒険者をしていた頃に使っていたと言う件の剣は、この辺りの田舎じゃお目にかかれないくらいの業物だ。フリューゲルのヤツに散々自慢されたからな。よく覚えてる

ボアの体に刺さったままなら、上手く退治出来れば戻ってくるだろう。実際は難しいけどな

ボアがこのまま森に留まっている保証も無いし、剣が抜けてしまっているかもしれない。剣が戻っても騎士や冒険者に討伐を頼んだ場合、あれだけの剣だ、報酬として要求されることもあり得る。あの手合いはたまに碌でもないのがいるからな



「それで”ウソつき”ですか…」

「あの場合は仕方ねぇってあいつも分かっちゃいるんだろうがなぁ…」



理解は出来ても納得するのは難しいだろうなぁ…まだまだ感情を制御するなんて考えも及ばない歳だし


幸い剣を探しに飛び出すようなアホではないし、しばらくは拗ねて拗ねて面倒だがしょうがない。八つ当たりが増えるだろうが、落ち着くまでは甘んじて受けてやるか

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